Thursday, March 19, 2009

議会は魔女狩りモード

今日も前回に続き、AIG問題。

【空気の読めないズレ会社AIG】のせいで、ボーナス支払い問題は、議会でその後もどんどん火の手をひろげ、T.A.R.P.から公的資金を注入してもらった他の大手金融機関の従業員も巻き添え食うことになってしまった。

今日の米議会ではついに、AIGのみならず50億ドル以上T.A.R.P資金を受け取った会社の従業員について、「一家の収入が25万ドルを超える従業員にボーナス支払ったら、ボーナスに90%課税する」という前代未聞のアホルールが、328-93という大差で下院を通過してしまったんである。

つくづく、政治家ってのはアホばかりだな!



下院議長のナンシー・ペロシなどは、

「納税者のお金を一刻も早く回収するのが我々の使命」

とか、えらそーなこと言ってたが、この法案にYESの票を入れた奴らは全員、今後は名刺に「低脳なポピュリスト」というタイトルを、名前の横に刷り込むべきである。

もっともらしいことを議論してるフリしてるけど、議会で話合われているボーナス問題の実態は、単なる【魔女狩り】に過ぎない。

自分達が政治家としてずっと見逃していた問題にはほっかむりして、責任のすべてをウォール街になすりつけ、火あぶりの刑に処せと騒いでいるだけ。

サブプライムローンの問題も、一から十までこれら金融機関のグリードのせいであるようなことを言ってるが、サブプライム融資、とりわけ、所得が低い層に対して最初から返済不可能と見えるようなローンを借りさせてローン市場で売りさばき鞘を抜く悪徳業者については、2002年ごろから、いろんなところで問題視されていたんだ。

こういう悪徳業者を、こちらでは、プレデター・レンダー(=Predatory Lender、借り手を食い物にする貸し手)と呼ぶのだが、Predatory Lendingの問題は、AIGがCDO向けCDS市場で暗躍しはじめるはるか前から、あちこちで表面化していた。もっと厳しい取締りを全国的にやったほうがいいのではないか、という意見も、方々で上がっていた。にもかかわらず、

「それは、州ごとに勝手にやっててね~~、中央の政府と議会はイラクで忙しいからね~~」

と暢気に構え、州レベルに丸投げし、連邦レベルで取り締まりを強化して高リスクの住宅融資が拡大するのを抑えようという気なんて、当時の議会には、小指の先ほどもなかったんである。(うそだと思う方は、2002年から2006年ごろまでの、業界紙『American Banker』をお読みください。)

低所得者層を食い物にしてたPredatory Lendersをバブル破裂まで野放しにしてたのは他でもない、いま議会で連日「ウォール街焼き討ち」の陣頭指揮をとっている政治家たち、彼ら本人である。

毎日、ニュースで流れてくるのは、米議会で繰り広げられている、「誰のせいか」の指の指し合い。

ったく、見苦しいったら、ありゃしない。

   ★   ★   ★

25万ドル以上稼いだら90%課税されるとなったら、誰が、そんな仕事をしたいでしょうか?

以前から、ここで指摘してきていることだが、ウォール街に責任を押し付けるのは、何もわかっていない一般大衆には「受け」がいいかもしれないが、以下の3つで、米国には、結果としてネガティブに働く。

(1)政府がこれから大掛かりにやろうとしているToxic Assetsの買取りは、対称が複雑な仕組み債であるだけに、この特殊債券の分野で専門知識を持たない者には、セカンダリー市場で取引できない。つまり、オバマ政権は、特殊な専門知識と経験をウォール街で積んだ人間たちを絶対に必要としており、実際、アメリカ財務省は現在、T.A.R.P.のプログラムのためにこの分野での市場経験者を多数採用している最中である。しかし、どんなに働いても報われないとわかっていて、死ぬ気で働く馬鹿はいない。

(2)何十年も「ボーナス命」でやってきたアメリカ金融街の給与体系を、いま、ドラスティックに変えることは、タレントビジネスの側面を持つフィナンスのビジネスからの才能流出が起こり、結果としては、米国の金融機関の競争力を失わせることになる。(2月9日付けのMHJ記事『オバマの英雄物語につき合わされるのはごめん』参照)

