Wednesday, September 29, 2010

マクロ低迷下でミクロ企業体にはバイバックの好機到来

前々回のMHJ記事『どっぷりベアマーケットの最中』で、超長期で米株市場を眺めると、現在の市場はまだまだベアマーケットの最中、P/Eがヒストリカルなレベルを大きく割り込むまでは相対株価は低下し続ける可能性がある、という話を紹介した。

ご承知のように、P/Eレシオ(PER=株価収益率)というのは、分子がPrice(株価)、分母がEarnings (収益)で、PERが低下するには、①株価が落ちる、あるいは、②(一株あたりの)収益が上がる、のどちらかが起こればよいのである。

①はともかく、②のシナリオは、一部の企業はミクロベースでは業績回復してきているのと、キャッシュが潤沢な企業の場合は株式のバイバックという選択をする企業も出てくるであろうから、EPS上昇は十分ありえると筆者は思う。

レバレッジがかかり過ぎた企業なら少しでもキャッシュがあれば借金返済の動きに出るところであろうが、デレバレッジング(deleveraging)もそこそこのレベルまでやりましたという会社なら、そこからの【キャッシュの使い道】を考えるだろう。

経済に不透明感が残る間はできるだけ財務の柔軟性を維持することに努め、キャッシュをじぃー・・・と持ち続け「機を待つ」という経営上の選択もあるだろうが、典型的な株投資家ならば、バイバックを期待するだろうね。

関連記事:
Right Now, I Prefer Buybacks To Dividends (The Motley Fool, 9/22/10)

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いずれにせよ、現在のところ、失業・住宅など米経済のマクロ環境がこのザマなので企業業績が力強く回復するといったシナリオにベットするのはこころもとない。とはいえ、ミクロレベルまで降りて観察・分析すると、米企業の多くはさほどギリギリな財務状態にはいない、というのが市場のコンセンサスになっている。

米株が方向感を失っているのも、不安定なマクロ環境に主眼を置くか、あるいは「さほどひどくもみえない」ミクロ分析に主眼を置くかで、市場参加者が受ける印象がずいぶん変わってしまうというのもあるのだろう。

しかし、マクロ要因で低金利が続く中で、ミクロ企業体としてバランスシートが良好であれば(つまり信用力が高ければ)、そういう会社にはおのずと「借りたければいくらでも借りられる」状態が生まれる。

今月初旬の記事だが、ウォール・ストリート・ジャーナルが、米ブルーチップの会社群が、まさに「借りたければいくらでも借りられる状態」-THE GOLDEN MOMENT -を迎えていると伝えている。

Blue-Chip Borrowers Issue Debt in Droves (WSJ, 9/8/10)

(WSJの記事より抜粋)

Corporate borrowers are enjoying a golden moment of super-low interest rates combined with a scramble by global investors for higher-yielding assets, given that cash is yielding nothing and the stock market stalled.

キャッシュで持っていてもリターンなし、株式市場は硬直状態 ―― そんな中で、借り入れした企業には、イールドを産む資産を求める投資家がグローバルで群がって、極めて低い金利条件で債券を発行できる黄金のモーメントが訪れている。

高格付けの企業は、期間10年という長期でも過去最低かそれに近い借り入れ金利でクーポン固定でロックインできるようになっていて、財務体質が健全な企業はイールド低下の恩恵を受けようと、企業債の発行が非常に旺盛になっているという話。

この起債ブームの皮切りになったのは、今年の8月、当時ツイッターでも紹介したが、ジョンソン&ジョンソン社が手がけた$1.1bnの起債だった。

このとき、非金融部門のトリプルA格優良企業による長期債発行は実に15ヶ月ぶりで、これより前にトリプルA格の企業が起債をしたのは、2009年5月にマイクロソフト社が$3.75bnを発行したのが最後だった。

J&J社の10年債はクーポン2.95%、30年債4.5%で、発行金額はそれぞれ$550mlづつ、このクーポンのレベルは、同社の発行金利レベルを1981年までさかのぼっても過去最低の水準だったという。

関連記事:
J&J Sells $1.1 Billion of Debt at Record-Low Rates (Bloomberg, 8/12/10)


システム全体でみたときの銀行融資残高があまり伸びていないので、政治家はギャンギャン銀行叩いてわめいているが、ブルーチップの大企業で信用力が高い企業であれば、直接調達であろうと、間接調達であろうと、資金はいくらでも出てくるわけである。

