Wednesday, December 28, 2011

外貨逃避への特効薬、わんこポリス

クリスマスは終わり、今年もあと3日を残すだけとなったが、欧州懸念は相変わらずくすぶっている。今年は一年中、欧州に振り回された年であったな。

今朝もユーロはスッコーンと下がって、あっさり1.30割れ。


対円だと10年振りの安値ですと。

(Bloomberg, 12/28/2011)

(記事から引用)“We’re still so far from being out of the woods that even on a day of being positive, people decided that the euro should continue to fall,”
 「状況はまだまだ闇から抜け出れそうもなく、たとえポジティブなニュースのある日でも、ひとびとはユーロは下げ続けるべきと決めている。」

Financial Timesも昨日、ECBのファシリティが貸し方も借り方も増えて【ブタ積み】になってる様を紹介していた。

Record use made of ECB deposit facility
(Financial Times, 12/28/2011)

FTの記事によると、クリスマス前の21日、ECBは空前のリクイディティ需要に答えるため新たにターム3年の融資 €489bn 近くを500超の銀行に貸し付けた。しかしその数日後、ECBのオーバーナイトの預金ファシリティには、これまた空前の€ 452bn が積まれました、という話。

11日のエントリーでも触れたように、年末にかけては市場の流動性が極端に下がるときで、こういう時にあえてアブナイ真似は手控えたほうが無難、というのは万人の知恵。キャッシュを手にしたらキャッシュのままジー・・・とこうべを垂れて年明けを待つという銀行側の考えも当然といえば当然である。

欧州リーダー達の間には「ECBから低利で借りた資金で高利回りのイタリア債を買ってくれるよね♥♥」という思惑(←通称 “サルコジ・トレード”と呼ばれてるww )があるみたいだが、銀行の担当者達は「正気だったら、年明け早々どうなるかわからないイタリア国債なんかに、いま手を出せますかい」とシランプリ決め込んでる風。アナリストの間には、このブタ積み状態が年明け後も継続してしまうのではなかろうか、と懸念持ってるひともけっこういるみたい。

結局こうやって、2011年は欧州問題にこれといった進展もみられずに一年が過ぎていったわけだが、2012年になったら、この膠着状態から抜け出ることは、果たしてできるのだろうか・・・。抜け出るとしたら、それへの触媒はなに・・・?

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この状況に痺れを切らした市場関係者の中には「アルゼンチンだってやったんだ、しのごの言ってないでサッサとデフォルトさせやがれ」とか言ってる方も散見されますが、アルゼンチンといえば、ロイターのニュースで、こんなの、あった。

自国通貨デバリュエーションのスペキュレーションが止まないアルゼンチンで、ドルの国外への闇持ち出しを阻止するため特別に訓練された犬が国境付近で大活躍中とのこと。苦しい時の犬頼み。



以下、トランスクリプト全文:
The tax man's new best friend In Argentina, sniffer dogs are being trained to detect cash being taken out of the country. The government has been cracking down on the smuggling, at a time when there's much speculation over the devaluation of the peso. Customs director, Maria Siomara Ayaran, has been demonstrating the work her dogs can do on routes into countries like Paraguay and Bolivia. 
 (SOUNDBITE) (Spanish) MARIA SIOMARA AYARAN, CUSTOMS DIRECTOR SAYING: "After many years, we now have around 300 dogs, 50 of which are trained especially to detect foreign currencies, specifically dollars and euros. What we are seeing here is part of customs controls carried at different border points."  
The dogs, seen at this ferry terminal, where boats head to Uruguay, can pick out specific currencies, like dollars and euros, by learning to sniff out the different inks on the notes. The dogs will only react if the amount is over $1000.  
From January to September this year, money leaving Argentina added up to $18.25 billion - almost $7 billion dollars more than in the whole of 2010. The government has limited sales of Dollars in a bid to curb the flight of money from the country. The move came after new foreign exchange controls, which mean the tax agency must pre-approve all currency purchases, sparked an increase in withdrawals of dollar deposits. Having perfected the training with their own dogs, Argentine customs now plan to export their expertise to other countries. Joanne Nicholson, Reuters.

