Friday, May 29, 2009

薄気味悪い3ヶ月連続株価上昇

前回のMHJでは、マクロ経済の世界もしかり、金融市場の現場もしかり、ともかくなんでも定量化すりゃーいいってな調子で、みんなでモデル作りに精出してたと書いた。

とりわけ昨今のアカデミアの世界では、この「定量化すりゃーいい」というのが度を越して、目も当てられなくなっているところあり。

先日は、こんな話を聞いた。

こともあろうに、派手なパフォーマンスとジョークで個人投資家の間でお茶の間的人気を博すCNBC局の人気番組『Mad Money』のホスト、ジム・クレーマー(↓)を対象に、これまで彼が番組で推奨した株式のパフォーマンスを調査して、クレーマーのストックピッキング能力についてわざわざ【学術論文】にしたためて発表した大学の研究者がいる、ってんである。



ボストンにあるノースイースタン大学のふたりの教授が書いた『Investing in Mad Money: Price and Style Effects』と題された、この「学術」論文、33ページにわたるマジメな論文である。(全文を読んでみたい酔狂な方は、こちらへ。)

この論文の10ページ目あたりから、アカデミックな論文に付き物の【小難しい数式で表現したモデル】が出てくるが、こういうワケわからん“研究”が現代のアカデミアとPh.D.軍団の実態であるとすれば、実に嘆かわしいことではないか。ヘリコプター・ベンも嘆くはずである。

そういえば、かなり昔ですが、小室哲也が日本のポップミュージック界に旋風を巻き起こしていたころ、日本のどこかの大学の先生が出てきて「小室哲也の生み出す音楽がなぜ多くのひとびとの共感を呼び感動させるのか、学術的に分析したら、その理由が判明した」と、その【研究結果】をマジメに披露していたよ。このノースイースタン大学の教授の話を聞いて、急に思い出した。

小室さんが最近どこで何やってたかは聞いてるけど、小室さんを<アカデミックな切り口>で分析してたあの大学教授のセンセは、いまどこで何やってんだろ。いまだにコツコツ小室研究やってるとは思えんが、あのセンセがしたためた【壮大なる学術論文】は、いまいずこに・・・。

前回のMHJ記事の最後で、投資の世界にも【天才】というのはやはりいて、そういう人を前にすると、自分は「モーツァルトを前にしたサリエリ」のような気持ち(←意味がわからないひとは、映画「アマデウス」をご覧ください)になると暗いムードで締めくくった筆者であるが、アカデミアの世界発のこういう話を聞くと、自分もさほど捨てたもんじゃないと急に思い直し、ちょっと明るくなった次第である。

(それにしても、こんな無意味な研究でヒマつぶしてても大学から給料もらえるんだから、うらやましい。ファカルティとして就職するなら、ノースイースタン大は狙い目か。)

   ★   ★   ★

さて、ここまでは、どうでもいい話。ここからが今日の本題である。

初旬に出された銀行ストレステストの結果発表以降、「材料」としてはたいして良い話はなかった(つーか、悪いニュースのほうが多かった気もするが・・・)にも拘らず、5月の米株式市場は持ちこたえ続け、今日(金曜日)もダウは8500をマークして、3ヶ月連続の株価更新を成し遂げた。

月末のレベルが3ヶ月連続で上昇するのは2007年の8-10月以来のことだそう。

2007年当時も、米国内では短期資金市場(CP市場)は最悪のズタズタ、Citiが手がけていたSIVs(Structured Investment Vehicles)が破裂寸前というウワサはあちこちでささやかれていた。

さらには、住宅価格下落、サブプライム問題の深刻化・・・と、あげれば切りないほど悪いニュースであふれていたのが当時の実態だが、今振り返ると、2007年の夏とダウがピークをつけた10月までの間というのは、やっぱり、今と同じように、悪いニュースは聞き飽きた、何でもいいから、明るいニュースを探したい、というムードで満ちていた。

たとえば、2007年なんかは「米国経済が減速してもBRICsがあるさ!」という【デカップリング(de-coupling)説】に人々はまだしがみついていたから、米金融株がセルオフを迎えても、コモディティリッチなBRICs市場は勢いを失っていなかった。

コモディティブームに支えられた新興国投資に望みをつなぎ、米国の経済成長のかげりに対する不安を押しのけようとしていた、とでも言おうか。

米国はじめ先進国からのエマージング市場への資金流入は当時かなり顕著な動きで、それがBRICsの株価を押し上げたりしていた。このムードは2008年初頭まで続き、ゴールドマンが、原油価格がバレルあたり200ドルになるとぶちあげて話題になったのは2008年の3月ですよ、覚えてますか?

2007年当時のニューヨークでは、これらエマージング市場の企業達がIPO資金を求めて怒涛のように米国に押し寄せて、連日連夜ウォール街にお百度参りしていた。

が、実際にアメリカ経済が崩壊し始めると、デカップリングどころか、モロにカップリングしてましたね・・・。

   ★   ★   ★

今回も3ヶ月連続の株価上昇となったわけだが、少なくとも金融株については、5月は材料的には決して良い月とは言えなかった。それでも、かなり堅調に株価が推移した理由のひとつとしてよく言われるのが、「ショートカバー」。

NY証券取引所が5月27日付けに発表したリリースによると、5月の前半(15日付け)の2週間で、ショートポジションが151億73百万株(4月末)から151億46百万株まで減少したそうで、これは2千7百万株の減少、ショートポジション総数はNYSEにリストされてる発行済み株式数の4%に相当するという。

TrimTab.com というサイトが、『ラッセル3000』でも同様の分析をしていて、こちらのほうは、セクターごとのショートポジションのドルベースでの動きをグラフで示していて、興味深い。



このグラフを見ると、Russell3000のショートのネットポジションは、ドルベースで約58億ドルのカバー、うち、5月に株価上昇が顕著だった金融セクターとハイテクセクターがそれぞれ50%、35%と目だって多かった。逆にネットでショート“セリング”のポジションだったのが、エネルギーセクターと工業株であった。

ともかく”Oversold”(売られすぎ)と判断された株に一斉にショートカバーが入り、短期間で一斉に同じ方向に売買を繰り返しリターンを稼ぐトレーダーが多いような雰囲気がいまは濃厚だから、中には、「(ファンダメンタルズで考えたら)ありえねーだろ」みたいなチャートを描く小型株が出てくる。

たとえば、某ブログで話題にあがっていたチャート:Diedrich Coffee (Nasdaqティッカー:DDRX)(↓)



大御所スターバックスが息も絶え絶えだっつのに、コスタリカ産のコーヒー豆売ってるDiedrichの、どこがそんなによくて、数週間で1500%も株価あがってんのか・・・。こういうのになると、もう、ファンダメンタルズでもテクニカルでも説明つかず、メチャクチャである。(どことなく、インサイダー情報のかほりが・・・)

ノースイースタンの教授たちには、ジム・クレーマーのストックピッキングより、こういうことを学術的に説明してもらいたい。

   ★   ★   ★

小型株ならまだしも、大型株でも、ファンダメンタルズでみたら「それ、ありえねーだろ」みたいな株価つけてるのが一杯ある。

たとえば、JPモルガン。

PERでみたら60倍以上ですよ。クレジットカード融資が相当腐ってきてるらしいしことはCEO自らが数日前に認めていたし、ここは商業用不動産の融資ポートフォリオもかなりデカイし、他の銀行株同様、財務的にはアチコチ不安だらけ。

「勝ち組」であるのは認めるが、ファンダメンタルズでみたら、PER60倍って、説明つかんでしょ?

これは次の機会にでも書きたいと思ってるが、JPモルガンの場合、ワシントン・ミューチュアルを買収したときに買った融資ポートフォリオの簿価(Book Value)と、実際のローン返済のキャッシュフローの現在価値との差が290億ドルもあるらしく、これは現行の会計処理では、将来、会計上の戻りとして収益計上される類のものなので、その調整をほどこすとPERはもっとずっと低くなる、という意見がある。

ま、それもあるかもしれないけど、だからといって、60倍って、どうよ。

テクニカルに見たって、なんだか、シックリここない。JPモルガンの、Short Interest Ratio(空売り残高比率)は、ここのところショートカバーが派手に入ったみたいで、レシオはずいぶん低くなってるんだよ(現在0.7だよ!0.7!)。

これでもなおかつ、6月以降もJPモルガンはじめ金融株が上昇し続けたら、筆者は「やっぱり何か変・・・」と確信することにしよう。(いや、4月28日のMHJ記事でも書いたけど、すでに、ひそかに、なんか臭う、なんか変・・・とずっと疑ってるんですが。笑)

   ★   ★   ★
  
今日、5月最後の金曜日の米株市場なんて、最後の20分でゴーンと跳ね上がって、5月の最後はダウが8500回復!やりましたーーーっ!

・・・って、はしゃいでいましたけどさ、でも、今日金曜日の最後の20分って、これといって特筆するような話題なんて、何もなかったじゃんか。

なのに、いったいなんなんですか、今日のこのSPYのチャートは!



オカルトか。

うーむ・・・ファンダメンタルズでもない、テクニカルでもない、何か別のパワーが作用しているという【巷のうわさ】は、やっぱり本当ぽいな・・・。

【巷のうわさ】とは、「米政府が関与して株価が下がらないよう裏で操作してる」というウワサである。

さて、真相はいかに?

6月の展開を楽しみにしよう。


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Sunday, May 24, 2009

思想転換を迎えたバーナンキ

アメリカの5月は卒業式の季節だ。

全米各地で、新卒の大学生や大学院生が、角帽とガウンを身につけ式に臨み、学位を手にしてキャンパスを去ってゆく。(今年は超就職難の年だというのに・・・Good Luck!)

米国の有名大学や学部は毎年、各界の著名人を卒業式のゲストスピーカーに呼ぶのが慣例となっている。

筆者も90年代の始めごろニューヨークにある某ビジネススクールでMBAを取得したが、自分の卒業式のときのゲストスピーカーが誰だったのか、まったく覚えていない。スピーチの内容も全然記憶にない。(笑)

先週の金曜日(22日)は、ボストンカレッジのロースクールで、バーナンキ連銀議長がゲストスピーカーとして招待され、卒業生を前にスピーチをした。(スピーチ全文は、FRBサイトのここへ。)

この週末は、アメリカの経済関係のメディアやブログはどこもこぞって、このバーナンキ議長のスピーチを取り上げていたが、その中で、The Daily Capitalist というブログが、なかなかおもしろい点を突いていた。

この The Daily Capitalist というアメリカのブログサイトは、けっこう硬派で読み応えのある金融経済ブログで、そこの投稿者Jeff Hardingの書き物は、筆者もたまに時間をかけて読む。

今日のMHJでは、このJeff Hardingがバーナンキのスピーチについて書いた記事を翻訳し、紹介したい。(MHJも、ときには真面目なことも書く。)

以下はJeff Hardingの寄稿の翻訳です。The Daily Capitalist のオリジナル英文記事は、こちら。
Bernanke: A Stunning Revelation 5/24/09

   ★   ★   ★



バーナンキの驚くべき啓示
by Jeff Harding

連銀議長ベン・バーナンキは、今週行われたボストンカレッジの卒業式でぎょっとするようなスピーチをした。彼の経済思想が根本的に転換したことを認めたのだ。バーナンキの発言の重大さをメディアはどこも気づかなかった。彼は次のようなコメントを吐いた:

(バーナンキのスピーチから)「今日わたしは、我々ひとりひとりの人生に内在している予想不可な局面と、ひとはそうした現実に実際どう対処するのか、について述べたいと思う。ひとりの経済学者かつポリシーメーカーとして、わたしは未来を予測することにかけてはかなりの経験を積んできた。なぜなら、ポリシーを決定するにあたっては、幾通りかのポリシーの選択がそれぞれ未来の経済の進む方向にどう影響を与えるかという予想を立てるのが不可欠だからだ。

そのため、FRB連銀は、経済予測を立てるのに、とてつもないリソースを日ごろから費やしている。同様に、個人投資家やビジネスも、今後経済がどう展開してゆくかをあらかじめ知ろうとする強いインセンティブを持っている。そのため、長年にわたり、非常に頭脳優秀な人々が、最も先駆的な統計手法とモデルツールを用いて経済の将来を占おうと試みてきたと知っても驚くには値しないだろう。しかし、その結果は、残念なことに、たいがいが失望を伴うものであった。

天気予報がそうであるように、経済予測というものも、極めて複雑なシステムやランダムに発生するショックと対峙せねばならず、我々が持っているデータや理解は常に不完全であると思い知らされる。見方によっては経済予測は天気予報よりも難しいかもしれない。なぜなら、経済というものは物理学の法則にしたがって行動する分子の集合体ではなく、おのおのが未来を考えおのおのが独自の予測に影響されて行動を起こす人間の集合体であるからだ。無論、過去の経験から導き出される関係や規則性が、天気の予報者のみならず経済学者にとっても、未来への洞察の助けになるのは言うまでもない。だが、それらの使用には相当の注意を払い健全な疑惑の目を常に向けることが要求される」(スピーチ引用終わり)

このバーナンキの発言はふたつのレベルに分けられる。ひとつは経済予測に失敗したという彼個人の確信、そして、もうひとつは計量経済学という名のサイエンスの敗北を彼自身が認識した、というものだ。

バーナンキの発言をざっとまとめると、

  • 自分は経済のビヘイビアを予測するのに人生を費やしてきた。
  • 未来を予測するのに使われるツールはあまり役に立たない。
  • 経済予測という科学は、物理学的事象の計測に適した機械的モデルに基づいてもダメ。
  • 人間のビヘイビアに関する我々の知識は不完全である。
  • 従って人間のビヘイビアを予測するのは極めて困難。


