Sunday, August 22, 2010

「アメリカ経済は日本と違う」の大合唱

ここひと月ほどのあいだ、米市場では、米経済も超長期にわたりリセッションから這い出せずに「ジャパニーズ・スタイル・デフレーション(Japanese style deflation)」に陥るのではないかという懸念が強まっている。

いまや米市場では「ジャパン・スタイル」というのが一種の【流行語】みたいになっていて、TVも、雑誌も、新聞も、日本経済に詳しい(らしい)専門家が次々と登場し、「アメリカは日本とは違う」、「アメリカは日本みたいにはならない」と、口角泡飛ばして力説する光景が散見される。

あえて、(らしい)と書いたのは、TVで日本がどーしたとか言ってる連中の多くが、日経平均の NIKKEI をニッカイ、ニッカイ、と発音したりしているからだ。

NIKKEIの正しい発音を知らないなんつーのは、これまで日経平均とかかわりある仕事を大してしてこなかったという証明である。米国市場と関わりある仕事を実際にしていて、ニューヨークのダウ平均のDOWを「ドウ」と読む日本人がいますか?そんな奴が知ったかぶりするな、と筆者としては「チッ」と舌打ちのひとつもしたくなるんである。

しかし、この、「アメリカ経済は日本経済とは違う」の大合唱を聞いていると、実のところは、そのシナリオにリアル感が増してるために、そうやって自分で自分に向かって叫んでいないと夜もおちおち眠れない――そんな風にしか、こっちは取れないんだがな。

各証券会社も、その【大合唱】に当然参加していて、セルサイドアナリストやエコノミストは大忙しの様子。先日の日本版ウォール・ストリート・ジャーナルも、彼らのそうした健闘ぶり(?)を伝えていた。

米経済に「失われた10年」はあり得ない=銀行アナリスト
(Wall Street Journal日本語版、8/18/2010)

この記事によると、日米の違いを知るキーワードは「J・A・P・A・N」だそうである。

1. Job (職)
2. Accounting (会計)
3. Policy (政策)
4. Allocation of Resources (資源配分)
5. Normalization (正常化) 

以上5項目の頭文字とって、JAPAN。

語呂合わせにセルサイドらしい苦労のあとが滲む・・・(笑) 。 

ちなみに、この記事に登場するマイケル・メイヨというバンク・アナリストだが、MHJの昨年4月7日のMHJ記事(『決算間際、どうしてもウジウジしちゃう』)で、ウジウジ組の代表格として彼を紹介したことがある。(MHJ筆者自身は、マイケルは米銀アナリストとしてとても優秀な方と評価しております。)

★     ★     ★

さて、春山昇華氏が8月21日付けのブログエントリーで、

今週は、「アメリカは日本とは違う!」、「日本のように委縮したデフレ経済にはならない」というレポートが大挙してセルサイドから届いた。資料的には良質なデータが豊富にみられる。

と書いておられる。

同エントリーで氏が紹介していた日米対比グラフが興味深かったので、MHJでも(勝手に)紹介させてもらう。(グラフの「見た目スッキリ感」から、春山氏が引用しているのはおそらくJPモルガン社のレポートではないかと推測するが、クレジットがないので出所は不明。)

MHJ筆者は実際のレポートを読んでいないので、以下、トンチンカンなことを言うかもしれないが、その場合は指摘してくださいね。


グラフ1(左側):日米の住宅価格の推移の比較

  • 1980年を100としたときの住宅価格。日本は急激に上昇し最高4倍まで膨張。


グラフ2(右側):日米株価の12ヶ月フォワードP/Eレシオの比較

  • 日本の株価がP/Eレシオ50倍という高レベルで推移したのと比べ、米国のそれは10倍から20倍の間で比較的安定的に推移している。




グラフ3(左側):銀行危機開始以降の累計(推計総損失額に占める累積処理額の割合)

