で、その【貯蓄率】であるが、ここにきて、将来への不安から、米国民は「おカネ貯めなきゃ・・・」という殊勝な気持ちに様変わりし、貯蓄率が急激に上がっているのである。メディアンの家計の収入は減り続けているのに、貯蓄率は上昇。
消費が落ち込むはずだよ。
貯蓄率(可処分所得に対する貯蓄額の割合)
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戦後ニッポン文部省の掛け声のもと、公立小学校の昭和道徳の時間で「貯蓄=美徳」みたいな価値観を耳にタコできるほど聞かされて、学校から自宅に戻ったら戻ったで戦中派中産階級の両親からは「もったいない」という言葉を死ぬほど聞かされて育った筆者としては、80年代初頭に初めてアメリカに来て何に驚いたかといえば、車でも冷蔵庫でも人間でも何でもデカイということと、みんなカネ切れがいいな、ということであった。
ライフスタイルの違いもさることながら、この国には「もったいない」という概念そのものが存在してないということに気がつき、最初のころは「さすが豊かな国は違うなぁ・・・」と妙に感心したわけであるが、月日を追うごとに、それは「カネ切れがいい」のじゃなくて「カネ使うのが好き」ってだけの話、と理解した。
誰だって、お金使うのは好きさ。楽しいもん。
しかし、【国民的傾向】としておカネ使うのが【中毒】みたいになってくると、これは由々しき問題である。90年代のクレジットカード漬け、2000年に入ってからはホームエクイティ担保で借金漬けと、この国の家計の借金漬けの傾向は90年代終わりごろから悪化の一途を辿っていた。
家計の負債比率(家計の資産に占める負債の割合)
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しかも、当時の大統領が、財政赤字が膨らみまくろうが、「おカネ使えば景気がよくなって、景気よくなれば収入増えて、イラクの戦費だってなんだってまかなえるさー!国民みんなでもっとカネ使えー!!もっとデカイ車に乗ろうー!!!」なーんてメンタリティでいたもんだから、もう抑え効かなくなってましたからね、ハイ。
従って、長らく消費中毒を患っていた国民が、シラフに戻り「お金セーブしよ・・・」と基本に還るのは、マクロ経済的にはキビシイものがあるものの、個々人の家計がヘルシーなバランスシートを取り戻す第一歩としては喜ばしいことである。
★ ★ ★
その点、現在の大統領は、演説などを聴くと「ニッポン昭和道徳教育風」とでもいおうか、
“We cannot settle for a future of rising deficits and debts that our children cannot pay.”
(私達の子孫が払えないような赤字や借金を未来に持ち込むことはできない。)
と説いたりして、これまでの「アメリカ的やりすぎ(American Excess)」を戒めたりしている。
欲しがりません、勝つまでは。
しかし、なんだかんだ言ったところで、そのオバマ自身もアメリカ人。
彼も大統領になる前は「借金漬け」のひとりであったみたいである。
オバマも妻のミシェルも思いっきり庶民の出で、努力に努力を重ねて現在の地位を手に入れたアメリカンドリームカップルであるが、このカップルも、ホームエクイティローンを大活用して家計をやりくりしていた一家だった。
NY最大級のタブロイド紙「NYデイリーニュース」に最近、オバマ一家がホワイトハウスに移住する以前の台所事情を書いた記事(↓)が掲載された。
President Obama's Troubling Mantra: In Debt We Trust (NY Daily News, 5/4/09)
要人になると、過去にさかのぼって個人所得税の申告書を公表しなくちゃいけない。(←それのおかげで、ガイトナー財務長官が、何年も昔に住み込みのベビーシッターに支払った給料を報告してなかったことがあばかれ、脱税のかどで財務長官の任命が遅れ、個人所得税3万なにがしドルの追徴税を払うことになりましたね・・・。涙)
このデイリーニュースの記事の書き手は、(ヒマにも)オバマ家の個人所得税の申告書をつぶさに分析し、そこで報告されている数字から、ファーストファミリーになる以前のオバマ一家がどんな生活ぶりだったかを推計してくれたのであった。