連銀の金融政策を注意深く適用しさえすれば恐慌は免れることができると信じていた男の発言としては謙虚かつ啓発的な内容ではないか。世界大恐慌を学んだバーナンキは、2002年に、緊縮的金融政策が大恐慌の原因となったという理論を説いたミルトン・フリードマンの90歳の誕生日を祝う席でスピーチし、こんな発言をしている。

(バーナンキのスピーチから)『ミルトン教授と共著者のアンナ(シュワルツ)に申し上げたいことがある。世界大恐慌に関しては、あなたがたの指摘は正しい。連銀は間違った政策を取った。申し訳なく思う。しかし、あなた方のおかげで、同じ間違いは繰り返されることはないと断言しましょう。』(引用終わり)

バーナンキの発言で何がショッキングかと言えば、彼が明らかにオーストリア学派の学説を採用している点である。経済学会で主流となっているのはケインズ派とシカゴ学派であるが、オーストリア学派の主張はそれらとは急進的に異なるものなのである。

(筆者注:オーストリア学派については、「経済思想の歴史」という日本語サイトのここを参照。)

ケインズ派とマネタリストは経済学に数学モデル(↓)を持ち込み、物理的事象を説明するように、人間の行動様式も説明しようとした。

ケインズの基本的フォーミュラ:





だがそれではうまく説明できない、とバーナンキは言うのだ。しかし、1920年代、オーストリア学派はすでにそれに気づいていた。ミーゼズやハイエクのちからで確立された彼らの学説は、経済学のような社会科学を自然科学のようなハードサイエンスに変えようという試みをことごとく拒否した。ハイエクは1974年にノーベル経済学賞を受賞している。彼が、そのときの受賞スピーチでこんなことを述べている。

(ハイエクのスピーチから)「エコノミスト達がポリシーで経済をうまく誘導できないのは、彼らが自然科学の分野で見事に成功を収めている手法をできるだけ自分らも真似て経済を説明しようとする、その態度に原因があるとわたしには思える。我々の分野では、そんなことをしてもエラーをもたらすだけだ。いまの学界では”科学的”な態度と呼ばれているアプローチだが、わたしは30年ほど前にそれを否定した。経済学は計量的アプローチを生み出した自然科学の分野とは異なる分野なのに、思考が慣例に従うという考え方を機械的に疑いもせずそこに持ち込むなど、科学的どころか大いに非科学的なアプローチである、と言わせてもらおう。」(引用終わり) 

オーストリア学派は人間社会は奥が深くて複雑すぎるためにどんな正確な計測方法も適用不可であるとし、経済を形成する何百万何千万という個々の人間が日々決定するものを計量化することなど絶対にできず、計量に用いたデータが正しいデータの選択であったかすらも知りうることはできない、と主張した。

(ハイエクのスピーチから)「市場、および、それに類似する社会的構造に関しては当然、計測することが不可能な事実が数多く存在するし、実際、事実と呼ばれるそのものだって、正確さを欠いた一般的な情報にすぎない。それは周知のとおりである。科学的証拠しか採用しないと誓った当の本人達は、それら事実がもたらす効果を計量的証拠という形で確認することができない事態があらわれると、それらを単に無視することで済ませてしまう。すなわち、彼ら(経済を計量モデルで説明しようとする経済学者達)は、自分達が計測できるファクターのみが唯一関連あるファクター(説明因子)だというフィクションに浸って、意気揚々と前に進もうとしているだけなのだ。」(引用終わり)

計量経済学の”サイエンス”は主要大学のすべての経済学部で学生が習うことである。ハーバードやMITの大学院などでは特に必須科目となっている。オーストリア学派は、それをすべてナンセンスと呼び、そんなものは信頼することはできないし往々にして間違っている、と言う。自国民のビヘイビアをコントロールするために、社会的エンジニアリングのツールとして盲目的に計量モデルを使い続けてきた政府がこの先もそれを続けるのは危険ですらある。

バーナンキ議長は、いま、ようやく、それを認めたのだ。

諸君、これは極めて重要な話ではないか。もしFRB連銀が金融政策の経済へのインパクトの結果を正確に予測しえないと信じているならば、金融刺激策ほか連銀が扱うポリシーに、いったい何の意味があるのか?正確な計量経済モデルを持たずして、いったい何を基準にして金利水準を決定するのか?ケインズ派の財政出動が効果があるかどうかをどう判断するのか?

それに対する簡単な答えは、こうである。これらポリシーには効果はないし、これまでも効果はなかったし、解決よりもむしろ更なる問題を生むだけだ。ブームが来たらまた暴落が来る、そのサイクルを延々と繰り返してきた理由は、そこにあるのである。

ケインズ派は、自分らが作った数学的フォーミュラが経済のビヘイビアをコントロールするのに失敗したことを、何世代にもわたり謝罪し続けてきた。彼らの謝罪は決まってこうだ:もっと早く手を打っていたならば、もっと多額の刺激策を行ってさえいたならば、異なる刺激策を用いていれば、と。だが、もうたくさんだ。

現在起こっている経済クラッシュと恐慌を眼前に突きつけられ、彼が自身で長年信じてきた経済モデルと計量分析のすべてが失敗に終わったことで、バーナンキは芯まで呆然としている。なにもかもあっという間にコントロールを失い、連銀と財務省はすっかりパニックを起こし、この修羅場にケリをつけようとケインズ派とマネタリストの教科書どおりの方法に逐一従った。目下のところ、彼らがトライしたことのほとんどが教科書どおりには機能していない。むしろ、彼らの処方箋は将来に巨大な問題を生む布石になった。高インフレーション、高税、すでに停滞しきっている経済の政府によるさらなるコントロール・・・。

わたしが望むのは、バーナンキ議長が彼のポリシーを再度見つめなおし、インフレと借金に突き進む連銀の方向を転換してくれることである。

計量経済学はサイエンスとしては偽物だ。真の経済ビヘイビアを把握するための方法なら、すぐれたアプローチは他にもある。バーナンキがさらに踏み込み、この卒業式スピーチで見せた啓示の背後にあるアイディアを模索してくれることを切に望む。そうしてくれたら、我々はみな救われる。

(記事翻訳、以上)


   ★   ★   ★

いかがでしたでしょうか。我ながら上手に訳せたと思うが。(←自画自賛w)

筆者は計量的なアプローチすべてが「フィクション」だと断言できるほど、強い確信はない。

けれど、これまでの金融市場が、統計的・計量的な手法に過度に依存して、常識でも判断できるようなことまで計量的に「表現」することで自己満足してたという傾向を、市場参加者全員が長いこと続けていたのは、そのとおりだと思う。

とりわけ、筆者のようにセルサイドのアナリストなんかやってたら、「モデル作り」が商売みたいなもんで、顧客のところを訪問するにも、いちおうそれなりの「モデル」を作ってプレゼン資料にしてお土産に持っていかなくちゃいけなかったから、部下に手伝ってもらって明け方までかかって作成したお土産資料を見せながら、あーでもねーこーでもねーとゴタク並べる、それが「仕事」だったんですからね。

そして、バイサイドのほうもバイサイドで、自分達の投資判断能力に自信がないせいなのかは知らないが、ともかく、モデル!モデル!と騒ぐPMが、やたら多いんである。そういうモデル命のPMの下で働かされてる下っ端のアナリストなんて、モデルに入力するための数字集めるだけに何日も費やして、そのモデルで何を判断しようとしてるのか本筋はそっちのけで「モデル作るためにモデル作ってる」みたいな洟垂れボクちゃん達を、筆者は現役時代にバイサイド訪問中に大勢みかけた。

これは、日米両方の市場前線での自分の体験から言えることだが、とりわけ日本には、数字をたくさん集めさえすればわかった気になる、そういう市場関係者がやたら多い。

決算発表後にどの会社も投資家説明会が開かれるが、せっかく企業トップが並び貴重な話が聞ける席だというのに、「次期の償却費用として御社は何%を見込んでいるのか、その数字を教えてください。」なんつー超おバカな質問をぶつける恥知らずアナリストが必ず何人も出てくる。

そんなのは企業トップじゃなくて、IR室に電話一本入れて聞けばいいだけの話だろが。自分が日夜せっせとエクセルで作ってる自己満足モデルに入力するための【データ】を教えろと企業トップに質問し、それで「質問した気になる」ような馬鹿が日本市場にはグチャグチャいる。(アメリカにもいるけどさ。)

で、馬鹿はセルサイドのアナリストだけかと思っていたら、お前のモデルでは0.05%になってるが俺のモデルでは0.06%だ、お前のモデルは間違ってると喧嘩ふっかけて、ネチネチこっちの時間を無駄にして相手を負かしたような気になる、バイサイドのズレまくりアナリストも後を絶たず。

以前、米銀ストレステストについて書いたとき(3月11日付けMHJ記事『売り疲れのNY市場、はしゃいだ後にすぐに息切れ』)にも述べましたけどね、「計量モデル」なんつーのは所詮は静的なもの、サイコロジーを伴って動く市場のダイナミズムを把握するのは無理だし、前提の置き方次第でモデルのアウトプットなんて何とでもなるものなんだから、そこから出てくる結論は額面どおりに信じてはいけない。0.05%か0.06%かなんてところで議論してるようでは、そいつは一生、この世界で成功はしない。

上で、バーナンキも言ってるように、「それらの使用には相当の注意を払い健全な疑惑の目を常に向けることが要求される」わけである。


   ★   ★   ★


マクロ経済学界の計量嗜好というのもそうだけれど、【計量モデルに頼りすぎて自滅した例】といえば、一昔前のLTCM崩壊のケースしかり、最近では

   - ゴールドマンのグローバルアルファに代表されるクオンツ系ヘッジファンド
   - CDOなどモルゲージ担保の仕組み債デリバティブスと、共倒れしたAIGのCDS
   - 銀行のBIS自己資本比率規制

これらの失敗例に勝るものは、ちょっと見当たらないのではなかろうか。

GSグローバルアルファが2年前突然、全身不随に陥った話はあまりに有名なので、あらためて書くまでもない。(思い出したいひとはこちらの日本語記事へ。)

で、仕組み債のデリバティブスである。

CDOなどのデリバティブスについては、それをデザイン・組成したものも、それに格付けつけてた格付け機関も、それに投資したものも、それにどれぐらい自己資本が必要かを決定する規制当局も、関わったもの全員が、実際、「モデル一本やり」で動いていた。

「サブプライム融資のヒストリカルデータ」をもとに、経験値から高等数学を駆使してモデルを組み、そのモデルに将来のデフォルトとデフォルト深度にともなった損失率を計算させ、そのモデルがはじき出すプライシングに全員が「疑問の目」を一切向けることなく証券売買を繰り返してたんだからな。

過去の経験値ではサブプライム融資のデフォルト実績は5%以下、モデルでは、レファレンスプールのそれが(例えば)25%以上になって初めて損失が発生する、という風に商品を数学的に組み立てて、「大丈夫、急にデフォルトが5倍に増えるわけないじゃ~~~~ん」と、全員で安心してたんである。

そして、「♪・・・だって、トリプルAなんだもん・・・♪」(←注:BGMは「アタックナンバーワン」)の一言を【社訓】にして、CDOの組成時にスーパーシニアの部分を一手に引き受けてたのがAIGとその子会社AIGFPである。

AIGFPのリスクモデルを作ったのが誰かといえば、エール大学の経営大学院で教鞭とるGary Gortonという教授。

少し前になるが、去年10月31日付けのウォールストリートジャーナルに、「AIG失墜の陰で現実世界のテストに失敗したリスクモデル」と題された記事が出て、AIGのリスク管理が、ゴートン教授のリスク計量モデルにいかに依存していたかが紹介された。

Behind AIG's Fall, Risk Model Failed to Pass Real-World Test (WSJ、10/31/08)
http://online.wsj.com/article/SB122538449722784635.html?mod=testMod

ゴートン教授は、モデルが想定していなかった事態が発生したのが原因で、モデルに使われた計量フォーミュラそのものは間違っていないといまだに考えているらしいが、これこそまさに、上でハイエクが「自分に都合の悪い部分は無視する」という“非科学的態度”なのでは、とも思うが。

AIGFPに限ることなく、証券化市場では、数学や物理や宇宙工学などの分野でPh.D.を取ったバリバリの超優秀理系軍団が作ったリスクプライシングモデルがずっと幅利かせていたんだが、ふた開くと、このザマである。

同様に、BIS銀行自己資本規制の必要自己資本額の算出方法というのも、数学とリスク計量モデリングに強いPh.D.の皆様が10年以上もかけておつくりあそばされたクオンツモデルに従ったものなんだが、こっちも蓋開けてみたら、BIS規制下にあった世界中の銀行という銀行が、自己資本不足に陥ってやんの。

計量モデルに過度に依存する従来の体質は限界を迎えたことは、もはや誰の目にも明らか。

かといって、「統計もモデルも無視して、【フィーリング】だけで投資しましょ。」というわけにも、これまたいかん。それなら、プロとアマを分ける必要はないわけでして。

やはり、計量モデルを使った投資判断は今後も続けられるであろうけれど、モデルに人間のほうが振り回されるようになったら、きっとしっぺがえしが来る、ってことなのかな。

どんなに精巧なモデルでも完全なモデルはない。計量モデルへの信頼が失墜した現在、より重要になってくるのは、モデルからはじき出されてきた数字を「読む力」なのだろう。

だがこればかりは、ほとんどアートの域である。アートなんだから、絵を描いたり楽器を演奏したりするのと同じで「才能」もある程度持ってないとできない、とわたしは思うな。

そういう才能に恵まれたとハッキリわかるひとたちに、筆者は何度か遭遇したことがある。あれは、努力で身に着けたというより、持って生まれたセンスのような気もする。そういう人を前にすると、残念ながら、自分はつくづく凡人だと思い知らされたものさ・・・。



・・・あれ・・・なんだか、個人的に暗い結論になってしまいました。

あんまり暗いんで、最後に、2005年のスタンフォード大学卒業式でゲストスピーカーだった、アップル社のCEOスティーブ・ジョブスの希望に満ちたスピーチを聞いて、元気を取り戻そうと思う。

彼から卒業生へのメッセージ:Stay Hungry, Stay Foolish. 






