Sunday, April 19, 2009

『緋文字』の汚名を晴らしたい:JPモルガン1Q決算

先週16日はJPモルガンの四半期決算発表があり、予想どおりの好成績であった。

前回のMHJ記事では、ゴールドマンの決算が債券部門が好調でアナリスト予想を上回ったと書いたが、JPモルガンも同様に、プロップデスク(自己勘定)の債券トレーディングがかなり好調だった様子。

ただし、ヘッジファンド的証券会社のゴールドマンとは異なり、JPモルガンのビジネスモデルは、銀行窓口で預金を受け入れる【一般商業銀行】でもありますからね。この銀行は、個人・法人ともに融資業務も全米トップクラス。だから、証券業務の手数料とトレーディング益のほかに、

『信用コスト、どうよ』という話と

『利ザヤ、どうよ』という話

を抜きには語れませんわ。

預金をメジャーな調達原資にしている商業銀行の場合は、この2点は、その銀行の健康度チェックでは最重要ポイント。決算のたびに要チェックの項目であります。(銀行決算内容をキチンと読んでみたいひとは、覚えておくといいです。)

   ★   ★   ★

まず、『信用コスト、どうよ』のほうである。

JPMから発表されたリリースをみてみた。

今四半期の同社の業績は以下のとおり。(a)-(b)-(c)=(d)

  (a)Net Revenue (業務収益)=269億ドル
  (b)Credit Costs (信用コスト)=101億ドル
  (c)Non-Interest Expense(非金利収支)=134億ドル
  (d)Net Income(当期利益)=21億ドル

(a)の業務収益というのは、本業の儲けのことである。手数料とか、トレーディング益とか、利ザヤ収益とか含まれる。

(b)の信用コスト、というのは、早い話が、金貸してやった相手に延滞されたり夜逃げされたりして、銀行が貸出金を全額回収できなくなって出てくる損失のことである。サブプライムローンやクレジットカードローンなどで借り手がデフォルトおこして損失が発生するのが見込まれると、それは「信用コスト」として経費処理される。

(c)の非金利収益というのは、本社ビルの維持費とか、従業員に支払わなくちゃならない給料やボーナスとかも、ここに入る。本業の儲けが弱ってくると、この部分をガンガン切り捨てて(=従業員クビにして)、コスト削減するんだよね。

これらにちょっと手を加えて、まず(a)から(c)を引いて信用コストを計上する「前」の儲けがいくらだったかを最初に把握し、それに対して(b)の信用コストがどれくらいかかったか、その比率をみてみよう。

JPモルガン全体では、この比率は、101÷(269-134)=75%。

つまり、あれだけ1月2月にガンガン債券トレードで稼いでも、バカスカ従業員を首切りしても、ボーナス半減で我慢させてコスト削減がんばっても、この3ヶ月間の収益の4分の3(75%)が、デフォルトや貸し倒れのために消えていきました、という切ない結果である。

これを部門別にみると、住宅ローン抱えてるリテール部門の同比率は83%で住宅延滞がズーンとボディブローのように効いている。

クレジットカード部門になると同比率は122%!カード延滞の悪化を抑えられず、収益全部吹っ飛んだどころか、それを大幅に超える損失出して大赤字。

以前紹介したことのある商業用不動産の延滞状況も急激に悪化してるから、法人向け不動産融資が含まれる法人部門の信用コストも、今後、重くなりそう。今回は35%で済んでるが、このレベルで済むかは、まだわからん。

今後資産内容がさらに悪化することを見込んで、多めに引当金を積んであるような雰囲気だけど、直近の住宅着工の数字がズタズタだったのを筆頭に、不動産関係の指標は、いまだにどいつもこいつもひでー有様なので、信用コストについては、現段階ではこれで十分とは言い切れない。

ということで、『信用コスト、どうよ』という点については、JPモルガンの今期決算数字から読み取れるのは「悲惨、かつ、まだまだ息抜けない」という状況である。(涙)