記事の内容は、ざっと以下のようなもの。
★ ★ ★
他人の家がいくら稼いでいくら税金納めたかを、ここまで詳しく読み込むのも、考えてみたらずいぶん【下世話】な話ではあるけれど、オバマ夫婦も、住宅価格の高騰を利用してホームエクイティローンを借り生活の足しにしていたというのは、筆者にはなかなか興味深い。
夫婦合算25万ドルというのは、それぞれハーバードとプリンストンの一流ロースクール出身の有能な弁護士カップルの年収としては「低め」であると感じるが、オバマは高給の企業関係の弁護士業ではなく貧困コミュニティで人権問題を扱う弁護士をめざす変り種だった。
オバマは、コミュニティ活動から政治活動に進路を変え、1997年から2004年までイリノイ州の州議会議員を務めているが、当時のジュニアの州議員の給料は数万ドルしかなかったらしいから、さらには毎期選挙活動の費用も捻出しなきゃいけないんだろうし、ミシェルの稼ぎがなかったら、オバマ家は子供ふたり抱えて大変だったと思うな。
似たような例では、ビル・クリントン夫妻(ふたりとも、エールのロースクール出身弁護士)も、ダンナのほうが政治に没頭したために稼ぎが悪く、妻のヒラリーがアーカンソー州で5本の指に入るほど企業法専門弁護士として成功し、夫の何倍も稼いで家計を支えてたというカップルだった。
ミシェルは最近、ある講演会の席で「ふたりの子供のお稽古ごとだけで、年間1万ドル(百万円)はかかった」と漏らしたそう。子供のお稽古事で毎月10万円、ベビーシッターに年間2万4000ドル払っていたので、月20万円、それだけで毎月30万円ですからねー。
でも、これがニューヨークになると、子持ちの友達の話を聞く限りでは、ベビーシッターもお稽古ごとも、こんなもんじゃ済まないよ。子供を育てるというのは、ほんと、おカネがかかるんですわね・・・。
しかし、オバマ夫妻がシカゴエリアで所有してた持ち家が99年から2004年までどれほど値上がりしたのかは知らないが、最初に16万ドルのローンを組んで買った地味な物件が、5年後には、その倍の最高31万ドル(住宅ローン21万+HELOC枠10万)のローンを引き出すに十分な「優良担保」になっていたという事実が、この国の住宅バブルの実態を垣間見せてくれる。
そして、夫婦合算で年間25万ドルかせぐ「富裕層」に属するオバマ夫妻の場合でも、ホームエクイティを現金化して(=借金を増やして)、収入を超える支出をしていたという事実。
さらに筆者の注意を引いたのは、(株式や債券などの投資資産という形で金融資産は持っていたのであろうが)「オバマ夫婦には、銀行預金(キャッシュ)がほとんどなかった」という点である。
つまり、2005年までのオバマ一家の生活ぶりは、上のふたつのグラフが示唆する2000年代前半のアメリカンライフスタイルそのもの、だったのである。
★ ★ ★
そんなオバマ一家が、どうやって借金漬けライフから足を洗うことができたのか。
2004年オバマは州議会からさらに上を目指して連邦レベルの上院議員選に出馬し、まだ若くて無名だがカリスマ性のある黒人政治家がイリノイの激戦区で勝ち抜いたと全米で話題になり、注目された。
デイリーニュースの記事によると、その翌年の2005年、民主党の若きホープとして全米にその顔が知れ渡ったオバマの著書が爆発的に売れ、印税収入が突然舞い込んだことに加え、妻ミシェルが勤め先のシカゴ大学からもらってた給料が(どういう理由からは知らないが)前年と比べて260%も昇給した。突然降ってわいたような収入で、オバマ家のそれまでの「収入以上に消費して借金増やす」というライフスタイルに終止符が打たれることになったわけである。
ミシェル・オバマは、当時の夫の印税収入は
「まるで、ジャックと豆の木のようだった」
(”It was like Jack and his magic beans.")
と形容した、と記事にはある。
「ジャックと豆の木」・・・意味がわからないひとは、「ドラえもんのポケット」と呼んでもよろしい。
大統領に選出されるくらいの逸材であるわけだから、借金でクビまわらなくなってるそこらへんのひとと一緒にすべきじゃないかもしれないけど、でも、オバマだって、印税入ってこなかったら、HELOCからもっとおカネ引き出して借金は増えてたかもしれないわけでしょ?