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Thursday, May 21, 2009

オバマ一家を救った「ジャックと豆の木」

前回のMHJ記事では、ホームエクイティを担保にして借金するなど、見境なく借りまくり見境なく消費してたら、2006年にはアメリカの貯蓄率がゼロ%以下になっちゃった、と書いた。

で、その【貯蓄率】であるが、ここにきて、将来への不安から、米国民は「おカネ貯めなきゃ・・・」という殊勝な気持ちに様変わりし、貯蓄率が急激に上がっているのである。メディアンの家計の収入は減り続けているのに、貯蓄率は上昇。

消費が落ち込むはずだよ。


貯蓄率(可処分所得に対する貯蓄額の割合)

クリックすると拡大します。




戦後ニッポン文部省の掛け声のもと、公立小学校の昭和道徳の時間で「貯蓄=美徳」みたいな価値観を耳にタコできるほど聞かされて、学校から自宅に戻ったら戻ったで戦中派中産階級の両親からは「もったいない」という言葉を死ぬほど聞かされて育った筆者としては、80年代初頭に初めてアメリカに来て何に驚いたかといえば、車でも冷蔵庫でも人間でも何でもデカイということと、みんなカネ切れがいいな、ということであった。

ライフスタイルの違いもさることながら、この国には「もったいない」という概念そのものが存在してないということに気がつき、最初のころは「さすが豊かな国は違うなぁ・・・」と妙に感心したわけであるが、月日を追うごとに、それは「カネ切れがいい」のじゃなくて「カネ使うのが好き」ってだけの話、と理解した。

誰だって、お金使うのは好きさ。楽しいもん。

しかし、【国民的傾向】としておカネ使うのが【中毒】みたいになってくると、これは由々しき問題である。90年代のクレジットカード漬け、2000年に入ってからはホームエクイティ担保で借金漬けと、この国の家計の借金漬けの傾向は90年代終わりごろから悪化の一途を辿っていた。


家計の負債比率(家計の資産に占める負債の割合)

クリックすると拡大します。




しかも、当時の大統領が、財政赤字が膨らみまくろうが、「おカネ使えば景気がよくなって、景気よくなれば収入増えて、イラクの戦費だってなんだってまかなえるさー!国民みんなでもっとカネ使えー!!もっとデカイ車に乗ろうー!!!」なーんてメンタリティでいたもんだから、もう抑え効かなくなってましたからね、ハイ。

従って、長らく消費中毒を患っていた国民が、シラフに戻り「お金セーブしよ・・・」と基本に還るのは、マクロ経済的にはキビシイものがあるものの、個々人の家計がヘルシーなバランスシートを取り戻す第一歩としては喜ばしいことである。


   ★   ★   ★


その点、現在の大統領は、演説などを聴くと「ニッポン昭和道徳教育風」とでもいおうか、

“We cannot settle for a future of rising deficits and debts that our children cannot pay.”
(私達の子孫が払えないような赤字や借金を未来に持ち込むことはできない。)

と説いたりして、これまでの「アメリカ的やりすぎ(American Excess)」を戒めたりしている。

欲しがりません、勝つまでは。

しかし、なんだかんだ言ったところで、そのオバマ自身もアメリカ人。

彼も大統領になる前は「借金漬け」のひとりであったみたいである。

オバマも妻のミシェルも思いっきり庶民の出で、努力に努力を重ねて現在の地位を手に入れたアメリカンドリームカップルであるが、このカップルも、ホームエクイティローンを大活用して家計をやりくりしていた一家だった。

NY最大級のタブロイド紙「NYデイリーニュース」に最近、オバマ一家がホワイトハウスに移住する以前の台所事情を書いた記事(↓)が掲載された。

President Obama's Troubling Mantra: In Debt We Trust (NY Daily News, 5/4/09)


要人になると、過去にさかのぼって個人所得税の申告書を公表しなくちゃいけない。(←それのおかげで、ガイトナー財務長官が、何年も昔に住み込みのベビーシッターに支払った給料を報告してなかったことがあばかれ、脱税のかどで財務長官の任命が遅れ、個人所得税3万なにがしドルの追徴税を払うことになりましたね・・・。涙)

このデイリーニュースの記事の書き手は、(ヒマにも)オバマ家の個人所得税の申告書をつぶさに分析し、そこで報告されている数字から、ファーストファミリーになる以前のオバマ一家がどんな生活ぶりだったかを推計してくれたのであった。

記事の内容は、ざっと以下のようなもの。


  • 1999年から2004年までの5年にわたり、オバマ家はホーム・エクイティを現金化することで、生活の足しにしていた。

  • 1999年4月、オバマ夫妻はシカゴにコンドミニアムを購入、15万9250ドル(約1600万円)の住宅ローンを組んだ。

  • 1999年5月には、そのコンドを担保にホームエクイティローンを組み、2万ドル強を引き出し。

  • 2002年には、同じコンドに対して借り換え(リファイナンス)したが、リファイナンスされた住宅ローン額は21万ドル(約2100万円)に増加。つまり、同じ物件から、より高額のローンを借り入れることで、3年間でホームエクイティを5万ドル【現金化】したことになる。

  • 2004年には、そのコンドを再抵当に入れて、ローン21万ドルに加えて、さらに10万ドルのHELOC口座を開設。

  • 2004年のオバマ家の所得税で申告された住宅ローン金利の控除額が1万4395ドルだったので、実質金利を6%と仮定して、当時オバマ家が抱えていた住宅ローンは(HELOCからの引き出しも含めると)24万ドル。

  • 99年に16万ドルだったローンが、2004年には(住宅価格が上昇してホームエクイティが増えたおかげで)24万ドルのローンに。つまり、5年間で8万ドル借金を増やして消費したことが推定される。

  • オバマ家の2000年から2004年までの調整済み所得は、平均して25.7万ドル。これは、オバマが自分の政策で「富裕層」と定義した25万ドルラインを上回る

  • 一般の貯金に付く利子収入は課税対象となるが、この期間、申告された課税利子収入がほとんどなかったことから、オバマ家には銀行預金という形の蓄えがほとんどなかったことが推察される

  • 2003年、2004年と、子供の養育費としてそれぞれ2万4千ドル、2万3千ドルが控除対象経費として申告されており、また、家庭内雇用に対する雇用税も毎年3400ドル支払った。(←※注:アメリカでは、これは大概が、子守に雇われたベビーシッターや介護看護師に支払われる給料から天引きした所得税のことで、この申告を怠ったのがバレて責められたのが上述ガイトナーのケース)



  •    ★   ★   ★

    他人の家がいくら稼いでいくら税金納めたかを、ここまで詳しく読み込むのも、考えてみたらずいぶん【下世話】な話ではあるけれど、オバマ夫婦も、住宅価格の高騰を利用してホームエクイティローンを借り生活の足しにしていたというのは、筆者にはなかなか興味深い。

    夫婦合算25万ドルというのは、それぞれハーバードとプリンストンの一流ロースクール出身の有能な弁護士カップルの年収としては「低め」であると感じるが、オバマは高給の企業関係の弁護士業ではなく貧困コミュニティで人権問題を扱う弁護士をめざす変り種だった。

    オバマは、コミュニティ活動から政治活動に進路を変え、1997年から2004年までイリノイ州の州議会議員を務めているが、当時のジュニアの州議員の給料は数万ドルしかなかったらしいから、さらには毎期選挙活動の費用も捻出しなきゃいけないんだろうし、ミシェルの稼ぎがなかったら、オバマ家は子供ふたり抱えて大変だったと思うな。

    似たような例では、ビル・クリントン夫妻(ふたりとも、エールのロースクール出身弁護士)も、ダンナのほうが政治に没頭したために稼ぎが悪く、妻のヒラリーがアーカンソー州で5本の指に入るほど企業法専門弁護士として成功し、夫の何倍も稼いで家計を支えてたというカップルだった。

    ミシェルは最近、ある講演会の席で「ふたりの子供のお稽古ごとだけで、年間1万ドル(百万円)はかかった」と漏らしたそう。子供のお稽古事で毎月10万円、ベビーシッターに年間2万4000ドル払っていたので、月20万円、それだけで毎月30万円ですからねー。

    でも、これがニューヨークになると、子持ちの友達の話を聞く限りでは、ベビーシッターもお稽古ごとも、こんなもんじゃ済まないよ。子供を育てるというのは、ほんと、おカネがかかるんですわね・・・。

    しかし、オバマ夫妻がシカゴエリアで所有してた持ち家が99年から2004年までどれほど値上がりしたのかは知らないが、最初に16万ドルのローンを組んで買った地味な物件が、5年後には、その倍の最高31万ドル(住宅ローン21万+HELOC枠10万)のローンを引き出すに十分な「優良担保」になっていたという事実が、この国の住宅バブルの実態を垣間見せてくれる。

    そして、夫婦合算で年間25万ドルかせぐ「富裕層」に属するオバマ夫妻の場合でも、ホームエクイティを現金化して(=借金を増やして)、収入を超える支出をしていたという事実。

    さらに筆者の注意を引いたのは、(株式や債券などの投資資産という形で金融資産は持っていたのであろうが)「オバマ夫婦には、銀行預金(キャッシュ)がほとんどなかった」という点である。

    つまり、2005年までのオバマ一家の生活ぶりは、上のふたつのグラフが示唆する2000年代前半のアメリカンライフスタイルそのもの、だったのである。

       ★   ★   ★

    そんなオバマ一家が、どうやって借金漬けライフから足を洗うことができたのか。

    2004年オバマは州議会からさらに上を目指して連邦レベルの上院議員選に出馬し、まだ若くて無名だがカリスマ性のある黒人政治家がイリノイの激戦区で勝ち抜いたと全米で話題になり、注目された。

    デイリーニュースの記事によると、その翌年の2005年、民主党の若きホープとして全米にその顔が知れ渡ったオバマの著書が爆発的に売れ、印税収入が突然舞い込んだことに加え、妻ミシェルが勤め先のシカゴ大学からもらってた給料が(どういう理由からは知らないが)前年と比べて260%も昇給した。突然降ってわいたような収入で、オバマ家のそれまでの「収入以上に消費して借金増やす」というライフスタイルに終止符が打たれることになったわけである。

    ミシェル・オバマは、当時の夫の印税収入は

    「まるで、ジャックと豆の木のようだった」
    (”It was like Jack and his magic beans.")

    と形容した、と記事にはある。

    「ジャックと豆の木」・・・意味がわからないひとは、「ドラえもんのポケット」と呼んでもよろしい。

    大統領に選出されるくらいの逸材であるわけだから、借金でクビまわらなくなってるそこらへんのひとと一緒にすべきじゃないかもしれないけど、でも、オバマだって、印税入ってこなかったら、HELOCからもっとおカネ引き出して借金は増えてたかもしれないわけでしょ?

    そして、「ジャックの魔法の豆」を持ってないそこらへんの人たちは、HELOCで借りまくったあげくの住宅バブル破裂で、どうなったかというと、前回のMHJ記事に書いたとおり【UNDERWATER】になっちまったんである。


       ★   ★   ★


    借金買い物中毒だった米国民が家計レベルで貯蓄に励むようになることは悪いことではない。

    でも、今のところ、みんなでおカネセーブしようとしてる一方で、最近オバマ政権から出された国家予算は3兆6千億ドル。

    とうてい税収ではまかないきれなくて、財政赤字は1兆2千億ドル。足りない分は米国債出しまくりで、米国のGDPに占める国債残高の割合は上昇し続け・・・。

    財政赤字の穴埋めを国債発行でまかない続ける・・・。

    あれっ、それって、どっかで聞いたような・・・(国債大量発行の日米比較については、3ヶ月前の09年2月26日付MHJ記事『「米ドルは大丈夫、ワシが保証する」麻生首相大きく出る』に書いたので参照。)

    日本人はアメリカ人が借金ばっかして貯金しようとしないことをバカにしているフシがあるけれど、日本の場合は、個々人はせっせと貯金してるかもしれないが、そのおカネで金融機関が日本国債バカスカ買ってるんだから、結局は国家レベルの借金システムのループの一部になってるんである。国の借金漬け体質としては、日本は世界最悪ですからね。

    各家計のバランスシートの負債比率が改善してゆくのと引き換えに、国家のバランスシートの負債比率は悪化してゆくのが予想される米国。

    今日はイギリスのソブリン格付け(トリプルA)に対して格付け会社S&Pが見通しネガティブを付したということで、イギリスと「運命共同体」のアメリカも、トリプルAのソブリン格付けにプレッシャーかかるんじゃないかという憶測が流れ金利市場はナーバスになっていた。

    債券投資で世界最大手のPIMCO社のトップ、ビル・グロス氏も「米国債の格付けが近い将来トリプルAから落ちるとは考えづらいが、そのリスクは高まっている」と発言してた。(関連記事はこちら。)

    イギリスも、まだ日本ほどではないにせよ、対GDPの英国債残高が100%に来たというではないか。何年も前に日本国債が格下げ食らったとき、この「GDP対比でのグロス国債残高」というのは重要な格下げ理由に挙げられてましたからね。

    先日は、外貨建て日本国債の格付けをムーディーズが変更してたみたいだし、どうやら格付け会社は、みんなで見直しやってるような気配だな。

    オバマ一家を救ったように、アメリカの国家レベルの借金漬けを救ってくれる「ジャックと豆の木」は登場してくれるだろうか。

    でも、それって、いったい、何・・・・・??