金利は安いし、ドル安でグローバル投資家はドル資産探して需要も旺盛、キャピタルコスト下げるためにも借り換え・借り入れを考慮しない手はない。コーポレートファイナンスの基本中の基本でありますね、これは。


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ここで話を、さきほどのシェア・バイバックに戻すとしよう。

数日前のブルームバーグの記事。シェアバイバックはサルでもできる芸当で、キャッシュの使い道として経営陣が想像力ゼロだといってるようなものだが、今ならバイバックは悪くないよ、という内容のブルームバーグのコラムニスト、David Paulyのコラムである。

Stock Buybacks Are for Dummies Except Right Now (Bloomberg, 9/27/10)

この記事によると、米株のシェアバイバックは実際増えていて、S&Pの調査では昨年(09年)のバイバックは総額$137.6bn、今年2010年は$300bnを超えることが期待されている、という。

そして、Paulyもこの記事中で書いているが、起債条件が緩んできているので、シェアバイバックを借り入れによってまかなう企業も結構出てきている。

そのひとつが、マイクロソフト社。

マイクロソフトの場合、もともとがキャッシュリッチな連結バランスシートをしているが、そのキャッシュのほとんどが海外オペレーションにあるため、自前のキャッシュを用いるよりも市場に出ていって資金調達するほうが有利と判断し、配当金を増やし、シェアのバイバックをすると言っている。

ここで懸念となるのが、2004年以降にクレジット市場のイケイケが嵩じて、企業は株式のバイバック資金としてがんがん借り入れしていたのが思い出され、「まさか、あの間違いを、再び辿るつもりではあるまいな・・・」ということであるが、当時と現在とで決定的に異なる点は、

クレジットカーブが、スティープな状態にいる、ということである。

(注:この場合のクレジットカーブというのは、縦軸は信用スプレッド、横軸を左から右に信用力の強いほうから弱いほうへ格付けでプロットしたもの、の話をしている。)

クレジットカーブは通常、明らかな右肩上がりの図になるのだが、クレジットバブルの頃は、このカーブがべったーーと寝てしまって、借り手の信用力の違いなどお構いなしに誰にでも貸しまくる、そういう状態にあったのである。

カーブがスティープな現在は、少なくとも、信用力の低い企業には、以前ほど簡単には資金は出てこない。

だから、筆者としては、「株バイバック資金を借金に頼るという不健全なサイクルが再び始まる」という懸念は、(いまのところは)さほど強くは持っていない。


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たしかに、クレジットのアベイラビリティは全般的に緩まっているという印象を筆者も受けるけれども、クレジットバブルが破裂してまだ数年、とりわけ銀行のような間接金融の世界では、そう簡単に貸す気はなさそう。

つまり、アベイラビリティの二極化が起こっている。(←これは日本もバブル崩壊後に経験した。)

強い企業にはジャブジャブ資金がまわるけど、弱小企業にはぜんぜん資金が回らない。

また小規模の企業は、一般に起債ロットが小さすぎて、直接調達の市場に出てくることも困難なこともあり、銀行が積極的に貸さないと中小企業の倒産が続き、そうした中小企業への貸し出しを扱う小規模金融機関の破綻も止まらないという悪循環になる。

そこで、オバマ政権は、つい先日、Small Business Job Bill というスモールビジネス向けに一部税控除と$30bnの融資保証を出して支援する法案に署名して新法が成立したが、どこまで効果があるかは、市場の見方は分かれている。

政策の決定打を見つけられないまま、株市場は夏休みを過ぎても出来高が下がり続けて、ダルダル。一方の米国債は、今年の春から一環して元気ハツラツ。

グラフは、上がS&P500、下が10年米国債イールド、ともに2010年YTDで同期間で並べてみた。




7月17日のMHJ記事『方向感を失ったヨーヨー市場』で、筆者は株が本格的に上昇トレンドに入るには米国債市場が不安定になるのではないか、米国債が強いままで米株が上昇しても一時的、と書いたのだが、7月以降は案の定の状態だ。

見方を変えれば、米国債がここまで強いのに、株価はけっこう踏ん張っているようにも見える。

ただし、米国債イールド推移を、もっと長期の過去5年で見ると(↓)、これまたずいぶんと下がってるんですよね。このトレンドがどこまで続くか、やや不安にならなくもない。




この10年債の過去5年推移のチャート眺めていると、なんとな~くエネルギー溜め込んでいるようにも感じるんだよなぁ。地震と同じく、溜めるにいいだけ溜め込んだエネルギーに耐え切れず、ある日、ビョ~~~ンと跳ね上がる、なんてことにならないといいんですが・・・。

