Sunday, August 28, 2011

アートとしてのコミック

(本日のエントリーは、金融経済とはぜんぜん関係ありません。)

ツイッターのTLを眺めていて、ちょっと目を惹かれるツイートがあった。

@0__exa__0 さん(上智大学ゲーム部部長さんらしい)とおっしゃる方のツイートで、「ゲームというアート作品としての視点」を考えるとき、「海外に日本の芸術文化であるゲームが流れ出てしまった以上、芸術に関する権威や価値を知っている海外勢には根底から叶わない」という内容だった。

そのテーマで@kuromog さん(イラストレーター・漫画家の方)と意見交換させてもらったが、そのやりとりをTogetterでまとめたのが、これ。
Togetter「アートとしてのコミック」




上のやり取りで出てくるNYタイムズの記事はこちら。
Art Books Elevate Picassos of Pulp (NY Times, 8/18/11)

この記事では、アメリカのアートシーンでは、コミック関連のエキジビションが年々ポピュラーになってきており、コミックのコレクターと言えばかつては無造作に漫画本を積み上げているようなイメージだったが、近頃は、アート界のメインストリームの仲間入りをしており、Frank MillerとKlaus Jansonというアーティストの手による「バットマンとロビン」の絵がオークションで$448,125という価格が付いた話などが紹介されている。

コミック本自体の売り上げは細ってきているものの、その一方で、コミックやイラストレーションを「ファイン・アート」というカテゴリーで鑑賞するシリアスなファンからの需要はここ数年高まっていて、そうした層に作品を届けられる才能あるアーティストらが活躍するニッチな市場ができてきているという。

このNYタイムズの記事中に、その才能たち(Talents)の作品群がいくつか紹介されていた。
これらの代表作品を見て、このニッチなアートシーンに、日本人アーティストの名が入ってないことを、筆者は個人的には少々残念に感じた。

@0__exa__0さんがツイートで触れていた「エルシャダイ」というゲームのプロモビデオも初めて見てみた。普段ゲームをやらない自分には内容はよくわからないけれども、イラストレーションとしてだけみても非常にクオリティが高いと感じた。このクオリティをアートとして評価する向きが国内よりも海外筋なのだとしたら、それもやっぱり、残念なことと感じる。



前々から思っていることなのだが、日本では、こうした分野の作品はもっぱら『消費されるもの』といった扱いを受けているのではないのか。0__exa__0さんが言うように、これらを「アート作品としてAPPRECIATE(賞賛)する」といった態度が、どこか欠けているのではなかろうか。

カルチャーは消費されるべきではない、と言っているわけではない。ただ、芸術性が高く永く財産として残れる作品と、そこらへんにダダ漏れして散乱しているオタク文化の産物や「幼稚」以外に形容しようのない漫画風アイテムをいっしょくたにして消費し切ってしまうのは大変もったいない、と個人的に感じるだけだ。

上のまとめでも述べているが、数年前にNY公立図書館で開かれていた「絵本」という展示会をみて、そのときもやはり、似たような気持ちを抱いた。

そのとき感じたのは、日本のアートなのに、わたしは何故これをニューヨークのキュレーターによる企画で見ているのだろうということと、そこに展示されている芸術的な絵本の多くがNY図書館の蔵書(戦後流出したもの)なのは残念だ、ということだった。

わたしの感じ方に反論も多々あるだろうし、わたしみたいな美術に関しては門外漢の素人が何を言う、と思われるかもしれない。でも、わたしは日本人には「絵を読む」というユニークな感性があると思うし、その感性の表現としてのコミックやマンガ、アニメといった分野の幅の広さ・奥の深さは、経産省が想定しているような(商業ベースの)成功やアニメファンが集うカンファレンスばかりではなく、「ファイン・アート」という扱いで国際的にもっと知れ渡ってもいい、と思うのだ。

以下は、NY公立図書館の「絵本」展を見たときに書いたMixi日記(2007年2月5日付)から抜粋。

★   ★   ★   ★   ★

『絵本展』(2007.02.05 / Mixi日記から)

