財政難に苦しむ米公立学校、週休3日制を導入 (WSJ日本語版 3/8/10)
(オリジナル英文記事:Schools' New Math: the Four-Day Week )
「予算の穴埋めと教員の解雇防止を目的として、全米で週休3日制を採り入れる学校が徐々に増えてきている」というのである。
全米1万5000以上ある学区のうち、少なくとも17州100学区で週休3日制をすでに採用しているというのだから驚いた。
一日短縮されても、その分の学習時間は、残りの4日間に振り分けられているから大丈夫という。しかし、カリキュラムで組まれている時間どおりこなしてればそれでよしという問題だろうか。
この記事を読んですぐに思ったのは、これは働く母親たちに多大な負担を強いることになるのではないか、ということだ。
筆者には子供がいないので、そこらへんの具体的なことについては正直実感は持てないのだが、以前働いていた会社の同僚に小学校低学年の子供を持つ母親が複数おり、学校はお休みでも会社は休みでない日は、その度にあれこれ手配をせねばならず余分な経費もかかり大変だ、とこぼしていたのを思い出したのだ。
ベビーシッターが見つからなくて休暇を取らざるを得ない母親の同僚もいた。
父親も子育てに積極参加するのは当たり前になってきている米国でも、こうした事態が発生すると、どうしても母親側にシワ寄せがいく。ベビーシッター見つからないからという理由でミーティングをすっぽかした男性の同僚を、わたしは20年間、ひとりも知らない。
そして、もうひとつ思ったのは、州や自治体の予算不足という「経済問題」を、学校という場でつじつま合わせようとすることが、子供達にとって果たしていいことなのか、そして、長期的な国家の競争力維持という観点から、こうした動きは、この国(米国)にとっては最終的にマイナスに働くのではないか、ということだ。
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とか思っていたら、昨日(20日)付けのWSJに、まさにその点について、アジアの現状も交えて問題提起するエッセー記事が掲載されており、興味深く読んだ。記事には、米国の教育現場を垣間見る具体的な数字もあり、書き留めておきたい。
エッセーの書き手は、米国の小中学校の問題提起やリサーチに携わるノンプロフィット研究所Thomas B. Fordham Institute所長で、過去に政府の教育庁副長官を務めたこともあるチェスター・フィン氏。
The Case for Saturday School (WSJ, 3/20/10)
記事によると、中国の小学生は米国の小学生より年間41日多く学校に出席しており、授業時間も30%多い。シンガポールでは学校は週40時間と決められている。韓国や他のアジアの国々では土曜日も学校があるのは当たり前で、日本も1998年に土曜日の午前中の授業を廃止したがまた考え直している。アジアの国々の子供達が理科と数学の国際試験でアメリカ人の子供よりも成績がいいのは、こうやって勉強に費やす時間が長いからだ、とフィン氏は主張する。
米国には「知識はちからプログラム」(Knowlege Is Power Program = KIPP)といって、全米で80の学校(主として親の所得が低くマイノリティの多い地域)が参加して、一日の授業時間8時間から10時間、土曜の午前も授業をし、夏休みも短縮して勉強にあて、アメリカの通常の公立学校より60%も多い授業時間を課すというプログラムがあるそうで、成果を上げているそうだ。
5月までせっかく学んだ知識も、長い夏休みから戻ってくる8月末までには子供達はずいぶん忘れてしまっていて、高校を卒業するまでに最高1.3年分の授業分がフイになっているという推計もある。
アメリカの典型的な子供は、(幼稚園から高校卒業するまで、落ちこぼれず授業に出席したとしても)18歳になるまでの人生のたった9%しか学校で過ごさない。他の時間はテレビやインターネットやビデオゲームや携帯電話などで時間を費やしているが、平均すると一日それらに7.5時間も使っていて、週53時間。これに対して、学校で授業を受けている時間は週30時間。
アメリカの小中高生が他国と比べてずっと勉強時間が少ないというのは、前々から知られていることだ。ハイスクール(アメリカの場合は日本の中3から高3までの4年間)になると、フランスの高校生が3280時間の授業を受けているのに、アメリカの高校生は1460時間。ドイツの子供は毎晩2時間は宿題に時間をとられ、日本の中学3年生の半数が毎日塾に通って課外授業を受けている。
単純に授業時間の長さを比較するだけなら、米国は極端に劣っているわけでもない。だが、その時間の中に、体育だの、ホームルームだの、映画を見る時間だの、ホリデーをお祝いする時間だのがずいぶんと混じっている。それらの時間は無駄だとは言わないが、大学進学の準備に必要な、国語や地理や算数といった【コアになる授業】を勉強するために費やされているわけではない、と氏は言う。
過去の調査研究では、米国の義務教育のカリキュラムとして、授業時間そのものを伸ばす必要はないが、その時間内の配分としては、国語・理科・算数・地理といった【コア授業】を毎日5.5時間にすべき、という推薦がまとまったらしい。
だが、現在、公立学校でそれらのコア授業に振り向けられている時間というのは、5.5時間どころか、その半分程度だという。
