Sunday, February 28, 2010

リーダーとしてやっていいこと、わるいこと:トヨタ公聴会を見て

トヨタ社の豊田CEOが公聴会で証言した24日の翌朝(25日)、筆者のツイッターのTL上に、こんなツイートが転送(RT)されてきた。


Akio Toyoda did a good job of testifying before hostile congressional comm. Took clear responsibility & made it personal. Not an easy task


「敵対的な相手を前によくやった、責任の所在を明らかにし、それを自身の問題と位置付けた、簡単にできることではない」という賛辞である。

このツイートを送った人は、ハーバードのビジネススクールで教鞭を取る、ビル・ジョージ教授。教授の専門は「マネージメント・プラクティス」つまり、「経営者のリーダーシップ」がテーマである。

豊田CEOが公聴会に登場する前に、ジョージ教授は自身のブログで、“リーダーとしての豊田氏”について取り上げている。

Mr. Toyoda in the Spotlight (by Bill George, 2/23/10)

このブログ記事の中で教授は、自分と妻は40年間トヨタ車の愛用者でトヨタという会社が好きだと断った上で、次のようなことを書いている。

・・・a leader staring down the barrel of a full-blown crisis must own the problems internally, quickly go on the offense to form a resolution, and take his word to the public. In the court of public opinion, judgments are handed down by consumers the moment that news breaks of a flaw in quality or service. In the case of Toyoda, he has ducked the public eye and hesitated for so long that many people have already made negative judgments about his leadership and his company’s handling of the crisis.

眼前に危機が及んでいるリーダーは、問題を自己の内部に取り入れ、解決策を作るために素早くオフェンスに回り、自分の言葉を公衆に伝えなくてはならない。パブリックオピニオンが支配する場では、製品のクオリティあるいはサービスに問題ありというニュースが出された瞬間に、消費者によって判断が下される。トヨタのケースでは、彼は公衆の目の届かないところに隠れたまま、随分長いこと躊躇していた。そのため多くの人々が彼のリーダーシップと、彼の会社の危機対応の仕方についてネガティブな判断を下してしまった。

24日の公聴会は、豊田氏にとって、ダメージ回復のチャンスであると同時に、もし豊田氏が万人の眼前で「まるで車のヘッドライトを浴びた鹿のように( like a deer in the headlights)」凍り付いて動けなくなったりしたら、同社の評判はさらに悪化することにもなりかねない、と教授は23日のブログに書いている。

公聴会での過去の失敗例としてブリジストンタイヤの小野CEOの例を持ち出し、小野CEOが言葉のハンディから通訳や側近に向かってばかり話をし、彼らに自分の代わりに答えさせるという失態を演じてしまったがために、ダメージにダメ押しがかかったと教授は言う。



His appearance gave the impression of a CEO who either didn’t know what was going on or didn’t care.

(小野氏は)自分の会社に何が起こっているのか気づいていない、あるいは、どうでもよいと思っているCEO、という印象を見てる者に植え付けてしまった。

   ★   ★   ★


豊田氏の公聴会出席は米国でも大きなニュースとして扱われたし、TV局はCNBC局、ブルームバーグ局、C-SPAN局などでは、かなりの時間を割いて、ずっとライブで流していた。他局もネット上でライブで観られるように配慮されていて、関心の高さを示していた。

MHJ筆者も、我が家の自家用車(トヨタ製)もリコールかかったという個人的理由に加え、やはり、ひとりの日本人として、ニッポンを代表するトップ企業のCEOが(あの)悪名高き米議会公聴会に呼ばれるという『異常事態』に並々ならぬ興味を抱いた。

トヨタという「日本の誇り」みたいな超優良会社が、これまで誰も想像だにしていなかった事態に追い込まれ、連日激しい攻撃の的となって、そのレピュテーションが凄まじい速度で崩壊してゆく様を見て、衝撃を受けたこともある。

1月26日に『AIG公聴会はオバマの一般教書演説の【前座ショー】』というMHJ記事にも書いたように、公聴会というのは、そもそもが一種の【政治ショー】のようなもの。アメリカ人も、公聴会の場で何がどうなるわけではないというぐらいのことは承知していて、ここで新たな驚愕の事実が出てくるだろうと期待していたわけでもない。

ただし、「悪名高き」と上に書いたのは、公聴会に呼び出しがかかりディフェンスに回る者は、たいていドラマチックな(←ハリウッド映画みたいな)厳しい追求にあう、というのも毎回お馴染みなんである。

たとえば昨年11月にガイトナー財務長官が呼ばれた時の下のビデオ。

金融改革について説明するガイトナー長官に、金融危機が起こった責任はお前にあるんじゃないのかと語調を強めるマイケル・バージェス議員(共和/テキサス州)が、ついに、こう言い放つ。(4:18頃)


“I don't think that you should be fired, I thought you should have never been hired.”