  • 銀行危機【開始】の時期と不良資産から発生する損失総額の推計根拠がわからんのでなんともいえないが、多分、米国の場合は、HSBCが巨額損失を計上して各社大型償却の幕開けとなった2007年前半を開始時期としたと推測。
  • このグラフが示唆するのは、米国のほうは開始直後から比較的処理が進み、10四半期+で推計額の8割を償却済み、日本の場合は50四半期と償却完了に長期を要した。

グラフ4(右側):不良債権比率

  • 日本の場合は40四半期まで不良債権は増加し続け、最高8%近くに及んだ。米銀の場合は6%程度。ここがピークとなるかはまだわからず。




グラフ5(左側):米国の融資残高年間増加率と貸し出しを引き締めている金融機関の対比

  • 貸し出し態度が引き締めから緩和に急展開しており、過去の相関どおりにいけば貸出し残はプラスに転じる可能性あり。

グラフ6(右側):日本の融資残高の推移

  • 日本の融資残高はデフレ開始の96~97年あたりをピークに低下継続。530兆円からいったん370兆円近くまで160兆円近くの残高減少。




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上のグラフを見ながら、日米の違いについて、思いついたことを、以下にツラツラと述べてみたい。

まず日米の住宅価格の比較のグラフを見て思ったこと。

日本の住宅バブルも確かにすごかったわけだが、邦銀の場合は、不良債権処理額というのは、かなりの部分が「住宅関連」よりも「商業不動産関連」で発生したという点である。

バブル前には住専という住宅ローンを扱う専門機関もあったりしたけど、その住専も「住宅専門」とは名ばかりで、バブル進行とともに民間銀行が住宅融資に積極的になってゆく過程で住宅以外の事業用不動産貸出しに積極的になり、商業地価下落で空中分解。

民間銀行のブックに載ってる融資から出る損失は、マジョリティが企業向け融資からであり、個人の住宅向けに関連した損失ではなかった。

住宅価格の比較(グラフ1)とあわせて銀行の損失額累計の日米比較グラフ(グラフ3)があるから、想像するに、米国の場合は日本ほど急激なバブルではなかった、また、米銀は損失計上を早めに行い日本ほど先延ばししていない、ということを言いたいのだろうが、日本の大都市圏の不動産価格の推移を住宅用地に限って米銀の受けるインパクトと比較しても、そのインプリケーションは、歪んだものになるとMHJ筆者は思う。

ちなみに、米銀の場合、住宅融資ポートフォリオの信用リスクから直接発生する処理コストが「本格化」してきたのは、リーマンショックの「後」だったのである。それまでは、プレインバニラの融資から発生するコストはコア収益の範囲で十分吸収できる程度だったのだ。

邦銀のケースは、貸出金利に含まれていた期待損失をはるかに上回って償却必要額が発生したために、償却前利益だけでは処理コストを吸収できず、営業経費を計上する前にすでに赤字という悲惨な状況がながらく続いた。

邦銀のような償却前利益を大きく上回るような損失が米銀の融資ポートから発生していない理由は、もともとの融資のプライシングのあり方に日米の違いがあったことが主因だが、それでも米銀の貸倒引き当て金への繰り入れ額はリーマンショック「後」に増加して、商業銀行部門のコア収益を圧迫している。クレジットカードなんかはその他経費も考慮するとマイナスになってますからね。

重要なポイントとして指摘しておきたいのは、「米銀の不良資産の処理コストは、危機発生直後から多額に発生している、つまり迅速な措置をしている」という声をこちらでときどき聞くことがあるのだが、これはズレているということ。

というのも、米銀で急増したのは、融資ポートからじゃなくて、それを原資産にして組んだABS(CDO含む)のエクスポージャが市場価値の急落で急速に腐り、時価会計で強制的に認識させられたからだ。事実、2008年のリーマンショック「前」に米銀が認識していた処理コストの7~8割がたは、こうした時価会計がらみの損失の認識だったんである。

グラフ3に含まれている「損失」が具体的に「何」を指しているのかグラフからだけでは判断できないので、なんとも言えないが、もしも、サブプライム“がらみ”ということでABS関連の評価損も損失に含まれていたとしたら、比較としてはアップルとオレンジだ。邦銀の償却コストというのは、ほぼ純粋に融資ポートフォリオから発生する信用コストだったのだ。