前述したKIPPの学校では、コアになる知識をつけるための授業時間を最大限にして、もしその場で分からないことがある子どもがいても、あとから先生と携帯を使うなどして質問できるようにして、授業中にその子一人のための説明が終わるまでクラス全員を待たせておく、というやり方はできるだけ削っているそうだ。その結果、KIPPに参加する学校のテスト・スコアは上昇した。
記事にはほかにも興味深いデータが示されている。
- 2009年秋に「公立」の小中学校に在籍している子どもの数:4980万人
- 2009年秋に「私立」の小中学校に在籍している子どもの数:580万人
- 公立学校の教師一人あたりの生徒の数:15人
- 米国の朝鮮戦争との関わりを答えられた高3生徒(2006年調査):全体の14%
- グレート・ソサエティ政策の重要理念を指摘できた高3生徒(同年):67%
- 高校卒業後すぐに大学進学した生徒の数:68.6%
- 週にいちどはクラスで授業中に中断が起こったと報告された中2(米国):55%
- 週にいちどはクラスで授業中に中断が起こったと報告された中2(日本):8%
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日本でも、教育の現場は、学級崩壊やいじめ・自殺など多くの難題を抱えているが、米国には「米国なりの問題」が山積みのようだ。
MHJ筆者自身は、米国では大学と大学院しか通ったことがない。米国の大学に在学中は、その宿題やレポートの多さに辟易していたものだが、言葉に問題のない米国人の学生でも、図書館が閉館になる深夜まで缶詰になって勉強するのはアメリカではごく普通の風景で、日本の大学との違いに、正直愕然とした。
「遊ぶ」と「学ぶ」の両方を徹底的にやる米国のキャンパスの様子をみて、「学ぶ」に関して生ぬるい日本の大学教育のあり方は根本的に改革しなければマズイと強く思ったし、このままでは、日本の高等教育の質の低下は止められないことは火を見るより明らか、その結果、日本国は国際競争力をいつかきっと失うのではないかという懸念を、私自身は20年以上も前に抱いた。
今年1月26日付けのMurray Hill Journal記事『科学技術への投資(中国、恐るべし・・・)』で、中国が主として欧米の一流大学院に優秀な若い科学者を送り続け、国家を挙げて科学者育成に注力しているという話を紹介したが、大学以上の高等教育になると、米国には世界中の優秀な頭脳を引き付ける大学や研究所が数多くある。
ところが、【大学に行く前の段階】で教育システムから落ちこぼれてしまう子どもが、この国には非常に多い。
この国の教育システムの問題は、ハイスクールまでの段階に集中しているかのようである。
16歳から24歳までの若者のうち、高校を卒業しなかった、あるいはできなかった生徒の数がアメリカには620万人もおり、これは同年齢層の男子の5人に一人、だというのである。全人口対比の16%が高校をドロップアウト。まさにドロップアウト・クライシスである。
'High school dropout crisis' continues in U.S., study says (CNN News, 5/5/09)
このCNNの記事(2007年調査)によると、16歳から24歳の「男子」の18.9%が高校をドロップアウトするが、そこには人種による違いが明確に出る。(ヒスパニック27.5%、ブラック21%、白人12.2%、という分布)。
そして、高校を終了しているといないとでは、生涯収入に大きな差が出る。成人男子の場合、18歳から64歳までに累計される収入に50万ドル近くの差が生じる、とのことである。
米国の貧富の差を語る際に「人種」は必ず登場するファクターだが、それは単に肌の色だけではなく、最終教育水準の違いという派生形となって、ボディブローのように効いてきているのだ。
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フィン氏は記事の中で、コア授業に5.5時間使うにしても、他の授業を減らすなど変更を加えるのは実質困難で、無理に変更しようとするよりかむしろ、今ある形の上に“追加してやる”方法が手っ取り早いだろうと説いている。また、現行のやり方を変更しようにも、教師のコミットメント、予算、親の都合、その他もろもろの問題もかかわってくる。
学習時間の確保に向けて、長期的には、テクノロジーの進化が時間的・金銭的・場所的に、より柔軟な道を拓いていってくれると期待はできる、とはしながらも、氏はこう続ける。
While glitzy technology will make such things more tempting for more kids, and well-organized (and prosperous) parents can help make that happen, millions of girls and boys are likely to continue doing most of their academic learning in places called school, during "school hours" and under a teacher's supervision.
