Monday, April 18, 2011

合衆国が取れないリスク

S&P、米国債の格付け見通しをネガティブに変更。

(Standard & Poors, 4/18/11)

週明けの今日は、このニュースが、何と言っても目立つニュースでありました。

CNBC局では一日中、「アウトルックをダウングレード」、「アウトルックをダウングレード」と叫びまくってて、筆者はそのたびにイライラした。

というのも、見通し(Outlook)というのは変更(Revise)されることはあっても、格下げ(Downgrade)されることはないんである。「格下げ」とか「格上げ」という用語は、格付けとしてつけられている【記号】(AAAとか)が実際に変更になるときに用いる言葉。

だから、格付けアクションの3段階それぞれで使われる動詞の用法は、

1) 見通し(Outlook)が変更になるとき
S&P revised (あるいは changed) the outlook to negative.

2) 格付けの見直し(Review/Watch)に入るとき
S&P placed the AAA rating on negative watch.

3) 格付けが変わる(格下げ、格上げ、あるいはそのまま)とき
S&P downgraded the rating from AAA to AA.

と、こうなるわけである。

筆者の知る限り、主要メディアの多くはいつまでもこの違いが理解できない。今日のCNBCなどはその筆頭だが、まぁ、CNBCの場合は、そもそもが株式しか念頭にないような局なので債券オタクの用語など理解する気すらないのは仕方ないとしても、金融関係の記事では筆者もひごろ信頼を置いているロイターまでもが、いつまで経っても同じ間違いを繰り返すというのに、ジャーナリストの学習能力の限界を感じてしまう筆者である・・・

・・・と、いきなり重箱の隅ツツク的オタクな話題で失礼しました。

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しかし、最上級のAAA格のクレジットの「見通しが悲観的」になっただけで、米国債がすわデフォルトなどという話に発展するわけが、そもそものところであるわけないんであって、マーケット的に見れば、今回のS&Pのアクションの背景に、いまさらびっくりする材料があるとも思えず。

だいたい、S&Pが米国債の格付けにプレッシャーかかってるぞとウダウダ言い出したのは、2008年の9月17日、リーマン崩壊直後のことである。

米国マクロ経済はその前年からリセッションに入っており、金融市場の下支えのために連銀は2007年から流動性供給で上へ下への大活躍中、それでも不安定さを抑えられずにグラグラしてるところにリーマンショックで、米経済はグシャッと潰れた。

その後回復に向っているとはいえ、米失業率は依然として高水準で、財政赤字は膨張の一途、住宅価格はまた下降中・・・と、現在の米経済のファンダメンタルズ言うなら、まさに『なにをいまさら―WHAT’S NEW?』の世界である。

ちょうど一年前ほど前にもS&Pは、米政府がすぐすぐ財政緊縮に取り掛かることなどできるはずないのを承知しながら、財政赤字削減策にマジメに取り組まないと米国債トリプルAは維持できんかもしれんからね~、と確信犯的に脅していたんである。(去年3月12日のFT記事

さらに言えば、1週間ほど前の4月11日、米債券ファンド最大手のPIMCOが米国債ショートという報道があった。格付け機関が米政府にコンタクトを取ってるらしいみたいな話は、どこからともなく漏れてくるのは常なので、PIMCOのニュースで「何か」が動いてるんだなと直感した市場関係者だって皆無じゃない。(もうトレーディングフロアの傍にいない私ですら、何か来そう・・・と思ったぐらいなんだから。)

だから、いま、S&Pが出てきて、ネガティブだと言ったぐらいで、エッとおどろいてるような市場関係者がいたら、「あなた、いったい、これまで、どこ見てたんですか?(棒読み)」というような話なわけ。

それでもメディアが「(見通し)ダウングレードだ」とほうぼうで騒ぎ立てるもんだから、たかだかアウトルックがネガティブに変更された程度で心理的にゴーンとやられた米株市場は、前場で一時250ポイントも一気に下げ、【心理的】なオーバーリアクション全開。これで銘柄によっては絶好の買い場ともなり、午後には少し落ち着いてインデックスは140ポイントダウンまで戻した。(心理的にゴーンとやられるのは、株相場ではいつものことw。そういうところ、意外とヤワw)

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S&Pが確信犯でウジウジやってた一年前と比べて、何か決定的に変わったことがあるかといえば、去年の11月に中間選挙でティーパーティの力を借りた共和が下院でマジョリティを奪い、オバマと彼をとりまく民主側と共和側の政局での対立がいっそう深まり、米国債近辺の政治上の不協和音がリスク要因として以前に増して認識されはじめたこと、である。

つい先日も、大統領の予算案で民主と共和が歩み寄りを見せることができず、米国政府がシャットダウンに追い込まれるのではないかという騒ぎにまでエスカレートしたことを見れば、共和側のオバマ政権弱体化に向けた執念と締め付けのすさまじさは、傍目にも感じられるところであろう。

そして、今回のこのS&Pの米国債格付け見通し変更であるが、これはまさに、そこの部分(=政局)に影響を与える話であるわけ。


昨日(17日)のNBC報道番組『Meet The Press』にガイトナー財務長官が出演、米国債発行上限について言及した部分のビデオがここにある。
リンクはこちら:http://www.msnbc.msn.com/id/3032608/



このビデオの冒頭で、ガイトナーはこんなことを述べている。

Congress is going to have to raise the debt limit. They understand that. That's absolutely essential to preserve the creditworthiness of the United States of America. You know, we're a country that meets its obligations, and we have to meet our obligations, and they recognize that. 
議会は発行額上限を引き上げるだろう。彼らもそれは承知している。アメリカ合衆国の信用力(creditworthiness)を維持するためには、それが絶対必要不可欠なのです。支払い期限が来たら約定どおり支払う、必ず支払い義務を果たさなければならない、合衆国とはそういう国家である、彼らはそれを理解しています。

