今日19日月曜日は、米国は、マーティン・ルーサー・キングの祝日で市場はお休み。明日20日は、いよいよオバマの就任式。アメリカは、週末からずっと新大統領の話題で持ちきり。
そこに、通常通りマーケットが開いていたロンドンから、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(Royal Bank of Scotland、略称RBS、本社エジンバラ)の株価が一気に70%も下落、というニュースが。
RBSは去年、イギリス政府から巨額の公的資金注入を得て、なんとか自己資本の厚みを保ってきたが、その後も、CDOなど各種不良資産から発生する損失拡大が止まらず、いまだに「にっちもさっちもいかない状態」に陥っている。
今日のRBSの記者会見で、同社は第4四半期だけでクレジット市場のエクスポージャからで80億パウンド(1兆円超)の損失、2008年度通期では280億パウンド(412億ドル、約4兆円)の赤字決算になる模様。
400億ドルというのは、イギリスの企業史始まって以来の損失額だそうだ。
RBSは、去年の秋の資本注入で、イギリス国民の税金から多額の公的資金を注入してもらった。
金融機関に公的資金を入れるときの【大義名分】は、『公的資金注入で銀行のキャピタル基盤を強化してやることで、貸し出しを増やし、硬直しているクレジット市場を正常化に導く』ってヤツだけれど、こうやって、公的資金を注入するそばから、それを上回る損失額が発生してキャピタルがみるみる消滅してゆくんだから、こんな状態では大義名分もへったくれもない。
実際問題として、キャピタルが充分にないと、銀行は「貸し出し」はできない、そういう規制ルールになってますんで。
でも、キャピタルが云々というのは「銀行側のロジック」であって、納税者のカネ拠出してる政府は「そうですよねー、貸せったって無理ですよねー」なんて、ウンウンうなづいてくれるはずがない。
ポリティクスの側にいる者たちは、銀行のキャピタル規制がどうたらなんて話より、「オレの税金いれてやったのに、銀行は何故オレに金貸さないんだー!」と怒りまくっている一般民間人の味方するほうが、政治的にいちばん重要なのだから。
公的資金の注入でいちばん悩ましいのは、この、エコノミクスとポリティクスのバランスをどうとるか。
早速、そのジレンマが、RBSに襲ってきた。
巨額の損失計上で再度の公的資金を仰がざるを得なくなったRBSは、政府からの援助金の見返りとして、60億パウンド(87億ドル、8兆円程度)の新規融資を行うことを「約束」させられた。
http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601087&sid=aLtny16knr.s&refer=home
しかし、もしも、この「約束」も果たせないなんてことになったら・・・RBSは【部分国有化】から【完全国有化】への道を歩むのではないか、そんな憶測が市場に働くのも、これまた至極当然。
【完全国有化】になった場合は、いったん株式価値は全額ゼロになって公的管理に入るから、現在の株主は手持ちの株券は文字通りの紙切れとなる。
紙切れになりかねないという憶測が働いて、売れるうちに売っておこうとロンドン市場ではRBS株が大幅に売り込まれ、今日の70%下落、となった。
これと非常に似通ったことが、日本でも起こったな。
コンフィデンスを失った市場は、それが「事実」だろうが「風説」だろうが、ありとあらゆる情報に過敏に反応する。日本の銀行群も完全国有化により株価リセットという恐れから銀行株が大幅に売り込まれ、みずほやりそななどは、ペニーストックみたいな扱いで取引されてた時期もあったぐらい。
それが突然息を吹き返したのは、当時の小泉・竹中コンビ率いる政府当局が、公的資金で一般株主救済という「禁じ手」に出たから、である。
要するに、市場にモラルハザードを意識的に誘発させて、株価崩壊を防ぐという、究極の救済方法であった。政府が助けてくれるから株は紙切れにはならないというモラルハザードだ。
そして、その、「禁じ手」によるりそな救済直後から、政府の思惑どおり、日本市場にはモラルハザードが蔓延、株価は急上昇を始めた。
モラルハザードで株式市場に勢いがつくと、それまで、リスク回避(『質への逃避』)で国債市場に集中していた投資資金が一斉に株式市場に戻り始め、バブりまくっていた日本国債市場は大暴落した。
当時、筆者は、某米系大手証券会社の東京オフィスでクレジット市場調査部の部長をやってたんだが、「モラルハザードは政府公認だーい!株式が救済されるんだからクレジットと債券が救済されないわけないだろ!買って、買って、買いまくるときが来たぜーー!」という内容のレポートを書き、方々から取材や講演のお誘いを受けた。しかし、今思うと、かなり“はしたない”レポートを書いたもんである。(苦笑)
RBSのケースは、2002年~2003年当時の日本の銀行たちの状況にとてもよく似ている。(1)公的資金を注入してもしこっちゃってる資産から多額の追加損失が発生し続け、せっかく注入したキャピタルを食ってしまう、(2)株式市場全体のコンフィデンスが完全に欠如してしまっている、(3)自己資本規制下のリスクキャピタル維持のしばりから貸出金拡大に着手できない、(4)政府から政治的な圧力を受け、自己資本規制とポリティクスのはざまで世間からさんざん叩かれる、などなど、そっくりである。
でも、実際に、イギリス政府が、日本政府がこうじたような「禁じ手」救済策にまで足を踏み込むかどうか、そこはまだ不明であるな。
これで2009年第1四半期も同様の多額の損失出したら、どうなるんであろうか・・・やっぱり【完全国有化】か・・・?