「あなたをクビにすべきだとは思ってませんよ。あなたは最初からこの役職に雇われるべきじゃなかったんだ。」




fired と hired と韻まで踏んじゃって、まるで、ハリウッド映画で、腐った政府に怒りまくる正義のヒーロー、ハリソン・フォードが

Hou dare you, sir!

と叫ぶ、あのノリではないか。バージェス議員、映画の主役なりきり。(見た目、相当ちがうけど。笑)



しかし、アメリカ人同士なら慣れてるからそれでいいかもしれないけど、わざわざ太平洋越えてきたニッポンのCEOが、こんな劇場型の無礼な公聴会にどこまで耐えられるものなのか。

今年は中間選挙の年ということもあり、政治家連中は、どいつもこいつもハリソン・フォードなりきりで票を稼ごうという下心あるのはバレバレなので、MHJ筆者は(要らぬお世話ながら)そこを心配していた。



   ★   ★   ★


前述したジョージ教授のブログに戻る。

教授は、リーダーができる最善のこと、最悪のこと、をそれぞれ以下のように述べている。

まず「最善」から。


The best thing that a leader can do in the spotlight is to come across as authentic – taking full responsibility for the problems, offering sincere apologies, and proposing genuine solutions.

スポットライトを浴びて注目される企業リーダーが取れる最善策は、嘘偽りがないという態度を示すこと。問題に対して全面的に責任は自分にあると認め、真摯な謝罪を提供し、誠実な対応策を示すこと。

これの例として、1982年に起こったタイルノール頭痛薬問題にみごとに対処したジョンソン&ジョンソンの当時のCEOジム・バーク。また2007年のバレンタインズデーに極寒のJFK空港の滑走路に乗客を閉じ込めたまま自社機を立ち往生させたJet Blueの創業者デビッド・ニールマンのたちまわりを、あげている。

一方、リーダーとして「最悪の真似」は、

The worst thing leaders can do in this situation is to offer canned remarks or to say what they think Congress and the public wants to hear.

この状況に立たされたリーダーがとる最悪のこととは、決まりきった文言を並べたり、議会やパブリックはこういう言葉を聞きたがっているはずだという思い込みに基いて発言すること。


相手にそういう印象を与えてしまった例として、同教授は、公聴会出席の前日に豊田CEO自身の名でウォールストリートジャーナルに発表した投稿文を指摘し、謝罪をしようとしているリーダーの心のこもった謝罪文というより、あれではまるきし、アメリカのPR会社に書かせたプレスリリースみたいだ、と批判している。

言葉の壁、日米で大きく異なる「企業」というものに対するエクスペクテーションやカルチャーの違い、これらの障壁を抱えて、あらかじめ敵対的な雰囲気になることが予想されてる公聴会本番に臨み、豊田CEOがそれらを克服できるのか・・・。

しかし、公聴会が始まってみると、そんな筆者の心配は杞憂ではないかと思い始めた。

そう感じたひとつには、豊田CEOの言葉には実際に真摯な態度が感じられたこと。

そして何より、公聴会を開催した側が、公聴会に豊田CEOを呼びつけて「何」を得ようとしているのか--アクセルや電子制御システム不具合の技術的な問題に対する説明を聞きたいのか、ブラックボックスと秘密主義の問題なのか、日米のマネージメント組織の問題なのか、はたまた謝罪が足りないと責めることなのか--議員ら自身の頭の中で焦点がボケていて、質疑応答にまとまりを欠き、公聴会後半はすっかりダラケてしまったことがある。

公聴会が終了したとき筆者が得た心象は、「軍配は豊田CEO」であった。

   ★   ★   ★

そして翌朝になり届いたのが、冒頭で紹介したジョージ教授のツイッターである。

こちらの主要マスコミも、CEOが登場したあとは、なんだか気が抜けちゃった感じ。

ニューヨークタイムズなどは、トヨタ車に乗っていて一家4人が犠牲になったカリフォルニア州の事故の悲惨な写真を紙面で大きく掲載するなど、火に油を注ぐような扱いでトヨタ追及に余念がなかったくせに、CEOの公聴会出席の翌朝の同紙一面には、トヨタのニュースは含まれていなかった。その後も同紙はウダウダと、なんだか辛気臭いことを書いていたが、トヨタ関連のニュースは、NYタイムズの「Most Popular(最もよく読まれている)」記事リストには、もう入ってこない。