自宅から歩いていける距離に、ニューヨーク公立図書館があります。

Library1

ここの図書館の蔵書の中には、数多くの貴重な本や資料があるそうで、そうした貴重な本の展示会が、年を通じて開かれています。

展示会は、もちろん無料です。

NY公立図書館で今日まで展示中だったのが、日本の絵本。

先月いちど訪れたんですが、展示内容が実に素晴らしかったので、もういちど行って来た。

展示会のタイトルは、The Artist and the Book in Japan


Library2


わたしたち日本人でも、「絵本」と聞くと、子供向けの絵本をすぐ想像してしまうのですけれど、この展示会で展示されている本のほとんどは、子供向けの近代絵本ではない。764年から現代まで、日本芸術の流れの中に存在し続けてきた【絵本というアート】の集大成です。

それは、絵巻であったり、奈良絵本であったり、美しい挿絵をほどこした俳句集であったり・・・。まさに「息を呑む(breath-taking)」という形容がふさわしい、すばらしい本の数々でした。

Library3
(展示されていた、葛飾北斎作、富獄百景『霧中の不二』)

展示会でもらってきたパンフレットの序文の一部を紹介しますね。
This exhibition, the first of its kind, chronicles the development of ehon, or "picture books," in Japan from 764 to the present. Among the most beautiful and moving books ever created, ehon are one of the true glories of Japanese art but are little known today, even in Japan, because of their great rarity. The goal of this exhibition is to show the wonderful variety of ehon, their breathtaking exuberance, sophisticated artistry, sensuality, unparalleled originality, intellectual gravity, playful spirit, and lightness of touch.

この種の展示としては初めての試みである当展示会は、764年から現在までの、日本のピクチャー・ブック【絵本】の歴史と記録である。この世に創られた本の中でも最も美しく心を動かされる本、【絵本】。【絵本】は、真に賞賛に値する日本美術でありながら、こんにちでは、その希少さゆえに、日本においてさえも、ほとんど知られていない。【絵本】の素晴らしいまでのバライエティ、息を呑むほどの芸術としての豊かさ、洗練された芸術性、官能性、無比のオリジナリティ、知的な厳粛さ、遊びごころ、そして、手法の軽やかさ。当展示会の目的はそれらを示すことにある。

その希少さ(rarity)ゆえに、日本においてすら、よく知られていない・・・。

実際、わたしも、この展示会にあるものはどれも、いちども実際には見たことがないものばかりでした。

今回、ニューヨーク公立図書館で公開された本はすべて、同図書館が実際に所蔵する、スペンサー・コレクション(The Spencer Collection)と呼ばれる、たいへん貴重なものだそうです。

ネット検索してみたら、このコレクション、日本の大学の「日本学」の研究者のみなさんにとっては垂涎の資料だそうで、このコレクション公開に先立って、立教大学の日本学の研究者グループがプロジェクト組んで、NY公立図書館に学術調査に来ていたようです。

立教大学によると、スペンサー・コレクションとは、「日本古典籍資料、とくに日本関係の図像資料の宝庫」なのだそうです。

スペンサー・コレクションに含まれる日本の古典籍資料は、絵本含む印刷本が1500点、(手書き)写本が300点。こんなに貴重な資料が、なぜ、アメリカの図書館に膨大に所蔵されているのか・・・。

もとの日本人の持ち主が、これらの本にさほどの価値を認めなかったらしく、アメリカ人収集家に二束三文で売ったのだそうです。

スペンサー・コレクションは、ここ60年ほどの間の収集だとのことなので、戦後まもなく売られた、ということですよね。

戦後の混乱のさなかの日本では、美術品どころではなかった、ということなのか。(日本美術の多くが、戦後こうして海外に流出したよね・・・ちょっと残念です・・・。)

(中略)

