Friday, July 17, 2009

小学生のための「CDSとは何か」(4)

ゴールドマンサックスのクレジットエクスポージャの本題に入る前に、予備知識として、銀行財務やクレジット投資に詳しくない人のために、筆者より、CDSなどのクレジットデリバティブスについて若干説明しておきたい。(わかってるひとはすっ飛ばしてください。)

書きかけのまま、4月からホッタラカシになってた『小学生のための「CDSとはなにか」』シリーズの結論である。(ほったらかしててごめんなさい。)

   ★   ★   ★

金融機関というのは、その事業の性格上、小額のキャピタルで多額の資産を保有するという、極めて高いレバレッジがかかったバランスシート構造をしている。

資産に対する自己資本の割合はたいてい3~10%ぐらいしかなく、負債資本比率が10倍とか20倍とかいうのは珍しくもない。

そのため、不測の当期損失が多額発生すると瞬く間に債務超過に陥る可能性が高いことから、金融機関には、特別に、厳しい自己資本規制がかけられている。

【自己資本規制】では、収益で吸収しきれない損失が保有するリスク資産から発生した場合に備え、その損失を吸収できるキャピタル(自己資本)を常時十分保有していることが義務付けられており、自己資本が規制上の最低限ラインを下回ると、その金融機関は担当規制当局から「お咎め」を受ける。

リスクというのは、ご承知のように、益を生むこともあるが損失に至ることもある。高リスク資産というのはその「損益のブレ幅」が大きいものを指す。

銀行が保有する資産には様々なリスク(マーケットリスク、クレジットリスクなど)が内在しているが、資産の「種類」によって内在するリスク量も異なり、そのリスク量は市場の環境・財務状況の変化などさまざまな理由から、常時変化する。

そうしたリスク量の変化に対応させて必要自己資本額を調節しながら、リスクとリターンの関係がオプティマルになるように目を光らせるのが、いわゆる【リスク管理】ってやつですね。
   
   ★   ★   ★

銀行が、ある会社に融資したとしよう。そうすると、その銀行は、貸出先のクレジットリスク(信用リスク)にエクスポーズされる。信用リスク、すなわち、踏み倒されるかもしれないリスクを取るのである。

内在リスク量が高い資産には表面上の金額が同じでも、より高額のキャピタルが必要になる。

信用力が高くトリプルAの会社(低クレジットリスク)に1億円の融資をすると、見込まれる損失が低リスクで少ないのだから、その融資資産には小額のキャピタルを積んでおけばいい。

だが、信用力が低くジャンク格付けの会社(高クレジットリスク)に融資すると、融資額自体が同じ1億円でも、必要キャピタル額は多くなる。額面が同じでも、その資産に内在しているクレジットリスク量が異なるからである。

高リスクのクレジットリスクテーキングを行うと、高収益を見込めると同時に、自己資本が毀損する可能性も高まるのである。

   ★   ★   ★

【CDS】というデリバティブス・インストルメンツを使うと、実際に融資として現金を相手に貸さなくても、クレジットリスクのリスクテーキングが可能になる。

例として、私がCITという会社に一億円の融資をして、CITのクレジットリスクを取り、そのリスクテーキングの見返りとしてCITから金利を受け取るとしよう。

わたしが融資を決定したころのCITはまだ優良企業だったんで、わたしは金利も低めで貸してあげてた。

でも、なんだか雲行き怪しくなってきて、CITの信用力が落ち始めた。

このままCITの融資をバランスシートに抱えていたら、下手すると、踏み倒されるかもしれない・・・そんな不安がよぎってきた。

この場合、わたしには対処法として以下の選択肢がある。

(1) そのままにしておいて、天の裁量を仰ぐ。
(2) CITと直接交渉して、ローンのリストラして月々の支払いが軽くなるように組み替えてあげる。
(3) ローンのセカンダリー市場に出て行って、ディスカウントかけて売っ払い、CITと関係を絶つ。
(4) そのままにしておくが、万一のために保険かけとく。

この(4)が、CDS売買である。

不安がってるわたしのところに、あなたが寄ってきて「わたしがCDSを書いて、CITの融資がデフォルトしたときにはあなたの代わりに損を取ってあげましょうか。」と言い、私が「はい、お願いします。」と言うと、そこに【CDS取引】が成立する。