ただし、この先、短期的にでも住宅関連指標がちょっとでも上向けば、またウキウキ組のみなさんが繰り出してきて「引当金を積み過ぎたのでは!」という「期待と観測」が(例によって)高まり、それで株価は上がりますからね。引き続き、注視しましょう。

   ★   ★   ★

次は『利ザヤ、どうよ』という話。

「利ザヤ」というのは要するに「ある金利A」と「別の金利B」との差、のことである。

個人向け銀行サービスを例にとって説明しよう。一般のひとに住宅ローンなんか貸しちゃうと、この住宅ローンにかかる金利(=A)は「貸出金利」となるが、これは銀行にとっては「投資」であり、そこから得られるお金は「収入」となる。

一方で、一般預金者からお預かりするお金に支払う金利(=B)は、銀行にとっては「支出」であり、これを「調達金利」と呼ぶ。

この貸出金利(A)と調達金利(B)の差が、すなわち、リテールバンキング部門の「利ザヤ」となる。

で、JPMの今期だが、JPMから発表されたリリースには、個人向け・法人向けサービスともに「利ザヤの拡大が収益拡大につながった」と書かれてあった。

これは、債券トレーディング益が絶好調だったとかいう「一過性」の話じゃなくて、コア収益性に関わってくる、より本質的で重要なポイントである。

中央銀行がゼロ金利政策を推進して、全体的に金利水準は低くなってるはずなのに、どうして利ザヤが拡大するんだ、って?30年固定金利モルゲージを貸し出す際の表面利率だって、5%以下という歴史的な低金利水準が続いてるってのに、金利収入が増える?

答えは簡単です。貸出金利(A)の下がり具合より、調達金利(B)の下がり具合のほうが大きかったから、である。

米国政府と連銀がスクラム組んで、大量の資金を市場に放出したり、流動性がなくなってる短期資金を連銀がバランスシート使って買い取ってあげたり、TALFプログラムを用意して銀行が資金調達する際政府が保証をつけてあげたりして、米国の金融機関の調達金利ができるだけ低く済むように、四方八方手を尽くしてあげているから、である。

今回の決算で、金融機関がどこも好成績をおさめることができたのは、(1)自己資本強化(TARP)、(2)調達金利低下(種々の連銀プログラム)、(3)AIG関連損失に代表される信用リスクの一部政府移転、(4)ファニーメイ、フレディマックなど住宅融資証券化市場の政府による流動性補完・・・などなど、どれも、政府のてこ入れがあったからこそ。

つまり、今期業績は、政府サマサマの決算なのであった。

   ★   ★   ★

しかし、政府サマサマと喜んでる銀行トップは、ひとりもいない。

好業績も注目されたが、今回JPモルガンが注目されたもうひとつのポイントは、同社CEOジェイミー・ダイモンが、「公的資金受け取ったばかりに、政府や議会の監視下に置かれて自由度を失うのは、もうイヤだーーっ!」と言い放ったことである。

ライバルのゴールドマンが50億ドルの増資を行い公的資金返済の意図を明示したのに刺激されたこともあるだろうが、JPモルガンといえば、従来から、かなり政府には協力的な立ち振る舞いをしてきた銀行である。

ポールソン財務長官の時代には、サブプライム問題と流動性枯渇で潰れ掛けてたベアースターンズ社を、

「資金のほうは、連銀がシッカリお手伝いしますから、ベアスターンズ、倒れる前に買ってよね?ねっ?ねっ?」

と政府に泣きつかれ、ここで断ったら創始者JPモルガンさんの顔に泥を塗るとでも思ったのか、吸収合併した。

密会用の一室で、ポールソンとバーナンキが、「いまJPMがベアスターンズ買ってくれなきゃ、システミックリスクが、システミックリスクがぁぁぁぁあああ・・・・」とさめざめと泣き崩れ、ダイモンがふと気を許した隙を狙って羽交い絞めにし、合併吸収の書類にサインさせた・・・

