Tuesday, January 27, 2009

『魔の山』は、ブルジョワ去ってアイボリータワーの住人来たる(成金は下界で戦死)

27日から、スイスの高級スキーリゾート地ダボス(Davos)で世界経済フォーラム(World Economic Forum、略してWEF)が開かれる。

1971年から毎年同地で開かれているこの年次フォーラムは、世界中から政府要人、著名な経済学者、政界や財界の超大物ら、数千人が集まって連日世界経済について話し合うという大規模な催し。

当然のことながら、今年のフォーラムのテーマは、大恐慌以来と言われている金融市場の混乱とグローバル経済の失速にどう対処するかが焦点となりそうだ。

このダボス会議、本来の趣旨は、経済問題を話し合うということになっているんだが、ここ数年の傾向として、【経済会議にかこつけた成金パーティ】という別の顔も、見え隠れしていた。

しかし、今年は、パーティでハリウッド俳優と肩を並べてドンちゃん騒ぎ、どころじゃない。

とりわけ、金融界の大物達はバケツで冷や水ぶっかけられたような状態で、これまで毎年欠かさず出席していたウォール街の大物達の多くが欠席するという。

まず、去年、スーパーモデルとパーティでいちゃいちゃしていたリーマンブラザーズの元CEOリチャード・フルド(Richard Fuld)。彼は、スキーの季節が来る前に、会社ごと葬り去られちゃいました・・・。

次に、メリルリンチの元CEOジョン・セイン(John Thain)。バンカメに買収されたメリルだが、買収後もメリルのToxic Assetsから汚水のような損失がダダ漏れし続け、数日前の22日付けでセインはクビになった。(筆者から見たら、バンカメのCEOも同罪じゃないかと思うが、この点については今日は触れない。)クビになったら、ダボス行きは当然「ドタキャン」ですよね。

このほかにも、政府による救済基金T.A.R.P.の点滴を受けながら生き延びている大手金融機関のCEOの皆様も、そろって欠席を表明した。

ゴールドマンサックスのCEOロイド・ブランクファイン(Lloyd Blankfein)、シティグループのCEOヴィクラム・パンディット(Vikram Pandit)、モルガンスタンレーのCEOジョン・マック(John Mack)・・・みーんな欠席。

これら大手金融機関はみなダボス会議の重要スポンサーばかりであり、そこのCEO達といえば、近年はダボス会議のトップスターだったんである。それが今年はほとんどが欠席。アカデミー賞に主役級の俳優が誰も出てこない、今年はそれに近い状態だな。

(ま、会社がこんな惨めな有様で、ダボスのパーティなんかにノコノコ顔を出したら、何言われるかわかったもんではない。)

欠席するのは金融機関のCEOばかりじゃない。グーグルやソニーやシェブロン、といったグローバル大企業のCEO達も今年のダボス出席は見合わせることにしたらしい。

グーグルなんて、去年のダボス会議では「パーティの主催者」になって、一本1000ドルもするようなワインをポンポンあけて、大盤振る舞いだったんですぜ。

自由主義経済の悪い部分が一気に噴出してきた今年のダボス、キャピタリズムを謳歌していた企業群のトップ達が軒並み勢いを失った。

現代版ブルジョアジーの崩壊。

同時に、スーパーモデルのクローディア・シファーや、U2のボノや、女優のアンジョリーナ・ジョリーも、今年のダボスには来ないんだって。

そもそも、ハリウッド女優やロック歌手が何故に経済会議に出席してるのかよくわからんが、ヘッジファンドなどの成金連中が山頂から下界に堕ちていった途端、彼らと同族意識でつるんでたエンタ界の大御所らも居場所がなくなった、ってことか。

その代わり、ことしのダボスの注目のスターは、「アイボリータワーの住人達」にバトンタッチされた。

アイボリータワー(Ivory Tower)・・・

聖書にでてくる「象牙の塔」は高貴で穢れのないことの象徴とされるが、金融スラングでアイボリータワーと言えば、FRB連銀や政府系監督機関や調査機関など、どちらかといえば派手な世界にはあまり縁のない、天上人風のアカデミックでインテレクチュアルな世界の皆様を揶揄して形容することが多い。

金融市場の崩壊を引き起こした要因のひとつとして、市場がグローバル化したにもかかわらず規制当局は各国まかせが現状で、世界規模で強制力のあるレギュレーターが不在だったことが大きいというのは、市場関係者の総意となっていることだし、今後は、「グローバル・レギュレーター(Global Regulators)」の誕生に向けて各国が力を合わせましょう、とうなづきあっている。

でも、アイボリータワーの住民といえども、たとえカネはなくても欲のほうは人間らしくシッカと持ち合わせているから、「権力」という名の欲を振り回し、自己防衛に走って他との協力を拒む、というのは政府系機関世界共通の問題でありますね。(そのいい例が国連。アメリカの銀行規制当局がいつまでも一本化できなかった理由もこれだしな。)

権力へのこだわりを捨てきれない皆様が、「グローバルで手をつなぎ世界の経済と金融市場を守りましょう」と集まったはいいが、どこまで協調体制を敷くことができるか、まずはダボスでお手並み拝見か。


   ★   ★   ★  


さて、スイスのダボスといえば、1924年に出版され、20世紀のドイツ文学に多大な影響を与えたとされる、トマス・マンの文学作品『魔の山』(ドイツ語原題『Der Zauberberg』、英訳題は『The Magic Mountain』)の舞台となったことで有名です。

(『魔の山』のあらすじは、どなたが書かれたか知りませんが、ここのブログに非常にうまくまとまっています。ご参考まで。http://www.geocities.jp/pluto_naoko/november-22th.html

『魔の山』が書かれた当時はペニシリンが発見される前で、結核は『死に至る不治の病』として恐れられ、アルプルの山間にあるダボスは結核患者のサナトリウムがある療養地として知られていた。

『魔の山』の主人公ハンスは従兄弟のお見舞いに訪れたダボスのサナトリウムで、自身も結核にかかっていることを知らされ、そのまま療養所に滞在することになる。そこは、俗世とは切り離された時間が止まった空間で、ハンスは滞在中に、自分がこれまで知らなかった世界に住む人々との交流を通じ、戦前欧州のブルジョアジーを垣間見る。