(拙訳)
アルゼンチンの税務署役人に新しい親友ができた。国外に持ち出されようとする現金を嗅ぎ分けるよう訓練された犬たちだ。ペソのデバリュエーションの噂がはびこる中、アルゼンチン政府は現金の違法持ち出しを取り締まるのに躍起になっている。関税職員マリア・シオマラ・アヤランさんは、パラグアイやボリビアといった国々に向かう途中のルートで、訓練された犬達の仕事ぶりを見せてくれた。 
(マリアさんのスペイン語)「長年この仕事に取り組んでいますが、今私達には300頭の犬がいて、うち50頭が特にドルとユーロの外国紙幣のにおいを嗅ぎ分けられるよう訓練されています。いま皆さんにお見せしてるのは、国境付近各所で警備の一環として行われている業務の一部です。」
私たちがいるこのウルグアイ行きボートのフェリー乗り場では、印刷インクのにおいの違いを嗅ぎ分けられる犬達が、ドルやユーロといった特定の紙幣を見つけだす。ただし1000ドル以上のまとまった紙幣にしか反応しない。 
今年1月から9月の間に、アルゼンチンから持ち出された現金は182.5億ドルに上り、前年一年間の総額よりもすでに70億ドルも増えている。アルゼンチン政府はマネーの国外逃避に歯止めをかける目的でドル売買に限度額を設けることにした。新しい外国為替取締法のもと、あらゆる通貨購入に税務署による事前認可が必要となったため、ドル預金の引き出しが急増という結果に。特別訓練犬の成果に自信をつけたアルゼンチンの税関は、他国にこの犬の特技を輸出することを考え始めているという。



Monday, December 19, 2011

システミックリスクのビジュアル化

今日のNY市場も冴えない動き。出来高もスカスカ。金融株が特に弱い。

Bank of America(BAC)は2009年の底値にどんどん接近。数ヶ月前に6ドルを割ったときも、この低水準のまま推移することになるとかなりマズイと思ってたのに、6ドルどころか、いまや5ドルも割ってしまった。

本日3時45分頃に拾ったBACのチャート。かなり痛々しい。



欧州向けのエクスポージャが相対的に大きいという理由から、欧州リスクの懸念が強まるたびに大きくネガティブに反応して売られるモルガン・スタンレー(MS)は、本日もやられている。

こちらはMSの3時45分頃のチャート。



現在、米の大手金融機関の株価はどれもブックを大きく割っている。P/Bレシオをざっとみてみると・・・

  • JPM = 0.66
  • GS=0.63
  • MS=0.47
  • C=0.43
  • BAC=0.23


・・・悲惨な数値であるな・・・orz

ここだけみれば、「バリュエーション的には割安・・・」とつい漏らしたくなる人もいるだろうが、なにせ誰もが2007年の暮れ(リーマンショックの前年の暮れ)に、大手金融株がどいつもこいつも同様にブック割れしていたことを嫌でも覚えてるので、いま、この局面で「割安」の「わ」の字も口にしたくない、というのが本音だろう。

当ブログで数度にわたりシツコク書いてることではあるが、問題をある狭いローカル市場に閉じ込めておくことができるのであればまだマシだったのであろうが、特に90年代後半からは、デリバティブスの台頭もあり、世界の金融市場は文字通りボーダーレスになり、まるで蜘蛛の巣のように絡みあって互いが互いにエクスポーズされる、そういう状態になってしまった。

【エクスポージャの蜘蛛の巣】が絡まれば絡まるほど、ある一箇所で起こった問題が産むリスクは、そのネットワークを経由して、時には増幅されて、問題発生のローカル市場を飛び越えて伝播してゆく。

伝播(Contagion)については1年半も前に『ギリシャの悲劇-Contagion』という記事を書いた。今、去年の5月に自分が書いた記事を読み直してみると、欧州をとりまく状況は、実際何も進展していないという事実にあらためて驚く。

