Friday, May 1, 2009

ベイルアウト、タイムアウト、ホールドアウト

4月末、クライスラー社、時間切れで、破産法チャプター11による処理が正式に決定。

ニュースによると、2008年12月31日付けで、同社のバランスシートは、【資産393億ドル】に対し【負債552億ドル】という、極度の債務超過の状態だったそうである。

米政府の公的資金による一時的な救済措置も空しく、クライスラーは法的処理に入る。

ただし、「チャプター11」の場合は、【会社更生】がその目的なので、債権者が超過分に見合う債務リストラに合意してバランスシートを建て直すプロセスに入る、という意味であって、クライスラー社の営業は継続され会社そのものが消滅されるわけではない。

法廷での折衝が続けられている間はクライスラーの現従業員はクビにはならず、たとえ工場で仕事がなくても、給料の8割相当を、政府が用意する33億ドルのつなぎ資金から払ってもらえるそうである。

今朝(5月1日、金曜日)、クライスラー社は、ニューヨーク・マンハッタンの法廷で初日を迎えた。

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オバマ指揮下のタスクフォースは、できることなら、チャプター11を回避して、法廷外で当事者間の合意を取り付け、手早く再建に取り掛かることを希望していたが、政府側が提示した債務リストラ案に対して一部の債権者が難色を示し、締め切りの4月末までに関係者の合意に達することができなかった。つまり、ホールドアウト(提示された条件に抵抗すること)にあったわけである。

昨日の記者会見の席で、オバマは、クライスラーが結局チャプター11で法的処理に入ることになってしまったのは、一部の投資会社やヘッジファンドがホールドアウトしたせい、とハッキリ言い放った。オバマは政府案に同意しなかったヘッジファンドを「スペキュレーター」と呼び「当事者が全員で犠牲を払い痛みを分かち合わなくてはいけないときに、彼らは自分達だけ儲かればそれでいいと考えている」と激しく批判した。

クライスラーのお膝元ミシガン州選出の民主党下院議員ジョン・ディンゲル(John Dingell)などは、「rogue(悪者)」とか「vulture(ハゲタカ)」といった言葉を頻出させて、債権者批判を展開した。



“The rogue hedge funds that refused to agree to a fair offer to exchange debt for cash from the U.S. Treasury -- firms I label as the ‘vultures’ -- will now be dealt with accordingly in court,”

「政府の財源を使って債務をキャッシュに変えてやるというこちらからのフェアな申し出があったにもかかわらず、悪徳ヘッジファンド達、わたしは「ハゲタカ」と呼んでるが、あの連中が、それを断った。そのために、この件は法廷に持ち込まれることになった。」

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出たッ!「ボーナス魔女狩り騒動」で散々使い古したはずの筋書きの再登場である。

   ● 「ウォール街」=「悪徳商人」
   ● 「納税者」=「悪徳商人にいじめられている真面目で善良な人々」
   ● 「政界」=「水戸黄門チーム」

という、あのプロットである。

このディンゲル議員、今朝のテレビ番組にも出て、「ひとことでヘッジファンドといっても、中には、真面目に教会に通うような立派な人たちもいるかもしれないが、今回反対したのはグリードだ!」とわめいていた。

どこでどうすると「真面目に教会にお祈りに行く」ことと、「クライスラーの会社更生法申請」とが繋がるのかは定かではないが、政界というのは、このディンゲルがいい例だが、ともかくなんでも

「わかりやすい勧善懲悪の図」

にして売り込めば、大衆の支持を得られると信じて疑わないヤツがやたら多いな。

『Bankruptcy』(破産・倒産)という字面の悪さに米国の製造業労働者層が意気消沈してしまわないように気を使ったのだろうか、記者会見でオバマは、

"Bankruptcy is not a sign of weakness."
「倒産したからといって、それが弱さの証拠ではない。」

とも言っていた。(でも、強い会社が誰より先に倒産するかよ・・・)

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しかし、政府案は実際に「フェアな申し出」だったのだろうか。クライスラー社にカネを貸した「悪徳ヘッジファンド達」(by ディンゲル)は、本当にオバマやディンゲルが批判してるように、不当でアコギなことを言っているのだろうか。

オバマのタスクフォースが用意した政府案を読むと、そこには、誰がどれだけの「犠牲(Sacrifice)」を払うべきかが詳細に書かれている。(全文はここへ。)