アルプスの山頂のサナトリウムは、結核という「死の病」を患ったブルジョア階級のたまり場だった。

一方、麓の低地("the low land")は、「下界」であり、「生」であり、「庶民」であり、「俗世」であり、低地から山頂にやって来たハンスは、雲の上で死を待つ人々のとりことなってゆく。

作者トマス・マンは、後日『魔の山』が英訳されたとき、こんなことを述べたそうだ。


"What Castorp learns to fathom is that all higher health must have passed through illness and death. [...]. As Hans Castorp once says to Madame Chauchat, there are two ways to life: One is the common, direct, and brave. The other is bad, leading through death, and that is the genius way. This concept of illness and death, as a necessary passage to knowledge, health, and life, makes The Magic Mountain into a novel of initiation."


主人公ハンスが魔の山で学んだことは、「より優れた健康は病と死をいったん通じてこそ得られる」ということ。そして、この世には2つの異なる生き方があって、ひとつは「ありふれていて、直接的で、勇敢な」生き方。もうひとつは「悪に満ちて、死へとつながる」生き方だが、これこそが天才の生き方であり、病と死というコンセプトは、知識・健康・生を手に入れるために通らねばならない道なのだ、ということ。

『魔の山』には明確なストーリーがなく、観念的な教養小説とくくられる文学作品であるが、上のトマス・マンの言葉を読むと、死の淵に立たされているような現在の金融市場の状況となにやら重なって見えてくるではないか。

ダボスは、戦前のブルジョワ層に、「結核を治す力がある魔法の山」と信じられていた場所だ。

死の病を治す力がある山に、今日からひとびとが集まって、どうやって世界経済を健康体に戻すことができるのかを話し合う。

トマス・マンが言うように「病と死は、より優れた健康と生を得るために通らねばならぬ道」だとすれば、このサイクルの次に来るものは、そう捨てたものでもないかもしれない。

しかし、この物語の終わりに、ハンスはふたたび「死に満ちた時間の止まった空間」から「低地」へと戻ってゆくのだが、そこでは第一次世界大戦が勃発し、ハンスはまもなく戦火で命を落とす。

「下界」には、戦争という、病とは別の死が待ち受けていたのだ。

我々「下界」の住民には、ちょっとばかり気落ちのするエンディングではある。

Thursday, January 22, 2009

ガイトナーの殺し文句は「モタモタしてたら日本みたいになるぞ」

20日正午、ついにオバマ新政権が誕生した。

この日は、宣誓式の後に昼食会、3時半から議事堂キャピトルからホワイトハウスまでパレード、と休みなくイベントが続き、世界中がテレビ画面の前に釘付けになっていたことと思う。

オバマ新大統領が妻と笑顔でホワイトハウスに向って行進しているまっ最中、ニューヨーク株式市場では、金融株を中心にズブズブと値を下げ、新政権誕生当日の終値は8000ドルを切ってしまった。

前回19日付のここのブログ記事(『救済かモラルか』)で、英国のRBSが国有化への杞憂から一日で70%も激しく値を下げた、という話を書いたが、その翌日20日には、米国市場も、それとまったく同様の不安に襲われ、Citi、Bank of America、Bank of New York、 JPMorganなどの大手金融株が売り込まれ、ダウ全体を沈没させた。

就任式翌日21日には、新政権がなんとかしてくれるという「期待」から値を戻していたけれど、現在の金融市場の修羅場をどう潜り抜けてゆくのかという道筋が皆目見えていない中では、下げた、上げたと一喜一憂しても疲れるだけ。

オバマ新政権は、この前例のないスケールの危機の真っ最中に幕開けとなったわけだが、先頭指揮官として米国経済の旗振り役になる財務長官のポストが、22日の早朝現在で、まだ正式に決まっていない。

去年の暮れ、オバマが、ニューヨーク連銀のトップ、若きティム・ガイトナー(Timothy Geithner、47歳)を自政権の財務長官としてノミネートしたとき、ウォール街は「これ以上の適任者はいない」と絶賛し、金融株は上昇した。

ところが、その後、ガイトナーが数年前の個人所得税3万7千ドル分を脱税した、という個人的汚点でケチがつき、脱税するようなヤツに財務長官がつとまるかということで、誰より早急に仕事に取り掛かってくれないと困る閣僚メンバーだというのに、議会の最終承認が遅れているのである。

昨日21日は、このガイトナーが議会公聴会に呼ばれ、オバマ新政権が金融システム安定に向けてどのような策を練るか、どれほど早急に対処するつもりか、などについて証言し、早ければ数週間のうちに新政権は包括的な危機対処プランを出す用意ができている、と述べた。

その中で、ガイトナーは、日本の90年代後半の金融危機に触れ、〝the importance of doing a lot soon and staying with it” という言葉で、日本政府が危機を前に早急に手を打たなかったために事態はさらに悪化したことをヒアリング委員会の前で強調した。

『モタモタしてたら、日本のようになってしまうよ、いいんかい?

ヒアリングの席で眼前にならぶ政治家陣をビビラせるのには、どんな屁理屈こねるより、「日本みたいになってもいいのか」というセリフを投げつけるほうが、たしかに、何よりも効果あるな。(苦笑)

ちなみに、このガイトナーという人物だが、彼は、いまから18年前、金融関係担当の若いスタッフとして、東京の米国大使館に籍を置いていた。

18年前というと、ちょうどバブルが破裂する前後のことで、当時まだ29歳だったガイトナーは、「皇居の庭でカナダ全土が買える」とまで言われた日本のバブル経済が轟音を立てて崩れてゆくのを、現地で目撃した米国人のひとりである。

実際のところ、他の候補者を見つけようとしても、現時点で、ガイトナー以上の適任者を見つけて来いと言うのが無理。

財務長官の前任者には、アカデミックで学者としての功績高いサマーズや、企業家出身のオニールやスノーもいるが、現在直面している問題の内容はあまりに複雑で専門的すぎて、一般企業の経営経験しかない金融素人は蚊帳の外の話だし、基本的理論は理解してても現場の取引に直接関わったことのない学者のセンセたちも、正直なところ、門外漢同然。

