アイルランドなんて、1年前までは「欧州の優等生」とか呼ばれて持ち上げられていたのに、いまや、パキスタン(677bps)に迫る勢い、ドバイ(457bps)どころの騒ぎではない。
このCDSスプレッドだが、Mishのブログに掲載されていた表が面白いので、切り取って貼り付けておく。
CDSのスプレッドから示唆されているリスクに対応する格付け(Implied Ratings)と、格付け会社が実際につけている格付けの比較表。インプライド・レーティングと実際のレーティングに何ノッチ差があるか、というものだ。
よく市場では「格付け会社はノロい」とか「格付け会社は何もわかっていない」とか「いてもいなくても一緒」とか、いろいろ非難の声を耳にするが(またそう非難されても仕方ないぐらいドンくさいことやってる時も実際あるからネ・・・)、この①市場価格(市場がつけてるリスク評価)と②格付け会社がつけてるシンボルとの間には差があるのが実は普通なんである。
格付け対象となる先のクレジットクオリティが悪ければ悪いほど、市場心理が悪化するときであればあるほど、その「差」は開きがち、というのが過去の例をみても、たいがいそうなんである。
実際に格付け会社のレーティングを睨みながらクレジットの売買してるひとたちからすれば、その差があるからこそ、アービトラージやトレーディングの機会が生まれるわけで、格付け機関も含めた市場関係者が全員、常に同じパーセプションで同じオピニオンなら、Bid も Ask も同じになっちゃうわけでして。
差があること自体は、何の不思議もない。1~2ノッチ(ノッチ=notch =段階)程度の差は、あっても誰も別に驚かん。
しかし、その「差」が2ノッチどころか、8ノッチだの10ノッチだのとなると、何かがおかしい。
上の表で、PIIGSの5カ国のノッチ差に注目されたし。
スペインとアイルランドが10ノッチ差、ポルトガルとギリシャが8ノッチ差、イタリアが6ノッチ差。
市場は、とっくに、格付け機関によるレーティングのレベルなんて無視してプライスつけて取引している。
これだけの差がつく背景は、ひとつには巷(ちまた)の指摘どおり「格付け会社がドンくさい」というのがあろう。
市場は格付け会社がドンくさいんで、近い将来彼らが格下げアクションをするだろうと見越して、あらかじめプライスにその期待を反映させている、というのもある。
あるいは、格付け会社が「有り得ない」としているデフォルトのシナリオを、市場の方では「有り得る」と考えて、オピニオンの違いが明確になる場合も。
さらに、このCDSのプレミアムというのは、実際に該当国の国債現物を保有していなくても、その国の企業など他のクレジットリスクにエクスポーズされてるために、そのリスクをまるごとヘッジする目的で国債CDSを買う場合もあったりして、テクニカルな理由から需要が膨らむ場合もある。
そして、市場が興奮しすぎて、現実味を失ったシナリオで突っ走り、それが実現可能か否かの吟味をすることなくリスクを織り込んでCDSのプレミアムが上昇する、というのもある。
CDSスプレッドの拡大について、欧州の政府・当局関係者は、春のギリシャの騒動のときには、「スペキュレーターのせいだ」と決め付けて空売り規制してみたり、今回のアイルランド騒動では「問題なんてないのに、格付け機関が格下げするとかいうから、こんなことになるんだ」と格付け機関に八つ当たりして、格付け会社を規制すべしとか超アホなことを言い出して、無知+無能+無策ぶりをさらけ出した。この政府当局のギクシャクぶりに失望した市場は、「コリャだめだわ・・・」と投げ出した、つまり、「サポートを施す側に対する市場の信頼低下」が反映されたりもする。
他にもいろいろあるだろうが、筆者が思うに、今回のPIIGSのケースは、これらのファクターすべてがゴチャ混ぜになってる結果なのであろうね。
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ちょっと脱線するが、思えば、ちょうど一年前のドバイショックが、2010年に怒涛のごとく押し寄せた「欧州ソブリンリスク」の幕開けであったのだ。
<<一年前のドバイショックのときのMHJ関連記事>>
- 「政府保証債じゃなくても事後救済」の危険(Murray Hill Journal, 11/28/09)
- ソブリンCDSについて (Murray Hill Journal, 11/30/09)
一年前に自分が書いた記事を読み直してみると、ギリシャのCDSは205bps、スペインなんて86bpsで、日本(当時81bps)と同程度のレベルだったんであるよ。(遠い目)
それがあれよあれよという間に、このザマである。
イギリスなんてユーロ圏じゃないのに、アイルランド救済に半身突っ込んでしまったし。
日本のCDSは現在、65ぐらいだけど、これも、何が引き金になって、ギャンギャンな騒ぎに発展するか、わかったもんではない。
それは米国ソブリンとて同じこと。今年一杯、ずっとファンダメンタルズはギクシャクしてるから、信頼感が失われたまま、株価があがってみたり、商品・為替が乱高下してみたり、背骨のないタコみたいで、わけわからん。
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話を上の表に戻すが、8ノッチや10ノッチの「差」は、今後、どう縮小するのであろうか。
まずは、ドンくさい格付け機関が格下げを続ける。でも、これが短期間で一気に10ノッチも下がるかというと、筆者としては少々疑問。
(ただし、先日、S&Pの銀行アナリストが、アングロ・アイリッシュ銀行の格付けを一気に6ノッチも下げてたんで、絶対有り得ないとはいいませんが、銀行シニア債の格下げ理由はちょっと特殊なんで注意。これは別の機会にでも書く。)
もうひとつには、いま過敏になりすぎてる市場側が、すこし落ち着きを取り戻し、デフォルトシナリオの実現性・実効性を鑑みたリスクの再考を行うことで、パーセプションのリセットとともにCDSスプレッドの一部が行き過ぎと判断される、というのも、あるでしょう。市場パーセプションが常に正しいとは限らないからね。
各国ごとにおかれている事情がことなるとはいえ、現在は、信頼失墜の感染(Contagion)が進み、PIIGSが地域ひとかたまりになってパーセプション悪化してるというのは、これら5カ国のレーティング差が突出してることから明らか。(ベルギーがこっそり追従中。)
当事者政府側は、債務リストラなど有り得ないと繰り返しているが、現在のスプレッドレベルは、市場は、政府のそういう態度を現状否認(Denial)と捉えて、2011年以降のリファイナンスの困難さとリストラ期待を明確に織り込んできているという意味。実際、現在のイールド水準ではギリシャやアイルランドはもとよりスペインだって、市中調達を継続するのは厳しいだろう。
でも、どこかがデフォればそれで解決、というのは短絡すぎる話。解決に向けては、政治的な側面が非常に強い話だけに、もう少し成り行きを見守らないと予測困難と思われ。
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ところで、上の表で、もうひとつノッチ差が大きく出ている国がある。
トルコである。
S&Pはトルコの格付けはBB+だと言ってるが、市場は「うんにゃAAだ」と言ってスプレッドがずいぶん潰れている様子。
これもやはり、格付け会社がいくらノロいといったって、ソブリンで一気に8ノッチも「格上げ」された国なんて、筆者の知る限り、きいたことないよ。
トルコに関しては、市場はちょっとポジティブな絵を描きすぎなのでは・・・と筆者などはつい思ってしまうのだが、どうであろうか。