Thursday, November 12, 2009

「ヘマな投資」は「犯罪」ではない

NYダウ、今週にはいり、なかなか好調であります。11000に行くという話が、ちまたでマジメに語られております。

この好調ぶりを反映し、ヘッジファンド業界に投資資金が戻り始めているようだ。

Deutsche Bank Sees Hedge Funds Topping $2 Trillion (Bloomberg, 11/10/09)

このブルームバーグの記事によると、ヘッジファンドに預けられた資産は関係者の予想を上回るペースで回復しており、残高推移は以下のとおり。

 -2008年6月  1.98兆ドル ←ピーク
 -2009年3月  1.33兆ドル ←近年最低
 -2009年9月  1.53兆ドル 

このペース回復が続けば、来年2010年の暮れまでには2兆ドルに達する見込み、という。

メードフの巨額詐欺事件や、先月摘発を受けたファンド「ガリオン・グループ」によるインサイダー取引スキャンダルなど、なんのその。

カネの儲かるところに、カネは流れる、か・・・。


   ★   ★   ★

ヘッジファンドといえば、10日の火曜日、旧ベアスターンズのヘッジファンドマネージャー二人に、【無罪】の判決が出された。

U.S. Loses Bear Fraud Case (WSJ, 11/11/09)

被告は、ベアスターンズ・アセット・マネージメント(BSAM)の元エグゼクティブ二人。原告はアメリカ合衆国、一般市民から選ばれた12人の陪審員が有罪かどうかを審議した。

検察が要求した罪状は、(1)サブプライム投資で回収見込みがないことを知りながら投資は問題なしとウソついて投資家に損失を負わせた、とか、(2)一般投資家から資金を募る一方で自分の資金は別のファンドに移すなどインサイダー取引を行った、とか、(3)一般投資家に損失が出ることを承知しながら無謀な投資を勧めたあげく、引き出しを困難にさせて損失を拡大させる陰謀を働いた、とか、罪の数は全部で6件。被害を受けた投資家は、機関投資家や富裕層の個人投資家など、総額15億ドル(1500億円)。

これに対し、被告弁護人によるディフェンスは、彼らに投資家をだましてやろうという「意図」はなく、むしろ損失の拡大を阻止しようと最大限努力したが、雪崩のように頭上から崩れ落ちてくる市場のちからに抗うことはできなかった、ファンドが破綻した直接原因は彼らの判断のせいではなくて銀行が貸付金の回収に走ったからだ、彼らはスケープゴートにされただけだ、というもの。

上のWSJ記事によると、検察側が提示した証拠の数々は「被告が明確な意図を持って金融犯罪を働いた」ことを【証明するには不十分】であり、疑わしきは罰せずの精神にのっとり無罪、ということらしい。

もしも有罪となったら、この二人の被告は、罪状一件につき20年の服役とかいう重い罰則に付されるところだったのだから、無罪という判決が出たとき、どんなにホッとしたであろうか。

イギリス発の硬派オピニオンブログBreakingviewsは、金融危機にウォール街がどう貢献したかを裁く裁判としてはこれ以上の好例はないとして、今回の無罪判決の「意味」を問い、こう書いていた。

There is little doubt they were guilty of excessive optimism - even of downright incompetence. But as Tuesday's acquittal of Tannin and Cioffi appears to make clear, neither is yet a crime.

「過度にオプティミスティック」だった点が有罪だというなら、この二人に疑いの余地はない。あるいは、「ファンドマネジャーとして無能だった」という点も、同様かもしれない。しかし、今回出された無罪判決は、そのどちらも【犯罪】には相当しない、という点を明白にした。


大きな損失こいたからといって、ファンドマネージャーを犯罪者にはできない。

自分でよく理解できないような商品には投資するな。投資は自己責任で。 結局はそこに戻ってゆくのである。


   ★   ★   ★


しかしね、この判決を伝える記事群に陪審員達の判決後のコメントがいくつも載っているんだが、それらのコメントが、筆者はどうもひっかかってるんである。

The verdict(中略)came after about six hours of deliberation by a mostly working-class jury of eight women and four men.

