Saturday, March 7, 2009

ダウ低下は金融社会主義への抵抗か

昨夜は、パスタかっこみながら「あぁ・・・パスタ会社の株買っておけばよかった・・・」と涙ぐんでいた筆者であるが、あまりに非生産的なので、今日は、もうすこし真面目な記事を書くことにする。

昨日の金曜日は、マーケットがオープンする前に雇用統計が出された。2月の米失業者、さらに増えて失業率は8.1%に。この25年で最悪の数字。この調子でいくと、年内に10%行くんじゃないかとの見方も。

米失業率の推移


しかし、失業率8%超という数字自体は予想の範囲内、株価にはすでに「織り込み済み」で、取引開始直後は株価は上昇した。

上がり基調にあった株価が突然方向を変えてズルズル下げだしたのは、オバマ大統領のスピーチがライブでテレビに流れ出してからである。オバマ登場とともに、待ってましたとばかりに株価は下落。

オバマ大統領、金曜日の朝はオハイオ州のポリスアカデミーの卒業式で演説し、アカデミー卒業したての警察官達の前で、自分の景気刺激策は「すでに失業を抑える効果を発揮している」と力説した。


オハイオ州コロンバス市のポリスアカデミーでスピーチしたオバマ(写真:ロイター)


演説するオバマの背後に並んでたピカピカ新米警察官25名の給料は、政府の7870億ドルの景気刺激策パッケージに含まれている警官向け補助金プログラム20億ドルから直接彼らに支払われるんである。

しかしね、2月の新規失業者65万1千人。大衆の支持なしには成り立たない政治の世界ではスズメの涙にも値しないエピソードを膨らませるのは常套手段ではあるとはいえ、オハイオの警察官新規採用数十人を雇用の下支え効果に結びつけるには「シラけるな」と言う方が無理というもの。

ウォール街関係者のあいだでは、新政権の景気対策や金融市場安定策に対し概して懐疑的・批判的・否定的な見方が多く、一部の経済関連メディアでは、日を追うごとに「敵意」すら垣間見えるほどになってきている。

アメリカの金融街は、「自由主義経済は進化論と同じ、環境に適応できる強者のみが生き残る」というルールに忠実で、業界外からは法外とも見えるボーナスを「成功報酬」と呼び、文句をつけるものには「羨ましければお前もここで働け」と突き放し、富を目指してひたすら突っ走ってきた、そういうところだ。

だから多くのウォール街関係者にとっては、オバマ流の「強者も弱者もみんなで富も痛みも分け合おう」といったやり方は、

【金融社会主義(Financial Socialism)】

を連想させる以外のなにものでもない。

新政権の景気対策では、住宅ローン延滞者への優遇措置のための財源として、25万ドル以上の年収に対し増税する。失業保険受取額も大幅増加されるが、ファストフード店でミニマムウェイジで働くよりも、一切働かずに失業保険もらったほうが、収入は高くなる。

オバマ政策では、富めるものからそうでないものへの富の移転が急激かつあからさまで、「最初から返せもしない住宅ローンを組んで自滅した阿呆どもには救いの手を差し伸べ、家族と過ごす時間を削り夜も寝ずに働いて得た報酬にはケチをつけて取り上げる」・・・そんな不満が、金融業界関係者のみならず、いまや、保守層を中心に、一般の間にも広まり始めている。

ウォールストリートジャーナル紙で「最も読まれた記事」のトップを今朝まで走っていたのが、スタンフォード大学の経済学教授マイケル・ボスキン氏による、

オバマの急進主義がダウを殺しかけている/金融危機の最中にアメリカン・キャピタリズムの礎(いしずえ)を変えようとするのは時期として最悪」

と題された投稿論文だった。

Obama's Radicalism Is Killing the Dow
A financial crisis is the worst time to change the foundations of American capitalism.
http://online.wsj.com/article/SB123629969453946717.html


筆者も、新大統領の就任後の市場への対応や言動をみるにつけ、いくばくかの不安を感じ始め、ここのブログの2月15日付けのエントリーでも「オバマ政権の発足が米国の金融社会主義への第一歩にならないことを切に願う」と書いたが、やはり案の定、である。

だから、上で紹介したスタンフォード大教授の投稿には、うなづけるものがあった。

ダウ低下は金融社会主義への抵抗か。

   ★   ★   ★

脱線するが、オバマ政権がやろうとしていることを正当に理解してもらうために邪魔になっているのが、ホワイトハウスの主席報道官、ロバート・ギブス(Robert Gibbs)である。

ハッキリいって、このひとは、報道官としてまったくの役立たず。

彼ったら、口を開けば、現政権の経済政策を批判するメディアの論調をいちいち【名指し】で批判し返したりしているが、テレビやラジオの保守寄りコメンテーターが口走ったコメントをいちいち真面目に取り上げて、だからどうだというのか。

