Thursday, January 8, 2009

強風吹き荒れるシカゴ、お膝元野球チームの運命は?



オバマ次期大統領のお膝元シカゴが最近やたらと騒がしい。


イリノイ州上院議員だったオバマがワシントンDCのホワイトハウスに引越しすることになったため、イリノイ州代表の上院議員職に空席ができた。米国では現役の上院議員がなんらかの理由で任務につけなくなった場合、各州の知事が後任を任命する。その空席をイリノイ州知事がカネで売ろうとしたことが発覚、汚職容疑で知事が逮捕されて、全米トップニュースの大騒ぎ。


(写真は左がイリノイ州知事、右が新上院議員に任命されたブリス元同州司法長官。USA Todayより)

しかし、このイリノイ州のロッド・ブラゴジェヴィッチ知事、「自分は何も悪いことしてない」の一点張りで、“逮捕後”に自分の側近の一人をオバマの後任として任命しちゃったもんだから、世間は「テメェみたいな犯罪人が任命権あると思ってんのか、この恥知らず!」と、またまた大騒ぎ。


そして、任命されたイリノイ州の司法長官ローランド・バリスも、ブラゴジェヴィッチ知事に引けをとらない厚顔無恥ぶりを発揮して、「自分は正規の方法で合法的に選ばれた、文句あっか」と世間に批判に一歩も譲らず、ワシントンDCでの新米上院議員宣誓式に出席するため乗り込んでいったものの、上院の入り口で「あんたは議員に認めない」と入場を拒否された。


民主党側は、このイリノイの新米上院議員バリス氏がたとえ【いわく付き】であろうとも、議席数確保のためには民主側にいてもらわんと困るというポリティクスが先行して、バリス氏を正式に新上院議員に認定しようと、方々で躍起になってるらしい。


対する共和党側は、そうした民主党の動きを阻止して共和側に有利になるように駒を進めようと、こちらも水面下でグチャグチャ手を回して動き回ってるらしい。


政治の世界も、ったく、どうしようもないな・・・・勝手にやってろ!


ところで、シカゴは Windy City のニックネームをもらってるぐらい風の強い街として知られるが、いまシカゴには、政治のみならず、スポーツ、メディア、そして金融の舞台でも暴風が吹き荒れている。


シカゴの地元人気野球チーム「シカゴ・カブス(Chicago Cubs)」が、いま売りに出されているんである。


さらに、1847年創業という歴史あるシカゴの名門新聞『シカゴ・トリビューン(Chicago Tribune)』もひと月前の12月8日にChapter 11をファイルして倒産した。


実は、シカゴトリビューンの親会社であるトリビューン・カンパニー(Tribune Company)のオーナーは、シカゴ・カブスのオーナーでもあるサム・ゼル(Sam Zell)氏。トリビューンの倒産とカブスが売りに出されたことは、繋がっている。


サム・ゼルと言えば、米不動産界では泣く子も黙る大物投資家で、米国のみならず世界をまたに掛け、かなり大掛かりな不動産開発投資を行うことで有名な大富豪である。



ゼル氏の数多くの投資成功例のひとつを挙げると、メキシコでHomexという住宅開発会社にてこ入れして成功し、同じモデルを使ってブラジルでGafisaという住宅開発会社を育て上げ、ブラジルの会社なのにニューヨーク証券取引所で米ドルのIPO(株式公開)を行い、BRICsブームの最中だったために米国の投資家群が飛びついて、彼は巨額の富を得た。ドナルド・トランプが派手な素行でお茶の間的人気を集めどちらかといえば“素人向け”ステータスに甘んじている一方で、サム・ゼルはプロ御用達の投資家で、彼の講演には毎回多くのプロの投資家筋が大物を一目見ようと集まる。しかし一方で、資産を安く買い叩き高値で売るというサム・ゼルのアグレッシブな投資手法をこころよく思わない者たちは、彼を Grave Dancer(墓場のダンサー)と呼ぶ者もいる。


そのサム・ゼル氏が、2007年の秋にトリビューン・カンパニーを買収すると言い出したとき、投資業界ではたいそう話題になった。トリビューン・カンパニーといえば、シカゴトリビューン紙にとどまらず、Los Angeles Times、Baltimore Sun、New York Newsday、フロリダのSentinelなど、全米各地に散らばる有名新聞各紙、さらにはTVやラジオ局なども多数傘下に抱える大規模なメディアコングロマリット。ゼル氏は不動産投資の世界では神様のように扱われている人物だが、メディア会社を経営した経験はゼロ。メディア業界を担当するアナリスト達は、業界未経験のゼル氏がトリビューン社をマネージできるはずがないと懐疑的な見方をする者も少なくなかった。


そしてゼル氏の経営手腕云々のほかに、この買収の手法が多額の負債を伴うLBO(Leveraged Buyout)だったというのが、話題になったもうひとつの理由であった。LBOとは、エクイティ投資を行うための資金を多額の借金でまかなう方法で、巨額の買収資金を用意できる代わりに、投資対象の資産と資金の流動性管理を一歩間違うと、その投資プロジェクト全体が一気に崩れてしまう、非情にリスクの高い投資手法だ。


サム・ゼルがトリビューンLBOに動いた2007年後半といえば、米株式市場はまだイケイケのムードだけはなんとか保っていたものの、肝心の資金調達の要になるクレジット市場では、すでに、あちこちで黄色信号が点滅を始めていた。