実は、この展示会で、わたしのこころに最も印象深くのこったのは、神坂雪佳(かみさか せっか)という画家による絵本でした。

あちこち読んでみると、神坂雪佳は1866年に京都に生まれ、尾形光琳の流れを汲む琳派に属す正統派の日本画家でありながら、日本画に西洋の影響を強く反映させたことでも知られるモダンアートの先駆者、とあります。

恥ずかしながら、わたしは、神坂雪佳という画家のことを、この展示会で見るまで知らなかったのです。

しかし、日本的な題材を扱いながら、その斬新な色使いといい、構図といい、ひときわ異色を放つ絵本をおさめたガラスケースが展示場で目に入ったとき、おもわず足早に近寄ってしまいました。

ガラスケースの中にあった本、それは、神坂雪佳が1910年に描いた『百々世草』という本でした。

ただただ、びっくりしました。 20世紀に入る前から、日本にこんな先駆的な芸術家がいたことに。

晩年になってからの1934年、彼は、欧州を旅したそうです。 雪佳の青春時代、19世紀後半といえば、ヨーロッパの美術界は、日本美術の影響を受けてジャポニズムの嵐が吹いていた。ジャポニズムの洗礼を受けた欧州を旅しながら、雪佳は何を見、何を感じていたのでしょうか。

NY公立図書館が用意した雪佳についての説明文に、こんなことが書かれてあります。
Sekka was a genius; timelessly inventive, spontaneous, and free.
(雪佳は天才だった。時を感じさせない創造性、自然体で、そして自由。)
Timelessly inventive・・・時空を超越した創造性。

まさに天才の素分。

もっと、雪佳のことを知りたいと思って調べてみたものの、日本語ではほとんど彼についての情報や資料がネット上にないことに、驚いた。

そういえば、二束三文で売っ払った本の束の中に『百々世草』はあったのだったね・・・日本美術には知られざる奥行きがある。いつか、よく見直してみたいな。

英語サイトですが、ここに、雪佳の他の作品のデジタルイメージがあります。本をクリックすると、彼の絵のデジタルイメージを拡大できます。どれも素晴らしいです。是非ごらんあれ。

(抜粋終わり)

Monday, August 8, 2011

本命は欧州フロント(ではなかろうか・・・?)

S&Pによる米国ソブリン格下げのニュースが出てから、この週末は、米国のテレビは(予想通り)このトピックで持ちきり。

ウンザリ。

前回のエントリーの最後に「この格下げは政治的に影響をおよぼすだろう」と書いたが、(やはり予想通り)こんなことになってしまったのはお前のせいだ、いやお前が悪い、と民主と共和とで指の指し合い、米政界はフィンガーポインティングの嵐である。

民主党のケリー代議士などは、日曜朝の報道番組Meet The Pressに出演して、「This is a Tea-Party downgrade!」と、これはお茶会がもたらした格下げだと言い放った。一方の共和は共和で、(これでますますオバマを苛めるネタができたとばかりのドヤ顔で)「オバマのリーダーシップのなさが格下げの直接原因」と言い返す、というありさまである。

Finger-Pointing in Washington Follows Debt Downgrade
(WSJ, 8/7/11)

そして、直接の窓口となって格付け機関と丁々発止とやりあった財務省関係者は、トリプルA攻防戦で疲労困憊、それでも「AAA」の3文字を守りきれなかった悔しさで恨みタラタラ。S&Pのアナリストが用いた計量モデルに2兆ドルの間違いがあったとか言って彼らの分析には蓋然性がないと、そればっか繰り返し、金曜日の夜から文句言い出して今日になってもまーだ同じ文句を言っていて、これもウンザリ。

Treasury Spells Out S&P's "$2 Trillion Mistake"
(Business Insider, 8/6/11)

たしかに、世界中が注目している格付けアクションだというのに、その正念場で、相手から2兆ドルの間違いを指摘されるなんていうのは、アナリストとして最もこっぱずかしい話である。まぁ別にS&Pの肩持つわけじゃないけれどさ、それにしたって、政府関係者が、2兆ドル間違った、間違った、と喚き続ける姿も、実にガキじみていて見苦しい。