いずれにせよ、こうしてベンチマークが下がりまくりで、企業債の起債ブーム。強い企業は、キャピタルコスト下げてバランスシートをさらに強くし、株バイバックでEPSを上げるミクロ的好機である。

でも、ここまで下がってもダメなところはダメ。二極化はさらに進むということか。

Tuesday, September 14, 2010

Ph.D.女子は増えたけれど・・・

14日付けのBloombergに、米国の博士号取得者は、いまや女性の方が多い、という記事。

Women Earn More Doctorates Than Men for First Time in U.S.
(Bloomberg, 9/14/10)

全米500以上の大学院が参加する Counsil of Graduate School が調査したところ、2008年―2009年にかけての学期のPh.D.取得者のうち、女性が過半数超えたとのこと。

同比率は、2000年の調査では女性44%、2007~2008年は49%だったということで、これまでも確実に「増加の道」を辿っていたわけですね。

これの背景として、専門家の説明は、

1)The milestone became inevitable because women have received the majority of bachelor’s and master’s degrees since the 1980s, building a pipeline of doctoral candidates.

(1980年代から、学士・修士ともに学生数は女性が過半数になっており、その下敷きを作ってきていたので、当然の結果が出たまで。)

2)The efforts of the women’s movement and increasing female participation in all parts of the labor market led to gains in Ph.D. programs.

(女性運動の後押しや、あらゆる分野における女性の労働市場への進出への努力が、博士課程での女性の地位向上をもたらした。)
などなど。

このサーヴェイは、全米の博士課程修了者の90%に相当する57600人のPh.D.を対象に調査された。

数は過半数を超えたという明るいニュースではあるのだが、その内訳詳細に踏み込むと、女性と男性とで、学問の分野などに「偏り」が顕著にみられる。

調査対象となったPh.D.取得者のうち、

  • 『教育学(education)』の分野でPh.D.を取得した者の67%が女性
  • 『看護学(nursing)』などを含む『健康科学(health science)』の分野の70%が女性
  • 『エンジニアリング』の分野では78%が男性
  • 『数学』および『コンピュータサイエンス』の分野では73%が男性

博士号を取得する女性の数は増えているが、高収入を得られる分野では女性の数は少ない。

また、アカデミックな分野での職業(例:教授)においても、女性はまだ男性よりも、数が少ない。

  • フルタイムの大学ファカルティに占める女性の割合は41%
  • シニアレベルの教授職になると、女性の割合は27%
  • 大学ファカルティに支払われる給与は、女性の平均は、男性ファカルティの80%

以上がこの記事の概略だ。

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わたしの明治生まれの祖母は、自身ではさほど高い教育を受けたひとではなかったが、「女の子には教育がいちばん大事」と生前いつも口癖のように言っていたひとだった。

高等教育を受ける女性の数が、こうして増加していってることは、うちの祖母の時代からは考えられなかったことだろうし、たいへん、よろこばしい。

でも、理系の分野のPh.D.に女性が極端に少ないのは、ここアメリカにおいても、科学や工学の分野に女性を率先して送り込もうという態度は、社会的にまだ低いと筆者自身は感じるし、女性自身も、伝統的な性的役割(ジェンダー・ロール)において、そういう分野に抵抗感を感じるひとは、少なからず、いるのかもしれない。

筆者自身がテク関係は完全にアンポンタンで、自分でも呆れるほどのローテクなのだが、私が女性であるがゆえに、それは「不思議ではない」「あたりまえ」という社会的風潮があるのも、たしかだ。

ただし、そういう「あたりまえ」の社会的期待(Social Expectations)も、今後まだまだ変化してゆきそうだという予感を、昨年読んだ本の一冊に、感じた。

Alpha Girls:Understanding the New American Girl and How She is Changing the World』という、社会学の先生が書いた本。

この本は、ちょうど現在30代後半から40代ぐらいの母親達のもとに生まれてきたティーンエージャーのアメリカンな女の子達の現状をレポートしたもの。

彼ら若い女子たちは、自分の母親が抱いている性的価値観、女性観、女性の社会進出への欲求、その他もろもろを「実に古臭い考え方でついてゆけない、アホみたい」と切り捨て、「このわたしが、女性だからといって、できないことなんてある?あるわけないじゃん」とアッサリと言い切り、かつて母親達が壊そうと躍起になっていたグラス・シーリングなどの社会的バリアそのものの存在すら信じていない、というのだ。

