2社の結果をみると、前回のMHJ記事で述べた内容と、ほぼ同じ。投資銀行業務と債券部門のトレーディングに強みを持つMSは黒字決算、伝統的な商業銀行業務がメインで不良債権処理コストが重くのしかかったWFCは赤字決算。
同じ大手金融機関でも、証券市場でのプレゼンスが大きいか小さいかが明暗を分けた、これが今回の大手決算のパターンでありますな。前回から追記すべきもの、ほとんど、なし。
ただ、モルガンスタンレーというのは、2006年/2007年ごろにも、不動産の分野にグローバルで相当のキャピタルを配分し、不動産への直接投資や投資商品開発、アセットマネージメントなどを拡大したことで注目された会社ですんで、サブプライムの次に控える時限爆弾「商業用不動産」が、同社の業績にどんな風に影響を与えているか、筆者としては非常に興味があった。
MSの今期(3Q09)決算のリリースを読んでみると、同社の不動産部門の業績に与えた影響については、以下の短いコメント。
“Firm-wide results reflected net losses on investments in real estate of $0.4 billion, amidst the ongoing industry-wide decline in this market.”
「不動産業界全体の低迷を反映し、全社連結決算数値には、不動産投資から発生した当期損失4億ドルが含まれている。」
こっ、これだけっすか・・・?
★ ★ ★
MSの決算発表を控える21日、ウォールストリートジャーナル朝刊には、MSの不動産投資に関する記事が載った。
記事はモルガンスタンレーが2007年に65億ドルで買収したREIT、Crescent Real Estate Equities(以下クレセント)について。
米不動産市場は、MSがクレセント買収に動いた07年5月にはガタガタし始めており、不動産関連株もそうした懸念を反映して全体的に弱いパフォーマンスを続けていた。不動産投資の分野ではトッププレイヤーのMSが大型ディールに出たということで、これでREITはじめ不動産株が盛り返すきっかけになるかと当時注目された、クレセントとはそういうディールだったんだよね。
買収当時の記事を読むと、テキサス州に本拠を持つクレセントはダラス、マイアミ、ラスベガスなどにオフィスビル70件を抱え、リゾート、大型住宅プロジェクトも手がける不動産投資会社で、2007年までの過去10年のリターンは91%。
だが、このリターンは、同時期の米REIT投資平均の277%を大幅に下回り、また配当金の支払いも短期的に行われないことがあらかじめわかっていたため、買収価格につけられたプレミアムは市場の期待値の範囲に収まっていたようである。ただし、市場の先行きが見えない中での65億ドルというプライスは、一部では「高すぎる買い物」という批判もあったようだ。
同ディールのための資金は、いわずもがな、MSは多額の借金でまかなった。
クレセント買収後直後のバランスシートの構造は、資産バリュー65億ドルに対し、クレセントがもともと引きずってきた債務残高31億ドル、プラス、25億ドルの新規ローンで負債総額は56億ドル。エクイティ部分は9億ドルで、合計65億ドル、であった。
しかし、買収後も不動産市況は低迷を続け、投資バリューの償却が続き、昨日のWSJ記事によれば、クレセントは当初の65億ドルから09年06月末時点で28億ドルまで償却されて、債務残高は25億ドルまで減少している、とのことである。すなわち、MSのクレセントへのエクイティ投資額は、6億ドル償却されて、2Q09時点でその差額の3億ドルまで減っていた、ということ。
21日のWSJ記事:Morgan STanley and Its Waning Crescent
(Wall Street Journal, 10/21/09)
この21日付けのWSJ記事で、筆者の注意を引いたのは、以下の部分である。
[引用はじめ]
At the time of the acquisition, the properties were generating cash flow that was 2.5 times debt service, he said. That "debt-service coverage ratio" has fallen to 1.3 this year and will likely drop to between 0.8 and 0.9 in 2010, he said.
クレセントの不動産ポートフォリオは、買収当時は、デッド・サービス・カバレッジ・レシオ(以下DSCR)で2.5倍のキャッシュフローを生み出していた。だがDSCRは今年1.3倍まで低下しており、2010年には0.8か0.9倍まで落ちる公算が高い、と(あるアナリストは)いう。
To be sure, Morgan Stanley has been selling Crescent properties to reduce debt since the deal was completed in August 2007. As a result, the kind of buildings in the Crescent portfolio have changed over time, which could have affected the cash flow.