そして、「ジャックの魔法の豆」を持ってないそこらへんの人たちは、HELOCで借りまくったあげくの住宅バブル破裂で、どうなったかというと、前回のMHJ記事に書いたとおり【UNDERWATER】になっちまったんである。
★ ★ ★
借金買い物中毒だった米国民が家計レベルで貯蓄に励むようになることは悪いことではない。
でも、今のところ、みんなでおカネセーブしようとしてる一方で、最近オバマ政権から出された国家予算は3兆6千億ドル。
とうてい税収ではまかないきれなくて、財政赤字は1兆2千億ドル。足りない分は米国債出しまくりで、米国のGDPに占める国債残高の割合は上昇し続け・・・。
財政赤字の穴埋めを国債発行でまかない続ける・・・。
あれっ、それって、どっかで聞いたような・・・(国債大量発行の日米比較については、3ヶ月前の09年2月26日付MHJ記事『「米ドルは大丈夫、ワシが保証する」麻生首相大きく出る』に書いたので参照。)
日本人はアメリカ人が借金ばっかして貯金しようとしないことをバカにしているフシがあるけれど、日本の場合は、個々人はせっせと貯金してるかもしれないが、そのおカネで金融機関が日本国債バカスカ買ってるんだから、結局は国家レベルの借金システムのループの一部になってるんである。国の借金漬け体質としては、日本は世界最悪ですからね。
各家計のバランスシートの負債比率が改善してゆくのと引き換えに、国家のバランスシートの負債比率は悪化してゆくのが予想される米国。
今日はイギリスのソブリン格付け(トリプルA)に対して格付け会社S&Pが見通しネガティブを付したということで、イギリスと「運命共同体」のアメリカも、トリプルAのソブリン格付けにプレッシャーかかるんじゃないかという憶測が流れ金利市場はナーバスになっていた。
債券投資で世界最大手のPIMCO社のトップ、ビル・グロス氏も「米国債の格付けが近い将来トリプルAから落ちるとは考えづらいが、そのリスクは高まっている」と発言してた。(関連記事はこちら。)
イギリスも、まだ日本ほどではないにせよ、対GDPの英国債残高が100%に来たというではないか。何年も前に日本国債が格下げ食らったとき、この「GDP対比でのグロス国債残高」というのは重要な格下げ理由に挙げられてましたからね。
先日は、外貨建て日本国債の格付けをムーディーズが変更してたみたいだし、どうやら格付け会社は、みんなで見直しやってるような気配だな。
オバマ一家を救ったように、アメリカの国家レベルの借金漬けを救ってくれる「ジャックと豆の木」は登場してくれるだろうか。
でも、それって、いったい、何・・・・・??
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4 comments:
いい記事です。
この辺の問題が日本人に説明しても、「でも収入も多いからいいんじゃないの?」ってわかってもらえないところなんですよね。。。
オバマ家もそうだった、ということならわかりやすい!
私たち夫婦なんか、高いボストン暮らしで子ども作れませんでした。
つくるとしたら、家買って、それを担保に色々捻出するしかない。借金生活に飛び込むしかない。
それが嫌です。
アメリカだってちょっと前までは、女性がフルタイムで働かなくても、借金をいくつもつくらないでも暮らせる社会だったのに、とにかくお金を絞れるところから絞りとって消費させよう、みたいなのを続けてきちゃったわけでしょう?
庶民の唯一の大きな資産である住宅にまで手を出してしまった後、豆の木はあるんでしょうかね?
NYTのこの記事もすごかったです。
My Personal Credit Crisis
http://www.nytimes.com/2009/05/17/magazine/17foreclosure-t.html?_r=1
いつも楽しく読ませて頂いてます。
今回引用させて頂きました。
HELOCって日本人には理解しにくいですよね。 似たような事やってたのですけれど。
Murray Hillには後輩がワンベッド借りてましたけど、そのマレーヒルですよね。
Cheeさん、こんにちわ。コメントありがとうございます。借金というのは、上手に使えばこんな便利なものはないですけれど、月々の支払い額が自分の給料超えたら返済できなくなる、という、【常識】を忘れちゃうひとが多いですよね。Cheeさんがつけて下さったNYTの記事も、アリモニー義務の支払い後に自分が使えるお金が月に30万円もないひとが、5000万円の家買っちゃったら払えるわけないのに。チーさんも書いてらしたけど、教養もあり社会的にもしっかりした地位を確立したひとでさえ、借金地獄に陥ってしまう・・・。クレジットは上手に利用しましょう。(←あれ、どこかのサラ金のCMみたいな・・・笑)
Porcoさん、コメントありがとうございます。そして、引用もしていただき、感謝です。Porcoさんがご自身のブログで結論しておられたように、私も米国の消費回復はかなり困難と考えております。アネクドータルにも、米国の一般家庭が貯蓄に励み、借り入れを減少させてデレバレッジの動きを加速させている印象を強く持っておりますし、米株式市場の3月以降のラリーにはファンダメンタルサポートはない、というのが私の考えです。国家財政に「ジャックと豆の木」のようなラッキーで都合のよい話が降ってわいてこようはずもなく、消費低迷とバランスシート悪化で、米国経済は綱渡りモードにいるという不安を感じます。ご承知のように、米国債増発のサプライ懸念と格下げ懸念で10年米国債イールドが跳ね上がっていて、モルゲージ金利への悪影響がますます現実味を帯びてきていますし・・・。今後も引き続きよろしくお願いします。
ちなみに、マレーヒルは、ご指摘のとおり、ニューヨークの地区の名前です。
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