テレビニュースも、豊田氏がウッと涙に詰まる映像を繰り返し流したり、何故CEOの名前はTOYODAでTOYOTAじゃないのか(答:日本語で書くとラッキーナンバーの8画)みたいなトリビアを紹介したりで、ニュースとしての”重量”が軽くなっていた。

日本から届くニュースやブログを見ていると、日本では、当然ながら、いまだにトヨタ問題が米国でどうデベロップしているのかに高い興味を抱いている様子だが、トヨタの問題は、日本で考えられているほどアメリカの一般大衆のレベルでは、もはやさほど注目されていない。

筆者が感じるのは、アメリカ人のトヨタ問題に対する現在の心境というのは、(1)豊田CEOの姿を見て彼がひとりの人間として苦しんでいるのを感じ取って奇妙な共感を覚えたか、あるいは、(2)「トヨタのことなど、どうでもいい」「他のことで忙しい」すなわち無関心かそれに近い、この二つのどちらかに多くが納まるんじゃないか、ってことだ。

日本では、証人のロンダ・スミスさんの証言にやたら執着して、やれつじつまが合わない、だの、時速160キロも出ててどうやって携帯使えたんだ、だの、事故車をさっさと売り払ったのは怪しい、だの、嘘ついてるんじゃないのか、だの、そんな下世話な話で盛り上がってるらしいが、正直いって、ヒマなんだなとおどろく。

ロンダさんのことなんて、こっちじゃ、もう、たいがいのひとが彼女の名前も忘れてるさ。

それに、事故車を売り払ったという点が、何故、問題になるのだろう。あなたが事故起こしたレクサス持ってて、ディーラーに持っていっても問題ないと言われるばかりで、「あんな車、もう2度と乗りたくない!」と思ったら、あなたは、それ、売ろうとしませんか?事故の記念に車庫に大事にしまっとけっての?

問題のレクサスについては、政治ショーの別章で、お前らが職務怠慢こいてたからリコール遅れたんだろうと追求されて、その後始末に奔走している米運輸省が現在の持ち主から買い取って徹底的に調べてくれるそうですから、遠い日本から陰謀説片手に気を揉んでなくても大丈夫ですよ。

   ★   ★   ★

トヨタ問題は、無論、これで終わったわけではない。

だが、いずれにせよ、ちまたの雰囲気という意味でいえば、こちら米国では、ちょっと潮目が変わった、という感じである。

公聴会の翌朝、筆者は歯医者のアポがあって歯科クリニックに出かけたのだが、そこでトヨタの話が出て、掛かりつけの先生(←生まれたときからニューヨーカー)が、面白いことを言った。

歯科医は、「トヨタのCEOの証言はテレビで一部しかみていないが、CEOは正直に話しているという印象を自分は持ったし、彼が従業員達の前で涙をこらえたビデオをみて、自分も衝撃を受けた(It was quite striking.)」といった。「一瞬置いてからその場で拍手が起こったのは、そこにいた従業員達もきっとビックリしたと同時に感動したからなんじゃないか(because they were emotionally moved)」と。

歯科医はさらに、こう続けた。「それとくらべて、タイガーウッズの会見、ありゃー、ひどかった。TOO CHOREOGRAPHED で、聞いちゃいられなかった。何も響いてこなかった。」

“CHOREOGRAPHED” というのは【振り付けされた】という意味だ。

どうやら、タイガー・ウッズは、ジョージ教授が言ってた「最悪の真似」をやらかしてしまったようだ。

世間の信頼を勝ち得るのは、トヨタが先か、タイガーか。

筆者の歯科医の判定では、トヨタが先のようである。





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Friday, February 26, 2010

学ぶものがないと思うとき

ブルームバーグが、ブラックロック社ロンドンの元ファンドマネジャーのグラハム・バーチの引退後の生活について記事を載せていた。バーチは金属セクター株の第一人者としても知られた著名アナリストだが、20数年過ごしたロンドンのシティを去り、現在は広大な農場でトラクターを乗り回して過ごしているという。

その記事の中でみつけた、こんな台詞。

“Fifteen years is long enough to do one thing,” he said. “I’ve been to every Rio Tinto results presentation for like 25 years. I began to think I’m not learning anything new. If you stop learning new things, life becomes very, very boring.”