ブロガーのBarry Ritholtz が彼のブログで『 Econometric Measures of Connectedness and Systemic Risk in the Finance and Insurance Sectors 』という学術論文を紹介しており、そこに、「金融セクター同士のエクスポージャ蜘蛛の巣」の図があった。


システミックリスクをビジュアルに感じられて興味深いので、ここにも貼っつけておきたい。


1994年1月~1996年12月



2006年1月~2008年12月



拡大して線のいちいちを精査してどうなるわけでもない図だが、絡まり合い方(Interconnectedness)を見ただけで、世界の金融機関同士がわずか10年かそこらで、どれだけ相互エクスポージャの度合いを強めていったかがわかる。

グローバルに金融セクターへの悲観論が消えることなく弱含み続ける最大の背景は、この図から示唆されるシステミックリスクの深刻さなのだ。


Wednesday, December 14, 2011

2012年に入れば米株は上下いずれかに大きく動く?

筆者はテクニカル分析はようやらないのですが、興味深い記述があったので、メモ。

Market moves swiftly but goes nowhere:Market may break out of trading range early next year
(Market Watch, 12/14/2011)

米株市場は、ボラティリティが比較的高い割りには、一定のトレーディングレンジの内側をウロウロするばかりで方向性がない。年内は、こうしたレンジ内の動きに終始するだろうが、2012年に入ったら早々にも、株価はサポートを突き抜けてブレイクアウトするかもしれない。

ただし、ブレイクアウトする方向は、激しく上昇するかもしれないし、派手に下落するかもしれないし、どちらになるかはわからない、と記事の書き手のLarry McMillanの意見。

You can see from the figure below that there are converging downtrend and uptrend lines. When these persist for long periods of time, as they have, then a breakout should be significant. The break of the blue trendline in September propelled the market to its October lows. We would expect the next breakout in either direction to exceed the highs or lows on the chart below (i.e., above 1,350 on an upside breakout, or below 1,080 on a downside breakout).
下のチャートから、ダウントレンドとアップトレンドの2つのラインが互いに近寄って収束しているのが見てとれる。こういう状態がしばらく続くと、レンジからブレイクアウトするときは、激しい動きを伴う。図中のブルーの9月のトレンドラインが、10月に入ってからの大きな下落をもたらした。2本のトレンドラインの収束は今も続いているが、次にブレイクアウトが起こるときには、このチャートの最高値あるいは最低値を突き抜ける、つまり、ブレイクアウトはいずれの方向にも起こりうると予想される。(具体的には、上方にブレイクアウトするならばS&P500は1350を超えて突き抜け、逆に下方にブレイクアウトするならば1080を割り込む可能性がある、ということだ。)



より詳しい話は、上の記事全文を読んでいただくとして、明確な方向がつかめないまま、あっち行ったりこっち行ったり、ブルとベアのせめぎあいが夏以来続いているわけですが、長いことそんな状態を続けながら、相場はひたすらエネルギーを貯めこんでいるかのよう。


年末のFXは派手に荒れる?

さて、はやいもので、2011年もあと2週間ほど。

金融街の年末風景の常として、クリスマスが近づくにつれ取引現場に関わるひとびとのやる気は目に見えて下がってゆき、20日過ぎたあたりからやる気はほぼゼロに近づく。

年末にかけて低下するのはトレーダーやセールスのやる気だけじゃなくて、株も債券も為替もコモディティも、あらゆる金融市場の流動性が合わせて低下する。

今年は尾を引く欧州問題のせいでFX市場の流動性低下がここ数ヶ月目だっており、10月27日に1.4247をつけていたユーロドルは、今日は1.29台まで大きく動いた。ここ数ヶ月高いボラに見舞われている為替市場は、これから年末に向けてさらに流動性が下がることもあり、さらに大きな振れ幅に襲われるのではないか、という懸念が出ている。マーケット関係者の異なる見方を紹介した記事。

DERIVATIVES: Dramatic FX moves feared on low liquidity
(IFR, 12/14/2011)

(以下、記事の抄訳)