コマーシャルペーパー市場の機能不全で短期資金の市場流動性はすでに異常事態の様相色濃く、長期資金も企業債スプレッドが高いボラティリティにみまわれ、CDSの値動きが激しさを増してクレジットリスクのヘッジも実質的に困難な状況になっていて、クレジット市場全体が日に日に怪しさを増していた。信用力の高い企業ですら調達には必要以上に神経を尖らせざるを得ない、そんなさなかに、最初からジャンクの巨額債務を抱えて大型のLBOを仕掛けるというのは、いくらサム・ゼルといえども、リスキー極まりないと市場関係者の多くは感じていた。


しかし、「不動産投資」という世界はレバレッジに始まりレバレッジに終わるような業態であって、不動産王サム・ゼルのこれまでの数々の成功も、高レバレッジで一株あたりの価値を高めるというパターンの繰り返しであった。


金融市場が崩壊に向けて速度を上げ始めた2007年12月、サム・ゼルは3億1500万ドル(300億円弱)の私財を投じトリビューン社を買収し同社のCEOになった。同時に、従業員持ち株会(ESOP)を設立、2億5000万ドルの新株をESOPに(要するに、一般従業員)に割り当てて、買収時に借りた負債をトリビューン社の負債として改めた。買収プロセス完了後、トリビューン社のバランスシートには112億ドル(1兆円以上)の負債が乗っかることになり、結果として、シカゴトリビューンの社員は「株式会社のオーナー」であると同時に、この買収に使われた借金の返済プランの共同責任者にもなった。


しかし、サム・ゼル指揮下の新経営陣は、買収直後からトリビューン社のリストラとして900人以上の従業員を解雇、シカゴ・トリビューンは文章が少なくて写真が多い紙面に刷新してプロダクションに必要な人員をできるだけ抑制してコストを削減した。また、傘下の新聞各社が入っているオフィスビルの買収なども進め、ちまたには、サム・ゼルの真の目的はメディア会社の経営よりもグループ各社の不動産資産にあったのだと見る向きも出てきた。


2008年に入ると、金融市場は急激に悪化が進む。住宅不動産のみならず、都市部の商業用不動産マーケットも信用収縮の悪影響で価値下落が顕著になっていった。


資産価値が下がり出し、調達コストが上がってゆく局面では、極端にレバレッジのかかったバランスシート構造をしている会社は、強い財務プレッシャーにさらされるのが世の常。


トリビューン・カンパニーは買収からわずか1年足らずのうちに負債総額130億ドルに対し資産残高76億ドルという重度の債務超過に陥り、2008年12月8日、ついにChapter 11による債務リストラを申請するに至った。


Chapter 11のプロテクションにより、申請時に130億ドルまで膨れた負債の利払いは凍結され、負債のリストラで債権者が蒙るヘアカットの深さも決まる。しかし、ここまで債務超過が進むと、株主価値はゼロ。従業員持ち株会ESOPも、もちろん価値はゼロ。また、従業員向けの年金など福利厚生関係の債務なども、一般負債と同列に処理されるために大幅にカットされる。


自動車メーカー3社が政府支援を受けてChapter 11を逃れたのとは異なり、トリビューン社の従業員を待ち受けていたのは、自社株の形の私財はゼロ、長年勤めた褒美としてもらえるはずだった企業年金も大幅に目減りし、取り返すには個々人で裁判所にクレーム出すしかないという悲しさ。


トリビューン社の投資に失敗したサム・ゼルは、そのほかの手持ちの資産を売却し、トリビューン社の破産処理に充てるとしているが、その「手持ちの資産」こそが、シカゴの野球チーム、シカゴ・カブスである。


売値は10億ドル(900億円)だそうでして。


これに「ボク、買いたいでーす!」と手を挙げたのが、若き事業家のマーク・キューバン(Mark Cuban)。



キューバンはインターネット事業で成功を収め、40歳になったかならないかでいきなり全米長者番付に躍り出たという典型的なネット長者のひとり。自他共にみとめるバスケ・フェチの彼は、テキサス州ダラスのNBAチーム Dallas Mavericks のオーナーでもある。その彼が、バスケットボールチームだけじゃなくて野球チームも欲しくなったってことで、前々から「カブスを売る気ないか?」とサム・ゼルにちょっかい出していた。


サム・ゼルはキューバンの誘いに「売る気はない」と首を横に振るばかりだったが、このたびの投資失敗でカブスを手放すはめになり、キューバンは即座に飛んできた。


ゼルの足元を見たキューバンは「全額キャッシュで払うから、そのかわりディスカウントして安くしてくれないか」とサム・ゼルに持ちかけたが、値引きする気はないと突っぱねられた。「せっかくキャッシュで払ってやると言ってるのに値引きしないなんて、割が悪い」と、キューバンは、カブス売却のディールから手を引いたことを1月6日付けの自己のブログで公言した


このキューバンのブログに、こんな文章がある。




Once the credit crisis hit, the value of cash went through the roof. It was not just a matter of how much the Cubs were worth, it was also a matter of how much more money I could earn with that cash. Cash was and is king.



(クレジット・クライシスが本格化したら、キャッシュの価値は天井を突き抜けた。いまや、カブスがどれくらいの価値があるかということだけじゃなくて、カブスに投資として突っ込むキャッシュがどれくらいのリターンを生むかということも重要なポイントになった。キャッシュは王者なんだ。)




CASH IS KING.

そう、その通りだ!いまどき、キャッシュに勝るものはない!


有力な買い手も引き下がってしまったことだし、シカゴ・カブスの運命や、いかに・・・


・・・とここまで書いたら、冒頭で述べたシカゴ州知事が「弾劾(Impeachment)」される可能性が濃厚になってきたらしいとのニュース。シカゴを吹き荒れる嵐がおさまるには、まだしばらく時間がかかりそうですね。

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