ひとつのことをやるのに15年もあれば十分だ。自分は25年近く、リオ・ティント社の決算発表に毎回足を運んだが、最後にはいいかげん、これ以上学ぶものはないと考え始めるようになった。新しいことを学べなくなると、人生はとてつもなく退屈なものになる。


これを読みながら、自分が現場を去ったときのことを思い出していた。

筆者も、アナリストの現役時代、最後のほうには、何を読んでも、何を聞いても、ワクワクしなくなっていた。いつも頭にボー・・・と膜がかかったような状態で、インスピレーションが湧かない、とでもいうのかな。

「これ以上同じことをやっていたって、もう学ぶものはない、もっと学びたいという意欲もわかない・・・」そう感じるようになったら、仕事を続けていること自体が辛くなった。

どんな人だって、どんな職種だって、10年、20年とキャリアを積んでゆくうちに、ふと、自分の立ち位置が見えなくなる、そういう時期を一度ならず経験するのじゃなかろうか。

最近、ツイッターを覚えて、幅広い話題で顔の見えない相手とワイワイおしゃべりする楽しみにはまってる、とは前回書いた。

ツイッターをやっていると、明らかに自分がかつて棲んでいた世界に所属している人たちに出会うことがあって、彼らの会話に自分も口を挟ませてもらうことで、楽しいばかりではなく、なんとなく、現役に戻ったような、そんな不思議な感覚に陥ることがある。

そういうとき、ふと、取引の現場のあの独特の雰囲気が無性に懐かしく感じられて、あの場所にもう一度戻れるだろうかという妄想を抱くことも、たまにある。

でも、モメンタムを一度失った自分に現場で求められるエネルギーは恐らくもうないし、あそこでの自分の役目は終わったのだということも、漠然と理解している。

上のバーチ氏の言葉――ここに書き留めておこう、と思った。

Sunday, February 21, 2010

公定歩合は金融政策とは無関係?それはウソ。

また、ブログの更新サボってしまった。

ツイッターというのは魔物ですな。

次々と話題が流れてゆくので、楽しくてつい時間を忘れてしまう。その分ブログに費やす時間も減ってしまってる。

人それぞれ使い方があるだろうけれど、ツイッターは、基本的に、眼前にどんなツイートが流れてくるのかをそのとき見ていないと、後々になってゆっくり読み返そう、というシロモノではない。

特に自分がフォローする人の数が増えてくるに従って、瞬間に流れてくるTLの数も結構な数になるので、“ライブチャット”的要素が強くなってくる、とでもいいましょうか。

やはり、ブログも定期的にアップして自分の考えたことを書き残してゆくようにしたほうがいいなー・・・と思うのであった。


   ★   ★   ★



先週は、連銀が公定歩合引き上げるというニュースが木曜日の夕刻に出されて、ニュースが出た直後の各市場はどこも「米国、いよいよ、出口戦略踏み出し、金利上昇局面へ!」という観測が流れ、特に日本株などは悲観論にまみれて2%も下げるという展開になっていた。

NY時間がグースカ寝てる間、他地域では大騒ぎやってたみたいだが、夜が明けた金曜日のNYでは、日本市場が『ショックの予行演習』やってくれたおかげか、シラケルほどの落ち着きぶり。

「公定歩合とFFレートは違う」という認識が取引開始時間前におおかた咀嚼されて、金曜日のダウはそんなに動かなかった。

金曜日のNY市場の動きで面白かったといえば、金曜日の11時ごろにタイガーウッズの謝罪会見が開かれ、ウッズがしゃべってる間にインデックスがジワジワ上昇を始めプラス圏に入ったのに、午後になってオバマの経済問題のスピーチが始まると逆にジワジワ下げ始め、再び前日比マイナスに戻るという展開になったことぐらいか。(ブッシュの時代も、ブッシュが演説始めると決まってダウ下がってよな。w)

タイガー会見始まったら、取引ボリュームは最低に落ち、会見終わるや、いきなりボリュームスパイクしてやんの。

グラフ1) 金曜日一日の取引時間中NY証券取引所ボリューム推移(画像はzerohedgeより)



ツイッター報告で聞いたところ、日本市場でも、アメリカ発のニュースで朝から大騒ぎやっていたが、午後に男子フィギュアスケートが始まると相場が全然動かなくなり、高橋選手のメダル獲得が決定したとたん、ドンパチ再開したとのことである。

