2月7日のMurray Hill Journalで、『付け焼刃ノート「ギリシャ」』を書いてから2ヶ月が経過。
このMHJ記事の中で、ギリシャは「今年の4月と5月に借り換えの必要がある債務は200億ユーロ(280億ドル)」というのを書いたが、あの後、同国は10年債(50億ユーロ)、7年債(50億ユーロ)、12年債(4億ユーロ)、を発行した。
3月末に行った7年債50億ユーロの発行については、スプレッドは334bpsついたという。(ベーシスポイント=100分の1%、ベンチマークは同期間のドイツ国債。)
- 関係記事:Greece to Issue Seven-Year Bond, WSJ, 3/10/10)
・・・earlier this month, Greek officials indicated that ideally they would like to pay no more than two percentage points above Germany.
“3月初旬にはギリシャの政府関係者は、対ドイツで200bps以上支払わなくてもよいというのが理想的と述べていた。”
へっ?200bps以下が理想的ですと?
この部分を読み「寝ぼけるのもいいかげんにせぇ、ギリシャ政府・・・」と思わずチッと舌打ちしてしまった筆者である。
一応言っておくと、債券価値の上昇・下落はイールドの上下と逆に動く。クレジット投資は、スプレッドがワイドニング(widening)するとその債券の価値は下がり、逆にタイトニング(tightening)すると価値は上がる。
この7年債、いちおう発行前のブックの段階ではオーバーサブスクライブ(oversubscribed=実際に集まった額が予定されてた募集額を上回ること)されて、50億ユーロの発行額に対し60億ユーロの募集があったそうだが、3月4日に発行された10年債(発行額50億ユーロ、対独スプレッド303bps)より募集倍率は低かった。
そして、334bpsで発行された7年債は、トレード開始直後からスプレッドが363bpsに拡大!
さらには、不意打ち的に7年債発行と同日に「12年債も発行しますよー!」と声かけたというのだから、さらに「へっ?」である。
こちらの12年債のほうは、発行額10億ユーロに対して半分以下の3億9000万ユーロしか集まらなかったという。
- 関連記事(日本語):欧州債:ギリシャ新発7年債、初日取引で下落-ドイツ債上昇(ブルームバーグ、3/30/10)
しかしね、筆者の経験から言って、トレード解禁直後にいっきに20ベーシスも30ベーシスもワイドニングするなんてのはですね、いちおう募集には参加したものの、買い手(機関投資家)の多くはギリシャ7年債を長期保有する気などさらさらなく、トレード開始直後に売り抜けようと最初から考えていた、という意味であるよ。
募集時にブックの上位にどんなバイサイドの顔ぶれが並んだのかは知らないが、ブックビルディングに協力した投資家層の中にも、こんなシロモノを長く保有したいインベスターはいなかった、ということである。
自分たちの信用力は200bps以下だと思い込んでいるウブな発行体と、期間7年で334bpsでもリッチ(rich=“値が高すぎる”、“ディスカウントし足りない”という意味の相場スラング)な水準だと思っている市場のギャップ・・・。
このギャップを主幹事側が気づいていなかったはずがないのに、さらにサプライズで12年債も出して惨敗するなんて、余計なお世話ながら、「引受団はいったい何をやってたのか、顧客が夢見てるときは、きちんとアドバイスしてやれよ」と言いたくもなるではないか。
この2ヶ月、ギリシャの名前がニュースに出てこない日はなかったぐらいだが、結局、ここまで長くひきずって、関係者一同口出すだけでカネ出さない(出せない)というのがもう市場にバレバレなわけだから、この先スプレッドがタイトニングのトレンドに入るためには、救済案が口先介入ではなく具体性を持ち、必要とあらば実際にカネが動くことが明確にならなければ、無理。
ギリシャは9日に、1Qの赤字幅を40%削減することに成功したと発表したが、このニュースで「これでギリシャ問題にも一服感出るねー」などと喜んでたのは債券投資家じゃなくて株式投資家のみ。