その間違いが2兆ドルだろうが3兆ドルだろうが、議論の最も本質的な部分、すなわち、「米国の財政は悪化している」という【事実】そのものは変えようがないんだからな。

これについて、元大統領候補マケインがやはり今朝のMeet The Pressで、「メッセンジャーを撃っても始まらない。(米国の財政への評価として)S&Pの見方が間違っていると本気で信じてる者がいるとでもいうのか。」とたしなめた。(撃つ相手ならオバマだ、と共和の彼は言いたいわけだが。)

“Don’t shoot the messenger,” Mr. McCain said, adding of the credit-rating firm’s assessment of the U.S. fiscal situation: “Is there anybody who believes that S&P is wrong?”

同番組に出演したグリーンスパンは、この格下げは米国の一番触れてほしくない部分に触れ("hit a nerve")、米国の自尊心を傷つけた("hit the self esteem")と言っていた。その通り。

Alan Greenspan On The Downgrade: "It Hit A Nerve"
(eWallstreeter, 8/7/11)

いわば、「これまでずっとオール5の成績表をもらい続けた子供が、ある日理科で4をもらい、逆上している」― それによく似た図が、この土曜も日曜も、延々とテレビ画面で繰り広げられたのであった。

そこに持ってきて、中国は中国で、米国の傷に塩をすり込むような態度で、「さっさと予算をバランスさせろ」だの「軍事費減らせ」だの、「米国のせいで世界経済はまっさかさま」だのと批判しまくり、あげくに中国の格付け機関まで登場して「米ドルは基軸通貨としては不適切」だのと言い放って、喧嘩売ってるわけである。

China State Paper Says US Failings Threaten Global Recovery
(CNBC, 8/7/11)

Dollar to Be 'Discarded' by World: China Rating Agency
(CNBC, 8/7/11)

China media say U.S. debt woes show military overreach
(Reuters, 8/8/11)

しかし、米国債とエージェンシー債の世界最大保有者である中国が、こういう風に米国に政治的圧力かけてくること自体はサプライズではないとしても、米国に向って軍事費減らせ、って、あんた・・・。お前が言うなでしょーが、やれやれ・・・。

★     ★     ★     ★

こうして世界経済がもろく混乱に陥りそうな時に出されてきた、米国債の格下げ。ガイトナーが「そんなことはあり得ないし、絶対にさせないし、米国はそんなリスクは取れない」と言ってた事態が起きてしまった。

これを受けて、G-7が今夜、急きょ電話会議を開き、金融市場の混乱を招かないように万全の協調体制で臨むという声明を出したりしてたわけであるが、それにしても、なんとなく不穏なのが、欧州フロントの動き。

Zerohedgeが、以下のようなグラフを掲載して、ECBがイタリアとスペインの国債を買ったって、ワークしないよ、と言っている。

Why The ECB's Monetization Is Doomed In One Simple Chart
(Zerohedge、8/7/11)



昨年の5月から、PIIGSの弱小国(ギリシャ、アイルランド、ポルトガル)の国債をECBが買ってきたものの、10年債のイールド平均は倍近くになっている。基本的に、欧州当局は、昨年の年初から続いている欧州のソブリン危機のContagion(伝播)を収束させることができないまま、今日に至っている。

そして、先週出されてきた、こんどはイタリアとスペインの国債買いますよ~、というトリシェの発表。先週はそれを受けてマーケットのセンチメントが一気に悪化、欧州の金融株は暴落した。米銀が欧州銀行との取引を控えてカウンターパーティのリスクを極力落としているようだといったウワサまでNY取引時間中に流れていた。

しかし、ユーロ圏弱小国の信用力をこれまで支えてきてたのはドイツとフランスという、AAAの国たち。裏を返せば、独と仏の信用力が弱まればユーロ圏全体の信用力は崩壊する。