しかし、これら2点よりも、今回の動きには、もっと深刻な【副作用】がある。

(3)上記(2)の才能流出を抑えるために、GS、MS、JPM、BACなど大手が何をしようとするだろうか。

この動きは、T.A.R.P.プログラムから注入してもらった公的資金をできるだけ早期に返済しようというインセンティブをこれら大手金融機関に産むんである。

それのどこが問題なの?とお思いでしょう。

それはですね、「金融機関のリスクテーキングというのは自己資本の厚みに直結している」からであります。

もう少し説明しよう。

現在、金融市場が直面している最大の問題は、株安でもなく、住宅価格が低迷してるという話でもなく、「クレジット市場が凍結してる」ということなんである。

昨日、バーナンキ率いる連銀が米国債を3000億ドル買い取るというニュースが出て、米国債長期金利がガタンと低下し、モルゲージローンの30年金利もつられて低下、一月以来ふたたび5%以下に落ちた。

しかし、金利がどんなに低くなっても住宅着工はパッとしない。その理由は、市場にコンフィデンスが欠如していて、たとえ借り手がいたとしても、貸し手が必要以上にリスクを回避しようとし、積極的に貸し出そうとしないから、である。

米クレジット市場がいまだにどれぐらい氷河期にいるかというのは、次のグラフをみてもらいたい。


このチャートは、CDR Counterparty Risk Index と呼ばれるデータの過去一年で、グローバルで取引を行う世界主要金融機関15社のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の取引水準をベーシスポイントで示したもの。

債券の取引、とりわけクレジット・デリバティブスというのはそれを専門にやってるプロ限定の市場のため、債券売買に関わったことのない人たちには、わかりずらいのであるが、一般に「金利というのはリスクが高まると上がり、債券というのは金利が上がると価値が下がる」と覚えていてもらいたい。

上のチャートはCDSの金利の水準ですから、取引のカウンターパーティ(相手)になっている銀行の信用力が下がっていて、銀行群のリスクは高まっていると市場でみなされている、という意味になる。

このチャートを見ると、一年前100のあたりをウロウロしていたCDSインデックスが、リーマンショックで乱高下、政府や連銀の対応などで年末にかけていったん落ち着いて見えたものの、今年に入ってから、金融機関発行のCDSは、ふたたび上昇トレンドを描いている。

世界中の政府当局が、銀行に公的資金を入れたり、中央銀行が貸し出し枠を広げたり、と、一生懸命金融機関のバランスシートが干上がってしまわないよう八方手をつくしているのに、金融機関の信用力は、株安によるセンチメント悪化も手伝って、回復しないどころか全体として悪化しているのである。

このチャートから読み取れるのは、いまのクレジット市場は、ものすごくリスクに対して萎縮しており、リスクを回避するのに頭が一杯になっている。誰もがリスクを積極的に取りたがらない。

つまり、たとえ手元に貸せるお金があっても、銀行は必要以上に慎重になっちゃってるから、スムーズに資金を提供しようとしない、すなわち、クレジット市場が凍りついている、ということなんである。

では、金融機関がリスクを取りやすくするには、どうしたらいいのであろうか。それは、自己資本に厚みをつける、のが最も効果的なんである。

金融機関のリスクテーキング許容量は、自己資本の厚みに比例するから。

国家がT.A.R.P.資金(公的資金)を用いて銀行に資本注入したのは、多額の損失が出続けて銀行の自己資本が厚みを失ってしまったため、それをふたたび厚くしてやって、金融機関のリスク許容量を増やしてやろうとしたんであるな。

なのに、低脳議会は、ナントカの一つ覚えみたいにボーナスボーナスとわめき続ける。政治筋がウォール街に敵意を向ければ向けるほど、銀行は、公的資金をできるだけ早期に返済しようという動きに出るよ。

しかし、公的資金の返済は、すなわち、自己資本が低下するという意味になり、その分銀行のリスクテーキング許容量は低下し、公的資金注入の大義名分だった「クレジット市場の流動化を促す」という本来の目的には、結果として【ネガティブ】に作用する

そういう一連の流れが、米議会の低脳どもには、ぜんぜんわかっていない。

銀行自己資本規制に明るいバーナンキとガイトナーには、わかっている。

数日前からカリフォルニアに行ってるオバマ大統領には、おそらく、いまごろ、バーナンキとガイトナーが電話口にぴったりくっついて、これはマズイことになってきた、議会の動きを阻止したほうがいい、と助言しているはず。

それでも、オバマが議会の決定を支持するようなことになったら、「オバマもしょせんは只のポピュリスト」であるということなので、筆者のオバマ大統領への信頼は瓦解する。

ダウも下がる。

市場が引けた後、AIGのボーナス問題の責任を取らされて、ガイトナー財務長官が辞任するのではという観測が流れていた。

問題の本質とはかけ離れたところで、【ヒステリア】だけが膨らんでゆく・・・。


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