「しかし、議員の中には、上限引き上げ問題を政治的な駆け引きの材料に利用しようとしている者もいるのではないか」というキャスターの質問に対し、

...the leadership understand that you can't play around with this, you can't take it too long.  And those people up there who are telling people that you can take this to the brink because it gives them some leverage, they're going to own the responsibility for the risk that creates for the American economy.
国家の中枢部は、上限問題に遊び半分な気持ちで取り組むことはできないし、ダラダラと時間をかけることもできないというのを理解している。自分の立場をより有利に進めるのを目的にこの問題をギリギリまで先延ばししてやろうとふれ回るような末端の政治家がいるなら、それが米国経済にもたらすリスクについては、彼らが全面的に責任を負うことになるでしょう。

ガイトナーはさらに、こう続けた。

...if you allow people to start to doubt whether the United States of America will meet its obligations, that would be catastrophic, and we can't take that risk.
アメリカ合衆国の債務返済能力に人々が少しでも疑いを抱き始めるようになるのを放置すれば、それは破滅的な状態を導くことになるでしょう。私達はそんなリスクは決して取れないのです。

「私達はそんなリスクは取れない」――そう、アメリカ合衆国がトリプルAじゃなくなるなんて、そんなことは有り得ないし、何が何でも阻止してみせる、ガイトナーはそう言ってるわけですな。

この番組に出演したとき、ガイトナーは、S&Pが見通しをネガティブにするつもりであるというのを、既に知っていた。

ロイターによると、ホワイトハウスがS&Pからその旨を聞かされたのは金曜日だったそう。

格付け会社が、格付けされる側(この場合は米政府)とどんな折衝をして、どんなコミュニケーションとって・・・といったことは、そのプロセスを実際に当事者として体験したことがなければ、なかなか理解されずらいが、こうして公に発表される何週間も何ヶ月も前から、当事者の間では、あーでもねーこーでもねーと、延々と問答がウジウジ繰り返されるわけで、今回のアクションだって、米政府にとっては、寝耳に水でもなんでもない。

これは筆者のスペキュレーションだが、政治的足踏み状態がこれ以上長引き、上限引き上げに手間取ることになれば、アウトルック変更程度では済まないかも・・・と、S&Pの方からヤンワリと示唆されたのではあるまいか。ここで引き上げないとウォッチに載っちゃうかも・・・ドキドキ・・・

しかし、ここで上限上げたからとて、それがすなわち上限を青天井にするという意味にはならない。なぜなら、青天井にして現在のペースで米国債を発行し続けたら、むしろ、米国の信用力はさらに悪化し、本当に見直しのプロセスに突入してしまう恐れがあるわけだから。

「クレジットウォッチに載る」(このエントリーの最初にあげた2番目のアクションね)は、見通しネガティブどころじゃすまないインパクトを生みますからね。ウォッチに入ったら、実際にDOWNGRADEになるかもしれないんだから。

上限引き上げをいかに早急にやらんといけないかというと、実はもう、上限の$14.2trillion超えちゃって、$14.3trillionになってるという話が、今日のZerohedgeに出ていた。秒読み状態。

上限いっぱいになってしまい、必要なときにも発行できない状態が長く続くと、財務の柔軟性が失われて、それはそれで米国の信用力にはネガティブになる。

ということで、ハエのようにうるさい格付け機関を黙らせてアウトルック変更程度で留めておくためにはひとまず上限を引き上げるけれど、共和に対しては、それとの「交換条件」として、オバマ現政権は、財政支出カットの額を共和寄りの条件で飲む方向で議会で圧力かけられること覚悟、そういう話に進んでいってるわけである。

共和リーダーのベーナー下院議長の耳にも当然この話は入っているわけで、ベーナーとて、「米国の信用力が下がって米経済を揺るがすリスクが発生したら、その責任は取ってもらう」など言われてすごまれても、すぐメソメソしちゃって、そこまで責任とれるような器じゃないんで(笑)、引き上げについては、最終的にはうなづいてGOサインを出すだろうというシナリオが市場では走ってる。

ここから共和側に政治的な意味でさらに有利な展開に進むかどうかはまだわからないが、とりあえずは、S&Pの今回のアクションが持つ短期的なインプリケーションは、市場には大してなくとも、政治フロントにはある、と読めるのではないでしょうか。

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最後に、格付け機関について。

見通しネガティブになったのに今日のイールドに影響出てないとか、格付け機関は地に堕ちてもはや影響力ない、とかいう意見も散見されるが、そもそものところでデフォ確率にも、マーケット的にも大して意味のない動き(あったとしても既に読まれていた話)なんだから、そういうどうでもいい話に落としどころを見つけようとしないほうが、いいよ。

格付け機関に対する世間の評価がどうであれ、債券市場における格付けの「存在」そのものは、過小評価しないほうがいい。なんだかんだいって、そこに「ある」。

格付け機関の言ってることなど、しょせん権威もなにもない一介の民間会社の意見、そんなものはどうでもよし、というのは、本質的には、事実その通りであります。

けれどね、そうは言っても、もしも、米国債が本当にAAAから堕ちるなんてことになってごらんなさい、そのときは、「フン、しょせん格付け機関だろ・・・」なんて皮肉な笑い浮かべてなんていられない事態に、きっとなるんだから。

その「しょせん格付け機関、などといってられない事態」こそが、上のビデオでガイトナーが言った「米国の返済能力に対し僅かなりとも人々が疑いの目を向ける」事態であり、それは、アメリカ合衆国が取ることのできないリスク、取るつもりもないリスク、なのである。

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