この一年半を振り返れば、独仏による他国への信用補完の形態は、時を追うごとにより明示的な方向に進んでいっていて、ギリシャのみならず伊やスペインまでふくめPIIGS丸抱えで保証という格好でリスクトランスファーが起こったら、当然心配されるのは、独と仏の信用力だ。

ドイツ政府内では、たとえ救済基金を3倍に増やしてもイタリアの救済措置を実行するのは困難という味方が強まっており、€1.8Tにおよぶイタリア国債の保証に動けば、市場は今度はドイツの信用力に疑問符をつけるのではないかという懸念が出てきている、という内容の記事を、独誌Die Spiegelが伝えた、という報道が今朝あった。(筆者は元記事は読んでいない。)

そのような懸念が浮上するのも当たり前である。欧州版Brady Bondというフレーズをいろんなところで耳にするが、Brady Bondが出された当時の米国の鋼鉄のような信用力と、現在の欧州の“グループとしての”信用力を比べた場合、それこそ文字通り「格」が違う話をしてるわけであって、欧州の場合は、独と仏の信用力が揺らいだ瞬間に救済スキーム全体の基盤が崩れるわけだし。

上のZerohedgeのグラフと合わせて、フランスのCDSの過去1年の動きも見てほしい。


ここ1~2週間で145bpsあたりまで急激に上昇している。リーマンショック後の最悪期でも100bpsを越えなかったフランスのCDSが、いま、ソブリン危機勃発する直前頃のギリシャCDSのレベル近くに迫っている。非常にセンシティブなものを感じる。

クライシスが再び起こるとしたら、その引き金になる本命は、政治の混乱で揺れる米国よりも、むしろ欧州フロントなのではなかろうか・・・という気がしてくるのも無理はない。

欧州市場は数時間後に開く。

Friday, August 5, 2011

米国債格下げは最も重要性の「低い」問題

金曜日の夜、S&Pが米国債をトリプルAからAA+(ダブルAプラス)に格下げした。

S&P Downgrades U.S. Debt for First Time
(WSJ, 8/5/11)

S&P Downgrades U.S. Debt Rating — Press Release
(WSJ, 8/5/11)

いろいろな人がいろいろなことを言っているが、WSJのLive Blogに出ていた、ある市場関係者のコメントが、筆者の考えに最も近かったので、書き留めておこうと思う。(赤字は筆者による)

10:46 pm Downgrade Was 'Expected
Adrian K. Miller of Miller Tabak Roberts Securities says:

"After much debate within the management of S&P, they actually downgraded the U.S. rating to AA+, the first time in the history of the ratings. In retrospect, given the anemic budget proposal passed by Congress and the Administration recently we are not surprised by the decision. After all, the budget, as it is currently constructed, does little to address the U.S.'s budget deficit and absolute debt levels.

As we have indicated in previous commentary, should S&P hold to its word of downgrading U.S.'s rating should they not pass a bill that meaningfully address the U.S.'s debt levels, a ratings cut was imminent. As such, Friday night's downgrade should have been expected.

In order to confirm our forecast, following an expected negative knee jerk reaction, over the mid- to long-term, we do not expect this downgrade to materially impact credit markets despite an obvious increase in funding costs tied to the downgrade. Instead, markets have a significant number of other issues, both domestically and internationally, to worry about. The least of which is the downgrade."
(抄訳)「S&Pの決定は歴史的な出来事だとはいえ、サプライズではない。議会が通した法案は米国の債務の状況を好転させる内容ではなかったのだから、S&Pは前々から言っていた意見を通すのは当たり前で、この格下げは予想されていたことだ。最初は大きなリアクションが起こることは予想されるものの、中長期的にみれば、この格下げが、調達コストを上昇させてもクレジット市場に重大なインパクトを及ぼすとは考えていない。むしろ、市場は国内外で実に多くの頭の痛い問題を抱えており、この格下げはそれらの中で最も重要度の低いものだ。」

筆者の今朝のツイートと、呼応する。



そう、マーケットには頭痛の種がまだ沢山転がっている。

悪材料出尽くしという意見もあるらしいが、筆者から言わせてもらうと、そもそものところで、格下げ懸念が米国の株価を押し下げていた主因ではないのに、何故これで「出尽くし」になるのだろうか?