ここで、ちょっとだけ横道にそれて、企業が借金するとき、(1)どんな種類の借金(債務)があるのか、(2)法的処理に入ったときに何がポイントになるのか、を押さえておきたい。

まず、(1)債務の種類、である。

一般に、債務(借金)というのは、「有担保」のもの(担保でカバーされている、という意味)と、「無担保」のものに分かれる。(住宅ローンでお馴染みなように、有担保でカネを貸してる側は、借りてる側が借金返済できなくなると担保を取り上げる“権利”を有しているわけですね。)

クライスラー社は当初、JPモルガンやシティ、モルガンスタンレー、ゴールドマンなどの銀行に担保を提供して融資を受けていた。

しかし、2007年あたりから金融危機が高まるにつれ、これらの貸し手はクライスラーの返済能力が低下してゆくのを憂慮して、セカンダリー市場でディスカウントかけて外部投資家に売却してバランスシートから外していた。

なぜ銀行が融資をディスカウントしてまでローンを売却しようとするかというと、融資をバランスシートに抱えたままでいると、その分、引当金や自己資本といったキャピタルチャージがかかり、とりわけ、融資のクオリティが今後悪化することが見込まれていたら、キャピタルチャージはさらに高コストになるために、銀行にとっては額面のまま抱え続けるより売却したほうがより経済合理性にかなうからである。

一方、ローンのセカンダリー市場で融資を買う投資家のサイドは、ディスカウントと今後の回収見込みを比較して、将来の売却価格(将来価値)がプラスに出ると判断したら購入する。

こうしたローンのセカンダリー市場での売買は、金融機関同士の間では従来から広範囲で通常業務の一部として行われてきたが、2007年あたりから金融危機が高まるにつれ、売却される際にディスカウントが強くかかるようになってきた(お買い得になってきた)ため、潤沢な資金で高リターンを狙うヘッジファンドらがローンの買い手として盛んに市場参加してくるようになったのは事実。

こうした金融取引を、オバマのように何もかも「スペキュレーション」と呼んでしまうのはいかがなものかと筆者は思うが、これら取引の現場を知らないひとには、そう見えるのかもしれませんね。

また、もう一点重要な点だが、債務には(2)「支払い順位」というのがある。

要するに、破産してしまった会社の資産整理をするときに、清算で得られたおカネは債権者に配分されるわけだが、“どういう順番で”配分するかという話。この順位は貸し借りの条件の中に必ずシッカリ明記されている。

一般に、「有担保」の債権者は、その担保を現金化したときに得られる現金を最初に手にすることができる。(だから、有担保、なんだもん、あたりまえ。)

その有担保の債権者の取り分が決まったら、その次に、その残りを、無担保の債権者に配分する。

その無担保債権者の中にも、「シニア」と呼ばれる順位の高い債権者から、「ジュニア(劣後)」と呼ばれる順位の低い債権者まで、順位がキッチリきまっている。(株主というのは、この順位で最下位にいる。)

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で、今回、ホールドアウトの問題が出てきたのは、「有担保」融資(Secured Loan)69億ドルの部分だった。対象は、支払い順位から言えばいちばん最初に分け前もらえるグループの貸し手達からである。

この69億ドルの“一部”は、上記で説明したような理由で、セカンダリー市場で、銀行からヘッジファンドなど外部の投資家にすでに売却されていた。ブルームバーグの記事によると、売却時には額面に対し50%~70%で売却された、ということだ。

しかし、政府案では、この額面69億ドルの債務に対し、22.5億ドルという値段をつけてきた。つまり、政府は、この有担保融資の貸し手全員に、「額面の3分の1は政府がキャッシュで払い戻してあげるから、残りの3分の2についてはそちらで損取るという条件に合意しろ」と迫ったのであった。

専門用語で、額面に対する損失%をヘアカット(Haircut)と言うが、有担保融資のヘアカットは67%、というのが政府側のオファーだったのである。

その一方で、政府は、クライスラーの組合向けの債務(引退した組合従業員のための健康保険債務)106億ドルについては、ヘアカット50%と提示した。組合向け債務は、契約上の位置づけとしては、「無担保」かつ「ジュニア(劣後)の支払い順位」であったにも関わらず、支払い順位で彼らより上位にいたはずの有担保の債権者よりも好条件で優遇されたわけである。

