Thursday, February 5, 2009

オバマの英雄物語に付き合わされるのはごめん

オバマ大統領が、公的援助を受けているウォール街の会社のエグゼクティブの給与に最大50万ドルという上限をつけると言い出した。

政府が民間企業の給料の額にまでイチャモンつけるというのは、オバマもかなり踏み込んだな。

NY Times 関係記事:
In Curbing Pay, Obama Seeks to Alter Corporate Culture
http://www.nytimes.com/2009/02/05/us/politics/05pay.html?pagewanted=1&th&emc=th

以下がオバマ案の骨子:(NYタイムズから拝借)
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これを読む限りでは、50万ドルというキャップはあくまで「基本給」にかかる上限で、ボーナスについては基本給の額を超えてはいけないという条件があるとかないとか情報が交錯しているが、いずれにせよ、Restricted Stock という制限付き自社株式で支払われるボーナスについては、このキャップはかからないようだ。

以前ウォール街のボーナスについてここに記事を書いたが(09年1月4日『ウォール街の今年のボーナスはClawbackとドッグフード』)、そこでも述べたように、ウォール街の給与体系というのは、「基本給の部分は割合としては小さくて、年収のかなりの部分がボーナス、しかもボーナスも、かなりの部分がRestricted Stock」なんです。

基本給だけで50万ドル超えるひとって、そんなにいないはず。

基本給最高50万ドルという条件をつけたからといって、これで実際に手にする報酬に大きく影響を受けるひとって、ウォール街にどれほどいるんだろう。金融業みたいにシクリカルで浮き沈みの激しい業界は、ボーナスそのものも、どっちみち、今年も来年も、いつもよりドドーンと低いんだし、上限をわざわざつけなくたって、今年は誰もが暗い顔してる。

だから、このニュースを聞いたとき、「これはオバマのポピュリスト戦略」とわたしには思えた。「オレの税金入れてやったのに高い給料もらいやがってー!」と怒りの握りコブシ振り上げてる業界外の皆様をなだめて、おもねる。

でも、この案は、業界の従業員各人がいくらもらえるかという下世話な話よりずっと根の深い話だ。

この案が実行されるようになったら、米国には結果として悪影響が出る、とわたしは思うな。

なぜなら、オバマ案は、米国の金融市場の国際競争力を失わせる作用しか生まないから。

対象になる金融機関が完全国有化された場合は、そこのエグゼクティブの給料をいくらにするというところまで具体的に政府が口出すのはかまわないと思いますよ。だって、オーナーは国家、なんだから。

でも、オバマ政権がやろうとしているのは、「破綻回避の延命救済策」であって、国家がオーナーになって直接経営に携わり建て直しをやろうとしてるわけじゃない。

事実、ガイトナー財務長官も、経済アドバイザーのサマーズも、国家が民間会社を直接マネージすることには強い難色を示している。

ポール・クルッグマンが先日のNY Timesのコラムで、オバマ政権のやり方を「国有化よりも延命救済を選ぶのは、株主を保護し、代わりにツケを全部納税者にまわして、納税者が損こくだけ」と激しく批判していたが、そう、そうなんです、オバマ政権は、民間会社はできるだけ民間会社のままで延命させ、市場の競争原理をテコにして金融経済を活性化させ健全な状態に戻したいそうなんです。

でも、ですよ。

給料に国から上限がつけられているような、民間会社なんだか、政府機関なんだか、どっちかよくわからんようなアヤフヤな組織に働きたいエリートって、アメリカにいるの?

そんな会社に50万ドルぽっちの報酬で最高経営者として再建に向けて全力投球して、何かいいこと、あるのか?

ないよな。

コンサルティングの会社にでも再就職して、積み上げた経験と人脈と知識を切り売りしたほうが、よっぽどマシ。

もともと業界には50万ドル以上の「基本給」もらってる従業員がそんなにいないんだから各社の人件費削減にさほど寄与するわけでもない。

その一方で、どんなに働いても上は知れてるというメッセージが従業員のヤル気だけは思いっきり削いでくれるわけだから、オバマ案が何を意味するかといえば「米国の金融街からの才能の流出」である。

つまり、オバマ案というのは、芸能界やスポーツ界とある意味酷似した「タレント・ビジネス」としてのウォール街の性格を完全に無視して、「憂国の士よ、この指とまれ!」と声かけるという、ナイーブでヒロイックな案だ。