上でMiller氏がいうように、この格下げの話は、マーケットの懸念の中で「最も重要度が低い」話だ。

株式がヘッドラインと為替の動きに反応してボラティリティを上げる間、資金はFlight to Safetyで米国債へと向うだろうし、米国債の代替になる国債が、事実、存在していない。

数日前に、中国の市場関係者が「中国は米国債を大量に保有する以外の選択肢はほとんどない」と述べている記事を見かけたが、まさに、これが債券市場の本音。

格付け会社の一角が米国債の格付けをAAAからAA+に変更しようがどうしようが、米国債は依然として、世界で最も流動性が高く、最もクオリティの高い債券のひとつとして位置することに変わりはないのだ。

この格下げは、経済的な側面よりもむしろ、政治的な側面に作用するのではないかと筆者は思う。債務上限問題でゴリ押しを重ねて民主側から妥協を勝ち取った共和にとっては、これは、さらに追い風。「歴史上始まって以来初めて米国債のトリプルAを失った大統領」というラベルをオバマに貼って、鬼の首を取ったかのように現政権批判と責任追及のネタとして使えるようになるからだ。

Wednesday, August 3, 2011

デフォルト回避と歳出削減の次のお題は「増税」か

昨日8月2日のデッドラインぎりぎりに、上限引き上げ問題はいちおう(暫定的に)一段落。

(AP, 8/2/11)

しかし、法案が可決されて大統領が正式にサインをしたとたんに、NY株市場は激しいセル・オフ。最終決議が出る前に、ワシントンDCのアホ騒ぎは「終わった話」になっていた。そして、格下げされるぞと脅され続けていた米国債には大きく買いが入り上昇。ドルは沈下、ゴールドは上昇。今日も引き続きゴールドは値を上げて、米株は大きく上下に振れ、10年米国債はさらに上昇。大荒れである。

ダウのトランスポーテーション株は昨日4%ダウン。どこかに明るい話は転がってないかと探してみると、The Big PictureのBarry Ritholtzによると、トランスポーテーションが下がると通常は原油価格低下の伏線になるとのこと。もし毎日往復で70マイル走るひとがいるとすると、ガソリンが$1低下すれば$1500の年間セービングになり、これは消費者にとっては税金の削減効果に等しい、と。

ヤタ!(←空しいけれど、いちおう、言ってみる。)

(The Big Picture, 8/3/11)

しかし、である。

今回法案が通り、米国債デフォルトの危機は回避されたものの、連邦政府はお茶会に突き上げられて歳出削減の証文にハンコ押さされたわけだから、【財政緊縮】の効果はいやおうなく迫ってくる。財務省は来週にも$72Bnの長期債を発行予定で、国家のキャッシュフローはなんとかなるとはいえ、経済がドツボに未だはまっている真っ最中に歳出を切り詰めてゆくとなると、誰もが頭に思い浮かべるのは、1937という呪いの数字。(呪いの数字については、拙ブログ『この道は(ルーズベルトが)いつか来た道?』参照。)

市場のセンチメントが悪化するのも、あたりまえ。

連邦政府の歳出削減のあおりは、当然、州自治体政府への補助金カットという形で跳ね返ってくる。失業率9%から下がらないでいるというのに、補助金も削られて、いったいどうなっちゃうんだろう・・・。我が家も今以上に生活切り詰めて、それこそ引き出しの中に10円玉転がってないか探すようになってしまうのだろうか・・・。

なんとなく気持ちがどよんと暗くなってたところに、ダメ押しの記事を見つけたので、紹介しておく。

(Calculated Risk, 8/3/11)