また、バブル崩壊後の日本のケースは、融資ポートから発生する信用コストも強烈だったが、それに加えて、さらに持ち合い株から発生した評価損も、米銀の評価損同様に強烈だった。ただし、邦銀の場合、バブル崩壊直後は持ち合い株ポートに相当額の含み益を有していたため、崩壊後初期には株ポートを一部取り崩しのうえ評価益を実現させて、それを信用コストの吸収にあてるなどで「益出し」に利用していたぐらいだ。もしも、評価益を(幸か不幸か)あれだけ持っていなければ、邦銀セクターの初期段階での最終損失額はもっともっと膨らんで、公的資金注入の時期は早まっていただろうとMHJ筆者は思う。

ということで、日米それぞれの金融機関が危機発生後に計上した処理損失額を比較分析させるには、それぞれの国が処理でたどった背景と、自己資本を毀損させた損失の内訳詳細まで掘り下げないと、「米銀のほうが処理が早い、対処が早い」という結論を持ってくるには、ちと単純すぎ、とグラフをみながら感じたわけである。

当時の邦銀セクターのバランスシートというのは、大手も含めて、融資ポートフォリオに占める不動産・建設業・ノンバンクの問題三業種へのエクスポージャが非常に高く、さらにはそれ以外のセクターの借り手でも、土地バブルに便乗して銀行からカネかりて不動産投機してた、という【複合汚染】状態であった。

当時の邦銀はメガ銀行ですら、現在の米銀でいえば地銀・小規模金融機関のバランスシートに近い形態をしてたわけである。現在、米国の小規模金融機関で起こっているようなことが、日本では資産規模最大の都市銀行から最小の信用組合まで、上から下まで全部で起こっていたようなもんである。

米銀の小規模金融機関が「住宅のみならず商業用不動産の悪化が理由で自己資本不足に陥り」いまだに破綻が続いているという事実を思い出そう。

そして、つい数日前にも、米国の商業不動産の指数が下落しているというニュースがあったばかり。一般住宅の価格の下げ止まらないのに、さらに商業不動産の下落が加速したら、米銀セクターは、かつて邦銀が経験した処理地獄の後半戦と似たような状況に陥る「可能性」はいまだに残ってると筆者は思う。

つまり、グラフ4の米銀セクターの不良債権比率が、邦銀のパターンをなぞる可能性は、いまだ捨てきれない、ということである。

前述したように、融資の金利設定(プライシング)の時点で織り込まれた信用リスクが日米とでは異なるので、たとえ不良債権比率が同じになっても、期中の損失が当期利益に与えるインパクトが同じになるとは限らないわけではあるが、融資残高が伸びない、さらには、低金利で利ざやも膨らまず収益機会があまりない、の二重苦で、将来の不動産下落に対処するための引当金を捻出できる余裕は、米銀には実際少なくなってきている。

邦銀が長いこと苦しんだ背景には、これとまったく同じ「二重苦」の状況が生じて、財務の柔軟性が著しく低下したこともあげられる。

MHJ筆者としては、米銀セクターの財務力もいまだにこころもとない状況で、とてもじゃないが、「処理はおおかた終わりました、日本とは違います」と胸張れる状態にはいない、と思うんだよな。

ただし、ここまで不良資産から損失が出続けても、米銀の自己資本基盤(特に大手)は、当時の邦銀よりもずっと強い状態を維持できているという印象を、MHJ筆者は抱いている。日本と米国の違いを銀行セクターという切り口から分析して強調するなら、そこの部分は日本と比べやや明るい部分なのかも・・・と個人的には感じている。

と、とりとめのないことを述べてしまったが、それにしても、グラフ6の日本の融資残高の推移をみて、150兆円以上の残高が減少したという事実にあらためて驚いた。

日銀データを確認していないが、バブル期中に増加した融資額がたしか200兆円前後だったように、筆者はぼんやり記憶しているのだ。

日本は30年近くを経て、融資残高がもとに戻っていってたのだ。

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