2009年最初の米国株式市場は2ヶ月ぶりに9000ポイント回復というニュースだった。
が、喜んでるのは、部外者のみ。
ウォール街の業界インサイダーはおしなべて暗い顔。
そりゃー、暗くもなるでしょう、ボーナスが前年と比べてドバーと低い会社ばっかなんだから。
毎年1月、2月は、ウォール街はボーナス支給の季節。
世間一般では「こんな事態になったのもすべてウォール街のせいなのに、それでもボーナス払うのか!」というトーンで批判の声が渦巻いているようですが、世間はウォール街の給与体系をちと誤解している。
確かに支給額を従業員ひとりあたり〝平均〝で見ると、米国の他の業種と比べて、ウォール街従業員が手にする給与は圧倒的に高い。
でもですね、金融街ってところは、ハリウッド映画の世界にも通じるものがありまして、トム・クルーズが映画一本で20ミリオンダラーズとか貰える一方で、その何百分の一の給料で生活してる関係者もいるわけで、トム・クルーズと売れない脚本ライターの給料を足して2で割って、「おぉ!映画業界は給料高いぞ!」とか言っても無意味なのと同じ。
いってみれば、ウォール街ってのは、ハリウッド芸能界と同じ、一種の『タレント商売』。才能あると認められれば破格のペイが待っている。カネで人材を引き寄せ、要らなくなると、さっさと捨てる。
カネにたかり、カネの切れ目が縁の切れ目で、景気の波とともに盛衰を繰り返すという意味では、基本的に『水商売』と同じ、とも言えるな。
秘書やアシスタントなどのNon-Exemptと呼ばれる従業員には州法に従ってオーバータイムが支給されるが、Exempt(プロフェッショナル)のカテゴリーの職で雇われたら、オーバータイムは一切つかない。ここまでなら普通の会社と同じ。
ウォール街の給与体系で何が特殊かといえば、ボーナスの額。業界内でも職種や専門分野で年間所得にかなりの開きがあるが、一般に、タイトルがVice President以上のシニア従業員になると、ボーナスはたいがい年間基本給の数倍。トレーダーなど職種によっては、会社のその年の業績次第でボーナスの額が基本給の10倍や20倍になるのも、さして珍しくもない。ウォール街のシニアクラスのプロ達が高給取りになれるのは、ひとえにボーナスがでかいから、である。
欧米の証券会社ってのは、要は、「ボーナス命」の業界なんである。(同じ証券会社でも、日本の会社の場合は、欧米の給与体系とはかなり違う。)
市場の浮き沈みがそのまま会社の浮き沈みにつながる業界だから、NYダウ平均が史上最高をつけた2007年は、当然のことながら、業界全体が受け取ったボーナスの額も史上最高だった。この年はクレジットを安価で調達できたため、レバレッジかけまくりの巨大M&Aディールも次から次へと飛び出してくる年だった。
ちょうど1年ほど前のブルームバーグの記事に、米5大証券の2007/2006給与比較表がある。2007年度にウォール街の従業員が受け取ったボーナスは総額393億ドル(3.5兆円)。絶好調の勢いがついてた2006年度の362億ドルから、9%近く上昇。ただし従業員数もそれだけ増えたんだから、プール全体が増えるのは当たり前。(余談だが、この記事からわずか1年しか経ってないのに、5大証券のうち3社が潰れたか買収されて姿を消し2社しか残っていないという事実が感慨深い・・・)
また、2007年度はウォール街のCEO達のボーナスも破格で、この年はゴールドマンのCEOが6千万ドル近い(50億円近く)ボーナスを受け取り話題になった。彼らは、ウォール街のブラッド・ピットであり、トム・クルーズなんである。(見た目は相当違うけど。)
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さて、まもなく支給が始まる問題の「2008年度分賞与」でありますが。
去年2008年の米株式市場が一年間に失った時価総額は287億ドル(およそ2.5兆円)だそうで、これは、アフリカ大陸全体の経済出力より大きいらしい。ニューヨークのダウンタウンの一角で、アフリカがまるごと消えた・・・。
業界がボーナス用として脇によけておいた「ボーナス・プール」も、ドバーンと減ったのは、当たり前。
年末の12月31日、シティグループの会長とCEOがそろって、2008年度分のボーナスは全額返上しますと宣言してた。他社の経営トップのエグゼクティブ達もすでに、大概が2008年度のボーナスは辞退することにしている会社がほとんど。ま、公的資金入れてもらってウォール街への風当たりが強い現在、何十億円ものボーナスは最高経営者として、受け取れんだろ。
一方、最前線で弾受けてるプラトゥーン部隊(=一般従業員)の場合はどうかというと、全額返上というのはありえん。「ボーナス命」を掛け声に、早朝から深夜までオーバータイムゼロでも死に物狂いで働いたんだから。負け戦であろうと、兵士には報酬あげないと、次の戦で勝てないよ。
とはいえ、今年は、うまくいっても前年比3割減、下手すると7割、8割減となるみたい。
世間一般のひとたちは、ウォール街のボーナスはキャッシュで払われてると思ってるひとが多いけれど、実はそうじゃない。
シニアになると、ボーナスのかなりの部分が自社株の形で支払われる。「Restricted Stock」「Stock Units」などと呼ばれる制限付きの株で支払われると、もらってから数年間は、せっかくもらったボーナス株ももらったその年には売却して現金化できない、つまり何年か遅延して支払われる「Deferred Compensation」の形を取るのが一般的なのだ。