つまり、わたしは【CDS】のバイヤーとなり、あなたは【CDS】のセラー(Seller=Writer)になるわけだ。

CDSは【プロテクション(Protection)】とも呼ばれ、文字通り、元々の融資がデフォルトしたときにプロテクトしてくれる、そういう契約である。

ここで何が起こるかというと、わたしがもともと融資を介して取っていたクレジットリスクは、あなたがCDSをわたしに売った途端に、わたしの手元を離れ、逆にあなたがそのクレジットリスクを取ることになるのである。

だって、もしCITがつぶれて融資が約定どおりに返済できなくなったら、あなたが、その損をカバーしてくれるわけでしょ。

あなたは、わたしの代わりにリスクテーキングするわけだから、その見返りとして、わたしにリスク見合いの金利(プレミアム)を要求する。

これがCDSのプライスになるわけだが、ただしこの場合は、CITが月々支払う金利そのものではなくて、クレジットスプレッドに相当する部分だけがCDSのプレミアムとなる。(現物債券のクーポン金利や融資の月決め金利は、(1)ベースになる市場金利と(2)クレジットスプレッドという上乗せ金利の2つに分けられるという説明は、小学生のためのCDSシリーズ(3)を参照。)

融資元本はそのまま私が持ってるわけだから、CITから支払われることになってる実際の金利のキャッシュフローは引き続きわたしが受け取るわけであるが、わたしはあなたから買ったCDSに対して金利を払わなくちゃいけない。

つまり、(CITからの)受け取り金利と(あなたへの)支払い金利が相殺されるから、わたしのネットの金利収入は減少する。(下手すると、CDSの売り手に払う金利のほうが高くなって、ネットのキャッシュフローはネガティブになるかもしれない。)

でも、わたしはその代わり、クレジットリスクをあなたに渡してしまったから、わたしが取っているリスク量は減少する。

これを【リスクヘッジ】と呼ぶのである。

わたしは、保険を買うように「CDSを買う」ことでリスクヘッジしたんである。逆にあなたは「CDSを売る」ことでリスクテーキングしたんである。

クレジットデリバティブスというのは、こうやって、もともとの金融資産(【レファレンス資産】という)はそのままの状態にしておいて、そこに内在しているクレジットリスク「のみ」を取り出して、リスクそのものを売ったり買ったりすることができる、そういうインストルメンツなわけ。

対象になる金融資産は、「融資」に限らず、「社債」でもいいし、「地方債」でもいいし、「仕組み債(Structured Bond)」でもいい。

ようするに、そこにクレジットリスクが内在している資産がありさえすれば、そのリスクをCDSを用いて売買し、オリジナルのキャッシュフローはそのままの状態でクレジットリスクだけを他者に移転する【リスク・トランスファー】が可能になるのである。

   ★   ★   ★

CDSのもともとの使用目的は上記のように、信用リスクのリスクヘッジであったが、今日のクレジット投資の前線では、現物を保有していなくても、デリバティブスだけを活発にトレードしているのが実態である。

機関投資家や証券会社はCDSだけを独立した証券として売買し、他の債券投資と同じ理屈で、金利のタイトニングやワイドニングに沿って、投資利益が生まれたり損失が発生したりする。

CDSにはCDSとしてのプライスがつけられるため、レファレンスになっている現物債券(キャッシュボンド)とCDSとの間に金利差が生まれることはしょっちゅうで(っつーか、金利差がないことのほうがめずらしい)、アービトラージ取引を活発に行うことができる。

また、投資家がある会社のクレジットリスクを取りたいと考えていても、その会社の現物債券の流動性が低くて市場に出回っていなかったらどうだろう。これが現物(キャッシュ)しか存在していない世界なら、投資を諦めるしかないが、デリバティブス(CDS)を売ることによって、その会社のクレジットリスクを自分のポートフォリオに取り込むこともできる。

AIG問題ですっかりお茶の間用語になってしまったCDSだが、CDSと聞いただけで「邪悪なもの」と考えてる素人は多いけれど、CDSというインストルメントが登場してくれたおかげでリスクの売買が可能になったというのは非常に画期的なことで、リスクの拡散と投資機会創出という意味で、ポジティブな側面のほうが実際には強い。

また、銀行がCDSでヘッジした融資にふりむけられていた自己資本は、リスク量が減るんだから必要自己資本も減り、フリーアップされた自己資本をもっと割りのいい投資に振り向けることもできるわけだから、効率の高いポートフォリオを組むのに役に立つという解釈もできて、CDSの使用がいちがいに悪いとは言えない。

CDSの問題は、CDSというインストルメンツ自体にあったのではなく、その「使い方」にあったのである。

   ★   ★   ★

やたら前置きが長くなってしまったが、ゴールドマンのクレジットエクスポージャの話に戻ろう。



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7 comments:

モンテカルロ・モナコ said...