(だいたい、学者のセンセたちがスイスのバーゼルに集まって10年以上も時間かけた作り上げた「知の集大成」ともいえる国際自己資本規制の骨組みとクレジットリスク/マーケットリスクの計量ノウハウなんて、相場が崩れ出したら、ぜーんぜん役に立たなかったんだからさ。)

不良資産Toxic Assetsを、公的資金を駆使しながら、今後どう処理してゆけばよいのかという問題を扱うには、【ウォール街の内情】を知らない人間を財務長官に持ってきても始まらない、というのは、誰もがわかっている。

かといって、ウォール街の現場と内情をどんなに知り尽くしていたって、いざ公的資金を使おうとなると、それの使い方がわからない、というのはポールセンで実証された。公的資金はプライベートマネーとはワケ違いますからね。

クリントン政権で財務長官をつとめたルービンも元ゴールドマンサックスのエグゼクティブでウォール街インサイダーだが、彼はつい最近まで、崩壊しかけてるシティグループのボードメンバーだったんだから、方々から「戦犯」呼ばわりされても仕方ない。

結局、マクロ経済全般に明るく、ワシントンDCにも方々に人脈あって、ウォール街のインサイダーでもあり、パブリックサービスの経験あって公的資金の意味も知ってます、(しかも若い)、などという人材は、ニューヨーク連銀のガイトナーぐらいしかいない。

これを書いている現在22日米東部時間午前7時であるが、本日中にも、ガイトナーは議会承認を通過して、正式にオバマ政権の財務長官として任命されることが予想されている。

この修羅場を前にして、3万7千ドルの個人所得税うんたらにグズグズこだわってる場合じゃない、と議会も腹くくることでしょう。



さて、おもしろいチャートがあるので、紹介したい。
(情報元:chartoftheday.com )




1900年から現在までの株価データを各年ごとに検証し、縦軸には各年初の株価を100としたときの相対株価、横軸には1月から12月の時間軸にして、相対株価の平均値を取ったものだ。

これをみると、米国株の100余年は、年初100が109ぐらいまで上昇する、すなわち、年率平均9%のグロース(成長)を経験してきた、という意味だ。(チャート青の線)

しかし、この100余年のうち、【大統領選のあった翌年】だけを取り出して、平均値を取ると、年を通じて米国株は通常時をアンダーパフォームし、年率4%グロースに留まる、というのである。(チャート緑の線)

大統領就任の年に株市場が何故アンダーパフォームするのかの説明として、この情報元によると、「政権が新しくなってすぐは慎重に構えるが、後半になってから任期終了前に景気刺激策を出すのにやっきになるから」という分析があるそうだが、実際のところ、どうなのであろうか。

ガイスナーは「モタモタしてたら日本みたいになるぞ」と脅していたが、さて、オバマ政権下の2009年は、従来よりもスピーディな出だしといくだろうか。

いずれにせよ、今年の相場も過去100年のデータが示したパターンをなぞると仮定すれば、オバマ政権誕生の今年は、米国株は通常よりも動きが鈍くなりそうだ。3月ごろから株価が持ち直して5月ごろでピークアウトし、その後は冴えない展開となりそう?

結果は出てのお楽しみ。


Monday, January 19, 2009

救済か、モラルか

今日19日月曜日は、米国は、マーティン・ルーサー・キングの祝日で市場はお休み。明日20日は、いよいよオバマの就任式。アメリカは、週末からずっと新大統領の話題で持ちきり。

そこに、通常通りマーケットが開いていたロンドンから、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(Royal Bank of Scotland、略称RBS、本社エジンバラ)の株価が一気に70%も下落、というニュースが。

RBSは去年、イギリス政府から巨額の公的資金注入を得て、なんとか自己資本の厚みを保ってきたが、その後も、CDOなど各種不良資産から発生する損失拡大が止まらず、いまだに「にっちもさっちもいかない状態」に陥っている。

今日のRBSの記者会見で、同社は第4四半期だけでクレジット市場のエクスポージャからで80億パウンド(1兆円超)の損失、2008年度通期では280億パウンド(412億ドル、約4兆円)の赤字決算になる模様。

400億ドルというのは、イギリスの企業史始まって以来の損失額だそうだ。

RBSは、去年の秋の資本注入で、イギリス国民の税金から多額の公的資金を注入してもらった。

金融機関に公的資金を入れるときの【大義名分】は、『公的資金注入で銀行のキャピタル基盤を強化してやることで、貸し出しを増やし、硬直しているクレジット市場を正常化に導く』ってヤツだけれど、こうやって、公的資金を注入するそばから、それを上回る損失額が発生してキャピタルがみるみる消滅してゆくんだから、こんな状態では大義名分もへったくれもない。

実際問題として、キャピタルが充分にないと、銀行は「貸し出し」はできない、そういう規制ルールになってますんで。

でも、キャピタルが云々というのは「銀行側のロジック」であって、納税者のカネ拠出してる政府は「そうですよねー、貸せったって無理ですよねー」なんて、ウンウンうなづいてくれるはずがない。

ポリティクスの側にいる者たちは、銀行のキャピタル規制がどうたらなんて話より、「オレの税金いれてやったのに、銀行は何故オレに金貸さないんだー!」と怒りまくっている一般民間人の味方するほうが、政治的にいちばん重要なのだから。

公的資金の注入でいちばん悩ましいのは、この、エコノミクスとポリティクスのバランスをどうとるか。

早速、そのジレンマが、RBSに襲ってきた。

巨額の損失計上で再度の公的資金を仰がざるを得なくなったRBSは、政府からの援助金の見返りとして、60億パウンド(87億ドル、8兆円程度)の新規融資を行うことを「約束」させられた。
http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601087&sid=aLtny16knr.s&refer=home