  • 目下ボラティリティは高レベルで推移してるものの、コントロールが失われるほどまでには至っていない。だが、いずれにせよ年末にかけて流動性が更に細るため、ドラマチックな値動きに発展するのではという懸念が散見される。
  • ドイチェ銀行のFXグローバルヘッドKevin Rodgersの見方:「年末のリクイディティ低下で、もしソブリン問題にまったく目処が立たないということになると、極めて大型でボラの高い動きが起こるのではという懸念を拭えない。これまでも、年末の流動性が低い最中にエンドユーザーが取引を成立させようとして値動きが大きくなったことがある。今年はヘッジファンドが苦しい状況にいることもあって、一方的な流れになった時に、その流れに逆らってリスクキャピタルをコミットしようとするプレーヤーは稀だろう。FXデスクで人手が手薄にならないように、トレーダーの年末休暇の予定には気を配っている。大きな不確定要因が存在している最中に流動性が低下するのだから、突然、動きが活発になった場合を考えて、予め準備をしておく必要がある。」



ドイチェのFXデスクが強い警戒感を抱くのとは逆に、パリバのデスクは、年末はスムーズに越せるという見解。(以下、ふたたび記事の抄訳)

  • ユーロゾーン危機から派生する不確実性は払拭されてはいないものの、主要通貨のペアのボラティリティは比較的落ち着いてはいて、1年のユーロドル・ボラティリティは現在15.7ボラティリティ・ポイントでトレードされている。歴史的にみれば高い位置にはいるが、11月終盤には17ポイントだったので、現在はそれよりも低い。同様に、ユーロドル・リスク・リバーサル(3ヶ月25デルタのプット/コールの差)の水準は、11月の4.5に対し、現在3.5。
  • BNPパリバのFXグローバルヘッドHubert de Lambillyの見方:「パニックはしていない。ボラは爆上げしてはいないし、通常ならユーロをショートするファストマネーがユーロを更に下押ししようとするだろうが、いまはそれが起こってる風でもない。事実として債券の新規発行のストレスがFX市場を大きく動かすドライバーになるが、(年末に向かっては)債券発行もほとんどない。今年は、流動性のない、しかし、さほど波風もたたないスムーズな年末になると予想している。」

ECBの施策が功を奏して、市場が心配しているほどには、現実には、そんなに大惨事にはなっていないという点では、両者の意見は一致。


  • ユーロの秩序ある下落を可能にしたのは、ECBが進めている低金利環境のおかげ。量的緩和は控えているECBだが、フロントエンドの金利を低位に保ち流動性供給オペの延長と担保条件緩和を実施してユーロゾーンのリクイディティが枯渇しないようつとめている。パリバのLambillyは、ユーロ調達緩和策がユーロ下落の理由のひとつ、という。
  • また、ドイチェのRodgersによると、主要通貨のペアは、ボラが高止まりしているにもかかわらず、2011年初頭の水準からみると、さほど大きな乖離はしていない。今年に入ってから対ユーロで最大の動きを見せたのは日本円の6.8%。ユーロスイスは1.2%の下落にとどまり(2度にわたる中央政府の介入の後ではあるが)、ユーロドルも2.6%にとどまっている。
  • Rodgersの言:「ボラティリティが高止まりし、ヘッドラインに翻弄されてギクシャクな動きが続いた今年は、緊張がいまだに続いているが、実際のところスポットレベルはかなり安定的。マーケットは、今の状況が大惨事に発展する可能性をずっと憂いてきているが、現実には、そんなに動いてはいない。」


市場は心配しすぎ、ということでしょうかね・・・。

ところで、今日TLで見かけた @positivegamma さんのツイートがちょっと気になったので、最後にメモとしてくっつけておく。

これを見たら、「心配しすぎ」とも思えないんだが。




このチャートを見て、「市場の流動性が極めて低い最中に、動きが一方的になってきたとき、それに逆らってキャピタルをコミットするプレーヤーはいない」というRodgersの言葉を、改めて心に刻むなど。(たしかに、【プライベート資金のサイド】には、いないでしょうね。)