仮に、ゴールドマンサックスのシニア従業員が、ボーナスとして自社株をもらうとする。2007年に200ドル以上をつけてたゴールドマン株を1000株もらうと、そのときは20万ドルもらった(1000株x200ドル)ことになるんだけど、現在ゴールドマンの株価は最高値の3分の1ぐらいまで下がっちゃったから、この人の場合は、20万ドルだった〝はず〝のボーナスも、価値は3分の1近くに減っちゃったんである。あのとき現金でもらってたら、と泣いてもしょうがない。
かくいう筆者自身も、秋以降の市場暴落のせいで、かつての古巣の証券会社からもらったボーナスの自社株が、アッという間に「支給時の言い値」の5分の一となり、茫然自失に陥った。メディアは「高いボーナスもらいやがって!」と(やっかみ半分で)批判ばっかしてないで、こういうウォール街の給与体系の悲しい現実にも、もっと注目してもらいたいな。
しかも、今年のボーナスからは、一般の前線戦闘員プラトゥーン従業員も、CLAWBACK PROVISIONに合意しないとボーナス払って貰えないらしい。
Clawback Provision とは、 日本語にすると「回収条項」とでも言うのかな、要するに、ボーナスの一部は「人質」として差し押さえられていて、将来、会社にとって不利になるような取引に手を染めたり、会社のレピュテーションを傷つけたり、業績悪化を招くような仕事したら、人質になってるボーナスは没収される、そういう条項。
先月12月8日、筆者もかつて所属してたモルガンスタンレーのCEO、ジョン・マック(John Mack)が世界中の全従業員に向けて2008年度分ボーナスについての内部メモを配り、話題となった。(メモ全文はここ。)
このメモによると、(1)CEO含めトップ経営陣3名は2008年度分のボーナスは全額返上、首脳部エグゼクティブ14名は前年比で75%減額(2)一般従業員のボーナスは現金での支給部分、3年待ちの自社株による支給部分、そして新たにClawback Provision付き「3年間人質」部分、の3つのパートに別れる、(3)シニア・エグゼクティブ達の給料はむこう3年間のROEなどのパフォーマンス指標に直結させる、とある。
3年間無事に勤めたら、3年後の2012年に自社株部分と人質部分は支払われ、ようやく現金化できる。(3年経つ前に会社辞めたら、多分、会社に没収される。)なお、自社株部分の株価が3年後どうなってるかは開けてのお楽しみ、ですんで。
そもそも支給額そのものが去年より大幅に少ないところに持ってきて、こうやって「人質」にとられる部分も増えるとなると、実際にキャッシュとして支払われるボーナスの額は、さらに極端に少なくなるのではなかろうか。
なるほどねぇ・・・暗い顔してるひとが多いはずだよ・・・。
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モルガン・スタンレーのメモと並び、昨年12月に注目を浴びたボーナスの話題が、クレディスイスの決断だ。
金融業界では、欧州勢も米国の会社群と給与体系とほぼ同じにしていて、クレディ・スイスの場合は、シニア従業員へのボーナスは従来、半分がキャッシュ、残り半分が制限付き自社株で支払われてきた。
今年から、この「自社株」部分の8割程度までを、自社のバランスシートにしこっちゃってる債券やローン資産などをPartner Assets Facility(略してPAF)というワケわからんファシリティにまとめて、報酬の一部として従業員に配っちゃおう、というんである!
このPAF、市場で売りたくても売れない、流動性のまったくないダメ資産が中心で、業界ではこういうダメ資産は「犬しか食わん」という意味で「ドッグフード」と呼ばれてた。(でも、あんなもの、いまの相場じゃ犬だって食わんだろが。)
その犬も食わない不良資産集めて作ったCDOやCLOをボーナスにしちゃうって・・・。しかも、そうやってもらったボーナスも、元本部分の現金化は4年後の2013年から可能だが、このプールが生むリターンは8年間現金化できない、という条件付きですと。えー、これから8年も待つんですかー!
前回の記事で紹介したが、CDOなど三つ文字アルファベットのToxic Assetsの資産価値には現実離れしたディスカウントがかかってて、尋常ならぬ安値になっている。でも、見方を変えれば、こうした資産価値のアップサイドはすごく高いってことでもありますね。
もしも、ですよ、もしもToxic Assets の相場がむこう8年かけて正常化に向えば、そのリターンたるや、あなた、クレディスイスの自社株なんぞより、よほど高いリターンが期待できるんでありますね。(もっとも、不良資産の価値が元に戻るかどうかは、現時点では、ほとんどギャンブル。)
クレディ・スイスのCEO、ブレイディ・デューガン(Brady Dougan)は、デリバティブス畑出身。ボーナスをクレジット・デリバティブスで支払っちゃえという発想は、さすが元デリバティブスのトレーダーでありますねー。(感心してる場合か。)
でもこうすれば、同社がバランスシートに抱え込んじゃった不良資産を8年間実質的に「塩漬け」にすることができるわけだから、クリエイティブといえばクリエイティブ。
2008年度のクリエイティビティ賞は、ブレイディに差し上げたい。
(でも、もし自分がクレディスイスのバンカーだったら、絶対に怒りまくって「CDOより、うちの愛犬用に本物のドッグフードよこせーーーっ!!」と騒ぐような気がする。)
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