しかし、もしも、この「約束」も果たせないなんてことになったら・・・RBSは【部分国有化】から【完全国有化】への道を歩むのではないか、そんな憶測が市場に働くのも、これまた至極当然。

【完全国有化】になった場合は、いったん株式価値は全額ゼロになって公的管理に入るから、現在の株主は手持ちの株券は文字通りの紙切れとなる。

紙切れになりかねないという憶測が働いて、売れるうちに売っておこうとロンドン市場ではRBS株が大幅に売り込まれ、今日の70%下落、となった。

これと非常に似通ったことが、日本でも起こったな。

コンフィデンスを失った市場は、それが「事実」だろうが「風説」だろうが、ありとあらゆる情報に過敏に反応する。日本の銀行群も完全国有化により株価リセットという恐れから銀行株が大幅に売り込まれ、みずほやりそななどは、ペニーストックみたいな扱いで取引されてた時期もあったぐらい。

それが突然息を吹き返したのは、当時の小泉・竹中コンビ率いる政府当局が、公的資金で一般株主救済という「禁じ手」に出たから、である。

要するに、市場にモラルハザードを意識的に誘発させて、株価崩壊を防ぐという、究極の救済方法であった。政府が助けてくれるから株は紙切れにはならないというモラルハザードだ。

そして、その、「禁じ手」によるりそな救済直後から、政府の思惑どおり、日本市場にはモラルハザードが蔓延、株価は急上昇を始めた。

モラルハザードで株式市場に勢いがつくと、それまで、リスク回避(『質への逃避』)で国債市場に集中していた投資資金が一斉に株式市場に戻り始め、バブりまくっていた日本国債市場は大暴落した。

当時、筆者は、某米系大手証券会社の東京オフィスでクレジット市場調査部の部長をやってたんだが、「モラルハザードは政府公認だーい!株式が救済されるんだからクレジットと債券が救済されないわけないだろ!買って、買って、買いまくるときが来たぜーー!」という内容のレポートを書き、方々から取材や講演のお誘いを受けた。しかし、今思うと、かなり“はしたない”レポートを書いたもんである。(苦笑)

RBSのケースは、2002年~2003年当時の日本の銀行たちの状況にとてもよく似ている。(1)公的資金を注入してもしこっちゃってる資産から多額の追加損失が発生し続け、せっかく注入したキャピタルを食ってしまう、(2)株式市場全体のコンフィデンスが完全に欠如してしまっている、(3)自己資本規制下のリスクキャピタル維持のしばりから貸出金拡大に着手できない、(4)政府から政治的な圧力を受け、自己資本規制とポリティクスのはざまで世間からさんざん叩かれる、などなど、そっくりである。

でも、実際に、イギリス政府が、日本政府がこうじたような「禁じ手」救済策にまで足を踏み込むかどうか、そこはまだ不明であるな。

これで2009年第1四半期も同様の多額の損失出したら、どうなるんであろうか・・・やっぱり【完全国有化】か・・・?

イギリス政府がモラルを優先させれば、RBSの株主価値はゼロ。

その直後から、RBSと五十歩百歩のところにいるような、財務内容が極めて悪化している他の大手金融機関の株式も売り浴びせにかかり、株式市場はグローバルでさらに撃沈。クレジット市場はスプレッド拡大で、公的資金の大義名分も元の木阿弥。カウンターパーティはディフォルトの嵐についてゆけず、さらなる泥沼に陥るリスクは、今の時点では、かなり高いと言えるな。

RBSが破綻のうえに完全国有化になった場合、そのインパクトは、下手すると、リーマンブラザーズ破綻を超えるかもしれないとすら思う。なんてったって、リーマンと違い、「預金受け入れ」する金融機関だから、預金者パニックでバンクランが発生するリスク高い。

日本でも銀行潰す前に「預金全額保護」の法律を通して一般預金者の預金は預金保険を上回る額でも全額保護されることになっていたにもかかわらず、一般のひとたちは、そんなこと聞いたってピンと来ないんで、預金の引き出しに走って、大変だったんだ。

英国はすでに「預金全額保護」の方針を去年出しているけど、RBSが潰れたなんてことになったら、預金者はきっとパニックする。(預金者パニックほど怖ろしいものはない。)

では、日本政府がやったように、救済を優先させ、モラルハザードが拡大するままにまかせるか?救済直後は、当時の筆者のように「買えー!」と叫んで突進してくるハシタナイ資金がドドドドーーーと市場に流れ込み、株価はあがり、クレジット市場はホッと息をつき、市場の緊張はいっきにほぐれる。

でも、モラルハザードは市場の劇薬。そのときはふわ~~~と気持ちよくなるが、脱出するタイミングを失うと、泥沼にはまる。麻薬と同じ。いったんモラルハザードで上昇した日経平均も、ファンダメンタルズが追いついてこなければすぐに腰砕けになって、2006年から落下し続けてるのが、いい証拠。



ところで、昨日付けでニューヨークタイムズに掲載されたポール・クルッグマン教授のブログ記事は、まさに、この「救済とモラル」についての記事だった。

Wall Street Voodoo
http://www.nytimes.com/2009/01/19/opinion/19krugman.html?_r=1&em

この記事でのクルッグマンのスタンスは、「国民の税金つかって株主救済なんて、許さん!」という市場規律寄りのスタンスである。

米国政府のT.A.R.P.がどんどん変質して、株主救済用資金になってるのではないかと警告している。

以前、わたくし、ここのブログで、ポールセンが考えた救済プランは『納税者をバカにしくさったプラン』と書きましたが、いや、ほんと、モラルなんて、どっか行ってしまってますんで。

クルッグマンは、この記事で、「20年前に米国当局がやったように、いったん破綻させて、既存の株主は全損くらってもらって、優良資産だけの形に作り変えて、新たな株主に売却する」方法がいい、と主張する。

その方法で、S&L危機を乗り越えたんだ、と。

あのぉ・・・お言葉ですが、クルッグマン先生、S&L問題は確かに当時の米国では大事件だったけど、それでも、「ひとつひとつの銀行のサイズが小さかったから処理可能だった」という事実を、すっかりお忘れなのでは?