Wednesday, December 7, 2011

OWSからウォール街に就職

いつも暗い話ばかり書いてるので、たまには明るい話を。

オキュパイ・ウォール・ストリート(OWS)でプロテスターとして参加していた女性が、たまたま通りかかったウォール街エグゼクティブに見出され、投資会社のアナリストとして雇われた、という話をNew York Postが紹介している。

Occupier gets an occupation: Wall Street firm hires protester
(NY Post, 12/5/2011)

この女性はマンハッタンに住む30代の女性トレイシー・ポスタートさんで、バイオメディカルの分野で薬理学のPh.D.を持っているが、長いこと職にありつけず、OWSに参加して、本拠地であるウォール街近くのズコティ・パークで、道端の掃除をしたりサンドイッチ作ったりして運動を支援していた。

トレイシーさんは、「バイオメディカルのPh.D.科学者、フルタイムの仕事を探してます」という紙を持ってズコティ・パークに立っていたところ、たまたま、横を通りかかった投資会社の関係者が興味を示し、トレーシーさんは彼に履歴書を手渡した。



ズコティ・パークから2ブロック離れたところに会社を構えるブローカレッジ会社のJohn Thomas Financial Brokerageのエグゼクティブは、会社に戻ってトレーシーさんの履歴書を読んでみたところ、彼女のバックグラウンドが大変気に入り、インタビューに来てみないかとEメールを出した。

トレーシーさんは面接を見事通り、「ジュニア・アナリスト」のポジションで採用になった。



ジュニアポジションなので、最初のお給料はまだまだ低いけれど(ウォール街は基本的に丁稚制度だからねw)、頑張れば6桁の給料も夢じゃないということで希望に燃えてるそう。トレーシーさんが最後についた仕事は、大学の研究室のラボ・アシスタントとして働いて、一学期で2500ドルだったとか。

トレーシーさん、おめでとう。Good Luck! 
(しかし人生、どこで何がどう転ぶかわからないですな。笑)




Monday, December 5, 2011

米国の郵便局、来年末までに2万8千人解雇

債務負担が重すぎて、このままでは債務不履行も免れないと心配されてきた米国の郵便局サービス(U.S. Postal Service、略してUSPS)が、月曜日、独自に大胆なコストカット策を発表した。

Post Office Aims to Save Billions With Reductions in Workforce, Delivery Time
(Fox News, 12/5/2011)

USPSはすでに議会に対し、①配達日数を現在の週6日から5日に切り下げる、②USPS従業員のヘルスケア向け支払い義務の軽減、などを議会に承認してくれるよう強く求めてきたが、なにせ政界のほうはオバマの政策を巡って共和側が徹底反抗し続けて硬直状態が続いており、1年も前から米会計検査院から「ヤバさ充満してるからモタモタしてないでUSPSの再建案を議会承認しろ」とせっつかれていたのに、進展らしい進展をみせなかった。

議会が内向きのポリティクスで頭一杯になってる間にも、USPSのキャッシュフローは高速で悪化していっており、今月末には退職者向けヘルスケア基金への支払い$5.5Billion もあって、もはや待ったなしの状態。上で「独自に」と言ったのは、議会の承認を待たずして以下の削減に着手するらしいからだ。

プランの詳細は、すでに発表されていた3300箇所の郵便局閉鎖に加え、
  • 郵便物仕分けなどのプロセッシング作業センターの稼働時間を現在の6~6.5時間から16~20時間に延ばし、プロセッシング機器の数そのものを削減。
  • これに伴い、全米に散らばるプロセッシング・センターの数を現在の461箇所から252箇所に削減。
  • センターの削減にともない、2012年までに2万8000人の従業員を削減。
  • ファーストクラスメールの配達日を、これまでの1~3日以内から2~3日以内とし、ファーストクラスメールの翌日配達サービスを止める。


1.配達サービスの劣化に踏み切る

米国の郵便配達のファーストクラスメールの配達日数内訳は現在、42%が翌日配達、27%が2日かかる、31%が3日かかる、4~5日かかるのは1%以下だそう。これを今後は、「2日かかる」が51%、残りを3日かそれ以降にするという変更。