ったく、どこの国のトレーダーもしょーがねーな。(笑) 就業時間中はテレビなんか見てないで、マジメに仕事するように。


   ★   ★   ★


それにしても、この公定歩合引き上げのニュースに対するニューヨークの落ち着き方は、いくら一晩ジックリ考える時間があったとはいえ、落ち着き過ぎ、反応無さ過ぎ、である。

いくらバーナンキが前々から『出口戦略、マジメにやる気だぞー!』と宣伝しまくっていたからと言って、公定歩合がいわゆる直接の「利上げ」ではないのだということを、キチンと理解している者がニューヨーク市場にどれだけいるというのか。

だいたい、あの、WSJ日本版ですら、「米利上げ」とキャプションつけて記事をツイッター上で配信していたぐらいであるよ。(「利上げ」ではないと読者から指摘されて、すぐに修正してたけどね。)

正しく理解していても、金融調節のスタンスとして【シンボリック】な意味を持つんだから、日本市場がパニック起こしたのも無理はないんである。

そして、公定歩合の引き上げなんてのは“単に正常化に向けてのテクニカルな調整”であってマネタリーポリシーとは無関係とか言っている人たちを時々見かけるが、この方達に申し上げたい。

「ディスカウント・ウィンドウは、マネタリーポリシーを担う3つの操作方法のひとつという位置付けです。」

筆者の手元に The Federal Reserve System: Purposes & Functions という古い小冊子がある。この小冊子の発行者は連邦準備銀行である。(昔、連銀からもらった。)この中に、公定歩合(Discount Rate)とディスカウント・ウィンドウの仕組みが書かれているチャプターがある。

Chapter 4 ‐ Implementation of Monetary Policy: Other Instruments

このチャプターの出だしには、こう書かれている。

This chapter focuses on operations of the Federal Reserve discount window, including establishment of the discount rate, and on reserve requirements against deposits at banks and thrift institutions. Changes in the discount rate and in reserve requirements are the monetary instruments that the Federal Reserve can employ, along with open market operations, to implement national monetary policy.

本章は主として、公定歩合の決定を含む連銀ディスカウント・ウィンドウのオペレーションについて、及び、銀行とスリフトが保有する預金に対し課せられる預金準備制度について述べる。公定歩合および預金準備率の変更は、公開市場操作と並んで、連邦準備制度が国家のマネタリーポリシー(金融政策)を発動するのに用いることのできるマネタリーインストルメントである。

また、連銀サイトのFOMCの項目には、こうも書かれてある。

The Federal Reserve controls the three tools of monetary policy--open market operations, the discount rate, and reserve requirements. The Board of Governors of the Federal Reserve System is responsible for the discount rate and reserve requirements, and the Federal Open Market Committee is responsible for open market operations. Using the three tools, the Federal Reserve influences the demand for, and supply of, balances that depository institutions hold at Federal Reserve Banks and in this way alters the federal funds rate. The federal funds rate is the interest rate at which depository institutions lend balances at the Federal Reserve to other depository institutions overnight.

連邦準備制度はマネタリーポリシーのためのツールとして、公開市場オペ、公定歩合、預金準備の3つをコントロールする。このうち公定歩合と預金準備率については連銀理事会が、公開市場オペについては連邦公開市場委員会(FOMC)が責任を持つ。これら3つのツールを用いることで、連銀は預金取扱金融機関が各地連銀に預け入れる資金の需要と供給に影響を与え、そうした経路を通じてFFレートの変更を行う。FFレートとは、預金取扱金融機関が連銀を通じて余剰資金を他の預金取扱金融機関へオーバーナイトで貸し出す際の金利である。

ということで、

マネタリーポリシーの変更はFOMC(Federal Open Market Committee=連邦公開市場委員会)が決定するFFレートのみで語られる話だ、

とか、

公定歩合はマネタリーポリシーとは無関係で実際には何の影響力もない、

などと言った「新定義」を勝手に作るのは控えていただきたい。


   ★   ★   ★

ということで、今回の公定歩合の引き上げは、すぐすぐにFF金利の引き上げに至るかどうかは別として、連銀がFF金利を上昇させる【地ならし】【下敷き】と先読みするのは、金融関係者であれば、きわめて当然の思考回路である。

実際、これまでも、マネタリーポリシーのための3つのツールのいずれかが変更になっても、米国市場はいちいち大騒ぎを繰り返してきたんである。

ところが今回ばかりは、「ま、公定歩合はそんなに深い意味ありませんからねー :)」とか言っちゃって、発表翌朝はやたら落ち着き払っちゃってたんである。

これについて、フィナンシャル・タイムズのブログAlphavilleが、今回の公定歩合引き上げ発表は事前にリークされてたのじゃないか、という記事を載せていたので書き留めておく。