日本の銀行だって、不良債権でパンクしてたときに、米国のS&L処理に使われた手法で処理できないか、検討したんだもん。でも、S&Lと比べると資産規模が大きすぎて、扱う金融商品も複雑すぎて、破綻後の日本経済への負のインパクトを考えたら、とてもじゃないけど怖くて怖くて、S&Lの処理手法は使用できなかったんだもん。

あの当時の日本の銀行たちですら、恐怖のあまり使用できなかった処理方法を、それよりさらに複雑でさらにスケールのでかいグローバルバンクに使用せよとクルッグマンは言うのか?

でもさぁ、「リーマン破綻を決定したのはシステミックリスクを無視した短絡的な決断だった」とポールセンを批判したのは、クルッグマン先生、あなたでしょ?

なのに、今度は、システミックリスクなんて怖がらずに銀行つぶせ、と言うの?

ポールセンはリーマン破綻後のインパクトの凄まじさにすっかり縮みあがってしまい、システミックリスク顕現化を抑えるためならボク何でもやります、てな態度に豹変してしまった。

ポールセン=「自由市場推進の旗手でーす」から「社会主義者と罵られようともやりますボクちゃん」に変貌。

クルッグマン=「リーマン潰すなんて市場規律もほどほどにしやがれ」から「潰せるものは、潰しちまえ」に変貌。

なんだ、これ?



「救済」か、「モラル」か・・・。

うーむ、難しい問題だ。こればかりは、ノーベル賞受賞経済学者でも解決できないくらいの深いジレンマなんである。

さて、明日20日からいよいよ米国も、オバマ新政権に移行する。

オバマは当選後のインタビューで、T.A.R.P.資金の残り半分3500億ドルをすぐにでも使えるようにしてくれと議会に提案するとともに、「金融機関に公的資金を出すからには、もらいっぱなしはダメだ」と繰り返し述べているから、アティテュードとしては、英政府っぽい。ポールセンのような「納税者バカにしくさった、甘いディール」は、政治的に難しくなりそうである。

それが何を意味するかといえば―――「相場にはネガティブ」。2009年の市場はどうなるのだろう。

Thursday, January 8, 2009

強風吹き荒れるシカゴ、お膝元野球チームの運命は?



オバマ次期大統領のお膝元シカゴが最近やたらと騒がしい。


イリノイ州上院議員だったオバマがワシントンDCのホワイトハウスに引越しすることになったため、イリノイ州代表の上院議員職に空席ができた。米国では現役の上院議員がなんらかの理由で任務につけなくなった場合、各州の知事が後任を任命する。その空席をイリノイ州知事がカネで売ろうとしたことが発覚、汚職容疑で知事が逮捕されて、全米トップニュースの大騒ぎ。


(写真は左がイリノイ州知事、右が新上院議員に任命されたブリス元同州司法長官。USA Todayより)

しかし、このイリノイ州のロッド・ブラゴジェヴィッチ知事、「自分は何も悪いことしてない」の一点張りで、“逮捕後”に自分の側近の一人をオバマの後任として任命しちゃったもんだから、世間は「テメェみたいな犯罪人が任命権あると思ってんのか、この恥知らず!」と、またまた大騒ぎ。


そして、任命されたイリノイ州の司法長官ローランド・バリスも、ブラゴジェヴィッチ知事に引けをとらない厚顔無恥ぶりを発揮して、「自分は正規の方法で合法的に選ばれた、文句あっか」と世間に批判に一歩も譲らず、ワシントンDCでの新米上院議員宣誓式に出席するため乗り込んでいったものの、上院の入り口で「あんたは議員に認めない」と入場を拒否された。


民主党側は、このイリノイの新米上院議員バリス氏がたとえ【いわく付き】であろうとも、議席数確保のためには民主側にいてもらわんと困るというポリティクスが先行して、バリス氏を正式に新上院議員に認定しようと、方々で躍起になってるらしい。


対する共和党側は、そうした民主党の動きを阻止して共和側に有利になるように駒を進めようと、こちらも水面下でグチャグチャ手を回して動き回ってるらしい。


政治の世界も、ったく、どうしようもないな・・・・勝手にやってろ!


ところで、シカゴは Windy City のニックネームをもらってるぐらい風の強い街として知られるが、いまシカゴには、政治のみならず、スポーツ、メディア、そして金融の舞台でも暴風が吹き荒れている。


シカゴの地元人気野球チーム「シカゴ・カブス(Chicago Cubs)」が、いま売りに出されているんである。


さらに、1847年創業という歴史あるシカゴの名門新聞『シカゴ・トリビューン(Chicago Tribune)』もひと月前の12月8日にChapter 11をファイルして倒産した。


実は、シカゴトリビューンの親会社であるトリビューン・カンパニー(Tribune Company)のオーナーは、シカゴ・カブスのオーナーでもあるサム・ゼル(Sam Zell)氏。トリビューンの倒産とカブスが売りに出されたことは、繋がっている。


サム・ゼルと言えば、米不動産界では泣く子も黙る大物投資家で、米国のみならず世界をまたに掛け、かなり大掛かりな不動産開発投資を行うことで有名な大富豪である。



ゼル氏の数多くの投資成功例のひとつを挙げると、メキシコでHomexという住宅開発会社にてこ入れして成功し、同じモデルを使ってブラジルでGafisaという住宅開発会社を育て上げ、ブラジルの会社なのにニューヨーク証券取引所で米ドルのIPO(株式公開)を行い、BRICsブームの最中だったために米国の投資家群が飛びついて、彼は巨額の富を得た。ドナルド・トランプが派手な素行でお茶の間的人気を集めどちらかといえば“素人向け”ステータスに甘んじている一方で、サム・ゼルはプロ御用達の投資家で、彼の講演には毎回多くのプロの投資家筋が大物を一目見ようと集まる。しかし一方で、資産を安く買い叩き高値で売るというサム・ゼルのアグレッシブな投資手法をこころよく思わない者たちは、彼を Grave Dancer(墓場のダンサー)と呼ぶ者もいる。