・・・というのは、筆者の想像だが、ベアスターンズの新築ぴかぴかのNY本社ビルが通りをはさんで向かい側に立っていた、ということ以外は、JPMからしたら大してビジネス上のシナジーもなかったであろうに、内心は「ったく、仕方ねぇな・・・」と舌打ちしながらも吸い込んだと筆者は思うね。

野村證券が空中分解してしまったリーマンを(安いと思って)買ったのとは、ぜんぜん意味合いが違う。野村のケースは、誰に泣きつかれたわけじゃなし、独自の判断で法外に高い買い物しちまった、ってだけだから。

そのJPモルガンのCEOが、先週の投資家向けコンファレンスコールの席で、政府による銀行救済資金を

【緋文字(The Scarlet Letter)】

と呼び、「明日にでも全額返済したいぐらいだ」と吐き捨てたら、注目されるのはあたりまえ。

(関連記事:http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601087&sid=az0FiElfwtoM&refer=home )

ちなみに【緋文字】というのは、19世紀の小説家ナサニエル・ホーソンの同名の小説で、主人公とその愛人が焼け付くように真っ赤な「A」の文字を胸につけられて糾弾された、というストーリー。「A」の文字は「姦淫(Adultery)」を意味した。

ダイモンは、ホーソンのこの有名な小説を持ち出して、救済資金を受け取ったことが、まるで姦淫罪を犯したかのようだ、と揶揄したのであった。

で、【緋文字】の汚名を晴らすための第一弾としてJPMが何やったかというと、政府に舌突き出して、「TALFプログラムで政府保証つけてもらわなくたって、俺たち、自力で市場調達できるもんねーだ!」と、政府保証なしで30億ドルの長期シニア債を発行した様子である。

(関連記事:http://online.wsj.com/article/SB123993303411527893.html

発行条件は、期間10年、表面利率6.32%、基準金利は10年米国債で、スプレッド(信用プレミアム)は350bps

JPMという大銀行が支払うスプレッドとしては、決して安い値段じゃない。逆を言えば、投資家にとっては悪くないお値段。

手元にキャッシュあまってる債券投資のプロならば、「JPM10年シニアが350bps」と聞いて食指が動かぬはずがない、と直感した。案の定、30億ドルは即座に集まり、トレーディングのフロントでは、(グレイマーケットの段階で)すでにスプレッドはタイトニングしている模様。

政府にアッカンベーするのはかまわないけれど、現実問題として、こんな分厚いスプレッド水準で市場性資金を借り換えし続けたら、JPMといえども、調達コストが上昇して『利ザヤ』は圧迫されてしまうよ。この会社のビジネスモデルの場合、利ザヤの縮小=即座にコア収益の低下、ですから。

前回のMJHジャーナルで、企業決算は収益力に持続性を保てるかが一番重要、と述べた。

昨今の金融機関の収益性は今後の調達金利の安定にかかっている、と言っても過言じゃない。今後、政府援助がなくても調達金利を低下させ安定的な利ザヤを確保することが長期に渡って可能なのか。

たしかに、資金市場では、ところどころ、正常化の兆しが見えてきている。正常化の動きがもっとスピードアップしてくれたら、JPMの利ザヤは、政府の助けなしでも、安定できるかもしれない。

でも、その正常化のタイミングについては、いまはまだ「賭け」の段階だ。現在の資金市場は、まだ政府サポートつけてもらって、集中治療室で人工呼吸してるような状態だもん。

政府サマサマの決算発表の場で、政府にアッカンベー。

ボーナス魔女狩り事件以来、ワシントンの政府関係者と、金融機関トップたちとの官民リレーションシップが、微妙に揺れている。

先週のJPモルガンの言動に、それが透けてみえた。

しかし、JPモルガンのような強力な大手金融機関との不協和音は、いま、ガイトナー財務長官が必要としているものではない。


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