イギリス政府がモラルを優先させれば、RBSの株主価値はゼロ。
その直後から、RBSと五十歩百歩のところにいるような、財務内容が極めて悪化している他の大手金融機関の株式も売り浴びせにかかり、株式市場はグローバルでさらに撃沈。クレジット市場はスプレッド拡大で、公的資金の大義名分も元の木阿弥。カウンターパーティはディフォルトの嵐についてゆけず、さらなる泥沼に陥るリスクは、今の時点では、かなり高いと言えるな。
RBSが破綻のうえに完全国有化になった場合、そのインパクトは、下手すると、リーマンブラザーズ破綻を超えるかもしれないとすら思う。なんてったって、リーマンと違い、「預金受け入れ」する金融機関だから、預金者パニックでバンクランが発生するリスク高い。
日本でも銀行潰す前に「預金全額保護」の法律を通して一般預金者の預金は預金保険を上回る額でも全額保護されることになっていたにもかかわらず、一般のひとたちは、そんなこと聞いたってピンと来ないんで、預金の引き出しに走って、大変だったんだ。
英国はすでに「預金全額保護」の方針を去年出しているけど、RBSが潰れたなんてことになったら、預金者はきっとパニックする。(預金者パニックほど怖ろしいものはない。)
では、日本政府がやったように、救済を優先させ、モラルハザードが拡大するままにまかせるか?救済直後は、当時の筆者のように「買えー!」と叫んで突進してくるハシタナイ資金がドドドドーーーと市場に流れ込み、株価はあがり、クレジット市場はホッと息をつき、市場の緊張はいっきにほぐれる。
でも、モラルハザードは市場の劇薬。そのときはふわ~~~と気持ちよくなるが、脱出するタイミングを失うと、泥沼にはまる。麻薬と同じ。いったんモラルハザードで上昇した日経平均も、ファンダメンタルズが追いついてこなければすぐに腰砕けになって、2006年から落下し続けてるのが、いい証拠。
ところで、昨日付けでニューヨークタイムズに掲載されたポール・クルッグマン教授のブログ記事は、まさに、この「救済とモラル」についての記事だった。
Wall Street Voodoo
http://www.nytimes.com/2009/01/19/opinion/19krugman.html?_r=1&em
この記事でのクルッグマンのスタンスは、「国民の税金つかって株主救済なんて、許さん!」という市場規律寄りのスタンスである。
米国政府のT.A.R.P.がどんどん変質して、株主救済用資金になってるのではないかと警告している。
以前、わたくし、ここのブログで、ポールセンが考えた救済プランは『納税者をバカにしくさったプラン』と書きましたが、いや、ほんと、モラルなんて、どっか行ってしまってますんで。
クルッグマンは、この記事で、「20年前に米国当局がやったように、いったん破綻させて、既存の株主は全損くらってもらって、優良資産だけの形に作り変えて、新たな株主に売却する」方法がいい、と主張する。
その方法で、S&L危機を乗り越えたんだ、と。
あのぉ・・・お言葉ですが、クルッグマン先生、S&L問題は確かに当時の米国では大事件だったけど、それでも、「ひとつひとつの銀行のサイズが小さかったから処理可能だった」という事実を、すっかりお忘れなのでは?
日本の銀行だって、不良債権でパンクしてたときに、米国のS&L処理に使われた手法で処理できないか、検討したんだもん。でも、S&Lと比べると資産規模が大きすぎて、扱う金融商品も複雑すぎて、破綻後の日本経済への負のインパクトを考えたら、とてもじゃないけど怖くて怖くて、S&Lの処理手法は使用できなかったんだもん。
あの当時の日本の銀行たちですら、恐怖のあまり使用できなかった処理方法を、それよりさらに複雑でさらにスケールのでかいグローバルバンクに使用せよとクルッグマンは言うのか?
でもさぁ、「リーマン破綻を決定したのはシステミックリスクを無視した短絡的な決断だった」とポールセンを批判したのは、クルッグマン先生、あなたでしょ?
なのに、今度は、システミックリスクなんて怖がらずに銀行つぶせ、と言うの?
ポールセンはリーマン破綻後のインパクトの凄まじさにすっかり縮みあがってしまい、システミックリスク顕現化を抑えるためならボク何でもやります、てな態度に豹変してしまった。
ポールセン=「自由市場推進の旗手でーす」から「社会主義者と罵られようともやりますボクちゃん」に変貌。
クルッグマン=「リーマン潰すなんて市場規律もほどほどにしやがれ」から「潰せるものは、潰しちまえ」に変貌。
なんだ、これ?
「救済」か、「モラル」か・・・。
うーむ、難しい問題だ。こればかりは、ノーベル賞受賞経済学者でも解決できないくらいの深いジレンマなんである。
さて、明日20日からいよいよ米国も、オバマ新政権に移行する。
オバマは当選後のインタビューで、T.A.R.P.資金の残り半分3500億ドルをすぐにでも使えるようにしてくれと議会に提案するとともに、「金融機関に公的資金を出すからには、もらいっぱなしはダメだ」と繰り返し述べているから、アティテュードとしては、英政府っぽい。ポールセンのような「納税者バカにしくさった、甘いディール」は、政治的に難しくなりそうである。
それが何を意味するかといえば―――「相場にはネガティブ」。2009年の市場はどうなるのだろう。
2 comments:
なかなか読み応えあります。特にわしの知りたいことを書いてくれてます。一般の人が想像出来ない金融のトップの考え最終的に起こりそうなあらゆるケース、などをもっと分かりやすく教えていただけると、狸の皮算用や転ばぬ先の杖になってくれるんですけどね。まっ、それは神様でも超能力者でもないでしょうから無理かもでしょうが(苦笑)
日本の出来損ないの官僚にも読ませてやりたいですな、まじで。
takaさん、コメントありがとうございます。書きたいことは山のようにあるのですが・・・ぼちぼち書いてゆきますので、お付き合いください。
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