そのサム・ゼル氏が、2007年の秋にトリビューン・カンパニーを買収すると言い出したとき、投資業界ではたいそう話題になった。トリビューン・カンパニーといえば、シカゴトリビューン紙にとどまらず、Los Angeles Times、Baltimore Sun、New York Newsday、フロリダのSentinelなど、全米各地に散らばる有名新聞各紙、さらにはTVやラジオ局なども多数傘下に抱える大規模なメディアコングロマリット。ゼル氏は不動産投資の世界では神様のように扱われている人物だが、メディア会社を経営した経験はゼロ。メディア業界を担当するアナリスト達は、業界未経験のゼル氏がトリビューン社をマネージできるはずがないと懐疑的な見方をする者も少なくなかった。


そしてゼル氏の経営手腕云々のほかに、この買収の手法が多額の負債を伴うLBO(Leveraged Buyout)だったというのが、話題になったもうひとつの理由であった。LBOとは、エクイティ投資を行うための資金を多額の借金でまかなう方法で、巨額の買収資金を用意できる代わりに、投資対象の資産と資金の流動性管理を一歩間違うと、その投資プロジェクト全体が一気に崩れてしまう、非情にリスクの高い投資手法だ。


サム・ゼルがトリビューンLBOに動いた2007年後半といえば、米株式市場はまだイケイケのムードだけはなんとか保っていたものの、肝心の資金調達の要になるクレジット市場では、すでに、あちこちで黄色信号が点滅を始めていた。


コマーシャルペーパー市場の機能不全で短期資金の市場流動性はすでに異常事態の様相色濃く、長期資金も企業債スプレッドが高いボラティリティにみまわれ、CDSの値動きが激しさを増してクレジットリスクのヘッジも実質的に困難な状況になっていて、クレジット市場全体が日に日に怪しさを増していた。信用力の高い企業ですら調達には必要以上に神経を尖らせざるを得ない、そんなさなかに、最初からジャンクの巨額債務を抱えて大型のLBOを仕掛けるというのは、いくらサム・ゼルといえども、リスキー極まりないと市場関係者の多くは感じていた。


しかし、「不動産投資」という世界はレバレッジに始まりレバレッジに終わるような業態であって、不動産王サム・ゼルのこれまでの数々の成功も、高レバレッジで一株あたりの価値を高めるというパターンの繰り返しであった。


金融市場が崩壊に向けて速度を上げ始めた2007年12月、サム・ゼルは3億1500万ドル(300億円弱)の私財を投じトリビューン社を買収し同社のCEOになった。同時に、従業員持ち株会(ESOP)を設立、2億5000万ドルの新株をESOPに(要するに、一般従業員)に割り当てて、買収時に借りた負債をトリビューン社の負債として改めた。買収プロセス完了後、トリビューン社のバランスシートには112億ドル(1兆円以上)の負債が乗っかることになり、結果として、シカゴトリビューンの社員は「株式会社のオーナー」であると同時に、この買収に使われた借金の返済プランの共同責任者にもなった。


しかし、サム・ゼル指揮下の新経営陣は、買収直後からトリビューン社のリストラとして900人以上の従業員を解雇、シカゴ・トリビューンは文章が少なくて写真が多い紙面に刷新してプロダクションに必要な人員をできるだけ抑制してコストを削減した。また、傘下の新聞各社が入っているオフィスビルの買収なども進め、ちまたには、サム・ゼルの真の目的はメディア会社の経営よりもグループ各社の不動産資産にあったのだと見る向きも出てきた。


2008年に入ると、金融市場は急激に悪化が進む。住宅不動産のみならず、都市部の商業用不動産マーケットも信用収縮の悪影響で価値下落が顕著になっていった。


資産価値が下がり出し、調達コストが上がってゆく局面では、極端にレバレッジのかかったバランスシート構造をしている会社は、強い財務プレッシャーにさらされるのが世の常。


トリビューン・カンパニーは買収からわずか1年足らずのうちに負債総額130億ドルに対し資産残高76億ドルという重度の債務超過に陥り、2008年12月8日、ついにChapter 11による債務リストラを申請するに至った。


Chapter 11のプロテクションにより、申請時に130億ドルまで膨れた負債の利払いは凍結され、負債のリストラで債権者が蒙るヘアカットの深さも決まる。しかし、ここまで債務超過が進むと、株主価値はゼロ。従業員持ち株会ESOPも、もちろん価値はゼロ。また、従業員向けの年金など福利厚生関係の債務なども、一般負債と同列に処理されるために大幅にカットされる。


自動車メーカー3社が政府支援を受けてChapter 11を逃れたのとは異なり、トリビューン社の従業員を待ち受けていたのは、自社株の形の私財はゼロ、長年勤めた褒美としてもらえるはずだった企業年金も大幅に目減りし、取り返すには個々人で裁判所にクレーム出すしかないという悲しさ。


トリビューン社の投資に失敗したサム・ゼルは、そのほかの手持ちの資産を売却し、トリビューン社の破産処理に充てるとしているが、その「手持ちの資産」こそが、シカゴの野球チーム、シカゴ・カブスである。


売値は10億ドル(900億円)だそうでして。


これに「ボク、買いたいでーす!」と手を挙げたのが、若き事業家のマーク・キューバン(Mark Cuban)。



キューバンはインターネット事業で成功を収め、40歳になったかならないかでいきなり全米長者番付に躍り出たという典型的なネット長者のひとり。自他共にみとめるバスケ・フェチの彼は、テキサス州ダラスのNBAチーム Dallas Mavericks のオーナーでもある。その彼が、バスケットボールチームだけじゃなくて野球チームも欲しくなったってことで、前々から「カブスを売る気ないか?」とサム・ゼルにちょっかい出していた。


サム・ゼルはキューバンの誘いに「売る気はない」と首を横に振るばかりだったが、このたびの投資失敗でカブスを手放すはめになり、キューバンは即座に飛んできた。


ゼルの足元を見たキューバンは「全額キャッシュで払うから、そのかわりディスカウントして安くしてくれないか」とサム・ゼルに持ちかけたが、値引きする気はないと突っぱねられた。「せっかくキャッシュで払ってやると言ってるのに値引きしないなんて、割が悪い」と、キューバンは、カブス売却のディールから手を引いたことを1月6日付けの自己のブログで公言した


このキューバンのブログに、こんな文章がある。




Once the credit crisis hit, the value of cash went through the roof. It was not just a matter of how much the Cubs were worth, it was also a matter of how much more money I could earn with that cash. Cash was and is king.