Snail Mail (カタツムリのようにノロい配達)といまでも揶揄されてる郵便局のサービスが、さらに遅くなる。



(USPSの言い分としては、そもそも第一種郵便物=First Class Mailは翌日配達は「保証」はしてないし、もしどうしても、翌日配達希望ならそれが保証されてる高料金の速達=Express Mailを使え、ということらしい。)

ファーストクラスメールの切手代は、来年1月22日から、現行の44セントから45セントに値上げされることが決まっているが、配達量が減っているのに、この程度の値上げだけでは悪化する財務の建て直しは不可能で、大幅なコスト削減に加えサービスそのものの劣化(配達遅延)に踏み切る格好。配達日数を遅らせるのは、政府直轄だったPost OfficeからUS Postal Service と名称を変え米政府から独立した1971年以降、40年間で初めてのことらしい。

ファーストクラスメールはUSPSにとって最も収益性の高いプロダクトではあるが、近年の収益の減少度合いとしては最大の部分でもあり、この部分に大きくメスを入れねばならないほど収支はガタガタになっている。

2.重要!最大の問題点は退職者のヘルスケアコスト

この問題を語る上で重要ポイントとなるのは、USPSが財務危機に陥った最大の問題点は、退職者向けベネフィットの負担が重過ぎる、という点だ。

USPSというのは、政府から独立したエージェンシーというステータスではあるのだが、業務内容の変更等は議会の承認を得なければならないことになっている。かつて90万人という従業員を抱えた大組織だったが、現在はそこから25万人以上も従業員総数が減り、なのに、いまだに90万人の時代のベースで計算されたヘルスケアコストを75年前倒しで粛々と基金に積み立てる「義務」がある。その額が2010年度分で$5.5Billion

この$5.5Billionはもともと今年9月半ばが支払い予定日だったが手元キャッシュが足りず、議会に泣きついて11月18日に延期してもらった。しかし11月にもまた払えそうもなくなって、12月まで支払い期限を延ばしてもらっていた。USPS側は、ホリデーシーズンにキャッシュはなんとか作れると言っていたが、綱渡り状態でこの3ヶ月を凌いできたことは確かなのだ。

非効率なオペレーションのせいで、本業の儲けの段階ですでに赤字になっているのに、そこに退職者向けベネフィットがドーンとのしかかり、赤字幅をどんどん広げてゆくという悪循環に陥っているのである。


3.配達個数は減少の一途

退職者ヘルスケアコストの基金への前倒し積み立て「義務化」は2006年に議会で決定されたが、皮肉なことに、同じ2006年にUSPSは配達郵便物数過去最高の2130億個を記録して、その後は配達数は減少の一途をたどり、2010年には2割減の1710億個まで減少した。

配達個数減少の理由は言わずもがな、景気後退。そして、電子メールやオンラインでの請求書支払いなどが普及して、クリスマスカードや母の日カードなどの特需は残っているとはいえ、一般郵便物の利用が激減したこと。さらに小包み配達の分野ではUPSやFEDEXなど民間に完全に水をあけられ、オンラインショッピングの新規需要をキャプチャーできなかった。別の例ではNetflixのようなDVD配達サービスもネットによる動画ストリーミングへと軸足を向けているなど、「時代の流れ」の一貫で、郵便物離れに歯止めをかけられない。


4.人件費8割、財務状況は去年既に崖っぷち

一年前の資料だが、昨年12月2日に米国会計検査院(GAO)がUSPSの財務建て直しについて議会証言した証言のトランスクリプトがネットで入手できる。

U.S. POSTAL SERVICE:Legislation Needed to Address Key Challenges

証言の出だしの文章から、いきなり真っ暗闇なのが、すごい。
USPS’s financial condition continued to decline in fiscal year 2010 and its financial outlook is poor for fiscal year 2011 and the foreseeable future. 

