Wednesday, February 11, 2009

「政府主導による市場メカニズム」の矛盾

筆者は毎朝ラジオニュースを聞きながら犬と散歩するのを日課としているのだが、昨日(10日)のラジオでは朝から、ガイトナー財務長官が金融市場救済に向けての具体案を午前11時に発表する、という話で持ちきりだった。

ブルームバーグラジオなどは、「さぁ~、発表まであと1時間に迫りましたよ~!」「20分を切りましたッ!」と、カウントダウンしてたぐらい。

タイムズスクエアの年末のカウントダウンじゃあるまいし。

それくらい、誰もが期待に胸膨らませてティム・ガイトナーの登場を待っていた。トレーダーも発表を聞くまではトレードを控えてた、ってぐらいで。

ところが、ガイトナーのスピーチはかなり大雑把な枠組みの話に終始し、ウォール街が期待していたような「具体的に、誰から、何を、いくらで買って、それをどうする」という詳細に欠けたものだったために、午前11時を境にしてダウは急落。後場もセンチメントは戻らず、前日比5%近く下げて引けた。

昨日(2月10日)のNYダウ、イントラデイの動き 
(11日付けウォールストリートジャーナルから拝借)




オバマ政権の経済顧問サマーズが、ガイトナーの案は「政府が呼び水となることで市場からプライベート資金を集めてきて、それで金融機関のバランスシートにしこっちゃってる不良資産を買い取るビークルを作る」という、ぼんやりした概要を、週末のTVインタビューですでにリークしてたんで、市場は「買取りプロセスの詳細」を期待していたんであるな。

しかし、ガイトナーのスピーチは、サマーズがリークした「概要」から大差はなく、クビを長くして「詳細」を待っていたアナリストやトレーダー達は「あんなに勿体付けてたくせに、開いてみたら、手の内には何も持ってねぇじゃねーか」と怒りまくった。

たしかにもっと突っ込んだ詳細がなければ、分析できないっすよね。

でも、筆者が思うに、「詳細がない、詳細がない」と騒いでる連中も、実際のところ、その「詳細」とやらを使って調理の仕方知ってんの?

昨日の夜のTVニュース番組に、某社の銀行株担当のアナリストが出演して「詳細が出てこないのは納得がいかない!」と怒っていたが、「もし詳細があったら、あなたなら、どうするか」と逆に番組キャスターに突っ込まれ、一瞬詰まって即答できなかったのには、笑った。

市場のアナリストなんてのは、日頃エラソーなこと言ってるが、その実、議論のための議論、分析のための分析をやって自己満足にふけってるヤツ多いですからね。(筆者自身がアナリストだったんで、よくわかるんです。笑)

別のニュースでもやっぱり詳細が無いと批判してたニューズウィーク誌の経済記事担当とかいうジャーナリストなんて、「リーマンブラザーズは破綻するまでトリプルAの会社だった」とマジメな顔で全米版の番組で抜かしてた。証券化債券の“トランシェのひとつ”に付与されているトリプルA格付けを、「発行体そのもの」についてると思いこんでいるようなド素人が、CDO買取りに関わる「詳細」を知ったからとて、何ができるというのか。

この手の「気分だけ知ったつもり」の市場参加者がオーバーリアクトした結果が昨日の株式市場の大幅下落の一因だとしたら、株価の動きそのものに、こっちまで一緒になってオーバーリアクトしたって、だからどうした。(今朝のフィナンシャル・タイムズの論説は、つられてオーバーリアクトしてましたけどネ。)

CNBC局のキャスター、スティーブ・リースマン(Steve Liesman)だけが、かろうじて、(ガイトナー案はクレジット市場正常化をめざした案なのだから)株式市場がどう反応したかより、金利市場とクレジット市場がどう反応したかのほうが今は重要じゃないのか」と述べて、ひとり光ってた。

そう、その通りだよ、スティーブ!いいこと言うじゃないか!詳細はこれから追々出てくるでしょう。


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昨日は市場関係者から大ブーイングをくらったガイトナーの発表会であったが、昨日の彼の話を簡単にまとめると、要するに、こういうことみたい。

ガイトナー案の骨子 
(2月11日ニューヨークタイムズから拝借)


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 1. 大手銀行は、市場がさらに強いストレスに見舞われたときに存続できるかどうかの「ストレステスト」をこれから行う。テストの結果、存続できると認められたら、T.A.R.P.からの資本注入対象銀行になることができて、資本強化する。(でも、テスト結果の詳細は非公開。)

 2. 政府が資金立ての支援をしてやって、不良資産のみならず、クレジットカードや学生ローン、自動車ローンなどのコンシューマー向け融資の流動化に拍車をかけてやる。住宅ローンの流動化がスムーズにいくように、政府はさらに努力する。

 3. 政府1、民間10の割合で、プライベート資金を募って、不良資産(Toxic Assets)買取りビークルを作る。政府主導で、民間資金による取引を活性化させることで、市場メカニズムが再びプライシングを行えるように促す