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    Monday, May 18, 2009

    プレデターの数も減ったが先立つものは更に減った

    少し前、筆者のニューヨークの自宅に近いバス停に、こんなポスターが張られているのを見た。

    "Questions Feared Most by Predatory Lenders"
    (プレデター・レンダーが最も聞かれたくない質問とは)



    このポスター、NFHA(National Fair Housing Affiliates、『全米フェアハウジング協会』、差別を失くしフェアな住宅融資普及を目的とする米国の非営利団体)が主催する啓蒙運動に昨年使われたポスターらしい。

    Predatory Lendersというのは、ティーザーレートなどの好条件と甘い言葉で相手を釣り込み、細かい説明を一切せずに、借り手の支払い能力を超えているとわかっていながら、サブプライムなどの住宅融資を斡旋する悪徳業者のことである。

    プレデターレンダーは、教育水準が相対的に低い(つまり、だまされやすい)低所得者層を特に狙い撃ちにして業務を拡大していたんですよね。

    そのために、サブプライム融資の被害者はそうした層に集中し、前回のMHJ記事で触れたフォークロージャについても、プレデタリー融資の被害者が多く集まるコミュニティで多発する傾向にある。

    このポスターに例としてあげられてる質問内容としては、例えば、

  • What is the interest rate? (金利は何%ですか?)
  • Will my interest change?(利率は将来変わりますか?)
  • What will my interest be in 18 months? 36months? (18ヶ月後、あるいは36ヵ月後の金利はいくらになりますか?)
  • Is there a prepayment penalty?(先払いにペナルティはかかりますか?)
  • Is there a balloon payment? (バルーンペイメントはありますか?)


  • 悪徳業者から身を守るためにコンシューマーは住宅ローンを組むときには必ずこうした質問を業者にぶつけろ、とポスターは言うのである。


    フィナンスに明るい者なら「そんなの常識」と思うだろうが、金利には固定と変動があることもよくわかっていない借り手も中には実際いるわけで、そういう人達を餌にして稼いでいた連中が、プレデターレンダー達である。

    狙った獲物は仕留めるまで追い続けるのがプレデター。

    3月19日付けMHJ記事『議会は魔女狩りモード』でも少し触れたが、こうしたPredatory Lendingの問題は、2002年ごろから全米各地で発生し問題視されるようになっていた。

    だが、なにせ、当時の中央議会はイラクのことで頭いっぱい、連銀トップですら2004年を過ぎても「住宅バブルなんて、ないない、安心しなはれ!」と各地で講演してたような有様で、こうした悪徳業者の規制取締りについては、実質存在していないも同然だった。

    (住宅バブルの危険性についてグリーンスパンがのんびり構えてたことについては、3月30日付けMHJ記事『グリーンスパンのじっちゃま、隠居渋る』に詳述したので、参照されたい。)

    このとおり組織トップはボケが始まっていたものの、もっと現場に近いところにいる連銀スタッフやFDICスタッフらは、プレデター・レンダーの問題にはいちおう気づいていて、彼ら規制当局は連名で2003年10月に「悪徳業者に気をつけましょう」という内容の一般市民向けパンフレットを発行している。(そのときのプレスリリースはここ。)

    そこに、こんなことが書かれている。

    The publication also reminds consumers that if they are refinancing or using their home as security for a home equity loan (or for a second mortgage loan or a line of credit), federal law gives them three business days after signing the loan papers to cancel the deal. The cancellation must be submitted in writing, after which the lender is required to return any money the consumer has paid to date.

    If the three-day period has already passed and consumers believe they have been misled, the brochure suggests that they contact a state or local bar association, a local consumer protection agency, or a local fair housing or housing counseling agency.

    このパンフレットでは、住宅を担保にしてリファイナンスしたり、ホームエクイティローンを借りたりする場合、借り入れの書類にサインをしてしまった後にキャンセルしたくなったら、署名後3日間は猶予期間が法律によって与えられていることを、あらためて呼びかけている。ローンをキャンセルする場合は書式でその旨を伝え、貸し手はコンシューマーが既に支払った金額はすべて返金することが求められる。

    もし、3日過ぎてしまってから、自分は(不十分な情報で)誘導されたと信じる場合は、コンシューマーは州あるいは市町村の弁護士協会、各地のコンシューマープロテクションを扱うエージェンシー、あるいは、各地のハウジング相談を扱うエージェンシーにコンタクトを取るように、とも促している。


    そう、以前も述べたが、プレデターレンダーの問題は実際に被害が起こっても事後処理は「各地公体に丸投げ」状態であったことが、よくわかる。

    でも、「金利とは何か」もよくわからないようなローンの借り手のどれほどが、「俺はだまされた」と3日以内に気がついたり、それぞれ勝手に自分で法律相談所を見つけて相談に行くだろうか。ボケーとしていて、プレデターに言われたとおりの甘い言葉を信じ、借り入れ後2年後にガーンと月々の支払額が跳ね上がって初めて、自分が組んだ住宅ローンは“伝統的な30年固定金利”じゃなかったことに気づく・・・そういうトホホな有様。

    そして、前回も書いたとおり、最初の1~2年は通常の金利をはるかに下回る好条件で借りられるが、それがネガティブ・アモチゼーションとなり金利不足分が元本に加算されてゆく『オプションARM』の金利リセットがこの春から本格化する。トホホ・・・。

    自分が何やってんのかわからないのにローン契約書にサインしちゃった借り手と、そういう借り手に文字通り「たかって」手数料を稼いでいた悪徳業者が問題の根源にいることは確かだが、その問題拡大に一役買っていたという意味では、そういう事態になっていることを熟知しながらオリジネートしたそばからローン市場で片っ端から転がしまくって証券化・オフバラ化に精出してた無節操な金融機関たちも、さらには、それを横目で眺めてパンフレット出すだけで「用心してね」で終わりにし、プレデターを2008年まで野放しにしていた中央政府と当局のお粗末さも同罪だと筆者は思うね。

    困ったことに、プレデターというのは、数こそ減ったが全滅させることはできない。いつも、あなたを狙ってます。うますぎる話には乗らないように。

       ★   ★   ★

    さて、上の連銀のリリースにも出てきた【ホーム・エクイティ・ローン(Home Equity Loan、略してHEL)】である。

    このホーム・エクイティ・ローン、商品としては2000年を過ぎたころから米国では多くの金融機関が扱うようになったのだが、【ブーム】と呼べるようになってくるのは2004年を過ぎたころから、と筆者は記憶している。

    現役のアナリストだった頃、このホームエクイティローンについて筆者は大手米銀に話聞きに行ったりしてちょっと調査したんだが、04年や05年ごろ、大手米銀が何やってたかというと、このホームエクイティを担保にした消費者向けクレジットラインの大キャンペーンをやっていた。

    このホーム・エクイティ・ライン・オブ・クレジットは、Home Equity Line of Creditの頭文字をとって、HELOC(”ヒーロック”と発音する)と呼ばれる。

    ホーム・エクイティとは、住宅の市場価値とローンとの差額である。たとえば、市場価値が20万ドルの家を、15万ドルのローンを組んで買ったとしよう。その場合は5万ドルのホーム・エクイティを持っていることになる。一生懸命ローン返済して、ローン残高が10万ドルに減り、一方住宅価格が25万ドルに上がっていたら、そのひとのホーム・エクイティは15万ドル、ということになる。

    そのエクイティ部分を担保にして融資するのがHELであり、融資の形を取らずに【信用枠】の形式を取り枠限度内ならいつでも引き出し可能というのが、HELOCである。

    このHELとHELOC、いちおう住宅ローンというカテゴリーに入るため、HELやHELOCの金利というのは、一般の住宅ローンと同様に、利払い全額が個人所得税の控除対象となる。もともと「有担保」の融資という性格上、金利は低めに設定されてるところにもってきて、所得税上の恩恵という税効果も加わるので、「無担保」ローンであるクレジットカードや自動車ローンなどよりも利払い負担がずっと少なく済み、さらに、HELOCならばいつ借りてもいつ返してもよし、という利便性も手伝って、2004年以降、急速に米国民の間に普及した。

    しかもいったん枠が設定されたら、HELOCから借りたおカネは、何に使ってもかまわないのだから、住宅ローンのようでもあり、消費者ローンのようでもある、ハイブリッドな世界である。

    使途目的は自由だから、筆者の知り合いなどは、HELOCからおカネを引き出して台所のリフォームしてたし、有名私立大学に進学する娘の授業料をHELOCから払ったというひともいた。

    かくいう筆者自身も、2005年ごろ米国北東部の田舎に土地不動産を購入する際、その不動産を担保にして新規融資を組むのではなく、持ち家であるマンハッタンの自宅マンションを再抵当に入れることでHELOCを申請し、そこから資金を引き出して、別州にキャッシュで不動産購入した。

    HELOCが急速に拡大した2003年以降、実は、米国のクレジットカードの使用率は横ばいを続けていたぐらいである。(使用率=Utilization Rate とは、クレジットカードの上限として出された信用枠の総計に対し、実際に、どれくらいの残高があるかの割合。)すなわち、利息の高いクレジットカードをHELOCで完済するという動きが続いた時期もあったわけ。

    持ち家を担保にするわけだから、借り入れ可能額も、クレジットカードなんぞとは比べ物にならない信用枠になるし、家計にさらにレバレッジをかけることが可能となって、米国民はお調子に乗って借金しまくっていた。(そうやって、借金で浮かれて消費してたら、貯蓄率が2006年にマイナスになっちゃったということ。)

    ハイテクバブルから這い出して、あっという間に好景気に戻れたのは、安価なクレジットが出回って、住宅価格の上昇と家計の借り入れ度合いが連動して、全米大消費ブームになったから。

       ★   ★   ★

    しかしね、住宅価格が上がってる間は、よかったですよ。

    これ、住宅価格が下がってきたら、ホームエクイティというのは、レバレッジがかかっているほど急速な勢いで消滅するんだよな。

    さっきの例をもう一度持ち出すと、もともと20万ドルで買った家の価格が市場で25万ドルまで値上がりし、それに対して、あなたの住宅ローンの残高は10万ドル。ホームエクイティが15万ドルになっているとき、あなたはHELOCの信用枠を銀行に申請したとしよう。抵当に入れる家の鑑定価値(アプレイザルバリュー)は実際の市場価値よりコンサバに見積もられて24万ドルと算出されてきたとする。

    プレデターレンダーじゃなくて、いちおう“ちゃんとした”銀行の場合、鑑定価値の7割しか融資してくれないとしても、あなたの家を担保にすることで、24万ドルx70%で住宅ローンも含めて総額17万ドルの借り入れを行うことができる。つまり、実際の住宅ローンの残高が10万ドルなんだから、あなたは【追加的に】最大7万ドルのホームエクイティローンを借りることが可能という意味になる。(融資ポリシーにLTVを設定していない貸し手からなら、もっと多く借りれる。)

    ところが、住宅バブルがはじけて、持ち家の市場価格があっという間に3割減になったとすると、あなたの25万ドルだった家は、売れても17万ドルでしか売れない。

    あなたには、10万ドルの住宅ローンに加えて7万ドルのホームエクイティローンも残っている。家の価格も17万ドル。つまり、今すぐその価格で買い手がみつかれば、ギリギリセーフで借金全額返済できるが、グズグズ売れないうちに価格がもっと下がってくると、あなたの借金はそのうち担保物件の価値よりも大きくなってしまう。

    つまり、ネガティブ・エクイティに陥ってしまうのである。

    家の価値が借金額を下回ってしまった借り手のことを、英語で【Underwater Borrowers】(水面下に沈んじゃった)と呼ぶが、このアンダーウォーター・ボロワー達は、1Q09で、その前の4Q08から18%の増加して、全体の22%に一気に増えた

    HELOCも含めホームエクイティローンの貸し手は、アンダーウォーターの借り手からは一銭も回収できないですからね。エクイティがネガティブなのに、どうやって回収するのさ。

    FDICが出している銀行統計サイトをのぞいてみたら、昨年12月末の段階で、オン・バランスになっているだけでも、HELOCの残高はシステム全体でおよそ5830億ドル(56兆円)あった。この2割がアンダーウォーターだと仮定すると、ここの部分だけで1200億ドルは、すでに貸し手にとっての「全損」である。「有担保」なのに「全損」。さすが、ハイブリッドですわね。

    ただし、フツーに預金の取り扱いを行うフツーの銀行がフツーにオリジネートしてバランスシートに残っているHELOCはまだしもですよ、プレデターレンダーなどの業者を経由してホールセールのローン市場で売買されて証券化市場に直接回ったホームエクイティローンになると、ローンのクオリティはさらにひどいだろうから、ここらへんを原資産にして作られた仕組み債の保有者は・・・どうもご愁傷様でございました・・・。

    思えば、筆者が2005年とか2006年あたりに実際に調査した大手米銀たちはどこも、米住宅市場が戦後、ジグザグはしたけれど、基本的に絶対価値は下がっていないという点をどこもやたらと強調していて、それゆえにホームエクイティの急速な消滅はシナリオに入れていないという印象が強かった。そしてどの銀行も、「グリーンスパン氏も同じことをいってますよ」というセリフを必ず最後に付け加えるのを忘れなかった。

    プレデターレンダーの言うことをそのまま信じた借り手もバカだったが、マエストロの言うことを信じたあんたらもバカだったね・・・。

       ★   ★   ★


    え?筆者のHELOC口座は、その後どうなったか、ですか?

