前回の続きである。
判決後にネット上で出回ってた記事とは、ジャネット・タヴァコリ氏が今年1月に出版した『Dear Mr. Buffet』という本からの抜粋であった。
ジャネット・タヴァコリはストラクチャード商品、とりわけ、クレジット・デリバティブスの分野のエキスパートとして知られ、クレジット・デリバティブス関連の著書も多く出している。(参考書のようなテクニカルな内容の著書が多く、日本でも『クレジット・デリバティブス取引事例集』という翻訳版が出されているようだ。)
彼女は80年代からベアスターンズやゴールドマンで証券化とクオンツリサーチの現場で経験を積み、今回の裁判で無罪判決を受けた被告のひとりラルフ・チオッフィとはベアスターンズ時代の同僚でもあった。氏は現在、ストラクチャード・ファイナンスのコンサルタント会社社長を務め、メディアにもコメンテーターとしてちょこちょこ顔を出す。
その彼女が2009年に出版した著書『Dear Mr. Buffet』の中に、BSAM崩壊前夜にあたる2007年春に、エバークエスト・フィナンシャル(Everquest Financial Ltd.)という非公開会社のIPOに関し、チオッフィと直接コンタクトを取った際のやり取りが記されている。
タヴァコリは、チオッフィらの無罪判決後、ニュースブログ 『Huffington Post』に自著からその部分を抜粋して掲載し、それが同日のうちに米国の多くの金融ブロガー達により転載された。
これがなかなか面白いので、MHJでも紹介したい。
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タヴァコリの本文に入る前に、予備知識として、何点か触れておく。
まず、証券化について。
一般に、「証券化する」というと、金融資産をプールして「資産のカタマリ」を作り、それを対象資産として再構築することにより、そのプールが生み出すキャッシュフローを、リスク度合いの異なる複数の層(トランシェ)に切り分けて分配し、債券の形式に組み直すことを指す。
「金利キャッシュフローを生み出す資産」であれば、どんな資産でも証券化の対象となる。一般の企業融資でもいいし、クレジットカードローンでもいいし、住宅のモルゲージローンでもいい。 住宅ローンのサブプライム部分も当然証券化の対象となり、住宅バブル全盛期には、これらを対象資産とした証券化が活発に行われた。住宅ローンを担保プールにして証券化したものをRMBS〔Residential Mortgage Backed Securities)という。(ファニーやフレディがやってる業務ね。)
証券化されると、計量化されたリスク量に従って、各トランシェにそれぞれAAA格、AA格・・・などと格付けが付けられて、リスクの低いほうからシニア部分・メザニン部分・エクイティ部分とざっくり分類される。トランシェごとに期待リターンが大きく異なるために、それぞれのトランシェの投資家層も異なり、シニア部分は銀行などのコンサバでキャピタル規制が厳しい投資家が多いが、メザニン・エクイティ部分になるとヘッジファンドや銀行系の非連結子会社など、リスク許容量(Risk Tolerence)がより高いプロの機関投資家が占める。
延滞率が上昇するなど、対象資産のプールが生むキャッシュフローに乱れが生じると、まずはエクイティ部分がその損失を吸収し、エクイティ部分がこれ以上損失を吸収できない(=価値がゼロになる)という状態に陥って初めてメザニン部分に損失が発生する仕組みである。エクイティ部分は、プールに損失が実際に発生すると、いちばん最初に損失を吸収しなくてはならないため、ファースト・ロス・リスク(First Loss Risk)とも呼ばれる。
さて、「金利を生む金融資産ならば何でも証券化の対象になる」と上に書いた。ということは、証券化により作られた債券も金利を生むので、これらをさらに証券化することは【理論上】可能ですよね?
住宅融資をまとめて証券化したRMBSの「メザニン部分」ばかりを集めてきてプールを作り、それを対象資産にして再び証券化したものが、CDO(Collateralized Debt Obligation)と呼ばれる、クレジット・デリバティブスの一種である。CDOもやっぱり、トリプルAから無格付けのファーストロスまで、複数のトランシェに分かれて債券として発行される。
RMBSを組成する際、サブプライム融資を中心に集めて資産プールをつくると、そのプール全体のリスク量は、プライム融資ばかりでつくったプールよりも高リスクになりますね?だって、もともと、「クズ」ばっか集めたんだから。
そして、メザニン部分ばっか集めて資産プールをつくると、シニア部分を集めて作った資産プールよりも、そのプールは高リスクになりますね?だって、メザニンのほうがシニアより信用力低いんだから。
でも、数学オタクの皆様による【金融工学】の進歩のおかげで、ジャンク並みの信用力しかないクズばっか集めたプールでも、証券化してリスクプロファイルの異なる複数の層に分けてやれば、トリプルA格をもらえるようなトランシェができちゃうんである。現代版錬金術。
そうやって作ったCDOのメザニン部分をまたまた集めてきてプールにして、それを証券化してデリバティブスのデリバティブスを作ると、CDO-Squared (CDOの2乗)というのが作れて、CDO^2のメザニン部分集めてさらに証券化すると、CDO-Cubed(CDOの3乗)というのがつくれて・・・と、鏡を向かい合わせて立てかけたように、「無限(∞)の奥行きを持つ数学美」の世界が展開されるんである。
このプロセスを延々と繰り返して、CDOのn乗(CDO^n)(nは自然数)を作り出すことは【理論上】は可能なわけですよ。あくまで【理論上】はね。
しかし、そうやってリスクの濃縮度が高いトランシェをわざわざ取り出しては証券化を繰り返すのだから、CDO、CDO^2、CDO^3・・・CDO^n と自然数nの数が大きくなるに従い、そのデリバティブスのリスク量は指数関数的に増大する、ってのは、数学オタクじゃなくたって【直感】としてわかりますよね?
