何が変かというと、売買ボリュームでみたときに「売り」が「買い」の3倍や4倍になってても、S&P500のインデックスは、なかなか下がらないんである。
今朝(火曜日)は、「ストレステストの結果、連銀がバンカメとシティに追加的にキャピタルを発行するよう圧力かけている」というウォールストリートジャーナルの深夜の報道が朝から話題になっており、金融株への嫌気からSPフューチャーはNYの取引開始前から相当下がっていたから、S&P500のインデックスも相当下がると読んでた向きは少なくなかった。
で、ふたを開けてみると、開始直後は下がったが、インデックスはあっという間に持ち直し。
気味が悪いのは、取引中に何度も「売り」が優勢になるのに、インデックスが下がらない、ということだ。下がらないどころか、「売り」が圧倒的優位になると、誰が買い向ってるのか知らんが、決まってその直後にインデックスが跳ね上がる。
売られても、売られても、値が下がらないとは、これいかに・・・???
こんな気味悪いことが連日起こるのは、某大手証券の自己勘定プロップデスクらが市場価格よりも高い価格を提示して市場での価格形成を歪めてるからなんじゃないのかといった【憶測】が、こちら米国のブログやトレーダー同士のチャットルームでまことしやかに飛びかっている。
特に金融株が【変】・・・。ショートのポジションも急激に減った。一体誰が買ってるんだろう・・・。
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で、その話題の「銀行のストレステスト」である。連銀ら当局はテストの結果を5月4日に公表するらしい。
ウォールストリートジャーナルの今朝の記事は、「バンカメとシティはストレステストで自己資本不足に陥っているのが発覚、自己資本を充実しなくてはならない(←優先株を普通株に転換することで希薄化がおこる、という意味)」というリーク記事。
市場アナリストの中には、バンカメはさらに700億ドル(7兆円)規模の追加キャピタルが必要と試算するものもいたりして、憶測だけが飛び交っている。
以前からここで書いているように、筆者は、「ストレステストぐらい前提次第でどうにでもなるものはないので、どうせ、公表される結果はアッと驚くようなドラスティックなものにはならない」と考えているのだが、ちまたでは、ストレステストの結果にいまだに興味深々(つーか、それをダシにして無理やり話題つくってるという感じ)である。
明日(水曜)はバンカメの株主総会だそうで、最大株主のひとつCalpersがその意図を示したことからCEOケン・ルイスの在任が否認されるのではという観測も高まっている。
(そのケン・ルイスは先日、メリルを買ったのはポールソンとバーナンキに脅されたせいで「ボクの一存じゃないもん」と発言し、ポールソンは「ボク知らないもん」と言い、ルイスにクビにされたメリルの元CEOジョン・セインは「ボクのせいじゃないもん」と言ったりで、みんなで指の指し合い。当事者のみなさん、見苦しいですよっ!)
いずれにしろ、サブプライムローン米国最大手のカントリーワイドを吸収し、さらに、CDO投資でニッチもサッチもいかなかくなったメリルも買取り、バンカメのキャピタルが不足しているのは火を見るより明らか。
米国最大規模の預金ベースがあるから、これまで流動性を保って何とかやっていられるものの、これ、調達サイドが市場調達頼みの銀行だったら、とっくに潰れていても不思議はない。
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さて、この「銀行自己資本(キャピタル)」であるが、ちょっとウンチクを述べたい。
銀行の自己資本というのは、【将来の損失】に備えたバッファーという役割を持っている。
融資なり、投資証券なり、銀行のバランスシートの資産側に内在しているリスク量に対し、そのリスクから想定以上の損失が将来発生すると、自己資本不足が露呈する。
仮に、いま、ある銀行が1兆円の貸出金ポートフォリオを抱えているとして、このポートフォリオから将来5%の損失が発生すると「見込まれている」場合、その銀行は5%に相当する500億円の「引当金」を蓄えて、バランスシート上に常に用意しておく必要がある。
しかし、不測の事態が生じて、損失額が予想されていた5%を上回り、額面の9%発生したとすると、予測されていた額を超える部分の4%(=9%-5%=400億円)は「特別損失」となり、当期利益を圧迫して自己資本を減少させるわけである。
もしも、その銀行が4%相当の「不測の損失」に対して十分な自己資本を持っていなかったら、どうなるだろうか。その銀行は自己資本不足に陥り、営業継続が困難になる。(企業が営業を続けられなくなる状態については、4月1日付けMHJ記事『GMの金融子会社GMAC、その後』にて説明したので参照されたい。)
つまり、銀行の将来損失というのは、
(1) 過去の倒産データなどから予想可能な損失=Expected Loss(略してEL)=通常のオペレーションを営む上で発生する償却費用
(2) 統計データからは予想できなかった損失=Unexpected Loss(UL)=通常のオペレーションから乖離した状況が発生したときに発生する償却費用
の二種類に分かれ、(1)のELの部分は「引当金」として期中収益から経常費用の一部として積んでおく必要がある。
一方の「自己資本」というのは(2)のUL部分をまかなうバッファーであり、こちらは、予想される事態を超える強いストレスがかかった場合を想定し、そうした事態が発生してもキャピタルがネガティブに陥らないように、自己資本は常日頃から厚めに持っていることが好ましい、とされている。
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融資や投資証券などの資産からどれほどの将来損失が生じるかについては、資産評価を行い、市場性のあるものは時価評価して損失額相当の償却を行わなくてはならない。