しかも、組合は、新生クライスラーの55%株主となり、うまくいけば(うまくいけば、ですが)株価上昇で将来のキャピタルゲインを得る可能性も与えられた。

有担保の債権者達は額面の3分の2の損失取らされて、株券ももらえず、現金だけ渡されて、ハイさようなら。

有担保融資69億ドルの債権者のうち、JPモルガンなど公的救済資金を受け取ってる金融機関は異議を唱えることは政治的に不可能だったため、素直に政府案に合意した。

しかし、政府から何の援助も受けていないヘッジファンドらは、この政府案は契約書(発行条件)に明記されている支払い順位を完全に無視した【不公平な提案】であると主張し、自分達にもスワップで株式よこせと言って、ホールドアウトを決め込んだのである。

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おそらく、政府側のロジックとしては、ヘッジファンドらはすでにセカンダリー市場で購入時に30%~50%というディープ・ヘアカットで問題の債務を安く購入しているわけだから、最終的なヘアカットが67%だとしても、彼らヘッジファンドが最終額として取らされる損失幅は、購入したときのディスカウント分ですでに緩和されてるから不公平じゃない、とでも言いたいのであろう。

たしかに、それも一理あるな。

銀行が売却時にディスカウントとして出した損失は銀行自己資本を減少させ、その穴は、つまるところ公的資金の注入で埋めてもらったわけだから、直接の恩恵ではなくとも、ヘッジファンドも、銀行への公的資金に遠く間接的に乗っかって得した、という図に見方によっては見えなくもないですからね。

しかし、「フェアネス」のために、長年、破産法で尊重されてきた返済順位を無視するって、どうよ。

それやっちゃったら、今後、問題が起こるたびに政府が出てきて、「支払い順位?そんなの無視!無視!」と横やり入れる横暴がまかり通る、という意味に解釈されちゃうじゃないか。

国にそんなことされたら、クレジット投資の観点からすると、ものすごいリスクなんですけど。

ハーバード・ロー・スクールを優秀な成績で卒業した弁護士オバマに「契約」の意味がわからないはずはない。だから、今回の政府案というのは、市場規律と法的枠組みよりも、政治的配慮を優先させた内容である。だからこそ、政府は法的処理を極力嫌ったんである。

「フェアネス」は、オバマにとっての【水戸黄門の印籠】になった。

印籠出されてハハーーーーとひれ伏さなかったら、あなたは悪徳商人だ。(笑)

しかし世界一の法治国家だと胸張ってる国がですよ、その法治国家の礎になる「契約」というコンセプトの前に「フェアネス」を優先させる?

シェークスピアの『ベニスの商人』じゃあるまいし。


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オバマのタスクフォースは、これから30日から60日でさっさと法廷での折衝を進め、クライスラー更正に向けて動き出したい、と言っている。一方のホールドアウトした債権者は自分達の分け前を少しでも多くするために政府案と戦い続けるつもりらしい。

とりあえず、分離されて清算される資産の売却がなされないと新生クライスラーも何も始まらないため、まずは、この「資産売却の妥当性」をめぐり、双方の弁護士同士が法廷で熾烈な戦いを繰り広げる。(筆者は法律の勉強はしたことないので、ここらへんの法律議論の焦点については読んでも皆目わからない。)

でも、このケースが30日や60日でサクサクと決着するとはとうてい思えないな。過去のチャプター11を用いた大型倒産のケースは債権者同士の合意に至るまで、ものすごい時間がかかるのが普通だ。(4月1日MHJ記事『GMの金融子会社GMAC、その後』の最後のほうを参照。)

30日どころか、もっともっと時間がかかるかもしれないよ・・・。

そして、その間、クライスラーの社員には納税者が給料払ってあげるそうです。政府案にそう書いてありますから。

ユナイテッド航空がチャプター11になったとき、ユナイテッドの社員は、そんな厚遇うけなかったぞ。

悪徳商人を糾弾するのに余念のない皆様は、それが「フェアネス」かどうか、各自で考えてくださいませ。

クライスラーがここ半年に通った道は、ベイルアウト(Bailout=救済措置)、タイムアウト(Time Out=時間切れ)、そして、ホールドアウト(Holdout)。

アウト、アウト・・・Ouch!

もし、あなたが新生クライスラーに株式投資できるとしたら、あなたは投資しますか?筆者なら、労働組合が55%株主の会社に投資なんて、絶対に嫌だね。フィアットだって、米国の自動車市場でのフランチャイズなんて全然ないよ。新生クライスラーのアップサイドって、いったい何?



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