Did the discount rate hike leak? (FT Alphaville, 2/18/10)

同記事に掲載された下の二つのグラフは、上が18日の米国債10年のイールド、下が2年である。



グラフ横軸はロンドン時間だが、16時頃(NY時間で午前11時頃)米国債イールドは急上昇した。この日の昼前、筆者もCNBC局を見てたんだが、UST10yrが一気に5bp上昇し、UST2yrも上昇したが3bpで、結果として2年と10年のイールド差がさらに拡大、過去最大になってイールドカーブが立っている!とテレビではワーワー騒いでいた。

Alphavilleも書いているように、米国経済が回復基調にあることを示す別の指標も出されたりして、イールドが上昇する理由はあったと言うのも、結構。

でも、公定歩合引き上げという重要ニュースには、長期債のほうは全く反応ナシ。一方、2年債のほうは、ニュースとともに、ビョ~~~ンとジャンプ。

10年債が反応しなかったのは何故?と考えてても筆者に答えが見つかるわけないんで、そこは想像たくましくするっきゃない。だけど、10年債が反応しなかったのを見ても、翌日の米株市場の異様な落ち着きぶりを見ても、なんかなー・・・とついついよからぬことを考えてしまう、MHJ筆者である。(笑)

それに、連銀だって、長年同じことやってきてるんだから、このタイミングで公定歩合引き上げますと宣言したら市場がどんな憶測飛ばして反応示すかなんてことは百も承知のはず。(例:日本市場の反応を見よ。)来週また1260億ドル(!)の米国債オークションがあるそうですので、ここで過剰反応されても困るしな。

まぁ、いずれにせよ、将来の金利正常化に向けて、まずは、ここから第一歩を踏み出したわけだ。

とはいえ、現在の米国の状況は、金融政策を引き締めの方向に旋回させる地合いには、ぜんぜん、いない。

実態経済がこのザマで、ここで「金利上げモード」に入ったりしたら、米国経済は全面血まみれ。そんなこと、マクロに疎い筆者にだって、わかるわい。

Fedがやりたいことの優先順位No.1は、「いつまでもこんなことばっかしていられない」などという大義名分に沿って出口を模索することでもなく、海外政府を助けてあげることでもなく、カネを海外に流して海外にバブルを形成することでもなく、

【金利をゼロにへばりつかせようが、何しようが、米国内にクレジットがスムーズに回らず、供給された過剰流動性が銀行システム内にキャッシュの形で積みあがってしまっている】

という国内の現状を是正することにある

要するに、連銀はせっせと流動性を供給して資金ジャブジャブなんだけど、それを仲介するはずの金融機関が便秘起こしちまってて、金融仲介機能がうまくいってないという話である。

国内の金融仲介機能が麻痺したままで利上げするなど、自殺行為であるよ。

「公定歩合を変更することで、預金取扱金融機関の資金の需給に影響を与える」←上で紹介したサイトで、連銀がそう言っていましたね。

銀行システム内には現在、キャッシュが根雪のように積まさって、企業融資残高とキャッシュ残高が同じぐらいある、という話を聞いた。

このキャッシュが、今回の動きに刺激を受けて、どう流れてゆくのか、筆者は非常に興味がある。

筆者がまず直感として思ったのは、これまで連銀が一気に引き受け手に回っていたMBS市場に流れるのではないか、ということだ。(連銀によるMBS買取は3月末で予定通り終了。)

銀行システム内にキャッシュが溜まってる、という話は、また別途書こうと思う。



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Sunday, February 7, 2010

付け焼刃ノート「ギリシャ」

ギリシャが騒がしい。

CDSのスプレッドも仰山ワイドになって、大騒ぎである。

去年の11月の終わりに、ドバイ騒ぎが持ち上がり、あのときソブリンCDSについてMHJ記事を書いた。

   * ソブリンCDSについて(MHJ, 11/30/09)
   * ソブリンCDSについて(2) (MHJ, 12/9/09)

今から2ヶ月前に書いた記事をいまいちど読み返してみると、市場で警戒感が高まり始めていた11月末ごろのギリシャのCDSスプレッドは200前後。それが12月に入ると、格付け機関がガタガタと動き出し、CDSスプレッドはいっきに250bpsへ。

その後もソブリンリスクに対する市場の危機感は強まるばかりで、ギリシャのCDSスプレッドはついに400超へ!