より正確に言えば、ディールが完結した2007年8月以降、モルガンスタンレーは債務を減少させる目的でクレセントが持っていた物件を売却し続けてきており、その結果、クレセントのポートフォリオに含まれるビルの種類も変化してきており、それがキャッシュフローに影響を与えてきたという見方もできる。
(中略)
Morgan Stanley originally planned to put the properties in one of the real-estate funds it manages for institutions and wealthy individuals. But fund investors balked at buying the buildings at top-of-the-market prices, forcing Morgan Stanley to keep the properties on its own balance sheet.
モルガンスタンレーは当初、自らがマネージする機関投資家と富裕層向けの投資ファンドにそれらの不動産物件を組み込む予定でいた。しかし、ファンドの投資家たちが、当時の市場のトッププライスで購入したビルをファンドに組み込むことに異議を唱えたために、モルガンスタンレーはそれらの物件を自社のバランスシートに抱え込まざるを得なくなった。
The Barclays debt originally was due Aug. 3, but the bank agreed to a three-month extension.
バークレイズから借りている債務は8月3日が返済日であったが、バークレイズは3ヶ月の返済延期に同意した。
[引用以上]
★ ★ ★
クレセント向けの債務残高25億ドルのうち20億ドルをモルガンスタンレーはバークレイズから借りているそう。
それにしても、読みながら筆者が思わず目を見張ったのは、モルガンスタンレーともあろう会社が、2000億円の借金返済をバークレイーズにお願いして延期してもらっていた、という部分である。いったん伸ばしてもらったが、返済日は11月2日に迫る。
MSの3Q09のリリースに戻ると、同社は6~9月の間に、クレセントがらみで、さらに2.51億ドルの償却をほどこした、と書いてある。6月末のエクイティが3億ドルだったんだから、9月末時点では、当初の9億ドルのエクイティ投資分はわずか5千万ドルになっていた。「95%のエクイティ損失」――痛いですわね・・・。
これは筆者の勝手な憶測だが、MSはクレセントからウォークアウェイ(Walk Away)する気だな。エクイティ分の95%がすでにあの世にいっちゃったんだもん。借金を全額耳をそろえてお返しするより、んなもん、バークレイズに熨斗紙つけてくれてやる、ってことか。
でも、バークレイズにしてみたら、いまごろラスベガスやマイアミのオフィスビルなんぞもらったところで、オークションに失敗してREO(Real Estate Owned=清算できずに銀行保有になる担保物件)になってシコっちまう可能性高いんだから、ありがた迷惑以外の何者でもなし。
MSがバークレイズから2億ドルを借金したとき、どんな融資条件になっていたのかは知らないけれど、仮に、ここで借り換えを行っても、おそらく現在結んでいる融資条件より有利な金利で借り換えができるとは思えないし、借り換えの条件次第ではDSCRの悪化に拍車がかかりかねない。
借り換え時のリスクプレミアムを抑えようとすると、MSはこの上さらに、同投資に対しリスクキャピタルの追加配分が必要になろうし、この局面でキャピタルを追加するほど魅力的な物件なのかも、ようわからん。(だって、物件のロケーションが、奈落の底にただいま突進中のマイアミとかラスベガスとか、ってんだよ。そんなもの、誰だって警戒するでしょ。)
だから、ここらへんで見限って、Walk Awayするほうが合理的と考えるのもわかるな。
残っている物件のポートのバリューは、それらが生むキャッシュフローがずんずん低下しているわけだから、これまでのMSによる累計償却額で足りてるのかも怪しい。もし足りなかったら、誰かがその損失を吸収しなくちゃいけないわけですからね。
要するに、クレセントという投資案件は、95%のエクイティが吹っ飛んだ現段階でも先が見えない、実質的にディープな【債務超過】に陥っているってことだ。
仮に筆者がバークレイズのMS担当融資オフィサーだったら、きっといまごろ、タイムズスクエアのMS本社のまん前に立って、「MSのバッキャローーーーー!」と吼えてると思う。(でも貸したのは、あんたよ。)
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ここで、【デッド・サービス・カバレッジ・レシオ】なる用語が登場したので、このレシオを使い慣れていない方のために、少々説明しておきたい。