(USPSの財務状況は2010年度も引き続き悪化した。2011年度も脆弱のまま推移の予想、近い将来に財務が再建される目処が立っていない。)

この証言に出てくる前年度(2010年度)の具体的な財務数値を見てみよう。
  • 2010年度のUSPSの総収入$67.1Billionに対し、総支出$75.6Billionで、過去最大の$8.5Billionの赤字。前年度の赤字$4.7Billionから大幅増。
  • 財務省への借金総額$1.8Billion 増加で借入金総額$12Billion (最大借り入れ枠は$15Billion)。
  • 会計年度末時点の現金残高は$1.2Billion。
そして、1年前の段階で2011年度の予算として出されているのが以下の数字。
  • 最終赤字$6.4Billionにやや縮小の見込み
  • 財務省への借金総額は$3Billion増加で、法的借り入れ上限の$15Billionに到達予定
  • 年度末時点の手持ち現金残高は$2.7Billionの見込み

USPSの支出の実に80%が福利厚生も含めた人件費で占められ、従業員の削減や人的コストの見直しが議会承認などのステップを踏まない限り基本的に独自ではできないため、現実的なオペレーションに即した柔軟な対応が不可能になっている。本業からの収益が減少トレンドをたどるなか、コストの側は硬直的で非常に負担が重くなっている。

GAOは、この最悪の状況からUSPSが再建するためには議会は法的な変更に着手して、退職者へのベネフィットの見直しなどを早急に図るべきと進言していた。


5.収入減続き今年度の財務はさらなる悪化

そして、この証言から、丸一年が経過した・・・。

USPSの2011年度の実績がどうなったかと思って検索してみたら、次の記事を見つけた。

Postal Service will resume FERS retirement contributions next month
(Government Executive, 11/15/2011)

この記事によると、最終赤字$6.5Billionの予想に対し、実績は$5.1Billionの赤字であった。

予想よりもよかったのかと一瞬思うが、これは前述した「退職者向けヘルスケア基金への積立金」$5.5Billionの支払い期日が会計年度末日を超えて先延ばしされたおかげで、もし、この$5.5Billionが期日どおり支払われていたら、USPSの赤字額は$10.6Billionとなり、予想$6.5Billionを大幅に上回り悪化していた。

コストカットの采配がUSPSに与えられていないために人件費が硬直的で事業スリム化の妨げになっている一方で、収入の方は、配達郵便物数が前年比1.7%減少。特にファーストクラスメールの減少分が大きく、この商品だけで$2Billion失った。その他の商品の売り上げ増加分で幾分オフセットされたものの、トップライン全体の減少は抑えられず、最終赤字幅の拡大に至った。

手持ちのキャッシュ残高が$1~2Billion程度しかない会社が、毎年毎年$7~10Billionの赤字を垂れ流す、の図。



6.民営化の期待もあるが、政治・組合絡んで複雑

議会の方は、危機的な財政状態に置かれているUSPSに柔軟性を持たせるための法案『21 Century Postal Service Act』の通過に取り掛かっているが、これが、例の退職者向けヘルスケアも含めた高コスト体質の抜本解決を導くかは疑問視されている。

政府からの借り入れ枠の法的上限に達してしまっていることもあり、このままの状態が続くと、手元のキャッシュが完全に底を尽くのは来年中、2015年までに$20Billionのコスト削減を実行しなければ利益を出せる体質に戻るのは不可能、とUSPS自身は考えている。

USPSのトップPatrick Donahue は、政府から無尽蔵に支援を受けて延命するより、組織改革・財務改革を徹底させて一部民営化を進めたいようだ。ヘルスケア関連債務の大幅リストラと50万人以上いる配達人の数を20万人以上削減して経営改善を図るのが好ましい、と9月の議会証言でも主張している。

だが、そこは連邦レベルだけではなく地方レベルでのポリティクスも絡んでくる上、一部民営化となれば即クビ切り対象となる郵便局員組合も抗戦の構えでいるのは想像に難くなく、なかなか簡単には進みそうもないらしい。

The Politics of a USPS Default
(Politico, 9/11/2011)

退職者ベネフィットという重荷に耐えられず沈みかけている、USPSという巨艦。しかし、退職者の年金債務や福利厚生債務で破裂しそうになっている組織は、米国の自治体しかり、民間企業しかり、USPSだけではないのだ。