スプレッドの動きをみてれば、ギリシャの債務問題がさぞかし深刻化しているのだろうというのは、どんなウスノロでも想像が付く。

いろんな人が、あちこちで、「ギリシャはこの週末が正念場だ!」とか「デフォルトさせても問題はない!」「いや、ある!」とか言ってるのを目にするから、自分もつられて「むむっ、正念場なのだなっ!」とは思う。

だが、ここから先の進展を自分なりに分析しシナリオ構築できるかと言われると、さほどの知識はぜんぜん持ち合わせていない。

欧州ならではの背景や、当該国同士の複雑な政治的力関係をよく知らずして、どうしてギリシャ・ソブリンが現在置かれている立場をきちんと理解なんぞできようか。

ということで、ギリシャ関連の記事を今日(6日)の午前中いくつか読んでみたが、結論としては、

「やっぱ、よく、わかんねぇな・・・。」(爆)

どだい欧州の土地勘すらないんだもん、ギリシャなんて、10年ほど前アテネに観光で3日ほど行ったことがある程度だし。

しかし、ギリシャ関連のノイズはしばらく続きそうである。いちおう【最低限知っておくべきこと】ぐらいは知っておきたいではないか。

いろいろ読んだ中で、無知な自分にもわかりやすかったのは、英エコノミスト誌の2月4日付けの記事。

A Very European Crisis (The Economist, 2/4/10)

日頃、欧州経済やユーロを追いかけてる人達には常識のような話なのだろうが、MHJ者には財政悪化に至る背景など初めて知ることも多かった。以下は、上の記事を読みながら箇条書きした【付け焼刃ノート】です。(グラフも同誌から。)

(※気づいたところあれば、ご指摘ください。)

   ★   ★   ★


1.ギリシャの現在
  • 去年、ギリシャの財政赤字はGDP対比で12.7%
  • グラフ1は、財政赤字のGDP対比、および、債務残高のGDP対比。ギリシャの場合、PIIGSの中でも、どちらのレシオも、目だって高い。
  • 財政問題への懸念から、ギリシャ10年債のイールドは先月下旬に7.1%、ドイツ国債をベースにしたスプレッド、G+400bps超に拡大。
  • 事態に対処するため同国が出したプランは、(1)2012年までに同比率を3%まで落とす(ECは承認済)、(2)燃料への課税引き上げ、(3)パブリックセクターの給与凍結の延長。
  • 財政赤字の対GDP比を今年中に8.7%まで落とす予定。
  • 今年の4月と5月に借り換えの必要がある債務は200億ユーロ(280億ドル)
  • 3月中に市場での信頼回復ができない場合、借り換えは事実上困難、デフォルトか救済措置のいずれかに至る可能性あり。

 2.ギリシャ財政悪化→債務危機への経緯
  • ギリシャの財政状態は慢性的に問題を抱え、過去200年のうち半分はデフォルト状態。
  • 2001年にユーロ圏に12番目の加盟国となるが、その時点ですでに財政赤字はGDPの100%超。多くが通貨ユーロに悪影響を与えると懸念した。
  • だが、ギリシャからすると、ユーロ加盟国になったことで以下の恩恵:(1)インフレや通貨切り下げの心配がいらず、(2)金利低下で政府の借り換え条件が良好化、95年からの10年でGDPに占める国債利払いの割合が6.5%低下、(3)長期借り入れが可能となり、消費も活発に。
  • 結果、2008年まで、GDPは年率4%の伸び。
  • GDPの順調な伸びと、ユーロ圏の一部であるという気の緩みが公的債務の問題を隠す格好となり多額の財政赤字は解消されず。
  • インフレ率はユーロ圏平均を常に上回り、競争力が低下。
  • 海外からの借り入れ依存の傾向を強めるようになり、経常収支は2008年にはGDPの14.6%に拡大。
  • 銀行システムがToxic Assets(不良資産)にエクスポーズされていなかったこともあり、リーマンショック後も経済は比較的安定しているように見えた。2009年の財政赤字見込みは対GDPで5%のはずだった。
  • だが10月の選挙の後、実際の財政赤字は12.7%あることが発覚。加えて、前政権が見込んでいたよりも経済の収縮幅は大きく(マイナス1%)、個人消費はそれよりさらに落ち込み、重要な収益源であるVAT税収が減少。
  • 選挙中に公共工事向け支出も増やしており、財政赤字に上乗せ。
  • ギリシャが出す統計への信頼は崩れ去り、フィッチとS&Pが格下げ。ドバイの問題発生で債券投資家はソブリンリスクに敏感になり、スプレッド拡大。
  • 12月半ば、同国政府は赤字削減策を新たに打ち出したが市場も格付け機関も納得せず。信用格付けはA-からBBB+へとさらに格下げ。
  • 今年1月25日、5年債6.2%を80億ユーロ発行、ブックは順調に250億ユーロ集まったが、数日のちにスプレッドは再び拡大基調。中国がギリシャ債購入を取りやめのニュース(両国とも否定)もセンチメントを悪化。