(クレジット・クライシスが本格化したら、キャッシュの価値は天井を突き抜けた。いまや、カブスがどれくらいの価値があるかということだけじゃなくて、カブスに投資として突っ込むキャッシュがどれくらいのリターンを生むかということも重要なポイントになった。キャッシュは王者なんだ。)




CASH IS KING.

そう、その通りだ!いまどき、キャッシュに勝るものはない!


有力な買い手も引き下がってしまったことだし、シカゴ・カブスの運命や、いかに・・・


・・・とここまで書いたら、冒頭で述べたシカゴ州知事が「弾劾(Impeachment)」される可能性が濃厚になってきたらしいとのニュース。シカゴを吹き荒れる嵐がおさまるには、まだしばらく時間がかかりそうですね。

Sunday, January 4, 2009

ウォール街の今年のボーナスは「CLAWBACK(別名:人質)」と「ドッグフード」

2009年最初の米国株式市場は2ヶ月ぶりに9000ポイント回復というニュースだった。



が、喜んでるのは、部外者のみ。

ウォール街の業界インサイダーはおしなべて暗い顔。

そりゃー、暗くもなるでしょう、ボーナスが前年と比べてドバーと低い会社ばっかなんだから。

毎年1月、2月は、ウォール街はボーナス支給の季節。

世間一般では「こんな事態になったのもすべてウォール街のせいなのに、それでもボーナス払うのか!」というトーンで批判の声が渦巻いているようですが、世間はウォール街の給与体系をちと誤解している。

確かに支給額を従業員ひとりあたり〝平均〝で見ると、米国の他の業種と比べて、ウォール街従業員が手にする給与は圧倒的に高い。

でもですね、金融街ってところは、ハリウッド映画の世界にも通じるものがありまして、トム・クルーズが映画一本で20ミリオンダラーズとか貰える一方で、その何百分の一の給料で生活してる関係者もいるわけで、トム・クルーズと売れない脚本ライターの給料を足して2で割って、「おぉ!映画業界は給料高いぞ!」とか言っても無意味なのと同じ。

いってみれば、ウォール街ってのは、ハリウッド芸能界と同じ、一種の『タレント商売』。才能あると認められれば破格のペイが待っている。カネで人材を引き寄せ、要らなくなると、さっさと捨てる。

カネにたかり、カネの切れ目が縁の切れ目で、景気の波とともに盛衰を繰り返すという意味では、基本的に『水商売』と同じ、とも言えるな。

秘書やアシスタントなどのNon-Exemptと呼ばれる従業員には州法に従ってオーバータイムが支給されるが、Exempt(プロフェッショナル)のカテゴリーの職で雇われたら、オーバータイムは一切つかない。ここまでなら普通の会社と同じ。

ウォール街の給与体系で何が特殊かといえば、ボーナスの額。業界内でも職種や専門分野で年間所得にかなりの開きがあるが、一般に、タイトルがVice President以上のシニア従業員になると、ボーナスはたいがい年間基本給の数倍。トレーダーなど職種によっては、会社のその年の業績次第でボーナスの額が基本給の10倍や20倍になるのも、さして珍しくもない。ウォール街のシニアクラスのプロ達が高給取りになれるのは、ひとえにボーナスがでかいから、である。

欧米の証券会社ってのは、要は、「ボーナス命」の業界なんである。(同じ証券会社でも、日本の会社の場合は、欧米の給与体系とはかなり違う。)

市場の浮き沈みがそのまま会社の浮き沈みにつながる業界だから、NYダウ平均が史上最高をつけた2007年は、当然のことながら、業界全体が受け取ったボーナスの額も史上最高だった。この年はクレジットを安価で調達できたため、レバレッジかけまくりの巨大M&Aディールも次から次へと飛び出してくる年だった。

ちょうど1年ほど前のブルームバーグの記事に、米5大証券の2007/2006給与比較表がある。2007年度にウォール街の従業員が受け取ったボーナスは総額393億ドル(3.5兆円)。絶好調の勢いがついてた2006年度の362億ドルから、9%近く上昇。ただし従業員数もそれだけ増えたんだから、プール全体が増えるのは当たり前。(余談だが、この記事からわずか1年しか経ってないのに、5大証券のうち3社が潰れたか買収されて姿を消し2社しか残っていないという事実が感慨深い・・・)

また、2007年度はウォール街のCEO達のボーナスも破格で、この年はゴールドマンのCEOが6千万ドル近い(50億円近く)ボーナスを受け取り話題になった。彼らは、ウォール街のブラッド・ピットであり、トム・クルーズなんである。(見た目は相当違うけど。)

   ★   ★   ★

さて、まもなく支給が始まる問題の「2008年度分賞与」でありますが。

去年2008年の米株式市場が一年間に失った時価総額は287億ドル(およそ2.5兆円)だそうで、これは、アフリカ大陸全体の経済出力より大きいらしい。ニューヨークのダウンタウンの一角で、アフリカがまるごと消えた・・・。

業界がボーナス用として脇によけておいた「ボーナス・プール」も、ドバーンと減ったのは、当たり前。

年末の12月31日、シティグループの会長とCEOがそろって、2008年度分のボーナスは全額返上しますと宣言してた。他社の経営トップのエグゼクティブ達もすでに、大概が2008年度のボーナスは辞退することにしている会社がほとんど。ま、公的資金入れてもらってウォール街への風当たりが強い現在、何十億円ものボーナスは最高経営者として、受け取れんだろ。