とまぁ、こういうことらしい。

つい先日のここのブログ記事で「大銀行を国有化するにはつじつま合わせる必要ある」と書きましたが、ストレステストの結果は、まさに、この「つじつま」に相当することになるでしょう。

また、昨日の公聴会でバーナンキも力説してたが、米国のクレジットの流れは、半分が銀行からの融資だが、もう半分は銀行システムを通らずにセキュリタイゼーション(証券化、流動化とも言う)市場でまかなわれている。だから、連銀も一丸となって資産流動化をテコ入れするのが急務、ってのも、これまた政府として当然でありますね。

だが、3番目の「政府が民間資金集めて市場メカニズムでプライシングする」ってところに、筆者は、ややひっかかるものを感じている。

ガイトナーはスピーチに続くインタビューで、この不良資産買取りに参加する民間の機関には、

「将来の損失に備えたプットオプションは政府から出さない」

と言い切ったんだ。

また、サマーズは別のインタビューで、この案に参加する可能性のある民間機関(プライベートエクイティなどのファンド)とここ数週間すでにコンタクトを取って、彼ら民間資金が不良資産の買取りに興味を示しているのを確認している、とも洩らした。

さらにさかのぼれば、前政権時にT.A.R.P.立ち上げたポールソンらも、ゴールドマンなど有力投資銀行をアドバイザーにして、民間資金を呼び込んで買取りプラン立てる、って言ってたんだし。

つまり、ガイトナー案てのは、給料高過ぎると難癖つけた相手をアドバイザーとしてこきつかい、通称「ハゲタカ」(政界関係者が好む別名「庶民の敵」、「GREEDの代表」)と呼ばれてるディストレス(不良化した資産買取り)専門のプライベート・エクイティの力を借りないと一歩も先に進まない、そういう案なんであるな。

でも、ハゲタカファンドは、すでに理論価値より安くなってる資産をさらに買い叩くからハゲタカなんであって、これからまだまだ買い叩ける資産はいくらでも出てくるかもしれないのに、いませっかちに動かなくちゃいけない理由が彼らにあるだろうか。

ましてや、政府はプットオプションつけてくれない、ってんだから、リスクヘッジは全部自前でやらなくちゃいけないし、それならよほどの好条件(=叩き売り状態)にしてくれなければ、そんな高リスクのディールに参加する意味、あまりない。

でも、叩き売り価格で市場売却した際に発生する損失を吸収できるほど自己資本に厚みがあるなら、売る側の金融機関だって、とっくに売ってるんじゃないのか、とも思う。

ガイトナーが言うように、買おうにも資金市場が麻痺してるから買うための資金がまわらない、という「買い手側の事情」ももちろんある。

だけど、「売り手側の事情」すなわち、売ったら最後、損失が確定してしまうから債務超過がバレちまう、というもうひとつの問題もあり、それでプライシングがつけられないというのが実態じゃなかろうか。

いまマーケットプライスでCDOを処分したら債務超過がバレてしまう巨大銀行が仮に(仮に、ですよ)あったとしても、既に兆円単位の公的資金を入れてしまった後なんだし、破綻に伴うシステミックリスクの大きさを考慮したら、

「ストレステストの結果、債務超過でした、えへへ・・・」

なーんて、政府当局が言えるわけないんだから、そういう銀行からの売り値にはある程度の手加減加えてやらないと、「システミックリスクの回避」という政府サイドの大義名分自体がひっくり返ってしまう。

おそらく、ディストレスの分野の大御所カーライルやブラックストーン、債券運用大手のピムコやブラックロックなどは、とっくにサマーズやガイトナーらと直接会合持って投資機会を探っているのだろうけれど、彼らが「お国のために」と自腹切って、プライシングに手加減してくれるとは、筆者にはちょっと想像できないね。そんな甘いこと言ってたら、あちらさんも、商売にならんよ。

「市場メカニズムによるプライシング」というのは、売り手はリターンを最大にしようとし、買い手はリスクを最小にしようとする、その【せめぎ合い】から生まれてくるわけだから、できるだけ銀行破たんを回避したい政府の思惑と、リターンの最大化を前提に走る市場メカニズムには、おのずと矛盾が生じてしまうんである。

今後の政府と民間機関との話し合いが進むにつれ、ガイトナー案は、なんらかの妥協策】を組み込まざるを得なくなる、そんな気がする。

妥協案なら、プットオプションも、そのひとつ。

日本政府が旧日債銀と旧長銀を米系プライベートエクイティファンドに売却したときに瑕疵担保条項という名のプットオプションをくっつけてやったのを思い出すな。

政府側がなんらかの形でリスクヘッジに一役買ってやる姿勢を見せないと、このプランはなかなか先に進まず、「モタモタして日本みたいになる」可能性も出てきてしまうんじゃないの、ティム?

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