CDSの引き受け手は、対象とする貸し出し債権や社債がデフォルトしたときのために引当(責任準備金)などを積んでいるのでしょうか?

生命保険会社が死亡保険(=デフォルト保険)を販売したときは保険料は死亡率で変化しますが、関東大震災級の大災害が生じたときは、死亡保険金を払いきれないので免責約款(保険金の減額)がありますが、CDSでもそのような制度はあるのでしょうか?

僕、赤ちゃんです。

TrinityNYC said...

>モンテカルロ・モナコさん

コメントありがとうございます。CDSは「保険」のようではありますが、実際には「保険」ではなく、相対契約という位置付けのOTC(店頭取引)金融商品で、フェアバリューによる時価会計対象になってるので、セラーのB/S上に引当金は積まれていないのじゃないかと思います。(100%確信のない答えで申し訳ありませんが・・・間違ってたらごめんなさい。)

定義上「保険」ではないために保険会社の用いる会計処理や規制の対象にもなっておらず、OTC商品なので規格化されておらず、何がなんだかわからないうちに規模だけが巨大に拡大してしまい、免責のような制度もきちんと整備されていないと思います。

CDSが拡大発展している最中は、このような金融危機が勃発して大手金融機関が破綻するなどと誰も想定してなかったので、デフォルトが起こったときのためにあらかじめ準備をしておくという発想すらなかった、というのが実態だと思います。規制すらロクにかかっていなかったわけで。

CDSをバイヤーとして用いると自己のポートフォリオからクレジットリスクは転出できるのですが、その代わり、CDSバイヤーは「カウンターパーティ・リスク」(払うと約束した相手が払えなくなるリスク)を取ることになります。AIGのケースは、世界最大の保険会社が約束どおり支払われなくなったという、カウンターパーティリスクが現実化した問題でありました。そのカウンターパーティリスクに関しても、世界中で誰ひとり、AIGが払えなくなるなんて想定していなかったですし。AIG崩壊の原因を作った子会社AIGFPが出していたCDSがカバーしていたのはデフォルトの確率が限りなくゼロに近いトリプルA格の債券がほとんどだったので、デフォルトへの準備も、トリプルAという格付けが示唆するデフォルト率を想定していただけで、その程度の予想損失は業務利益で吸収可能と考え準備金などはとりわけ積んでいなかったと思います。

いまようやくCDSの実務上の問題にスポットライトがあたり、制度や規制を整備しようととりかかったところなので、モンテカルロ・モナコさんが指摘なさるような話は、CDSの規格化が進むにつれてルールに盛り込まれてゆくと思います。

Anonymous said...

こういう記事はありがたいです。
これからも期待しています。

Anonymous said...

こういう記事はたいへん勉強になります。
これからも期待しています。

恭弘 said...

クレジットリンク債を買うにあたって情報収集して辿り着きました。
本当に素晴らしい記事です。
おかげ様で証券会社の営業に対抗できます。
彼らは必ず大切なことを隠したうえで商談してきますので、油断も隙も無いです。単に理解して売ってないだけかもしれないですが・・・
ネットは玉石混交とは言いますが、この記事はまさしく玉でした!
ありがとうございました。

恭弘 said...

クレジットリンク債を買うにあたって情報収集して辿り着きました。
本当に素晴らしい記事です。
おかげ様で証券会社の営業に対抗できます。
彼らは必ず大切なことを隠したうえで商談してきますので、油断も隙も無いです。単に理解して売ってないだけかもしれないですが・・・
ネットは玉石混交とは言いますが、この記事はまさしく玉でした!
ありがとうございました。

TrinityNYC said...

> 恭弘さん
とても嬉しいコメント、ありがとうございます。最近、このブログ、ぜんぜん更新してないんですが、またそのうち、書き始めたいなと思ってます。