一方、最前線で弾受けてるプラトゥーン部隊(=一般従業員)の場合はどうかというと、全額返上というのはありえん。「ボーナス命」を掛け声に、早朝から深夜までオーバータイムゼロでも死に物狂いで働いたんだから。負け戦であろうと、兵士には報酬あげないと、次の戦で勝てないよ。

とはいえ、今年は、うまくいっても前年比3割減、下手すると7割、8割減となるみたい。

世間一般のひとたちは、ウォール街のボーナスはキャッシュで払われてると思ってるひとが多いけれど、実はそうじゃない。

シニアになると、ボーナスのかなりの部分が自社株の形で支払われる。「Restricted Stock」「Stock Units」などと呼ばれる制限付きの株で支払われると、もらってから数年間は、せっかくもらったボーナス株ももらったその年には売却して現金化できない、つまり何年か遅延して支払われる「Deferred Compensation」の形を取るのが一般的なのだ。

仮に、ゴールドマンサックスのシニア従業員が、ボーナスとして自社株をもらうとする。2007年に200ドル以上をつけてたゴールドマン株を1000株もらうと、そのときは20万ドルもらった(1000株x200ドル)ことになるんだけど、現在ゴールドマンの株価は最高値の3分の1ぐらいまで下がっちゃったから、この人の場合は、20万ドルだった〝はず〝のボーナスも、価値は3分の1近くに減っちゃったんである。あのとき現金でもらってたら、と泣いてもしょうがない。

かくいう筆者自身も、秋以降の市場暴落のせいで、かつての古巣の証券会社からもらったボーナスの自社株が、アッという間に「支給時の言い値」の5分の一となり、茫然自失に陥った。メディアは「高いボーナスもらいやがって!」と(やっかみ半分で)批判ばっかしてないで、こういうウォール街の給与体系の悲しい現実にも、もっと注目してもらいたいな。

しかも、今年のボーナスからは、一般の前線戦闘員プラトゥーン従業員も、CLAWBACK PROVISIONに合意しないとボーナス払って貰えないらしい。

Clawback Provision とは、 日本語にすると「回収条項」とでも言うのかな、要するに、ボーナスの一部は「人質」として差し押さえられていて、将来、会社にとって不利になるような取引に手を染めたり、会社のレピュテーションを傷つけたり、業績悪化を招くような仕事したら、人質になってるボーナスは没収される、そういう条項。

先月12月8日、筆者もかつて所属してたモルガンスタンレーのCEO、ジョン・マック(John Mack)が世界中の全従業員に向けて2008年度分ボーナスについての内部メモを配り、話題となった。(メモ全文はここ。)

このメモによると、(1)CEO含めトップ経営陣3名は2008年度分のボーナスは全額返上、首脳部エグゼクティブ14名は前年比で75%減額(2)一般従業員のボーナスは現金での支給部分、3年待ちの自社株による支給部分、そして新たにClawback Provision付き「3年間人質」部分、の3つのパートに別れる、(3)シニア・エグゼクティブ達の給料はむこう3年間のROEなどのパフォーマンス指標に直結させる、とある。

3年間無事に勤めたら、3年後の2012年に自社株部分と人質部分は支払われ、ようやく現金化できる。(3年経つ前に会社辞めたら、多分、会社に没収される。)なお、自社株部分の株価が3年後どうなってるかは開けてのお楽しみ、ですんで。

そもそも支給額そのものが去年より大幅に少ないところに持ってきて、こうやって「人質」にとられる部分も増えるとなると、実際にキャッシュとして支払われるボーナスの額は、さらに極端に少なくなるのではなかろうか。

なるほどねぇ・・・暗い顔してるひとが多いはずだよ・・・。

   ★   ★   ★

モルガン・スタンレーのメモと並び、昨年12月に注目を浴びたボーナスの話題が、クレディスイスの決断だ。

金融業界では、欧州勢も米国の会社群と給与体系とほぼ同じにしていて、クレディ・スイスの場合は、シニア従業員へのボーナスは従来、半分がキャッシュ、残り半分が制限付き自社株で支払われてきた。

今年から、この「自社株」部分の8割程度までを、自社のバランスシートにしこっちゃってる債券やローン資産などをPartner Assets Facility(略してPAF)というワケわからんファシリティにまとめて、報酬の一部として従業員に配っちゃおう、というんである!

このPAF、市場で売りたくても売れない、流動性のまったくないダメ資産が中心で、業界ではこういうダメ資産は「犬しか食わん」という意味で「ドッグフード」と呼ばれてた。(でも、あんなもの、いまの相場じゃ犬だって食わんだろが。)

その犬も食わない不良資産集めて作ったCDOやCLOをボーナスにしちゃうって・・・。しかも、そうやってもらったボーナスも、元本部分の現金化は4年後の2013年から可能だが、このプールが生むリターンは8年間現金化できない、という条件付きですと。えー、これから8年も待つんですかー!

前回の記事で紹介したが、CDOなど三つ文字アルファベットのToxic Assetsの資産価値には現実離れしたディスカウントがかかってて、尋常ならぬ安値になっている。でも、見方を変えれば、こうした資産価値のアップサイドはすごく高いってことでもありますね。

もしも、ですよ、もしもToxic Assets の相場がむこう8年かけて正常化に向えば、そのリターンたるや、あなた、クレディスイスの自社株なんぞより、よほど高いリターンが期待できるんでありますね。(もっとも、不良資産の価値が元に戻るかどうかは、現時点では、ほとんどギャンブル。)

クレディ・スイスのCEO、ブレイディ・デューガン(Brady Dougan)は、デリバティブス畑出身。ボーナスをクレジット・デリバティブスで支払っちゃえという発想は、さすが元デリバティブスのトレーダーでありますねー。(感心してる場合か。)

でもこうすれば、同社がバランスシートに抱え込んじゃった不良資産を8年間実質的に「塩漬け」にすることができるわけだから、クリエイティブといえばクリエイティブ。

2008年度のクリエイティビティ賞は、ブレイディに差し上げたい。

(でも、もし自分がクレディスイスのバンカーだったら、絶対に怒りまくって「CDOより、うちの愛犬用に本物のドッグフードよこせーーーっ!!」と騒ぐような気がする。)