でもね、ウキウキ組の株式サイドがどんなに喜んだところで何の意味もなし。株の投資家がギリシャ国債買ってくれるわけじゃない。問題は流動性なんだから、新規発行される債券を買ってもらえるかどうか、それが目下の問題なんだからね。
案の定、ウジウジ組の債券サイドは、40%がどうしたなどという安っぽい話で安心してくれるほど甘い人たちではなく、スプレッドがいったん450bpsを超えたあたりで、ロングのポジションに入り(=現物を買う、あるいは、CDSを売る)、CDSの利益確定の動きで380bpsまでいったんタイトニングしたが、その後格下げのニュースが伝えられるとあっという間に410bpsまで再びワイドニングした。
ギリシャ国債、完全におもちゃ状態。
だが、ギリシャ悲劇はこれで終わりを迎えない。
この7年債と12年債の【ぼろぼろのディール】の後、さらに涙を誘うニュースが入ってきた。
これからまだ起債しなくちゃいけない額は100億ユーロ以上あるというのに、「身内」の欧州内での需要がこれ以上見込めないため、ギリシャは米国に遠征して、「赤の他人」の米国の資金を集めようというんである。
赤の他人の皆様からお借りするのだから長期債は失礼、でも短期なら・・・とかいう思いやりでも持ったつもりなのか、来週米国に持ち込んでくる起債案件は期間12ヶ月のT-Billだという。
ところが、米国で起債するというニュースが出た後の4月7日時点のギリシャ国債のイールドカーブは、メッタメタ。期間6ヶ月の取引レベルなんて前日のクローズから300bps+も跳ねてやんの。(下チャートはBusiness Insiderより。上は6ヶ月のミッドプライス、下はイールドカーブ。)
・・・ダメじゃん・・・(号泣)。足元みられまくってんな。
嘘でもなんでもいいから、再び欧州の要人から口先介入でもしてもらわないことには、こんなカーブでT-Bill出すのは、ただのバカ。
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4月7日の英テレグラフ紙は、Greece set for U-turn on hedge fund policy という記事を載せ、今後、米国で起債したいというなら、ギリシャはヘッジファンドにおもねるしかないと書いた。
思い出していただきたい。
ギリシャのCDSがデフォルト不安で急上昇したさなか、他の欧州ソブリンもつられてプレミアムが上昇し、ギリシャおよび欧州各国の政府関係者は全員で「CDSのプレミアムが急拡大しているのは、ヘッジファンドがCDSをオモチャにしているからだ!ヘッジファンド許すまじ!スペキュレーターを締め出せ!」と糾弾のこぶしを振り上げて騒いでいたのを。
でもですよ、それでなくてもリスクに敏感になってる米国の伝統的なバイ&ホールドのロングオンリーの機関投資家が、ギリシャ国債みたいな高ボラティリティのワケわからん債券を、為替リスクとってまでキャッシュボンド(現物)でじーと保有したいと思う理由が、どこにあるでしょうか。
テレグラフの言うとおりで、信用をすっかりなくした海外の発行体が米国で多額の証券をはめ込もうとするならば、ヘッジファンドにゴロニャンするしかないんである。
実際、このハチャメチャな状況下で、誰がギリシャが発行する新発のキャッシュ・ボンドなんぞをウハウハ買いたいかと考えると、アービトラージやりたい連中だけである。
現物よりもタイトなレベルで(たとえば200bpsとかで)CDSを買っておいた投資家が、400bpsのスプレッドがついた現物を買えば、それだけで400bps(クーポン=キャッシュのインフロー)と200bps(CDSプレミアム=キャッシュのアウトフロー)の差200bpsがネットインフローとして生じるため、クレジットリスクを中和しながらスプレッドの差をアービトラージで得ることができる。
上記は極めて単純化された例ではあるが、こういうアービトラージ取引は、ベーシストレード(Basis Trading)と呼ばれ、クレジット投資では基本的な手法。
つまり、ギリシャや欧州のおエライさんたちは、CDSのスペキュレーターに対しガーガー立腹していたが、取引の現場では、現物とデリバティブスのスプレッド格差にアービトラージ機会を見出しているCDS市場の参加者こそが、ギリシャが発行したがっている現物債券の買い手として興味を持っていてくれる、という皮肉な状況になっているんである。