すべての女の子達がそうだというわけではない。

だが、そういう中・高生の女の子達の数は目だって増えてきていて、そういう女子たちは、勉強もできるし運動もできる、なにやらせても自信にあふれてて、クラスの中でもリーダー格、男女ともにクラスメートから尊敬を集めたりして、本人も、自分がそういう立場にいることに何の違和感もない。

彼女達は、群れの中で【アルファ】になる。

すなわち「アルファ・ガールズ」というわけだ。

世代間の考え方の違いというのは、いつの世でもジェネレーション・ギャップとして存在していて、筆者が少女だったころも、「女の子として社会的に求められているもの」に窮屈さを感じていたものだ。

私の世代というのは、「男女平等はスローガンとしては当たり前だったけれど、統計的実態はそれを見事に裏切る時代」にいて、それを何とか壊したいという気持ちが一杯で、女性の社会進出をリキんで声高に叫ぶ世代であった。

でも、いまどきの女子達の中には、そういう母親達の世代を「うるさいオバサン達」、「古臭い」、「うっとおしい」と感じ、「何故、そんなことにこだわるのかしら。肩にチカラ入れ過ぎよ。バカみたい」と思っているわけだ。

「うるさいオバサン」のひとりとしては、そういうAlpha Girlsがたくさん出現してきているという報告を前にして、実は、なんだか非常に嬉しく頼もしく感じたわけであるよ。

女性は、男性は、と区別して叫ばなくちゃならないというのは、それぞれにくっついている性差の「社会的定義」が歴然と存在していて、それが窮屈だと感じるからに他ならない。

別に叫ばなくても、やりたいことあるなら、やりゃーいいじゃん、とさらりとフツーに言えることができる、それが「うるさいオバサン達」が、ン十年前に、理想としていた世界である。

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ということで、最初に紹介した記事を読んで、「あー・・・Ph.D.の世界でも、まだ課題は結構あるんだなぁ・・・」という感想を持たずにはいられなかったわけではあるが、今後のアルファ・ガールズ達の活躍に大いに期待したい筆者である。

以前、元同僚が香港からNYに出張で来てて、彼にはローティーンぐらいの一人娘がいるのだが、彼にこの本のことをチラッと言及したら、「おぉ!それは、まさに、うちの娘のことだよ!」と叫んでいた。

アルファ・ガールの父親、ここにひとり発見。

彼は、そういう娘を持っていることを、すごく誇りにしているようであった。

おそらく、このブログエントリーを読んだ方の中で、そういうティーンな女子を持つ誇れる親御さんがいらしたら、手を上げてください。(笑)

さらに将来に期待を持ってしまうエピソードを最後に。

毎年、幼い女の子たちがあこがれる職業を選んで新作バービーちゃんを発表するマッテル社であるが、今年の2月に選ばれたのは、「コンピューターエンジニア」なバービーちゃんであった!

Barbie Becomes A Computer Engineer, Looks Nothing Like It
(URLESQUE, 2/12/10)

ギークな眼鏡なんかかけちゃってるわけなんだが(笑)、将来、コンピューターやエンジニアリングの分野でPh.D.取得する人たちの過半数がこういう【GEEK CHIC】な女子になるかは、いまのところ、まだ、定かではない。

Thursday, September 9, 2010

どっぷりベアマーケットの最中

前回のエントリーでは、10年間で見たらどうよ、という話で、米国株が日本株・欧州株と並んで、いかに冴えないことやってたかを確認し、暗くなっていたMHJ筆者である。

では、米国株式のトレンドを、さらに長期のトレンドで見ると、どうか。

Barry RitholtzのブログThe Big Pictureで、興味深い(しかし同時に気分も暗くなるw)チャートが紹介されてるのを読んだ。

Barry Ritholtzは、「カビ臭くなったP/Eレシオはそろそろ捨てる時が来たか」と題するウォールストリートジャーナルの記事に対して、この記事はポイントがずれている、正しく質問を投げかけるとすれば、「捨てる時が来たか」ではなくて「低下するP/Eレシオが何を意味するか」というものだ、と書いている。

Is It Time to Scrap the Fusty Old P/E Ratio?
(Wall Street Journal, 9/4/10)