    心配ご無用。筆者は、プレデターの言うことはもちろん、マエストロの言うことも信じていなかったから。

    筆者のHELOCは、設定直後のティーザーレートが続く最初の数年で完済し、残高は現在ゼロ。そのまま使わず放ってあるが、「あなたのHELOC、閉じさせてもらいます。」という宣告も銀行からまだ受けていない。

    自分の口座が、いま、どれくらいの金利になっているのか調べてみた。引き出し枠は設定当初と同じだけあるのに、口座残高にかかる金利はさらに下がって、3%ちょっとになっていた。税効果も加味すると2%ちょっとの金利負担であるよ。これを利用してフォークロージャ物件のひとつでもキャッシュで買いたいところだが、筆者はいまセミリタイア中で、HELOC返済の月々のキャッシュフローの目処がつかない。「先立つものがない」ってやつさ。

    せっかく安価なクレジットラインがあるのに、非常に残念である・・・。

    今朝、これを書きながらNY市場の動きを見ていたが、日曜大工大型工務店のLOWES(ティッカー:LOW)が好調。住宅関連株も、今日は気持ち明るい。

    たしかに、筆者自身を振り返っても、借金してまで派手な出費はもうできないが、日曜大工やガーデニングなど身近な楽しみにいそしんで、なるたけおカネをかけないで生活クオリティを保持しようと考えているもんね。LOWESの好調さを支えてるのも、そういう心理が裏で働いているのではなかろうか。

    でも、家を再抵当に入れて借金して膨れてた、かつての消費ブームは、もうしばらくは戻ってはこないよ。

    みんな、先立つものがないんだから。




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    Friday, May 15, 2009

    住宅売れなきゃブルドーザーで在庫調整

    ミシガン州に住む42歳の郵便局員が、住宅ローンの支払いに充てようと、勤め先から2万ドル相当の切手を盗みネットオークションで売ろうとしていたことが発覚してクビになったというニュースを読み、そのマヌケさに呆れながらも、筆者にはちょっぴり思うところがあった。

    窃盗犯として逮捕されちゃったから、彼の持ち家はフォークロージャになることが、ほぼ決まりですね・・・。

       ★   ★   ★

    米国の住宅フォークロージャ(銀行による担保物件の差し押さえ)が止まらない。

    全米のフォークロージャ物件を調査しているRealtyTracの昨日付けリリースによると、09年4月のフォークロージャ数は34万2000件、前年同期比で32%増、だったそうである。(グラフは全米フォークロージャ数の推移)



    これは、平均すると「372戸に1戸の割合で、ローンが払えずに、銀行から差し押さえ宣告を受けた」という意味ですと。

    にっちもさっちもいかなくなって職場から切手盗んじゃった・・・というのも悲しいが、アメリカ家庭の多くが、月々の住宅ローン支払いにヒーヒー言ってるわけですね。

    09年3月のフォークロージャ件数も34万件だったので、前月からみれば増加はほぼ横ばいではあるが、毎月ごとの増加率なんてのは、最低でも数ヶ月間のトレンドとしてみるべき類(たぐい)のものであって、ひと月だけ見て分析したって、何の意味もない。

    これを「横ばいだ!横ばいだー!」とポジティブに解釈して喜んでいたのは、【Green Shoots説】のプロパガンダを24時間TVで流しまくってたCNBC局の連中ぐらいである。CNBC局ったら、視聴者にオバマ政権を糾弾するティーパーティをそそのかしたりして、ついこの間まで政府と仲悪かったのに、いつのまにか政府の御輿かつぐようになってるな。変身早すぎるぞ。

    CNBC局は、先週も、米失業率の増加率という【微生物レベル】の話をポジティブに誇張するだけ誇張して、ウキウキしやすい一般大衆をその気にさせようとしてた“常習犯”であるからして、CNBC局のムード作りに惑わされてはいけない。

    去年の暮れに銀行が政府からフォークロージャのモラトリアム(一時凍結)を強要されてた期間は、銀行もおとなしくしてたけど、モラトリアム期間が終了したとたんに、その反動で、ドーとフォークロージャが3月、4月と続けて表面化した。

    ちまたが予想していたとおり、である。

    何年もかけて出来上がった住宅市場のゆがみを、数ヶ月間だけモラトリアムして、その間にささっとフィックスできるはずがない。(CNBC局のラリー・クドローとジム・クレイマーとそのとりまき以外は)誰にでもわかるでしょ、そんなこと。

    尚、上のRealtyTracという組織のサイト、RealtyTrac.comには現在150万件の差し押さえ物件が掲載されてるそうですので、興味ある方は、サーチエンジンでお好みの物件を探してみてはいかがでしょうか。

       ★   ★   ★

    今年3月に、モルゲージバンカー協会(MBA)が発表したリリースでは、モルゲージローンの延滞率が急増していて、住宅融資全体の11%がヤバそうという事実も忘れてはいけない。

    延滞債権というのは【フォークロージャ予備軍】であるからして、ローン延滞率が上昇を続けているのにフォークロージャ数だけが下落トレンドに入ると予想することは、不可能である。

    また、フォークロージャ多発の影響で、住宅価格自体の低下も続いているために、ローンから発生する最終損失額は膨らみ続ける公算高し、と考えるのが正しい。

    さらには、『オプションARM』のリセット時期がこの春から本格化する。(『オプションARM』=借り入れ後最初の数年だけ低い金利で済むが、それが結局ネガティブアモチゼーションになって、金利リセット時には元本額が膨らむ借り入れ様式。)

    このOptionARMの話については、もうかなり前から業界の常識となっていて、いまごろオプションARMの話に驚く関係者は皆無。

    つまり、Option ARMの金利リセット開始に伴い延滞がさらに増加するであろうことは関係者なら誰もが予想していたことなので、銀行は銀行でそこそこに予想損失(Expected Loss)として貸し倒れ引当金に織り込んでいるはず

    ただし、この文章の「そこそこ」というのと「はず」というのが、ミソ。

    彼らが予想している損失額を上回ると、結局は、多額の追加損失が発生して当期利益を減らし、ノーマライズされたP/Eも下がり、株価をヒットする、というシナリオは十分あり、である。(Expected Loss=ELについては、4月28日付けMHJ記事『資産評価のダブルスタンダード』で説明したので、参照ください。)

    また実際の損失額がELを激しく上回ると、今度は予想外損失(UL)が膨らんで、またキャピタル不足に陥って、ふたたび増資することになり、一株あたりの株価希薄化・・・という連鎖になる可能性も、いまだに銀行株には、あり。

    先日金融当局が発表したストレステストで当局がはじいた「損失予想額」は甘すぎる、という見方が市場に広がっており、将来の増資リスクにはリアリティありと構えたほうがよい。

    <注意> ここで注意されたいのは、延滞率11%というのは、30日間以上支払いが延滞しているローン、という意味であって、融資の11%がまるまる全額パーになるわけではない。最終予想損失というのは、[ 融資総額x予想延滞率x(1-予想回収率)]ではじかれる。住宅価格が下がると、回収率がその分下がるため、損失額も膨らむ、というわけである。)

       ★   ★   ★

    住宅ローンの延滞率とフォークロージャのすさまじさ。ともに、考えただけで頭がズキズキしてくるが、フォークロージャの嵐がとりわけ凄いことになってるカリフォルニア州などでは、

    売れない住宅は損になるだけだから、ぶっ壊しちまえ!

    ってことで、新築の、まだ誰も住んだことのない、ピカピカの完成間際の一戸建て家屋を、ブルドーザーで破壊し始めている。

    こちらは、先週話題になった動画です(↓↓↓)。南カリフォルニア州の新興住宅地で、デベロッパーが倒産し、銀行に差し押さえられた担保物件を、銀行が売却をあきらめて破壊している、というニュース映像です。



    URLはここ

    これも一種の【在庫調整】か・・・。

    しかしねぇ・・・フォークロージャで家を失う家族が毎月30万件超えてるのにですよ・・・一方では、こうやって、新築のモデルハウスを破壊する、ってさ・・・。

    世界中で餓死者数が増加してるのに、価格破壊で、せっかく育てたキャベツを大量廃棄処分にしてた日本の農家を思い出すではないか。

    これも、切手窃盗男の事件とならび、昨今の住宅事情に関し、ちょっぴり考えさせられるエピソードであった。


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    Wednesday, May 13, 2009

    春一番は増資の嵐

    春一番の突風のように、【増資の嵐】が米市場を襲ってきた。

    発行体は金融機関だけじゃない、他の事業会社も申し合わせたように一斉にエクイティ発行で、5月だけですでに発行額が300億ドル(約3兆円)超えた、ってんだから。

    真性マゾと化した米株市場が「もっと、もっと増資してーー!」と叫び悶えている、とは先週5月6日のMHJ記事に書いた。

    しかし、いくらマゾでも、「自分の生命に関わるかも」という気配に気づいたら、さすがに「正気」に戻るもんであるな。

    週明けの月曜(5月11日)はストレステストを終えた金融機関たちが一斉に増資の発表をし、米株市場は金融株の下げ主導でインデックスを下げた。

    月曜日に出てきた発表だけでも、

       * BB&T 15億ドル普通株増資 (このニュースで月曜日の同社株価3.5%ダウン)
       * US Bancorp 25億ドル増資 (同じく4.9%ダウン)
       * Capital One 株数で560万株増資 (8.9%ダウン)
       * Key Corp  7億5千万ドル増資 (4.7%ダウン)
       * Principal Financial  株数で4225万株増資 (10.3%ダウン)
       * Berkshire Hills Bancorp 3千万ドル増資 (3.6%ダウン)

    規制当局の検査を受けて「資本金足りない」と指摘されたら増資しなくちゃいけない、というその当たり前のことに、月曜まで気づかなかったのであろうか。

    そして、昨日も、いまこれを書いている水曜の午前も、冴えない展開・・・。ショートスクイーズも一巡したみたいだし。

    米市場では、今年3月の新株オファリングは約100億ドル、4月になると200億ドルに増え、5月はまだ半分経ってないのに既に300億ドル超。もしも、バンカメが150億ドルのオファーを今月やると、450億ドルになるかも、ですって。

    先週からの新株発行のすさまじさを見たい方は、こちらのリストを参照ください。

       ★   ★   ★

    言っておくが、これは【株式】だけの話。

    これの他に【債券】も、リファイナンス分も含めて、新規発行が続々来るらしい。

    先日はマイクロソフト社が初の普通社債を発行するというニュースが伝わり注目を集めた。マイクロソフトが普通社債発行するのは初めて。

    この件に関し読売新聞の記事には、こうあった。

     Microsoftの取締役会は2008年9月、同社が最大60億ドルの債券を発行することを承認した。Microsoftは既に、コマーシャルペーパーとして知られる短期借入金を20億ドル分発行している。これを考慮すると、Microsoftはこの新しい債券発行計画の一環として、40億ドル分を発行する公算が大きい。この計画では、債券は3回に分けて発行されることになっており、満期日はそれぞれ異なる。

     債券発行で得られる資金の使い道について、Microsoftは「企業活動に関連する一般目的」に使用するという、画一的な発言をするにとどめ、具体的なことは何も述べなかった。Microsoftによると、一般目的には運転資金や設備投資、同社株式の買い戻し、買収などに必要な財源が含まれる可能性があるという。


    ふむ・・・どこもバランスシートの見直しで、大変であるな・・・。

    新株発行も旺盛、新発の債券発行も旺盛、となると、市中の資金はそちらに一部吸い取られるね。

    企業の資金繰り、で思い出したが、つい先日、米コマーシャルペーパー(CP)市場が引き続き、ひでーことになっている、という記事をFTで見かけた。

    上述の読売の記事でも出てきた、マイクロソフトがコマーシャルペーパーで20億ドル調達して短期運転資金を手当て、という、その「コマーシャルペーパー」である。

    米国CP市場は、優良企業が30日とかの短期資金が必要になったときに、市場の流動性が高く安価に調達できるとして、従来から、極めて重要なマーケットとして認識されてきた。(日本のCP市場とは、意味合いも違うし、市場規模もぜんぜん違う。)

    一般的なCP(キャッシュCP)だけのころは、トリプルA格とかダブルA格とかの高格付けを保持している発行体しか参加できないマーケットだったんだけど、証券化手法が使われるようになってからは、本体の信用力は低い企業でも、証券化することでCP市場でも短期資金を調達することが可能になった。(←Asset Backed Commercial Paper、略して ABCP というヤツです。)

    しかし、2007年の中ごろから、このCP市場で、気味悪い動きが立て続けに起こるようになり、これまでスムーズに短期資金を調達できていた企業達も、CP市場でなかなか貸してもらえなくなってきた。

    マイクロソフトはトリプルA格の超優良企業だから、20億ドルぐらいの短期資金はアッというまに出てくるだろうが、そうじゃない企業になると、短期の資金繰りがヤバくなってくるところが続出。すなわち「バランスシートの流動性低下」ってやつである。

    そのいい例として、つい先日までトリプルAだったGEの子会社GEキャピタル(GECC)なんて、金融不安のせいで調達スプレッドにものすごいプレミアムがつけられて、事実上、資金市場から締め出しにあっていた、というのは3月4日のMHJ記事『オバマによると株は買い時』の後半でも言及した。