そもそも、証券市場の動きってのは、サイエンスじゃないからね。
サイエンスで説明できない証券市場に、サイエンス理論のみで武装した商品を持ち込んだもんだから、自然数n=2 あたりで、すぐにドバーーーーーン!!と破裂して空中分解した。
無限(∞)の奥行きを持つ理論にしては、ほころぶのがずいぶん早いな。(爆)
いったん相場が崩れだしたら、数学モデルがはじく理論値は、もはや意味をなさなかったのである。
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さて、ベアスターンズ・アセット・マネージメント(BSAM)の話に戻ろう。
この会社がマネージしてたヘッジファンドの中に、〔1〕Bear Stearns High Grade Structured Credit Strategies Fund というのと、〔2〕Bear Stearns High Grade Structured Credit Strategies Enhanced Leverage Fund という、二つのファンドがあった。
〔1〕のほうは2003年に設立され、当時の金利低下に伴うクレジットバブルに乗って2006年まで二桁リターンを上げ続けた。これに気をよくして、2006年8月、BSAMは〔2〕をローンチ。この二つのファンドは、CDOやCDO-Squaredに積極投資してリターンを上げていた。
2006年というと、MHJ筆者は当時、某大手証券のニューヨーク本社のセルサイド債券フロアにいて、クレジットトレーディングのフロントの傍で仕事してたが、ウォール街の証券各社はどこも、利鞘が薄くなりすぎて企業債証券の多くがコモディティ化(=スプレッドに差がつかない)し、伝統的なクレジット商品では儲けることができなくなっていたのを思い出す。
そのため、セルサイドの証券各社は、一般企業債などよりも、マージンの高いストラクチャード商品やハイブリッド商品に力を入れ、CDOなどのエキゾチックな証券化商品(←後にToxic Assetsと呼ばれる)へと傾倒していった。中でもベアスターンズとリーマンは、エキゾチック商品の分野でアグレッシブに動いていて、みなハッキリ口には出さなかったが、ベアスターンズグループが「危ない橋渡ってる」という“印象”は当時ニューヨークでクレジット市場に関わるものなら誰もが抱いていた。
バイサイドも同様で、市場のクレジットスプレッドがタイトすぎて、クレジット物でリターンを揚げようとするならば、ファンドに高リスクのエキゾチック商品を組み込まない限り、魅力的なリターンを得るのは困難になっていた。そういう時期に、BSAMは積極的に高レベルのクレジットリスクにロングポジション取ってたんだな。
BSAMが〔2〕のファンドをローンチしてほどなく、サブプライム市場は暴落。2007年4月末までに〔2〕のファンドは2007年の年初から23%の下落を見ていた。同年6月にはファンド凍結が宣言され、ファンドの投資家は引き出しができず、損失が拡大し続けるのを黙ってみているしかなかった。そして同年7月には、BSAMは〔2〕のファンド価値は限りなくゼロに近く〔1〕のファンドも1ドルあたり9セントに下落したと投資家に告知した。
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冒頭で紹介したタヴァコリの著書からの抜粋部分には、BSAMとStone Tower Debt Advisorsの2社が共同でマネージしていた非公開株式会社『Everquest Financial, Ltd.(以下、エバークエスト)』がIPOをしたときのことが書かれてある。
同社がIPOを行ったのは、BSAMのCDO投資ファンドの価値が下落していた4月とファンド引出し凍結宣言を出した6月のちょうど中間にあたる、2007年5月のことであった。
タヴァコリによると、IPO直前のエバークエストの資本構成は、BSAMのヘッジファンドとStone Towerのプライベートエクイティファンドが約7割、残り3割は両者と提携関係のないプライベートエクイティだった。
エバークエストはシティグループなどから融資を受けてレバレッジをかけ、それを資金にして、BSAM傘下の〔1〕と〔2〕の債券ファンドからCDOやCDO^2を買い取っていた。
タヴァコリが「驚愕した」と書いているのは、エバークエストにCDOを売却した側のBSAMの二つのファンドが、リスクの高いCDOやCDO^2のシニア部分“以外”にも投資をしていた、という事実だった。
ファンドの名称は「High Grade」ってことになってたんだよ。
普通、ファースト・ロス部分に「High Grade」という言葉は使わないんですけどね・・・。
BSAMは、トラブっていた二つのファンドから、CDOやCDO^2投資のハイリスク部分を関係会社のエバークエストに買い取らせ、要するに、【飛ばし】やってたんである。
売り手も買い手もBSAMなんだから、売買時の価格なんてわかったもんではない。
7月には価値がゼロになるぐらいサブプライムリスクを取ってBSAMのヘッジファンドの資産が大幅劣化していたことを知りながら、BSAMのヘッジファンドよりさらに高リスク資産を抱えていたであろう飛ばしビークルを、5月にIPOして資金を集め、シティグループへの借金返済とエバークエストの少数株主のプライベートエクイティ(筆者が想像するに、おそらくベアスターンズのクライアント)のバイアウトをしようとした。
5月にエバークエストIPO、7月にBSAMファンドの価値全損。
IPOですよ、IPO。私募じゃないんだよ。うちのお母さんだって買おうとおもえば買えるんだよ。
わたしから見たら、取り返しのつかない段階に来ていることを知りながら、「公募」の形をとって、一般投資家にそのリスクを持たせようとした、という図にしか見えないんですけどね。
〔次回に続く〕
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