【Debt Service Coverage Ratio】(略してDSCR)というのは、(1)年間に創出できるキャッシュのインフロー(Inflow)と、(2)金利および元本の年間の支払総額(Outflow)を比較し、(1)が(2)の何倍カバーしてるかを示したレシオ。(1)が分子、(2)が分母。(企業財務分析では、(1)のキャッシュフローは、通常の業務収益から営業経費を控除した「ネットの営業収益」を用いることが多い。)
分母の縮小よりも分子が速いペースで低下するとき、DSCRは低下し続ける。このレシオの低下が止まらず1倍を下回ってくると、「ヤバイ」の黄信号がチカチカつく。だって、通常の儲けより、借金返済の額の方が多い、という意味でしょ。これが1倍になると自転車操業状態、1倍切ると借り手は他から返済資金を融通してこなくちゃいけない。融通できなきゃ、デフォルトへの道。
つまり、DSCRというのは、借り手のデフォルトリスクを判断する上で非常に重要な分析ツールのひとつなわけ、ですね。
クレセントの例でいうと、クレセントの物件ポートフォリオのレンタル収益(=通常の業務から生まれる収益)は、借金返済分の2.5倍もあって、余裕であった。ところが、不動産市況が悪化して、空室が目立つようになったり賃料を下げてやらなくちゃテナントに入ってもらえないなどで、レンタル収益はどんどん低下。でも借金返済額はそれに合わせて減ってくれるわけではないので、DSCRは1.3倍に落ちた。
現在の不動産市場、とくに、商業不動産の市況を見るかぎり、ドラスチックな債務のリストラでもやらんことには、クレセントのDSCRが1倍を切るのは時間の問題という気が筆者にはするな。
返済日に返済するために借り換えをしようとしても、デフォルトリスクが高いと判断されるため、リスクプレミアムが余計について借り換え金利は高くなる。
あるいは、借り換え金利を高くしたくなかったら、将来の損失のバッファーとなるエクイティを追加的に注入してやるか、あるいは貸し手の要求に従いもっと担保提供するか、なんらかの手当てが必要になる。
こうなったら、どっちに転んでも、MSには有利には働かない、ってことである。
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MSはクレセント向け償却額2.5億ドルと簡単に流してたが、MSの3Q09の当期利益は優先株配当を支払う前で7.5億ドル。そのざっと3分の1相当の数字である。それがクレセント関連ひとつで消えた。
商業不動産ってのは、一つ一つが小口の住宅とは根本的に性格が異なり、手がける金額が大きいために、どーんとまとまってインパクトが発生する。そして、ダメとなったら投資額が限りなくゼロに近づくぐらいまで徹底的に悪化する、そういう高リスクの投資である。日本の金融危機のとき、邦銀が商業用不動産の担保価値低迷で長いこと苦しんだという話は前回のMHJで述べた。
CNBCのボケキャスターのひとりは、「MSも相当ガンバリましたが、やはりGSにはトレーディングでかなわなかったようですね~」と(相変わらず)完全無意味なアホコメントをしてたが、部門ごとに振り分けたリスクキャピタルの額が違うんだからリターンが違うの当たり前だろ。
かなうとか、かなわないとか、それ以前に、MSの場合は、不動産にリスクキャピタルをアグレッシブに突っ込んでた、って点がポイントでしょ。せっかくインベストメントバンキングのリーグテーブルで上位に連なったり、アセットマネージメントで粗利を増やしたりして、かなりがんばった3Qだったのに、不動産関連投資の損失で、頑張った分も一部帳消しになっちゃった(涙)・・・というのが今回のMS決算の(悲しい)特徴であった。
言っときますが、MSの不動産関連ポートフォリオは、クレセント一社じゃありませんから。
株価のほうは「MSは最悪期を脱した」という楽観論におされて上昇してウハウハだったが、Murray Hill Journalでは、今回もウジウジと暗い話をしてみました。(いまから予告しておくと、次回も暗くなりそうです。爆)
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さて、MS決算発表のあった21日は、FRB連銀の10月ベージュブックがリリースされる日でもあった。
(リリース全文はこちらへ。)
ベージュブックの序文を読んでたら、こんな記述。
The weakest sector was commercial real estate, with conditions described as either weak or deteriorating across all Districts.