    GEという会社は米CP市場では最大規模の発行体なのだが、そのGEですらも、資金繰り不安がささやかれるような、そんなギクシャクした状況だったんだよな。

    FRB連銀は米CP市場の動きを毎日サイトでアップデートしてくれている。

    FRBのCP市場データはここです:
    http://www.federalreserve.gov/releases/cp/


    久しぶりにこのサイトを覗いてみたが、やっぱり、相変わらずひでぇ状況だな・・・。

    今朝、ガイトナー財務長官がコミュニティバンクの集会で「リーマンショック後と比べると資金市場はずっとスムーズになってきた」と述べてるスピーチをライブで聴いたけど、そりゃー確かにショック“直後”と比べるとマシにはなりましたけどさ、CP市場の機能麻痺が続いてることは、連銀サイトを見れば一目瞭然。

    とりわけABCPは、悲惨である。心拍数がさらに弱くなってる雰囲気・・・。

    かつて日本の不動産価格のグラフを見て富士山を連想したひとが多くいたように、米ABCP市場の発行総額のグラフをみて、マッターホルンを思い出したイギリス人もいたらしい・・・(涙)。

    ABCPのマッターホルンFT Alphavilleより)


    短期資金市場がここまでヘロヘロなことになってるあいだも、会社さんたちは運転資金はどこも必要ですからね。企業は、多少コスト高くついても、別の形で資金繰りの手当てしてやるっきゃない。(これまで起債する必要のなかったマイクロソフトが普通社債市場に出てくるように、ね。)だから起債は続く。

    そして、証券化市場が活気を取り戻してくれないと、企業のバランスシートはどうしてもデカクなっちゃう、というもうひとつの負の効果がある。

    バランスシートがでかくなると、自己資本がその分余計にかかるから、キャピタル足りない会社(←銀行とか)は今回みたいに増資しなくちゃいけないんで、普通株も発行株式数はもっともっと増えるかも。たとえ増資が必要ない会社でも、「普通株のバイバックで一株あたりの価値上げよう」なんつー話は夢の夢。

    そうやって、市場には、株でも、債券でも、供給圧力が生まれ、証券プライスに下方にのしかかるんである・・・。

    (資金需給の動向について興味があるので、最近いいリサーチや読み物が出ていれば、ぜひ筆者に紹介してください。)


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    Sunday, May 10, 2009

    「雇用回復」には顕微鏡を用意しろ

    前回のMHJ記事で、筆者は「金曜日には雇用統計が出てくるけれど、それもどうせ、失業率の増加率が減少してるとかなんとか喜んで、景気回復が始まったとはしゃぎまくるに決まってる。(増加率なんてもんは、分子が変わらなくても分母が大きくなりさえすれば勝手に下がってくれるのに。)」みたいなことを書いた。

    週末の土曜日(9日)、NYタイムズを広げた筆者の口から漏れたのは、

    「思ったとおり・・・」

    の言葉だけ。

    9日のNYタイムズの見出し:『米失業率8.9%に:しかし増加ペースは緩和』

    U.S. Jobless Rate Hits 8.9%, but Pace Eases (NYTimes 05/09/09)
    http://www.nytimes.com/2009/05/09/business/economy/09jobs.html?scp=1&sq=unemployment%20rate&st=cse


    さてさて、それでは、どれくらい失業の増加具合が【減少】してるのか、くだんの失業率とやらを見てみることにしようかね。


    ↓↓<表1>米国失業率の過去10年の推移↓↓




    おや、不思議ですこと、これだと【肉眼】でみただけじゃ減少してるようには見えませんわね。

    やっぱし、こういうものは、顕微鏡使わないとダメでしょうか。

    微生物か。

    それより、もっと面白いグラフを見つけた。

    こちらなら、顕微鏡を使わなくても、減少してるならしてる、とハッキリ肉眼でもわかります。

    ↓↓<表2>第二次世界大戦後の米国リセッションの失業悪化度%↓↓
    (クリックすると拡大されます。)





    このグラフ、雇用がピークを迎えたときをスタート基準にして、そこからリセッション中にどれだけ雇用が減ったかを時系列にしたものである。

    縦軸はピーク時をゼロとしたときからの減少率、横軸は再び雇用が完全回復するまでピークから数えて何ヶ月かかったか、を示す。

    グラフ中の赤線が現在の米国の雇用状況であるが、これみても、やっぱり「失業増加が緩和してる」とか「回復フェーズに入ってる」とかは、わからん。

    っていうか、まだ全然、回復の「かの字」も出てないじゃん。これのどこが「GREEN SHOOTS」なんだっつの。

    このグラフ(表2)には、さらに、指摘すべきポイントがある。

    それは、「80年代以降、雇用完全回復に要する時間が長くなってきている」という点である。

    80年代以前だと、ピークから雇用状況が急激に悪化しても再びピーク時のレベルに戻すまで、わずか2年しかかかっていない。ところが、過去3回のリセッション(81年、90年、01年)では、毎回時間が延びて、前回01年のリセッションのときはダラダラ4年近くかかっている。

    過去の事象がどうしてこうなったのかは、【経済の構造変化】という要因がからんでいるような気がするので、その分析はマクロ・エコノミストに任せるとして、筆者が問いたいのは、今回は2001年のときと比べてはるかにインパクトの強い不況に入っていながら、何故、今回は、そんなに早く不況脱出できると誰もが考えてるのか、ということである。

    雇用回復しないと住宅市場も経済そのものも回復しない。給料入ってこないのに、どうやって、月々の住宅ローン返済できるんだ?どうやって、消費増やすの?

    前回のリセッションでは、マエストロのじっちゃまグリーンスパンが金利ガンガン下げまくりの上にクレジット市場が際限なく拡大するのを黙認したおかげで、消費が促されて(ついでに家計の借金も増やさせまくって)不況脱出できたけど、今回は政策金利はすでにゼロ、クレジットマーケットは凍結したまんま、連銀が銀行の代わりにリスク取ってくれてるから何とか回していけるけれど、これ連銀がバランスシートを縮小し始めたら、リスクは全部、金融機関に【逆流】してくるわけですからね。そうなると、それでなくても萎縮しているクレジットは、さらに萎縮しますよ。

    前々から言ってるが、資金は経済の血液、とりわけクレジットは赤血球みたいなもんである。クレジット減ると酸欠でパクパク。利ザヤが潰れてゆくのにクレジットだけ出しまくると、今度は銀行が自己資本不足でパクパク。

    失業の増加具合がペース落としてるなんてのは、【微生物レベル】の話である。

    そんな話に市場中が思考停止になるようでは、この微生物は豚インフルのウィルスよりも強烈かもしれん。

    筆者は、マスクをしっかりつけて、引き続きウジウジした投資スタンスで臨むつもりである。

       ★   ★   ★

    ※ ただし、誤解のないように付け加えておきますけれど、デイトレの場合は、んなこと、知ったこっちゃないからね。デイトレは投資ではない。あれは市場のモメンタムに乗っかるだけの『波乗りトレーディング』である。波に乗る自信があるひとは、ボラティリティの高いいまこそ、頑張って儲けてくださいな。(4月12日付MHJ記事『波乗りトレーディング』参照)

    ただし、大波来ると、プロのサーファーでも溺れますからね。

    「チャートでトレードしろ、ニュースでトレードするな」

    という【デイトレの鉄則】をくれぐれも忘れずに!(←と、自分で自分に言い聞かせる。)

       ★   ★   ★

    金曜日は「失業に歯止めがかかってきている」などという【微生物レベル】の話題で盛り上がりまくったせいで、市場では「10年米国債のイールドが上がってる」という、ものすごく重要なトピックのほうは無視された。

    10年米国債イールドというのは、金融機関の調達コストのベンチマークのひとつに使われることもあり、非常に重要な金利。

    オバマ政権の施策が一部功を奏してモルゲージ金利が下がってきたというのはMHJ記事でも述べた。

    で、そのモルゲージの貸出金利なんですが・・・




    上のグラフは、モルゲージ金利(赤線)、10年米国債金利(青線)、それらの金利差、すなわちスプレッド(黒線)である。

    スプレッドがここ数年の最低レベルまで落ちてきているのである。

    モルゲージ金利が下がってきてるのは住宅市場の需要回復に寄与するから喜ばしいこととしても、モルゲージローンを貸し出す銀行にしてみたら、貸出サイドの金利が下がり調達サイドのベース金利が上がってくると、その2つの金利差にあたるスプレッドは当然縮小するため、銀行収益にはネガティブなインプリケーションがある。住宅ローンのスプレッドの厚みをある程度保つためには、調達サイドの金利上昇分は貸出サイドの金利に転嫁してやらなければならない。

    このグラフは、こちらのブログ記事から拝借したものであるが、この記事の書き手は、このグラフが示唆することとして、近いうちの「モルゲージ金利の上昇」を指摘した。10年米国債の金利上昇分がモルゲージ金利に転嫁されるという見方である。

    たしかに、それもひとつあるが、ここでモルゲージ金利が上昇したら、住宅市況はさらに悪化する。政治的に、オバマ政権は、銀行が収益確保するためにモルゲージ金利を上げることを黙認するだろうか。

    先日のMHJ記事(4月24日付MHJ記事『ワースト・イズ・オーバー』ほんとか?』参照)で、オバマ大統領が懇談会と称して、銀行関係者をホワイトハウスに呼びつけて、クレジットカードの金利を上げるなと圧力かけたと書いたが、政府としては、モルゲージも含めて消費者関連の借入コストを現在以上に上げたくないというのが本音。

    となると、ですよ、次に何が予想されるかというと、「モルゲージ金利もあげるな」という政治的圧力である。

    公的資金入れてもらって、ストレステストでも手加減してもらって、知らん振りできませんよね、銀行の皆さんも。

    つまり、これが何を意味するかというと、景気回復、とりわけ政府が最も着目している雇用回復が本格化するまでは、銀行の金利収支から生まれるコアの収益性は改善しにくい、ってことである。

    この程度のことを考えつくのに、顕微鏡なんぞは必要ない。

    あれー、でも、ストレステストの結果どの銀行も、たとえ多額の償却費用が発生しても収益で吸収できる、ってことになっていませんでしたっけ?

    そして、ちまたの皆さんも、銀行の今後の「収益性」に期待して金融株を先週買いまくってたんじゃありませんでしたっけ?

    スプレッドが縮小するかもしれないのに、どこから収益つくるんですか?

    いかに現在の株市場のラリーが本質論から目をそむけ、「微生物レベルの期待」をアドバルーンみたいにぶち上げて気分だけで盛り上がっているかということだ。



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    Wednesday, May 6, 2009

    バンカメ株跳躍:市場は真性マゾ

    いよいよ、明日(5月7日)は、米銀ストレステストの発表日である。

    正直な気持ち、待ちきれない。

    結果が知りたいから待ちきれない、という意味ではなくて、ストレステストの結果を巡ってひと月も続いた【無意味なアホ騒ぎ】にこれでようやく終止符が打たれるかと思うと、ほっとする。

    発表を明日に控え、今日のニューヨーク株市場のアホ騒ぎは最高潮に達した。

    今朝一番に出された、バンカメが340億ドルの普通株増資(優先株の転換による希薄化)が必要になりそうだというウォールストリートジャーナルのリーク記事を先頭に、どの銀行が普通株での増資をしなくちゃけいけないか、しなくてもいいのかと、今日は一日、次から次へと情報がリークされ、ニュース見出しになって流れ続けた。

    フィナンシャルタイムズだったかが、「ストレステストの結果をワクワクして待ってるのはマゾっぽい」と書いていたけど、まさにFTの言う通り。マゾっぽいどころか、真性マゾ、である。

    バンカメなんて、今日一日で株価17%アップですぜ。

    バンカメの3月末での有形株主資本(TCE)は700億ドルぐらいしかなかったんだよ。それの50%に相当する340億ドルが足りなくなりそうという痛いニュースを聞いた市場は、痛がるどころか、嬉しくて嬉しくて、今日だけでバンカメ10億株も取引される大商い。

    どっかの馬鹿がTVで「これで不透明さが払拭された」とかほざいていたが、ヤツがどんな「不透明」なシナリオを描いていたのか、聞かせてもらいたい。

    別の馬鹿は「国有化される可能性はなくなった」ともほざいていたが、あれほど、バーナンキやガイトナーがあちこちに登場して、その度に「国有化はしません」と繰り返し言っていたではないか。(2月28日MHJ記事『シティグループのマルチ国有化:一縷の望みに涙を拭け』参照。)

    もしも、あなたが、今日一日、バンカメ株がズンズン上がってゆくチャートを眺めているとき、「お願いッ!もっと、もっと、増資してぇぇぇぇええええ!!!!」というマゾヒスティックな市場の叫びが聞こえなかったら、あなたには投資の才能がないと思ってあきらめたほうがよろしい。

    というのは冗談だが、いったいどこの世界に、700億ドルの資本基盤の半分が毀損するというニュースを聞いて、飛び上がって喜ぶ阿呆がいるのか?(でも、いたんだな~、これが。)

    アメリカ株市場は、もはや、冷静な判断力を失っている。

    あさって金曜日は雇用統計が出てくる予定だが、これも、きっと、どこかの馬鹿が出てきて「失業者数はそんなに減ってなくても、失業率のセカンドデリバティブス(失業率の増加率、という意味)が下がってきてる!失業者の増え具合がスローダウンしてる!!」とかはしゃいで、【GREEN SHOOTS】説で盛り上がるに違いない。増加率のセカンドデリバティブスなんて、分母(=失業者総数)が大きくなれば勝手に下がってくれるに決まってるではないか。もう勝手に、セカンドデリバティブスでも、サードデリバティブスでも、やってろッ!