『女性8人男性4人の、ほとんどが労働者階級のメンバーで構成された陪審員により、6時間の審議を経て判決が出された。』


ある陪審員のコメント。

There "was nothing that was clear and convincing," said juror Tabasam Bhatti, a 31-year-old civil servant. The prosecution didn't provide "enough information," he said.

『陪審員のひとり、31歳の公務員タバサム・バッティさんは、(被告の二人が罪を犯したことを証明するには)何一つとしてクリアじゃなかったし、(意図的に犯行にいたったと)確信を持つことができなかった、検察側は十分な情報を提供しなかった、と述べた。』


また、別の陪審員は、こう言ってる。

Another juror, Aram Hong, a 27-year-old Korean immigrant, compared Mr. Cioffi to the captain of a ship, saying that while the ship was sinking, he and his colleagues were "working hard, 24/7...to stop the boat from sinking."

『別の陪審員、27歳の韓国からの移民アラム・ホングさんは、被告を船長に例え、「船は沈みかけていたが、被告とその仲間達は、なんとか沈没から船を救おうと、寝るヒマ惜しんで必死に働いていた」と述べた。』


このホングさんという人は、NYミッドタウンのホテルの裏方で飲み物を管理する仕事をしているそうだが、彼女は、被告がファンドを救おうと明け方まで必死に仕事していた点を引き合いに出し、『If this was really a fraud case, they wouldn’t have worked that hard.(彼らが不正を働こうとしていたのなら、あんなに一生懸命働いたはずない。)』と言った、とブルームバーグ記事が引用している。

あんなに一生懸命仕事をしたはずがない。「はずがない」かぁ・・・

ウォール街というところは、ホングさんの働くホテル業界(←労働組合が仕切る)とは似ても似つかぬ労働環境。朝の4時だろうが5時だろうが一切おかまいなし、一週間連続徹夜で働くなんてのはあたりまえ、仲間内のひとりやふたり心臓麻痺起こしてバッタリ倒れても、ディール完遂のためなら病人放置して働き続ける、そういう

【純粋タコ部屋業界】

だという事実を、ホングさんはきっと知らなかったんだろうな。

業界の人間が聞いたら「朝の4時?フツーだ」という反応しかないよ。

また別の陪審員は、判決後に、「彼らに罪はない、彼らはスケープゴートにされただけ」と言ったともいう。でもそれって、被告弁護人の主張のまんまでは・・・

うーーむ・・・

今回の判決は、たしかにBreakingviewsの言うとおり「投資マネージメントで【ヘマ】をやったとは認められても、意図的に損失を引き起こしたコンスピラシー犯罪にはならない」という前例を作り、知的犯罪の立件の難しさを世に示したわけであるが、それと同時に、これらの陪審員による判決後のコメントを読んだときに、筆者は、どうしてもぬぐえない「ある疑惑」を抱いてしまった。

もしかして、この陪審員たち、原告側・被告側双方から示された証拠物件や事件の背景説明を、公判通じてほとんど理解できてなかったんじゃないのか?

   ★   ★   ★

公判が開かれていた期間は3週間。それに対して、陪審員が実際に判決を下すまで6時間。かなりのスピード判決である。

陪審員の多くが、提出された情報に消化不良を起こしていたとしても、無理はない。

この事件で、問題の焦点となったのは サブプライム融資やレバレッジのかかった企業融資などを対象資産とした CDO とか CDO-squared と呼ばれる「仕組み債」だったわけだからな。

こうした特殊証券は、それらがどんな風に組成されて、どんなリスクを抱えていて、みたいな話は、ウォール街で長いことプロとして働いていたって、この分野を専門にやってなければようわからん、そういう類の商品なんである。

筆者もクレジットの分野は専門として結構長くやりましたけどね、それだって、CDO-Squared だの、CDO-Cubed だの、CPDO(Constant Proportion Debt Obligation)だの、ここらへんの話になってくると、プロスぺクタスを斜め読みしたり一度さら~と説明受けただけでスイスイ頭に入ってくるような、そんな生易しい証券じゃ、おまへんて。この種の証券ってのは、高度なカスタマイゼーションだって、自由自在に効くんだもん、「CDO」というひとことで単純にくくれない。