この「正しい」質問に、ひとつの示唆を与えてくれるグラフが、これ。

(グラフは、Crestmont Research


1900年から最近まで、過去100年の株価およびP/Eレシオを対比させたグラフである。これによると、


  • 長期の株市場サイクルは、P/Eレシオの拡大・圧縮と一致する。
  • 長期のブル市場は、P/Eレシオが平均を下回って谷を迎えた後に始まる。
  • 長期のベア市場は、P/Eレシオが平均を上回ってピークを迎えた後に始まる。
  • 2000年に入ってからの株市場は下落しているが、P/Eレシオはいまだ平均を上回っており下降トレンドは続いている。
  • これが潜在的に意味するのは、現在の市場が長期にわたるベアマーケットの最中であるということ。

このグラフから読めることとして、Barry Ritholtz は、以下のように書いている。

Hence, a falling P/E ratio is not indicia of its lack of utility. Nor is it proof of “Fustyness.” Rather, it suggests that crowd is still feeling burned by the recent collapse in prices and increase in volatility. Thus, this is not about the market’s economic concerns, or sustainability of earnings. It is about psyche.

P/Eレシオが低下しているからといって、それがもう使えなくなったという意味ではない。P/Eレシオがカビ臭くなったわけでもない。むしろ、これが意味するところは、昨今の株価低下とボラティリティの上昇で人々が火傷したといまだに感じている(ためにある程度の価格を支払おうとする気持ちにならない)という意味だ。つまり、これはマーケットの経済的問題でも、利益の維持可能性の問題でもなく、精神状態とか気持ちの持ちよう(psyche)の問題なのである。

へ?「PSYCHE」の問題・・・?

その気になってきたら、人々は、もっと株を買うようになる・・・?

どうやら、Barry Ritholtzは、せっかくこのチャートを見る機会があったにもかかわらず、グラフをチラリと見ただけでCrestmont Researchのリサーチペーパーまでは、ちゃんと読むことはしなかったようであるな。


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Crestmont Research のサイトに行くと、Ed Easterling というアナリストによる米国株のP/Eレシオに関する四半期報告が掲載されていた。

The P/E Report: Quarterly Review Of The Price/Earnings Ratio
June 30, 2010 Update

実勢値によるP/Eレシオのヒストリカル平均は15倍付近、ピークは25倍付近、このレポートが書かれた今年6月末時点のP/Eは16.4倍だった。

このレポートの中に、1950年から現在まで60年間にわたる米国実質GDPの長期的伸び率のグラフがあった。


このグラフが示すように、米国のGDPの伸び率は、超長期でおよそ3%付近を推移していた。

それがここにきて、5年/10年/15年のトレイリングすべてで下降トレンドを示し、現在2%程度にディップしてきた。その理由に、2000年に入ってから2度のリセッションを経験したというのがある。

ここで、前述のBarryが出してきてた「正しい質問」に戻ろう。

過去のP/Eレシオ平均15倍が、超長期GDP増加率3%を前提としているならば、2000年からの10年間の2%という伸び率は、P/Eレシオにどういうインプリケーションを持つのだろうか?


(レポートより抜粋)

Stocks are simply financial instruments—a payment today for the right to future cash flows.(略)The level of return is determined based upon market rates (driven by expected inflation) and the probability of losses. For this discussion, let’s eliminate the impact of a change in inflation and the probability of losses…so it only leaves the future cash flows. For stocks, the future cash flow stream (over the longer-term) is driven by economic growth. Therefore, if economic growth slows, the future cash flows (i.e. dividends from earnings) from stocks also are reduced.

株式は単なる金融インストルメントに過ぎない。将来のキャッシュフローを得るために今日支払いをする。(略)リターンのレベルは、期待されるインフレーションで決定される市場レートと損失確率に基づいて決定されるが、議論のために、インフレ率の変化と損失確率はここでは省略し、将来のキャッシュフローのみを考慮することにしよう。株式にとっては、将来の長期に渡るキャッシュフロー・ストリームは経済成長によって決定される。従って経済成長が鈍化すれば、将来のキャッシュフロー(利益配当)も減少することになる。

The impact on stock market valuations—if we have down-shifted to 2% real economic growth—is a drop in the average P/E of about 6 points. As a result, the average would decline below 10 rather than the historical 15 (assuming a repeat of historical inflation cycles). The natural peak during periods of low inflation would be below 20 rather than near the mid-20s. Few economists, financial analysts, nor this author conclude that this has occurred, yet with the uncertainty of the expected future real economic growth rate, this issue should be better understood.