       ★   ★   ★

    株式投資というのは、基本的には、その企業の『収益見込み』をベースに株価が決定される、そういう投資であろう。収益が上がると見込まれたら、株価は上がる。

    つい2ヶ月前には一株3ドルを切るほど見放されていたバンカメ株が、今日は、12ドル超。3ドルだったときは、たしかに国有化に対する不安から市場はオーバーリアクションしていたかもしれない。

    でも、当たり前のことだけど、340億ドルの資本金が足りないというのは、自己資本基盤に340億ドル相当の穴があいてる、という意味だよ。向こう2年間で340億ドルの当期損失になる可能性がある、という意味である。

    340億ドルとサクッといいますけれどさ、円に直せば3兆5000億円だよ。

    3兆円以上の【ドデカイ損失】が出てくる可能性を前にして、嬉しくなって興奮して買いまくるってのは、これ、完全にマゾ。(あるいは、一種の心神喪失状態か。)

       ★   ★   ★

    以前のMHJの記事で、銀行のおおまかな収益コンポーネントについて説明したことがある。(4月19日付けMHJエントリー『緋文字の汚名を晴らしたい:JPモルガン1Q決算』参照)

    あのエントリーで説明したように、金融機関の本業の儲けを分析するにあたっては、信用コストが発生する″前″の段階でその金融機関がどれほど収益を出せるのか(=『償却前利益』という)が非常に重要です。

    バンカメの本業の収益力を見るために、4月29日に同社から発表された1Q09の財務資料を、ちょっくらのぞいてみた。

    この会社の場合、1Q09にメリルとカントリーワイドが連結されたにも関わらず、極端にコアの金利収支が改善してるようには見えないというのが結構哀しい。1Q07の業績を押し上げた債券トレーディング益は一過性の性格が強く、今後恒常的に期待できる種類の収益じゃないから、1Q09の数字は、今後を占う上で、あまりアテにならん。

    今年は不況の年で収益がバンバン上昇するような地合いじゃないし、コンサバにみて、この会社の『償却前利益』は1年間に300億ドル、2年間で600億ドルも出るかな、という程度の気がする。

    600億ドルの償却前利益が340億ドルの損失になるためには・・・

    2年間で1000億ドル近くの償却費用(引当金も含めた信用コスト)が発生する、と当局が判断した、という意味になるんですけどね・・・

    1000億ドル・・・10兆円の償却費用・・・シーン・・・

    市場アナリストがやるようにスプレッドシートで詳しく計算分析したわけじゃなくて、封筒の裏に手書きで数字並べて計算しただけだから、かなりイイカゲンな計算だけど、雰囲気掴むだけなら、こんなもんでいいでしょ。(笑)

    会計処理の変更とかで表面上は少しは手加減されるだろうけど、結局、バンカメの不良資産から発生する償却費用は、目先終了しそうもない、ってことである。

    これからまだまだ多額の当期損失が出そうな会社に、P/Eレシオもへったくれもない。レシオの分母、マイナスじゃんか。

    それでも、株価は上がり続ける。

    シティ証券のストラテジストが数日前のレポートに

    「グローバルエクイティ市場は企業収益見通しと分離して、トワイライトゾーンに入った」

    と書いていた。(英文レポートはここ。)

    筆者は、レポートの内容は全面的に同意はしないけれど、レポートタイトルは気に入った。

    シティのストラテジストチームには、FTの「株市場はマゾ」と並べて、筆者から【言い得て妙大賞】を差し上げたい。

       ★   ★   ★

    ファンダメンタルズは何も改善してないのに、「金融株は下がり過ぎ」という根拠のハッキリしないコンセンサスだけを頼りに、3月の底以来、米国のインデックスを押し上げ続けた金融株。

    しかし、市場に話題を提供してくれた「ストレステスト」の結果が公表されてしまったら、エクイティ市場は次は何に話題を求めるのだろうか。

    次に出てくるとすれば、いよいよ、商業用不動産・・・。

    しかし、これをネタに、どう盛り上がろうというのか・・・?



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    Monday, May 4, 2009

    住宅市場は新芽の季節?

    春です。

    春といえば、新芽の季節。



    英語で言えば、
    【Green Shoots】

    「経済回復の兆し」みたいな意味で、最近、やたらと、あちこちで耳にする言葉。

    3月15日に全米ネットワークで放映されたインタビュー番組で、バーナンキ連銀議長が口にしてからというもの、なんでもかんでも【Green Shoots】である。

    この番組でのバーナンキの発言から以下抜粋:


    "I think all of our efforts, so far, have produced results. We're buying about $500 billion in mortgages, in package and securities by the G.S.E.s, Fannie Mae and Freddie Mac. And that seems to have brought down mortgage rates significantly. It allows people to refinance. To get out of high rate mortgages. We are seeing progress in the money market mutual funds, and in the business lending area. And I think as those green shoots begin to appear in different markets and as some confidence begins to come back that will begin the positive dynamic that brings our economy back."

    「我々がこれまで払ってきた努力は、いまのところ結果を生んでいると私は思う。ファニーメイとフレディマックらGSE(準政府機関)からモルゲージ融資を5000億ドル買い取っているが、モルゲージ金利はそれで目に見えて低下した。これにより、ひとびとは借り換えを行って、高金利のモルゲージを抜け出ることができる。マネーマーケットの投資信託やビジネス融資のエリアでも状況は良くなってきている。さまざまな市場でこれらの若い芽(Green Shoots)がふいてきており、市場コンフィデンスが戻るに伴い、それがポジティブなダイナミクスを生んで、経済回復が始まるだろう。」


    このバーナンキ議長のインタビューがあった前週が、NYダウがリーマンショック以来最安値を付けた週であった。その翌週からはNY市場は8週連続上昇を続け、

    「普段だったら、すっごく悪く取られる」ようなニュース(例:豚インフルエンザ)

    は無視されて、その代わり

    「悪いニュースには違いないんだけど、考えてたよりはちょっとマシ」なニュース(例:失業者数)

    は、「ちょっとマシ」という部分がすべて【Green Shoots】と解釈されて、ポジティブニュースに成り代わる。

    今日のダウは214ポイントも跳ね上がった。

    市場が急落した直後に急回復するのを【Dead Cat Bounce (死んだ猫でも、高いところから落とせば跳ね上がる、の意)】と言うけれど、いま起きているのは、バーナンキ議長が言ってたような「市場コンフィデンスの回復」なのか、それとも、死んだ猫が跳ねてるのか・・・。

       ★   ★   ★
     
    今朝(5月4日)も、住宅関連で「悪いニュースだけど、悪いながらもちょっぴりマシ」なニュースが出た。

    3月の契約済み住宅個数が先月2月と比べて良くなっている、という、NAR(=National Association of Realtors「全米リアルター協会」)のリリースである。(リリース全文はここ。)

    「ちょっぴりマシ」というのは、すなわち、昨今の市場では「すごくポジティブ」という意味になり、このニュースも「住宅市場回復の兆しが見えてきた!」と今朝いちばんの【Green Shoots】な話題になった。

    オバマ政権が海外展開するコーポレーションに対する税務上の恩恵を取り消すと言い出しており、インターナショナル企業にとっては税負担が重くなり海外競争力が落ちるというマジな懸念が出されているのだが、そんなニュースなんて、なんのその。

    そんな暗い話より、住宅関連で「ちょっぴりマシ」なニュースが出たことのほうが、重要だーい!とはしゃいで、今朝のNY市場では不動産関連ETF(ティッカー:XHB)がびょ~~~~んと7%跳ね上がった。 (下のグラフはXHBの過去5日の動き。)



    銀行株のほうも、ストレステストの結果ウェルズファーゴに当局が資本増強を迫っていて株式希薄化しそうというニュースが出たけど、そんなニュースなんて、なんのその。

    そんな暗い話より、ウォーレン・バフェットがインタビュー番組でウェルズファーゴを褒めてるという情報のほうが重要だーい!とはしゃいで、今日はウェルズ株もびょ~~~~んと24%上昇した。

    (バフェットはウェルズの最大株主のひとりなんだからTV出演でわざわざウェルズファーゴをこき下ろして株価下げるようなマネするわけないじゃんかよ・・・なんつーひねくれた話はこの際言いっこなし。)

    “死んだネコ” どころか、ベア市場の“ヒグマ”を高層ビルの屋上からトランポリンの上に突き落としたようなウキウキ感である。

       ★   ★   ★

    さて、このNARが発表した、契約済み住宅数インデックス(Pending Home Sales Index)の統計であるが、少し詳細をみてみたい。

    このPending Home Sales Indexというのは、要するに、「この家買います!」と買い手がついて売買コントラクトが結ばれた段階の戸数をインデックス化したものである。実際には、これからモルゲージローン組んだり、あれやこれやと書類を用意して最終的にクロージングに至り、そこでようやく売買完了(Sold)になるわけだが、コントラクトが結ばれたからとて、それらがすべてクロージングできるわけではない。あくまでも、これから先数ヶ月のうちにクロージングを迎えそうな戸数、という意味であることに注意。

    で、この統計がどれくらい「ポジティブ」だったかというと、2月のインデックスより8.5%上昇し、一年前の3月より7.5%上昇した、というもの。NARのエコノミストの分析では、(1)モルゲージ金利が低下した、(2)オバマの経済対策の一環でファースト・タイム・バイヤーに8000ドルの税金の戻し、(3)住宅価格が下落して購入しやすくなった、の3点が、3月は効果を発揮したらしい。

    モルゲージ金利が低くなった(30年固定で現在5%以下)ことは、たしかに喜ばしいことである。8%払わされてたのが5%まで下がったら、こりゃー月々の支払額としては大きいですからね。

    オバマの8000ドルの税クレジットは、過去3年家を持ったことがなく、年収が75000ドル以下(カップルなら15万ドル以下)で、2009年1月から11月までの間に新居を購入した人を対象に、最高8000ドルまで税控除します、というもの。ファースト・タイム・バイヤーの中には、これを「頭金」として使おうとしてるひともいるらしい。

    NARのエコノミストは、このインデックスが連続して向上しているのはポジティブとしながらも、住宅市場が完全に底入れしたかを見極めるにはこのトレンドが維持可能かどうか数ヶ月見守る必要がある、と述べた。

    しかし、多くが、維持可能かどうかなんて知ったこっちゃない、最初の「ポジティブ」という部分以外は、誰も聞いちゃぁいませんからね、ハイ。

       ★   ★   ★

    さて、三番目の「お買い求めやすくなった」という部分だが、持ち家のAffordabiltyインデックスが高水準にいる、とNARは言っている。(このインデックスは数字が高くなるほど「よりお買い求めやすくなってる」という意味。)

    Affordability - すなわち、家を買う能力のことだが、この能力は大きく以下の3つの要因に左右される。
       (1) 家の価格
       (2) 金利
       (3) 収入


    NARが出した統計を見ると、いまAffordabilityが上がってるのは、(1)と(2)が下がってるから、というのがわかりますな。

    地域差はあるとはいえ、全米の家の価格は下がりっぱなし。



    上のグラフは、1970年から直近までの米国の住宅価格を、インフレーション調整して示したもの。インフレ調整かけると、なんと、ここ2年かそこらで1979年のレベルまで急激に落下したってんだからね。すごすぎ。

    これだけ急激に下がったら、そりゃーお手頃感も出てくるというもんでしょう。

    しかし、問題は、(3)収入の見通し、である。

       ★   ★   ★



    NARのAffordabilty Indexの表をみると、この12ヶ月、家計の収入(メディアン)は確実に低下し続けているのだ。(表中「Median Family Income」を参照。)

    折も折、ポール・クルッグマン氏がニューヨークタイムズに、この「家計の収入(Family Income)」について昨日付でブログコラムを書いている。

    Falling Wage Syndrome (NYT 5/3/2009)
    http://www.nytimes.com/2009/05/04/opinion/04krugman.html?partner=rssnyt&emc=rss

    『Falling Wage Syndrome』(給料減少のシンドローム)というタイトルで書かれたこのコラムで氏は、アメリカの労働者が職をキープするために給料減額を呑んでいるが、どの会社も一斉に従業員の給与を減らしているので、コスト削減による企業の競争力上昇という経済効果は望めず、逆に、それは、個々が抱える借金にかかる金利の実質的な上昇を意味する、と述べている。

    そして、給与の減少がスタグフレーションに寄与した例として日本を挙げ、日本の給与が1997年から2003年まで年率1%下がり続けたことが日本の景気回復を遅らせたと指摘している。

    米住宅価格はまだ下がりそうだが、上のグラフで示したようにインフレ調整をすれば30年前の水準まで落ちているということなので、数年のうちに底入れする可能性はありそう。


    ただし、トレンドラインを乖離して上がりすぎたものは、次は、コレクションの過程で、いったんトレンドラインを大きく下回った後にトレンドラインに回帰するというのは、これ、レグレッションの常識。従って、米国の住宅価格は、このコレクションのモメンタムによって、さらに下がることが予想される。

    さらに、短期的要因として、銀行によるフォークロージャの「モラトリアム期間」が終了したため、今後、市場に放出されてくるフォークロージャ物件のサプライ(供給)が需要に対してどれくらい増えるかによっても、住宅価格は下げの圧力を受けるかもしれない。

    NARのインデックスのように、住宅価格の低下度合いが給与の低下度合いを上回って進行しさえすれば改善値を示すような単純なインデックスの場合は、今後もさらに「Affordability」は改善されるかもしれない。

    しかし、クルッグマン氏が指摘するように、「家庭の収入の減少が実質的にモルゲージ金利の上昇を招く」のならば、NARのAffordability Indexがどう改善しようとも、家計のデレバレッジ(deleverage=借金返済)は継続されるだろうし、とりわけ、収入の見通しが不透明な中で持ち家のように年収の4倍も5倍もするような大きな買い物をデカイ借金を組んで手に入れようという行為は、心理的にもブレーキがかかる。