華やかなテクノロジーが子供たちの学習意欲をかきたて、手際がよくて前向きな親たちがそれを可能にしてゆくだろうが、何百万人という少年少女たちはおそらく、学校と呼ばれる場所で、学校に行っている時間内に、教師の監視のもとに、ほとんどの勉強を済ませる、という形はこの先も変わらないだろう。
学校が2時半で終了し、夏休みが3ヶ月もあることは、多くの親にとってはベネフィットよりも苦痛のほうが先にたつだろうし、とりわけ低所得者層の家庭にとっては、子供が学校で勉強しながら過ごす時間は長ければ長いほうがいい(学校以外の場所で悪さを覚えるなどもあるので)と思っているだろう、と氏は言う。
MHJ筆者が思うに、自治体の予算不足で教師を雇えないとか、学校の時間を短くしなくちゃいけないとかに直面しているのは、往々にして、中流以下の家庭が集まる地域なのではなかろうか。
ニューヨーク市近辺を見回しても、ウェストチェスター郡のスカースデールとか、コネチカット州のグリニッジ周辺など、比較的裕福な住民が固まる地域は地域税も高いが、学区としても優秀なことで知られ、当然ながらそこの親達は非常に教育熱心だ。
そうした富裕層地域の公立学校が、カネが足りないという理由で週休3日にしました、などと言い出すとは、筆者には到底考えられないのである。
州や自治体の予算不足という経済問題が、最初から経済的に不利な地域の子供を直撃しているとすれば、そんなアンフェアなことはないし、それでなくてもすでに顕著な最終教育水準の格差は、ますます拡大してしまうのではないのか。
以下はフィン氏の結論だ。
Disadvantaged youngsters really need—for their own good—the benefits of longer days, summer classes and Saturday mornings in school. But nearly every young American needs to learn more than most are learning today, both for the sake of their own prospects and on behalf of the nation's competitiveness in a shrinking, dog-eat-dog world. Yes, it will disrupt everything from school-bus schedules to family vacations. Yes, it will carry some costs, at least until we eke offsetting savings from the technology-in-education revolution. But even Aristotle might conclude that this is a price worth paying.
金銭的に余裕のある家庭に生まれなかった子供達にとっては実際、学校にいる時間が伸びること、サマークラスに出席すること、土曜日の朝にも学校に出席することは、彼らのためにも必要なのだ。だが、子供達自身の将来のためにも、そしてますます厳しい競争を強いられている我々の国家のためにも、アメリカのほぼすべての子供達は今よりもっともっと勉強しなければならない。確かに、スクールバスのスケジュールや一家のバケーションの予定など、あらゆることに支障が生じるかもしれない。テクノロジーが教育にもたらす効果で貯金が溜まってくるまでは、コストも今よりかかるかもしれない。だが、アリストテレスもきっと、それは支払う価値のあるものだと結論づけてくれるはずだ。
そう、そのとおり。
子供の教育は、PRICELESS(値をつけられない)。
お金がないからといって、子供を学校から追い出すようなまねだけは、どうかしてほしくない。
☆☆ このトピックと関連したエントリー: 3/31/10付MHJ『米国の労働力は長期的に拡大する?』
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学習時間のお話、とても興味深かったです。
ReplyDeleteそれと、そうそう。男女平等だなんだかんだいっても、やはり母親に負担が来るものなんですよね~。家計にもすごいダメージです。
幼児の子育て中なので、私もついこの間、この辺の問題が気になって、記事にしたところです。
アメリカの公立学校の資金不足問題
http://americakansatsu.blogspot.com/2010/03/blog-post_13.html
どこまで「学区」にこだわるか
http://americakansatsu.blogspot.com/2010/03/blog-post_19.html
難しいのは、アメリカの場合、他のことでもそうですけれど、下を見ても上を見てもキリがないってとこですよね。
どの辺に自分や自分の子供が納まればいいのか。
親としては、できるだけのことはしてあげたいけれど、上を見すぎて経済的にも精神的にも苦しくなってしまっては、やはり子供にとって幸せでないでしょうし。
たとえ不況でも、財政が厳しくとも、せめて教育に関しては、最低限ラインを死守して、できればこれから他国に負けないでやっていけるように底上げをして欲しいところです。
いい投資になるはずですよね?
Trinityさん ご無沙汰しております、ロンドンのN20です。
ReplyDeleteもう9月から大学生になりますが 子を持つ親として この記事を興味深く読ませて頂きました。
私も イギリスに来る前は 日本の教育制度の在り方に大不満を抱いておりましたが いざ こちらに来てからというもの こちらの学校制度に対する現状を目の当たりにし どこの国も それなりに+と-の面を抱えているのだ と 当たり前の事を学んだ次第です。
イギリスもアメリカ同様 住んでいる州や地域により就学態度に大きな開きがあります。そして 大学進学率は 未だに5割に満たないのが現状です。大学に行けば万事解決などと言う気は 全くありませんが、16歳で義務教育が終わってしまうので 大学進学をしない若者は 自分の人生/将来を しっかり考える年齢に達する前に 社会に放り出されます。日本の義務教育は 確か15歳までだったと記憶していますが ほぼ 全員が高校へ進学しますので 中退さえしなければ 18歳までは教育を受ける事になりますよね。しかし イギリスは 17,18歳は 大学進学用の勉強のみが対象となるので 大学へ行かない子供達は 当然 16歳で社会に出る選択を取らざるを得ません。
さすがに英政府も これは いかん という事で16~24歳の失業者を対象に 最近 いろいろな技術取得の機会を与えていますが それが功を奏しているのかは疑問。
正直 この国の将来が心配になってしまいます