競争原理を奨励しながら、強いプレイヤーには英雄物語の脇役(主役は勿論、オバマ)で我慢しろ、という。

ヤル気失ったバンカー達は、米国のトップ企業を離れて、他国の会社に散らばるよ。金融市場はグローバルだもん、米系の会社にしがみつかなくちゃいけない理由なんて、どこにもない。

あるいは、彼らは大手会社を離れて、自分達の専門知識を生かして金融ブティークを自ら立ち上げるかもしれない。(90年代初頭の米金融危機後にブティークがたくさん立ち上がったように。)

そうやってプレーヤーを失った米国の大手インベストメントバンク達は、「延命させて競争力を回復させる」という当初のオバマ案の思惑とは裏腹に、営業基盤が弱体化して、競争力を失ってゆくことでしょう。

競争の世界において、強い選手が不在のチームが勝てるわけないんだから。

公的援助を受けたばかりに、営業基盤(フランチャイズ)は守られるどころか弱体化するのであれば、一体何のための延命か。

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上に添付したNYタイムズの記事の見出しにあるように、オバマは企業カルチャーを変えようとしている、という。

エグゼクティブ報酬にキャップをつける案について、オバマはこんなこと言った。

"You've got responsibilities not to live high on the hog."
(公的支援を受けてる身なら、贅沢はしないよう心がけるべきだ。)

でも、オバマも含めて世間一般に考えられてる「金融界のカルチャー」って、現実とはちょっと違うイメージなんじゃないか、という気もする。

それは、ヤクザの世界に足を踏み入れたことのない一般市民が、映画『極道の妻たち』を観て、あの世界の女はみんな岩下志麻やかたせ梨乃みたいと思い込んでる、みたいな。

(でも、ほんとうに、みな岩下志麻さんみたいなんでしょうか? わたしもヤクザの世界は踏み込んだことないので、誰か教えて。)

昨日、ちょっと話題になったのが、ニューヨークの出版社Doubledown Mediaが閉社に追い込まれた。

この出版社が手がけていた雑誌『Trader Monthly』も廃刊になった。

この『Trader Monthly』ですけど、20代の経験の浅い若いトレーダーをターゲット読者層とした月刊誌で、特集記事のタイトルが臭いったらない。

「今年最も稼いだトレーダーランキング」だの、「ラスベガスだぜ、ベイビー」だの、そんな記事ばっかで、表紙も、安っぽいキンパツのネーちゃんはべらせたツラ構えの悪い若い男、という、すっごく下品な作り。

(なぜ、表紙で男に寄り添ってるネーちゃんが、どいつもこいつも頭悪そうなのかは、また別の機会にでも考察したい。)

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相場が上向いてくれたおかげで稼ぎも増えて、なんだか自分が世界の中心のMasters of the Universeであるかのような気持ちになって、成金趣味に浸ってたチンピラトレーダーを相手に発行してたみたいだが、チンピラ消えたら、雑誌も消えたか。

トレーダーのこういうイメージって、わたし的にはリアリティないし、ほとんどOBSCENE(卑猥な)感じすらするんですけれど。

オバマがインタビューで発した言葉「live high on the hog」というフレーズには、湯水のようにカネを使う、というニュアンスがあって、彼の頭の中には、ウォール街というと、どうもこの雑誌に代表される下賎なイメージが染み付いているのではなかろうか、と感じた。

少なくとも筆者の周囲にはこの雑誌を定期購読してましたと公言するようなバカはひとりもいないし、「ラスベガスだぜ、ベイビー」のイメージと重なるトレーダーも、わたしは知らない。

筆者が20数年の業界生活で知り合った人たちには、むしろ子煩悩なパパとかママのほうが圧倒的に多い。

知り合いの元リーマンブラザーズのエグゼクティブは、日曜日がちょうど娘の誕生日で、娘の幼稚園のお友達とおそろいの小さい王冠をかぶってハッピーバースデーを歌ってる最中に電話がきて、自分の会社が潰れたニュースを聞かされた、と言っていた。

想像するとかなりマヌケな図ではあるが、こういう人が大半である。

「ラスベガスだぜ、ベイビー」もいるかも知れないが少数派。そういうチンピラと一緒にされたらたまらないし、されたくない。

あっ、でも、業界内でもその引き際に眉ひそめた人が多かったメリルリンチの元会長兼CEOスタンレー・オニールには、「ゴールデンパラシュートが有効なうちに161ミリオンダラーズ相当の手切れ金もらって解雇されてよかったですね」とメッセージを送り、『Trader Monthly』の在庫をすべて引き取ってもらうのも、いいかもしれない。

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