CDSの取引を押さえ込もうとすればするほど、ギリシャ国債の流動性はさらに落ち、値付けはさらに困難になり、実際の発行も難しくなる。
(下グラフは、ギリシャソブリンCDS5年シニアの動き。4月8日のFTより。)
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というわけで、口を開くたびに市場の信頼を失い、新規発行のたびに発行条件が悪くなり、日ごろ敵対視している相手(スペキュレーター)ばかりが新発債に興味を示してくれる、そんな「踏んだり蹴ったり」(っていうか、自業自得)のギリシャである。
この期に及んでも、ギリシャ首相ほか関係者は、「信用問題は終わった」だの「デフォルトはイッシューではない」だのと言ってるようだが、EU筋からは、実際にギリシャが資金繰りの問題に直面したら、緊急にローンを貸す用意はできている、と言う話が漏れてるらしい。
ただし、EUの身内だからといっても手加減はなし。最長3年ローンで、スプレッドは対独300bps超、それにさらに必要経費で50bps追加、つまり、EUからお借りしても、350bpsがギリシャ側の調達コストに跳ねかえるという話。
- 関係記事(日本語):対ギリシャ緊急融資、利率は6%超の見通し=EU筋 (ロイター、4/10/10)
でも、この条件なら、アメリカンなスペキュレーターから借りても、大して差がないかもよ。とほほ。
自国政府の窮状を見るに見かねたギリシャの民間銀行が、Solidarity Account (連帯口座)なるものを作り、国家の借金返済を助けるためにこの口座に預金しましょうとネットで国民にキャンペーンして訴えているというFTのブログ記事を読んだときは、もらい泣きしながらも、笑った。
さらに、欧州系の外銀たちがギリシャの銀行とのレポ取引から手を引いているとかいう報道もあったりして、目先の流動性に困るのは、実は英雄的旗振りしてる民間銀行かもしれなかったり。
さらに駄目押しで、流動性がどーしたとか言ってるこのタイミングで、欧州中央銀行(ECB)のトリシェ総裁は、資金の供給オペの際の担保ルールを来年から変更して格付けの低い資産に適用する割引率を拡大するつもりとか言って、ギリシャの資金流動性に近い将来もっと圧力かかるだろうことを平然と言ってしまうし。
もうひとつオマケに、ここぞとばかり張り切ってる格付け機関もギリシャのソブリン格付けを下げて、投資適格から外れたら最後の貸し手のECBからも借りれなくなっちまうじゃんか・・・という新たな不安も生まれるし。
もう、どっち向いても、ぐちゃぐちゃ。
ギリシャ悲劇というより、ほとんど喜劇。
これらの情報をすべてひっくるめて、遠くニューヨークにいる筆者に感じられることとしては、
「ギリシャ国の流動性逼迫は、すでに相当進行している」ということだ。
筆者は、欧州がギリシャを見捨てる用意があるとは思っていないし、イザとなったら何らかの流動性の手当てが提供されると考えてはいる。
それに、ギリシャが実際に近い将来デフォルトを起こすと強く信じているひとが市場参加者のマジョリティだとすれば、スプレッドは400どころじゃすまないよ。クレジット投資というのは、デフォルトするか・しないかという「白黒の世界」ではなくて、白と黒の間に連続的に横たわるクレジット・スペクトラムがどんだけグレイかという、そこに投資するわけだから。
つまり逆を言えば、現在の400前後のスプレッド水準は、(確かに高いレベルにいるものの)ギリシャに対してどこかからサポートが提供されてデフォルトは回避されるだろうという「期待」を市場はいまだに抱いている、という意味でもある。
ただし、筆者には、政府要人がちまたに信じさせようとしている以上に、実態は緊急を要しているという風に感じられるな。
EUのローンの貸し出し条件だの、そんなことをウダウダ言って先延ばししていられない局面が実際に来るのは時間の問題のような気がする。
まもなく米国での起債。来たる週は、悲劇(喜劇?)の続きを見ることになりそうだ。
1 comment:
時々やってきて拝読してます。ギリシアの問題解説はお見事だと思います。なるほどと良く分かりますから。
次に、SECのGS提訴について書いてください。待ってます。
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