  • グラフ2はPIIGSの10年国債につくスプレッド(対ドイツ国債)。
  • ギリシャが大幅拡大するのと対照的に、アイルランドは公的セクターの給与7%カットなどのドラスティックな財政均衡策が市場に評価されタイトニング。
  • ギリシャも公的セクターの給与削減、および、公的年金受け取り開始年齢の引き上げなどを匂わせているが、市場では、十分と判断してもらえず。

3.救済措置の方法
  • 債務肩代わり(Debt Assumption)⇒EU協定にはドイツの強い要請で1991年から「no bail out」条項が含まれ、他国の債務の肩代わりはできないことになっている。 
  • ブリッジローン⇒ユーロ圏の信用力の高い他国(例えばドイツ)とのアレンジ。これの政治的問題点は、救済側の国の有権者からの支持を得づらいこと。また、融資条件を設定する際に他国が相手国の予算に直接口を挟む格好となること。90年代中ばに米国がメキシコに同様の支援を施した際、この点が問題となり、結局IMFの仲介を頼まざるを得なくなった。
  • ユーロ圏内の支援資金⇒圏内の一国がキャピタルマーケットで調達できなくなった際のバックストップになるメカニズムがない。
  • EU圏内の支援資金⇒ユーロ国に使用できるローンファシリティがあるが、この基金は去年の春、ハンガリー等の国々に使用するのを前提に上限が500億ユーロまで引き揚げられた。必要が生じた際は、EU諸国がバックアップして債券を発行する形を取る。
  • ただし、EU圏内の資金を用いる問題点は、イギリスやスウェーデンなどのユーロ圏外の国が巻き込まれること。ユーロ圏に加盟するのを頑として拒んだイギリスがギリシャのために負債を引き受けるかは不透明。(イギリスの年金資金はギリシャ国債にかなりエクスポーズされているものの。)
  • IMFの世話になるのはプライドが許さない⇒欧州他国の支援を仰ぐよりIMF資金にタップしたほうが実効性は高いものの、ユーロ圏内の国がIMFの世話になることは、通貨ユーロのレピュテーションを傷めると気にしている。
4.あるいは、デフォルトへの道
  • グラフ3はPIIGSの経常収支の対GDP比。
  • デフォルトの選択⇒ギリシャ一国のデフォルトがユーロ圏の他国発行の国債にも伝播する(Contagion)のをユーロ圏要人は非常に気にしている。伝播が起こると、次に危機を控えているのはポルトガル。デフォルトのシナリオは可能性低い。
  • ユーロ圏からの脱退⇒強制的に脱退させられる可能性は低いが、自ら出てゆくのを選択するのはできる。だがその場合は、(ユーロという安定通貨のステータスを失うため)バンクランの可能性を排除できず。また、インフレリスクの台頭から借り入れコストが急激に上昇。

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このThe Economistの記事と一部重なる内容で、ウォールストリートジャーナルも、ギリシャに対しどんな救済策を打つべきかを書いている。

ギリシャ救済策を考える (WSJ日本語版, 2/1/10)

WSJの記事は、The Economist誌も言及していた「500億ユーロのEU救済資金」を使用すべきだという意見だ。

カナダでのG7が終了し、トリシェ欧州中銀総裁は、「ギリシャの赤字削減に期待、可能だと確信する」と記者会見で述べたそうだが、「期待」とか「確信」とかいうポジティブな(だが曖昧な)言葉を吐いてお茶を濁す以外に、現在のところ、これといった具体案には到達しておらず、どうしようもない、という苦渋がのぞく。

週明けは、こうした要人の発言に一喜一憂して、スプレッドがワイドニングしたりタイトニングしたりするのだろうが、いずれの方法を用いるにせよ、ギリシャの債務問題の解決には、なんらかの政治的、経済的な副作用を伴いそう。

かといって、借り換え時期が目の前に迫っているわけだから、ダラダラ・ズルズルと問題を先延ばしするわけにもいかないだろう。

市場は来週も引き続き、ソブリン・リスクに敏感なまま動きそうだ。



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