仮に実質経済成長率が下方にシフトして2%になったとすると、それの株市場のバリュエーションへのインパクトは、P/Eレシオの平均値が6ポイント程度低下することを意味する。その結果、ヒストリカルなP/Eレシオの平均は(過去のインフレサイクルをなぞると仮定して)これまでの15倍から10倍以下へと低下する。また、低インフレ下の期間の同レシオのピークも、20倍半ばから20倍以下へと落ちる。(経済成長率が2%にシフトしたまま今後も継続するのかどうか、)現時点で、エコノミストも、アナリストも、また自分自身も、それについては結論は出せずにいる。しかし、将来期待される実質経済成長率の行方がどうなるか不透明さは残っているため、この点についてはより深い理解が必要となろう。

このレポートでは、3つの今後の経済成長シナリオを立てている。


  1. Aberration (2%という数値は統計上の異常値である)
  2. Trend (2%の成長率に落ちてゆくというトレンドであり、このまま固定する)
  3. Reversion (一時的に落ちているが再び3%に戻って行く)


結論は、ここ10年間の実質経済成長率2%という数値の今後の行方が1と3のケースであれば、2%は再び3%に戻り、ヒストリカルのP/E平均15倍はそのまま生き続け、上述したようにいったん平均値15倍ラインを下回って谷を迎えれば、再びブルマーケットが始まる。(現在15倍を少々上回る程度だそうだから、ベアマーケットから脱出できるのは、そんなに遠い将来ではないかもしれないという期待が持てる。)

だが、これがもし2のケースで、超長期のトレンドとして、米国経済成長が鈍化のフェーズを迎えたとするならば、そこから暗示される妥当なP/Eレシオのレベルは、成長率3%のときの15倍ではなくて、平均ラインは10倍以下に低下、従って、P/Eレシオが新たにセットされた10倍というラインを下回るまではP/Eレシオは低下を続け、即ち、ベアマーケットは当分長期で続く可能性が残る、というものである。

キーになるのは、「精神状態(psyche)」というよりも、「GDPの長期実質成長率の行方」だということを、このリサーチは言いたいのである。

(より詳細は、レポート本文を読んでください。)

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このレポートの著者も言っているように、GDPの実質低成長が当分長期間で継続するかについては、現時点で断言できるものはない。

コンファレンス出席でいま日本に行っているらしいポール・クルッグマンが、8日付けのブログ記事で、日本のGDPの成長が落ち込んだ最大の理由は、高齢化による労働人口の減少というデモグラフィーが最大の原因である、という記述があった。

Japanese Demography
(Paul Krugman, NYTimes, 9/8/10)

米国の場合は、以前ここのブログで紹介したが、移民とその子孫のおかげで、40年後も労働人口が増加し続けるという推計がある。

米国の労働力は長期的に拡大する?
(Murray Hill Journal, 3/31/10)

クルッグマンの分析とこの推計をあわせて考えれば、米国のGDPの実質成長が超長期で2%に落ち込むと考えるほど悲観的になる必要はないような気もする。

今の段階ではわからない。

今日見たグラフで、唯一言えることは、「われわれは現在どっぷりベアマーケットの最中にいる」ということだけだ。

そして、経済成長率3%という超長期トレンドが維持されているというベターシナリオだとしても、一番最初に掲げたチャートをみれば、現在のP/Eレシオのレベルというのは、ブルマーケットに切り替わる寸前の「P/Eの谷」の過去のレベルよりもまだ高い。

つまり、現在落ち続けている米株のP/Eは、まだまだ落ちる余地があるわけである。

Wednesday, September 8, 2010

主要株価インデックスの海外比較

前回のMHJ記事で、各国ETFのリターン一覧表を載せたが、それと関連して、主要株価インデックスの推移比較グラフを見たので、参考まで貼り付けておきたい。

グラフは、dshort.com より。(hat tip The Big Picture)

まずは2009年3月9日(S&P500がリーマンショック後最低値をつけた日)以来のリターンの比較。




そして、次に、2000年1月から2010年まで、過去10年間の推移比較。




10年前に米国・日本・欧州の株式を中心にポートを組んで、Buy & Hold の精神で、ジー・・・と持ち続けたひとは、基本的に、

I'm screwed....

と感じている、という訳である。

筆者もこの長期グラフを見て、「あ~ぁ、個人年金として長年貯め続けてた401(K)なんかは、どうせBuy & Holdが基本なんだから、全額米国債とかマネーマーケットにでもしといたほうがマシだったよなぁ・・・」と、ふと寂しさを覚えるわけであるが、今さらの話で、黙ってうつむいて下唇を噛むしかない。

ま、仕事で他人のカネを扱うのに忙しくて、自分のカネについては10年間もボー・・・としてた自分も悪いんだよね。