トリプルAだの、ダブルAだの、いちおう格付け会社から格付けつけられて、市場参加者の多くは、その格付けをよりどころにしてリスクの度合いを測っていたわけだが、その格付け手法そのものがジョークだったというのは、いまや誰もが知ってる話。

市場での取引が薄く流動性の低い証券だったというのもあり、証券の価格ボラティリティが極端に高く、市場価値の把握が困難という別の問題もかかえていた。売買でメシ食ってるプロの債券トレーダーでも値付けに苦労するようなシロモノなんだもん、一般のリテール投資家向けじゃないのは言わずもがな。

ましてや、おそらくベーシックな金融知識を持ち合わせない陪審員達が、3週間やそこらの断片的なプレゼンで、肝心の証券そのものを理解するのはまず不可能。

そうした高度に複雑な金融商品が審議の中心にデーンと座ってて、被告が損失が発生するのを認識していたか否か、認識していたのに問題はないとして投資家に購入を勧めたのか、そこが検察側が強調したポイントだったはずなんだけど、肝心の対象証券がどんなものか全然わからない状態で判決出すのは、致命傷が刺し傷なのか銃創なのかも判断できていないままナイフしか保持していなかった被告を裁く、みたいなもんではないか。

だから、判決後の陪審員のコメントも、もっぱら「沈み行く船の船長として最後までがんばった」というタイタニック号さながらのヒーロー物語になっていたり、「スケープゴートにされただけ」という弁護側の主張をオウムのように繰り返していたり、しまいには、

『もし自分におカネがあったら、この人たちに預けて運用してもらいたいぐらいだ』

と判決後に述べた陪審員すらいた、っていうんである。

Bear Juror Says U.S. Case So Weak She’d Invest With Defendants
(Bloomberg, 11/11/09)

これらのコメントを読み筆者が感じるに、この12人の陪審員たちが判断のよりどころにしていたのは、もっぱら、被告弁護団がたたみかける「被告の人物評」であって、検察側が示すクソ面白くもない特殊証券の取引の話なんかは、聞いても脳内に膜がかかったようになってたのではなかろうか。

しかし、そうだったとしても、それは専門知識を持たない陪審員のせいじゃなくて、法廷内のパフォーマンスで明らかに差をつけられた検察側のせいである。

また、たとえ陪審員がこの道の専門家ぞろいであったとしても、Breakingviewsの見解どおりで、この二人の意図的な不正を証明することは困難だし、この二人の行為がサブプライム問題という世界中を巻き込んだドデカイ問題を拡大させたと持ってゆくことは、どだい無理なはなし。

そう、【ヘマな投資】は【金融犯罪】ではない。

しかし、この被告人たちは、ホングさんら陪審員たちが信じたように、タイタニック号の船長のような果敢なヒーローだったのだろうか。

2007年後半の段階といえば、USABCP(US Asset Backed Commercial Paper)市場が完全瓦解しSIVなどの証券化ビークルの短期資金繰りが事実上不可能になっており、CDOのトリプルA格も次々に格下げくらってたころだよ。メリルリンチらがCDO投資の含み損を大量償却して赤字に陥ったころなんだから。

そんな頃に、ほんとうに、心の底から当該証券の価値が回復するとオプティミスティックに彼らは信じ続けていた、とでも?

これは、犯罪か否かの問題というよりも、投資のプロとしてのモラルとか、ウォール街のカルチャーとか、そこらへんで「それって、どうよ・・・?」と疑問を投げかける問題じゃないのかな。

これについて、ある仕組み債の専門家から、非常に興味深い話が、判決直後にネット上で回されてきた。

         (次回に続く)





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2 comments:

LuciFer said...

祝ガスレンジ購入!
どちらもLG製にびっくり、そういえばベトナムで泊まったホテルのテレビがLGでした。韓国強いですね~。その点日本は元気なくて淋しいです。この裁判については陪審員と同じ程度の一般ピープルなので、後半の仕組み債の専門家からのお話、お待ちしております。
この記事で最も印象に残ったのはウォール街は【純粋タコ部屋業界】!っていうところです(笑)。

Anonymous said...
This comment has been removed by a blog administrator.