National Employment Law Project (NELP)が発行した分析レポートによると、失業保険のベネフィットを減少させている州が増えていて、州の失業保険支払い用基金が枯渇してしまった州は連邦政府から借金して失業保険払ってる、というのである。

米国の場合、失業保険の支払いや基金の管理は州にまかされているが、支払い期間は26週(半年)という一種の不文律があって、どの州も過去50年間にわたり、それでやってきた。ところが、州によってはいよいよ無い袖は触れなくなって、州独自の判断により2011年から支払い期間がそれより短くなってしまった州が複数ある、という。

Michigan, Missouri, and South Carolina cut their available weeks down to 20; Arkansas and Illinois cut down to 25; and Florida cut to between 12 and 23 weeks, depending on the state’s unemployment rate. Double-digit unemployment in Michigan, South Carolina, and Florida did not discourage lawmakers there from making the cuts.

... Indiana changed the formula it uses to calculate weekly benefit amounts so that the average unemployment check will drop from $283 to $220 a week.

ミシガン、ミズーリ、サウスカロライナは20週に。アーカンソー、イリノイは25週に。フロリダは州失業率に応じて12週から23週の間に。インディアナは計算フォーミュラを変更して週の失業保険の額を$283から$220に下げた。ミシガン、サウスカロライナ、フロリダは失業率が2桁になっており、やらざるを得なかった。

さらに、連邦政府から借金している分については、

Throughout the recession, states with inadequate unemployment insurance trust fund reserves have relied on loans from the federal government to pay state unemployment insurance benefits. This September, states will begin paying interest on these loans, and starting in 2012, the federal government will raise taxes on employers in borrowing states until loans are paid in full, as required by the law.

リセッションの期間、失業保険用に積み立ててあった基金の残高が不十分な州は、保険金支払いを連邦政府からの借り入れに頼ってきた。この9月から、この借り入れに対し利子が発生する。さらに、2012年からは、連邦政府は借り入れ残高がある州の雇用主に対し、満額返済されるまで、課税額を引き上げるということが法律により決まっている。

失業率は、下がるどころか上がっているわけでして。

えーーー・・・と思っていたら、さらに、こんな記事が。

(WSJ, 8/3/11)

(Market Watch, 8/2/11 - hat tip @masayang)

ホワイトハウスは、共和お茶会がゴリ押しし続けた「増税なき歳出削減」だけでは予算をバランスさせることはできない(財政赤字を減らすことはできない)と考えているわけだ。

上のWSJの記事によると、今回両党が合意したプランのベースになっているのは、3.5兆ドルに登る税収増を見込んでいるらしい。

(WSJより引用)There's a lot of chatter among conservative Republicans that they may have just signed on to a stealth $3.5 trillion tax hike. That's because the "baseline" that congressional scorers use assumes that after 2012, all of the Bush tax cuts will expire and the Alternative Minimum Tax will start to hit up to 25 million tax filers. It also assumes the full implementation of several hundred billion dollars of Obamacare taxes that kick in after 2013.

「増税の《ぞ》の字がひとつでも入っていたら、絶対に絶対に合意なんてしませんからーっ!」と叫んで3度に渡り両党会議をすっぽかした共和だったのに、最終合意案のベースになっていた3.5兆ドルの歳入増分については気がつかなかった、とでもいうのだろうか。

WSJの記事には、「合意」はしたものの、その合意案に書かれている税金の部分については、双方がそれぞれ違う「解釈」をしているようだ、とある。

Which is to say that the two parties are offering very different interpretations of what the debt deal says about taxes. Let's hope it doesn't take three months to get this straightened out.

WSJの結びの文章そのままに、この解釈の違いをハッキリさせるために、また何ヶ月もの時間を費やすなんてことにならないでもらいたい。再びあの猿芝居が始まるのかと想像しただけで、すでに食傷気味の筆者なのである。

【ニュースクリップ】8/1/11, 8/2/11

MHJ別館にポストされた英文ニュースまとめ

8月1日分




8月2日分