ギブスが、政府記者会見の場で、政治家でもないコメンテーター達(←要するに一般人)の反論や発言に、辛らつな皮肉を飛ばしてせせら笑うたびに、それを見ている者を不愉快にさせ、メディア側からは警戒され、さらには、オバマ政権自体のクレディビリティに傷がつくということが、主席報道官のくせにわからんのかな、こいつは。

数週間前のことになるが、24時間経済ニュースを流しているアメリカのケーブル局CNBCの某記者がオバマの経済策について番組中に批判したところ、ギブスはわざわざ記者会見の場でその記者のコメントを取り上げ、「彼は記者になる前はデリバティブスのトレーダーやってたようなやつ。トレーダーあがりにこの政策が理解できなくても当然」と、証券会社のトレーダーを見下したと受け取れる発言をして、それを聞いてた多くがギョッとした。

以前も述べたが、オバマ政権がどんなにうわべでウォール街をバッシングしようとも、問題の中心が証券化マーケットにある限りは、ウォール街の証券化分野のエキスパート達の協力無しには、金融市場の安定なんて絶対に絶対に不可能なんだからな。セカンダリーのマーケットでデリバティブスのトレーダーがいなかったら、どうやってプライシングできるのさ。

ギブスによるこの手のパッシブ・アグレッシブ(Passive Aggressive)な発言は、これで終わりになったわけではなく、CNBC局を筆頭に「オバマはアメリカン・キャピタリズムを壊そうとしている」という趣旨の発言をするプレス相手に、いちいちイチャモンつけ続けているんである。

挙句の果てには、ラジオトークショーのホスト、ラッシュ・リンボー(Rush Limbaugh)まで記者会見中に引き合いに出して、リンボーを「共和党の全国スポークスマン」と皮肉飛ばして攻撃することでオバマの立場を擁護しようとしたが、むしろ裏目に出てる、って感じ。

ラッシュ・リンボーと言えば、アメリカでは知らぬ者なし、保守の中でも極めつけのウルトラ保守寄り発言であちこちでヒンシュク買ってるラジオ・パーソナリティ。人気ラジオ番組だけにマス(大衆)に影響力はあるものの、彼のような保守極論を売り物にしてるような人物の発言を政府高官が真面目に取り上げるなんて、どうかしている。「ホワイトハウスで何を話し合ってんだ・・・?」と、こちらはむしろ不安になってくるではないか。

それって、日本で言えば、自民党の幹事長が定例記者会見でタレントみのもんたの発言を持ち出してくるようなもんなんだからさ。

オバマよ、支持率をこれ以上落としたくなかったら、はやく、ギブスをクビにしろ。

  ★   ★   ★

さて、3月4日にここにポストされたエントリーで、GEの金融子会社GEキャピタル(GECC)の発行する債券がものすごいディスカウントかかって取引されている、というのを書いた。

「ものすごいディスカウント」がかかる理由は、ひとつにはGECCの倒産リスクが実際あがっているから、そして、もうひとつの理由としては、GECCの債券を買いましょうという買い手が市場にほとんどいないから、である。

買い手が資金市場に不在の状態では、リーズナブルな価格形成ができず、取引そのものが成立しないんだ。

こういう状態を「市場の流動性が低下している」と言う。

金融市場正常化を促すと言う意味は、この「市場流動性」の正常化、すなわち、資金の流れを円滑にしてやる、という意味である。

前からここのブログに書き続けているが、オバマの景気対策が効果を発揮するためには、まずは資金市場が正常化に向って動き出さなければ何も始まらない。心筋梗塞で血流が悪くなってるのに、マラソン走れといっても無理なのと同じ。

オバマ就任後、約2ヶ月が経ち、なかなか結果が見えてこないために、市場も一般市民も苛立ちを隠しきれずにいる。けれど、クレジット市場がフン詰まり起こしたままで資金が流れてこないのだから、結果を出そうにもなすすべはない。

国が給料出して警察官や消防士を雇ってあげたって、一部のホームオーナーが家を追い出されないように政府が一時的に助けてあげたって、そんなものは、焼け石に水。末端に注目しててもダメだと思う。

何度も言うが、問題は資金市場。

先週、ガイトナーとバーナンキによる金融市場安定策の目玉のひとつ、T.A.L.F.(Term Asset-Backed Securities Loan Facility)が動き出した。

T.A.R.P.が金融機関の自己資本充実が目的なら、T.A.L.F.は金融市場、とりわけ証券化市場の流動性促進が目的だ。

筆者は、実は、このプログラムに非常に期待を寄せている。

T.A.L.F.については次回にでも。


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