    家計が安定しないうちから、住宅販売だけが順調に伸びるものだろうか。それって、筆者には、ちょっと想定できないんですけど・・・。

    春の新芽も、土の上に頭が出ても、その後ちゃんとお水をやらないと伸びませんしね・・・。



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    Friday, May 1, 2009

    ベイルアウト、タイムアウト、ホールドアウト

    4月末、クライスラー社、時間切れで、破産法チャプター11による処理が正式に決定。

    ニュースによると、2008年12月31日付けで、同社のバランスシートは、【資産393億ドル】に対し【負債552億ドル】という、極度の債務超過の状態だったそうである。

    米政府の公的資金による一時的な救済措置も空しく、クライスラーは法的処理に入る。

    ただし、「チャプター11」の場合は、【会社更生】がその目的なので、債権者が超過分に見合う債務リストラに合意してバランスシートを建て直すプロセスに入る、という意味であって、クライスラー社の営業は継続され会社そのものが消滅されるわけではない。

    法廷での折衝が続けられている間はクライスラーの現従業員はクビにはならず、たとえ工場で仕事がなくても、給料の8割相当を、政府が用意する33億ドルのつなぎ資金から払ってもらえるそうである。

    今朝(5月1日、金曜日)、クライスラー社は、ニューヨーク・マンハッタンの法廷で初日を迎えた。

       ★   ★   ★

    オバマ指揮下のタスクフォースは、できることなら、チャプター11を回避して、法廷外で当事者間の合意を取り付け、手早く再建に取り掛かることを希望していたが、政府側が提示した債務リストラ案に対して一部の債権者が難色を示し、締め切りの4月末までに関係者の合意に達することができなかった。つまり、ホールドアウト(提示された条件に抵抗すること)にあったわけである。

    昨日の記者会見の席で、オバマは、クライスラーが結局チャプター11で法的処理に入ることになってしまったのは、一部の投資会社やヘッジファンドがホールドアウトしたせい、とハッキリ言い放った。オバマは政府案に同意しなかったヘッジファンドを「スペキュレーター」と呼び「当事者が全員で犠牲を払い痛みを分かち合わなくてはいけないときに、彼らは自分達だけ儲かればそれでいいと考えている」と激しく批判した。

    クライスラーのお膝元ミシガン州選出の民主党下院議員ジョン・ディンゲル(John Dingell)などは、「rogue(悪者)」とか「vulture(ハゲタカ)」といった言葉を頻出させて、債権者批判を展開した。



    “The rogue hedge funds that refused to agree to a fair offer to exchange debt for cash from the U.S. Treasury -- firms I label as the ‘vultures’ -- will now be dealt with accordingly in court,”

    「政府の財源を使って債務をキャッシュに変えてやるというこちらからのフェアな申し出があったにもかかわらず、悪徳ヘッジファンド達、わたしは「ハゲタカ」と呼んでるが、あの連中が、それを断った。そのために、この件は法廷に持ち込まれることになった。」

    .
    出たッ!「ボーナス魔女狩り騒動」で散々使い古したはずの筋書きの再登場である。

       ● 「ウォール街」=「悪徳商人」
       ● 「納税者」=「悪徳商人にいじめられている真面目で善良な人々」
       ● 「政界」=「水戸黄門チーム」

    という、あのプロットである。

    このディンゲル議員、今朝のテレビ番組にも出て、「ひとことでヘッジファンドといっても、中には、真面目に教会に通うような立派な人たちもいるかもしれないが、今回反対したのはグリードだ!」とわめいていた。

    どこでどうすると「真面目に教会にお祈りに行く」ことと、「クライスラーの会社更生法申請」とが繋がるのかは定かではないが、政界というのは、このディンゲルがいい例だが、ともかくなんでも

    「わかりやすい勧善懲悪の図」

    にして売り込めば、大衆の支持を得られると信じて疑わないヤツがやたら多いな。

    『Bankruptcy』(破産・倒産)という字面の悪さに米国の製造業労働者層が意気消沈してしまわないように気を使ったのだろうか、記者会見でオバマは、

    "Bankruptcy is not a sign of weakness."
    「倒産したからといって、それが弱さの証拠ではない。」

    とも言っていた。(でも、強い会社が誰より先に倒産するかよ・・・)

       ★   ★   ★

    しかし、政府案は実際に「フェアな申し出」だったのだろうか。クライスラー社にカネを貸した「悪徳ヘッジファンド達」(by ディンゲル)は、本当にオバマやディンゲルが批判してるように、不当でアコギなことを言っているのだろうか。

    オバマのタスクフォースが用意した政府案を読むと、そこには、誰がどれだけの「犠牲(Sacrifice)」を払うべきかが詳細に書かれている。(全文はここへ。)

    ここで、ちょっとだけ横道にそれて、企業が借金するとき、(1)どんな種類の借金(債務)があるのか、(2)法的処理に入ったときに何がポイントになるのか、を押さえておきたい。

    まず、(1)債務の種類、である。

    一般に、債務(借金)というのは、「有担保」のもの(担保でカバーされている、という意味)と、「無担保」のものに分かれる。(住宅ローンでお馴染みなように、有担保でカネを貸してる側は、借りてる側が借金返済できなくなると担保を取り上げる“権利”を有しているわけですね。)

    クライスラー社は当初、JPモルガンやシティ、モルガンスタンレー、ゴールドマンなどの銀行に担保を提供して融資を受けていた。

    しかし、2007年あたりから金融危機が高まるにつれ、これらの貸し手はクライスラーの返済能力が低下してゆくのを憂慮して、セカンダリー市場でディスカウントかけて外部投資家に売却してバランスシートから外していた。

    なぜ銀行が融資をディスカウントしてまでローンを売却しようとするかというと、融資をバランスシートに抱えたままでいると、その分、引当金や自己資本といったキャピタルチャージがかかり、とりわけ、融資のクオリティが今後悪化することが見込まれていたら、キャピタルチャージはさらに高コストになるために、銀行にとっては額面のまま抱え続けるより売却したほうがより経済合理性にかなうからである。

    一方、ローンのセカンダリー市場で融資を買う投資家のサイドは、ディスカウントと今後の回収見込みを比較して、将来の売却価格(将来価値)がプラスに出ると判断したら購入する。

    こうしたローンのセカンダリー市場での売買は、金融機関同士の間では従来から広範囲で通常業務の一部として行われてきたが、2007年あたりから金融危機が高まるにつれ、売却される際にディスカウントが強くかかるようになってきた(お買い得になってきた)ため、潤沢な資金で高リターンを狙うヘッジファンドらがローンの買い手として盛んに市場参加してくるようになったのは事実。

    こうした金融取引を、オバマのように何もかも「スペキュレーション」と呼んでしまうのはいかがなものかと筆者は思うが、これら取引の現場を知らないひとには、そう見えるのかもしれませんね。

    また、もう一点重要な点だが、債務には(2)「支払い順位」というのがある。

    要するに、破産してしまった会社の資産整理をするときに、清算で得られたおカネは債権者に配分されるわけだが、“どういう順番で”配分するかという話。この順位は貸し借りの条件の中に必ずシッカリ明記されている。

    一般に、「有担保」の債権者は、その担保を現金化したときに得られる現金を最初に手にすることができる。(だから、有担保、なんだもん、あたりまえ。)

    その有担保の債権者の取り分が決まったら、その次に、その残りを、無担保の債権者に配分する。

    その無担保債権者の中にも、「シニア」と呼ばれる順位の高い債権者から、「ジュニア(劣後)」と呼ばれる順位の低い債権者まで、順位がキッチリきまっている。(株主というのは、この順位で最下位にいる。)

       ★   ★   ★

    で、今回、ホールドアウトの問題が出てきたのは、「有担保」融資(Secured Loan)69億ドルの部分だった。対象は、支払い順位から言えばいちばん最初に分け前もらえるグループの貸し手達からである。

    この69億ドルの“一部”は、上記で説明したような理由で、セカンダリー市場で、銀行からヘッジファンドなど外部の投資家にすでに売却されていた。ブルームバーグの記事によると、売却時には額面に対し50%~70%で売却された、ということだ。

    しかし、政府案では、この額面69億ドルの債務に対し、22.5億ドルという値段をつけてきた。つまり、政府は、この有担保融資の貸し手全員に、「額面の3分の1は政府がキャッシュで払い戻してあげるから、残りの3分の2についてはそちらで損取るという条件に合意しろ」と迫ったのであった。

    専門用語で、額面に対する損失%をヘアカット(Haircut)と言うが、有担保融資のヘアカットは67%、というのが政府側のオファーだったのである。

    その一方で、政府は、クライスラーの組合向けの債務(引退した組合従業員のための健康保険債務)106億ドルについては、ヘアカット50%と提示した。組合向け債務は、契約上の位置づけとしては、「無担保」かつ「ジュニア(劣後)の支払い順位」であったにも関わらず、支払い順位で彼らより上位にいたはずの有担保の債権者よりも好条件で優遇されたわけである。

    しかも、組合は、新生クライスラーの55%株主となり、うまくいけば(うまくいけば、ですが)株価上昇で将来のキャピタルゲインを得る可能性も与えられた。

    有担保の債権者達は額面の3分の2の損失取らされて、株券ももらえず、現金だけ渡されて、ハイさようなら。

    有担保融資69億ドルの債権者のうち、JPモルガンなど公的救済資金を受け取ってる金融機関は異議を唱えることは政治的に不可能だったため、素直に政府案に合意した。

    しかし、政府から何の援助も受けていないヘッジファンドらは、この政府案は契約書(発行条件)に明記されている支払い順位を完全に無視した【不公平な提案】であると主張し、自分達にもスワップで株式よこせと言って、ホールドアウトを決め込んだのである。

       ★   ★   ★

    おそらく、政府側のロジックとしては、ヘッジファンドらはすでにセカンダリー市場で購入時に30%~50%というディープ・ヘアカットで問題の債務を安く購入しているわけだから、最終的なヘアカットが67%だとしても、彼らヘッジファンドが最終額として取らされる損失幅は、購入したときのディスカウント分ですでに緩和されてるから不公平じゃない、とでも言いたいのであろう。

    たしかに、それも一理あるな。

    銀行が売却時にディスカウントとして出した損失は銀行自己資本を減少させ、その穴は、つまるところ公的資金の注入で埋めてもらったわけだから、直接の恩恵ではなくとも、ヘッジファンドも、銀行への公的資金に遠く間接的に乗っかって得した、という図に見方によっては見えなくもないですからね。

    しかし、「フェアネス」のために、長年、破産法で尊重されてきた返済順位を無視するって、どうよ。

    それやっちゃったら、今後、問題が起こるたびに政府が出てきて、「支払い順位?そんなの無視!無視!」と横やり入れる横暴がまかり通る、という意味に解釈されちゃうじゃないか。

    国にそんなことされたら、クレジット投資の観点からすると、ものすごいリスクなんですけど。

    ハーバード・ロー・スクールを優秀な成績で卒業した弁護士オバマに「契約」の意味がわからないはずはない。だから、今回の政府案というのは、市場規律と法的枠組みよりも、政治的配慮を優先させた内容である。だからこそ、政府は法的処理を極力嫌ったんである。

    「フェアネス」は、オバマにとっての【水戸黄門の印籠】になった。

    印籠出されてハハーーーーとひれ伏さなかったら、あなたは悪徳商人だ。(笑)

    しかし世界一の法治国家だと胸張ってる国がですよ、その法治国家の礎になる「契約」というコンセプトの前に「フェアネス」を優先させる?

    シェークスピアの『ベニスの商人』じゃあるまいし。


       ★   ★   ★


    オバマのタスクフォースは、これから30日から60日でさっさと法廷での折衝を進め、クライスラー更正に向けて動き出したい、と言っている。一方のホールドアウトした債権者は自分達の分け前を少しでも多くするために政府案と戦い続けるつもりらしい。

    とりあえず、分離されて清算される資産の売却がなされないと新生クライスラーも何も始まらないため、まずは、この「資産売却の妥当性」をめぐり、双方の弁護士同士が法廷で熾烈な戦いを繰り広げる。(筆者は法律の勉強はしたことないので、ここらへんの法律議論の焦点については読んでも皆目わからない。)

    でも、このケースが30日や60日でサクサクと決着するとはとうてい思えないな。過去のチャプター11を用いた大型倒産のケースは債権者同士の合意に至るまで、ものすごい時間がかかるのが普通だ。(4月1日MHJ記事『GMの金融子会社GMAC、その後』の最後のほうを参照。)

    30日どころか、もっともっと時間がかかるかもしれないよ・・・。

    そして、その間、クライスラーの社員には納税者が給料払ってあげるそうです。政府案にそう書いてありますから。

    ユナイテッド航空がチャプター11になったとき、ユナイテッドの社員は、そんな厚遇うけなかったぞ。

    悪徳商人を糾弾するのに余念のない皆様は、それが「フェアネス」かどうか、各自で考えてくださいませ。

    クライスラーがここ半年に通った道は、ベイルアウト(Bailout=救済措置)、タイムアウト(Time Out=時間切れ)、そして、ホールドアウト(Holdout)。

    アウト、アウト・・・Ouch!

    もし、あなたが新生クライスラーに株式投資できるとしたら、あなたは投資しますか?筆者なら、労働組合が55%株主の会社に投資なんて、絶対に嫌だね。フィアットだって、米国の自動車市場でのフランチャイズなんて全然ないよ。新生クライスラーのアップサイドって、いったい何?



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