ところが、時価評価をしようにも、市場での取引がまったく行われなくなってしまったような資産は、時価を求めるために無理やり売却しようとすると、【計量的に求められる証券の理論値】以上にディスカウントがかかるという問題があり、とくに、銀行のバランスシートにしこっちゃってる不良資産(いわゆるToxic Assets)のプライシングについては、取引自体が完全停滞してしまっているために、ファイアーセールでも無理やり売らざるを得ないといった売り手が出てくると、足元見られてとんでもない値段がついたりして、もはや何が市場価格なのかすらわからなくなっている、という状況である。(AIGが去年の暮れに無理やり解消しようとしたCDSが、まさに、この例である。)
そんなこと続けてたら、損失額だけが膨らんで、自己資本はもっともっと減ってしまう・・・。
で、FASBが「気を利かせて」(真相は、政治的圧力と銀行のロビィに負けて)、この時価評価のやり方を変更し、時価を見つけにくい投資資産については、極端なディスカウントをかけて無理やり期中損失として計上しなくてもよろしい、ということになった。
この会計方針の変更が、銀行が計上すべき損失額をどれほど減少するのかは、具体的な数字は筆者にはすぐにはわからないけれど、自己資本の減少度合いを幾分緩和してやる効果はありそうだ、というのがコンセンサス。
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しかし、これから発表になるというストレステストで用いられる「資産の評価方法」について今日のフィナンシャルタイムズ(FT)が興味深い記事を書いている。
とてもいい記事なので、億劫でなければ一読されることを勧めたい。
http://www.ft.com/cms/s/0/39565d82-32c4-11de-8116-00144feabdc0.html
この記事によると、先日公表された、連銀による「ストレステストに関するホワイトペーパー」では、この新会計基準は用いずに、新会計基準よりも厳しい評価基準を用いて、銀行群の自己資本水準の妥当性を計るという。
これについて、FTはこう書いている。
The decision means the US authorities are now maintaining two approaches to valuing securities - a hardline approach when it comes to establishing how much capital banks need to hold pre-emptively against risks, but a softer approach when it comes to reporting losses relating to the same risks as they materialise.
米国の規制当局は投資資産を評価するにあたり、ふたつの異なるアプローチを取る。(資産に内在している)リスクに対しあらかじめどれほどの自己資本をバッファーとして持つべきかを決定するにはより厳しいアプローチを取り、期末ごとの報告書に記録する際には、同じリスクから発生する損失なのに、より緩やかなアプローチを用いてもよい、とする。
FTの記事は、今後優先株を普通株に転換する際に、どちらの基準を用いて転換総額を決めるのか不透明だと問題提起している。たしかにそれもそうだが、筆者からしてみたら、そういうテクニカルな部分よりも、この話は「ダブルスタンダードにしてやらないといけないくらい既に自己資本が毀損していて、一部の銀行は実質債務超過になっており、Toxic Assets の処理にまったく出口が見えてない」という意味だという点のほうが、より重要じゃないか、と思うな。
会計方針の変更のたびに数字が変わる財務諸表の数字なんつーものは、ますますもって額面どおりに信頼してはいけないわけである。
金融セクターの将来損失に向けてのバッファーは極めて薄い。となると、バッファーが充分な厚みをつけるまでは、期ごとの収益のかなりの部分が「バッファーの厚みの構築用」に使われてしまい、株主に還元する「配当可能利益」として株主の手元に降りてくるまでには、利益は小さくなってしまう。
しかも、バッファーとして足りてないのは、自己資本だけではない。
昨日のFDIC預金保険機構のベアー総裁による講演会で、彼女は、ハッキリと「引当金」も足りてないと明言していた。
「EL」のバッファー(引当金)も「UL」のバッファー(自己資本)も、ともに足りていない。でも資産に内在するリスク量が減っている、という感触はどこにもない。つまり、米国の金融セクターは、薄氷を踏むようなオペレーションやっている、ってことである。
こういうのを、「ファンダメンタルズのサポートが全然ない」というんである。
バッファーが薄い銀行は、その分、将来損失に向けてキャピタルを温存しなくちゃならないから、なかなかリスクを取れない。でも、リスクを取らなきゃ儲からない。儲からなくてもよいのなら、それは「公益事業」だ。
いまの状況で金融株を買うのは、「単なる希望的観測」に乗っかった投資家が動いているだけだと思うな。公益事業なのに株価がグングン上昇することを夢見て銀行株を買っているひとがいたら、彼らは、公益事業がなんたるかを知らないひとたちか、スペキュレーターか、なんらかの理由があって買わなくちゃいけないひとたちだけ、だと思うな。
でも、「希望」だけで、ここまで上がるか?クールになって売ってるひとも少なくないのに?
なのに金融株上がりっぱなし。【買わざるリスク】を気にして買ってるのか?
それでも、やっぱり、【変】なんだよなぁ・・・。
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