最も弱かったセクターは商業不動産で、12の地区すべてにおいて、コンディションは弱い、あるいは、悪化している、との報告だった。
MSのように不動産投資の分野でアクティブに活動していた会社に融資をしていたのは、バークレイズのような大手銀行だけではない。
FDICの報告によると、商業用不動産向け貸出は、銀行の総資産規模に関わらず、銀行セクター全体で、クオリティ悪化に直面しているという。
ところで明日は金曜日。
先週の金曜日は、2009年に入ってから「99番目」の銀行が破綻処理された。
明日の金曜日、おそらく、100番目の破綻銀行の名前が明らかになる。
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4 comments:
今週のMSとWFCの決算のこともずっと知りたいと思っていたところに、今回、MSの解説を読むことができ、とても嬉しく思っています。
商業不動産問題の内実の一端を知り、自分の中でこの問題のイメージが多少なりともできるようになりました。
バークレイズの最大株主カタール投資庁(QIA 下記の売却後も約7%保有)が、先日英食品小売り大手セインズベリー(SBRY.L)を買い増しするため、バークレイズの株式13億ポンド(21億ドル)相当を売却、と報道されていました。中東政府系ファンドの金融株離れを感じます。
でもアブダビ投資庁(ADIA)は2007年11月26日にシティグループに75億ドル出資し、株式の4.9%を保有する筆頭株主(当時)になっているため(高い時に買ったから)売りたくても売れない!?
それとMHJでも度々言及されているCNBCのアメリカでの評価ですが、今やこれはお笑い番組、話半分番組になっているのですか?、それとも個人投資家あたりは真剣にみているのでしょうか?
米ウォール街、経営幹部の報酬規制を批判-効果を疑問視
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=jp09_newsarchive&sid=apo6GGETdLMI
「ファインバーグ氏とFRBの措置は、過剰な報酬によって増長した経営幹部のずさんなリスク管理に対するオバマ政権の取り組みの一環。」
ずさんなリスク管理は過剰な報酬によって増長されたっていうロジックに矛盾(無理)を感じます。最近CNNだけでなく、他のメディアにもそれが見られて、マスコミ、メディア不信になりそうです(笑
ここでいう過剰な報酬と、ずさんなリスク管理は無関係、あるいは過少な報酬は、ずさんなリスク管理をまねくかもしれない、とは思います(笑
>LuciFerさん
返事遅れました。政府系ファンドは金融機関株への投資もそうですが、商業不動産関連にも、結構派手に投資してましたよね。(中東に限らず。)CalPERSあたりも、商業不動産への投資額振り分けを増やすみたいなことをこの夏に言ってましたが、どうするんでしょう。まだまだ出てくる気がしてますが・・・。
CNBCは、こちらでは、個人投資家には大変人気がありますよ。そこの看板のひとり、Jim Cramerは一種のカルト的ファンがいますし。(笑)相場のチアリーダーといいましょうか、ポジティブな態度を決して崩さないという点では見上げたものですが、わたしのような、いつもウジウジと暗い部分ばかりに目を向けてるような性格歪んだタイプには、CNBCは受けません。見る側がどちらに属すかによって、評価が両極端に分かれ、中間の評価がないような気がします。(笑)
報酬を下げたからといってリスク管理が良くなるとは思えませんが、リスクと取れば取るほどリターンが高くなり報酬が高くなるという図式はやはり業界には存在していて、その一方で、そのリスクが損失になった場合は、その年のボーナスがガバッと減るか、最悪の場合クビになる、ぐらいしかマイナス面はないため、ある意味、アップサイドは天井なし、ダウンサイドには【PUTが効いてる】とでもいうんでしょうかね。それを問題視する人は少なからずいますね。でも、それを言うなら、ボードメンバーにも同じこと言えよ、と思いますね。今日Bloombergラジオで聞いたのですが、アメリカのボードメンバーは株主が否認しても90%がボードにい続けるそうです。現行の法律では株主が否認してもクビにはできないそうで。いいな~、わたしもボードメンバーになりたい。(笑)
CalPERSは年金基金とは思えないほど勇猛果敢に攻めるタイプなのでさもありなん、です(笑)。
Jim Cramer の Mad Moneyは私がまだ純真無垢な心の持ち主だった頃(大爆)、真面目に見ていました。ところが2008年3月にベアー・スターンズが一夜にして大幅に下げた頃から、私の中では笑える番組へと変貌しました。この意味では私にとって受ける番組です。仮に「いつもウジウジと暗い部分ばかりに目を向けてるような性格歪んだタイプ」なのだとしたら、これまでのキャリアの中で債券の方を永く扱ってこられたからだと思います。そしてこれは市場(あるいは相場)に対峙するときのみ限定、のようにお見受けします。
Fast Lane, Slow Lifeもこちらと同じくらい好きで良く通っているのですが、清々しくて爽やかな印象を受けます。でも私にとってはMHJも同じように清々しくて爽やかです。
ボードメンバー、充分なれるでしょう(笑)。私がここにきて最初に思ったのはウォール街はこのような人材を抱えていたのかという驚きです。なのでここにたどり着けたことをとても幸運に感じています。
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